第四話 蠢く影
人から注目されるのは嫌いだ。視線の中に嘲りと蔑みが混ざっている気がして不安になるから。
自意識過剰なのはわかってる。でも、もし何かの間違いで゛捻れてしまった゛らもう後戻りは出来ない。
だからこそ、自己防衛の為にも、みんなの為にも俺なんかと深く関わるのはやめた方がいい。
影でこっそりと目立たないように生きる。それが一番安全なんだ。だから――――――。
☆☆☆☆
「雅君先輩?」
瑞希ちゃんの声にハッと我にかえり、何でもないよと笑ってごまかした。
放課後の校舎の中。茜色の日がさす光景にはなんともいいがたい気持ちが湧き出てくる。
少し昔のことを思いだしてちょっと妙な気分になってしまったが、もう大丈夫。
今の俺は、こうやって人と手を繋げるんだ。昔の俺とは、違う。
そう自分に言い聞かせて小さく深呼吸。
「で、何の話だっけ?」
「えぇ〜。聞いてなかったんですか?・・・・しょうがないですね」
呆れたように唇をとがらせる瑞希ちゃん。
「今の私じゃ、まだ雅君先輩には声が届かないかぁ・・・」
「え?」
「いや、何でもないですっ」
あはは、と笑って何かを誤魔化す瑞希ちゃん。
声が小さくてよく聞こえなかったけど、まぁ、大したことじゃないだろう。
「そ、それより雅君先輩って優しいですよね。ほら、お兄ちゃんが無理矢理髪の毛切ったのに、全然本気で怒らなかったです」
「・・・・ん〜・・・・・なんつぅかな。アイツのやることにいちいち口を出しても怒るだけ無駄なんだよね。ま、俺もそれなりに仕返しはしてるし、お互い様でしょ」
「もぅ。そんなこと言ってたらお兄ちゃんつけあがりますよ?ガツンと何かアクションを起こさないと」
瑞希ちゃんの言葉に苦笑がこぼれる。
やっぱ瑞希ちゃんは尋にそっくりた゛。
「っと、んじゃあちょっとお別れだな」
下足箱は学年ごとにわかれているので、校門のとこで待ち合わせる約束を取り付けて一旦別れる。
靴を履き替えていると、尋がどこからともなく現れてニッコリと笑む。
「いい雰囲気じゃないですか。この調子で本当に付き合ってくれれば僕としても安心なんですけどね」
安心・・・ねぇ。まぁ、言われてみて嬉しくないと言ったら嘘になるか。
「ねぇーよ。これってあくまで恋人ごっこなんだろ?大丈夫。そこんとこは意識しながらやるから」
「・・・・・そうですか」
苦笑する尋。・・・・なんかムカつくな。
「とりあえず家まで送ってやればいいだろ?」
尋が頷くのを確認してから、待ち合わせ場所の校門前に向かう。
「お待たせ」
校門の所にはすでに瑞希ちゃんの姿があったので、一応声をかける。
「は、はいです」
慌てたような仕草にどこか違和感を感じた。
「何かあった?」
「なんでもないですよ。さぁ、早く帰りましょう」
俺は首を傾げながら、瑞希ちゃんが差し出してきた手を握り返そうと手を出して、少し停止させた。
まだポツポツと学生の姿が見える。
恥ずかしい気持ちに少し躊躇うも、あることに気づいて躊躇いなど霧散した。
瑞希ちゃんの革靴が異様に汚れているのだ。
しかも自然な汚れではない。まるで色の付いたチョークで線を引いたような、そんな汚れ方。
見覚えがある。まだ俺が能力を使いこなせなかった時に、歪<いびつ>に捻れた人間関係の末に見覚えが。これは――――――。
(いじめ、か)
どこか懐かしさを覚えるような響き。俺が人と接したり目立ったりするのが嫌になった主な原因はソコにある。
(まだ入学式から日も経ってないのに、よくやるなぁ)
理由は解らないけど、どうせ妬みの類だろうな、たぶん。
瑞希ちゃん可愛いし、その兄貴はイケメンだし。
でも、今はまだ俺が何かをしていい時じゃない。
むしろ悪い方向に捻れる可能性もあるわけだし。
横で楽しそうに笑っている瑞希ちゃんの手は、微かに震えていた。
俺に出来ることは、話に合わせて相槌を打つことと、その手をギュッと握り返してやることだけだった。
☆☆☆☆
瑞希ちゃんを家に送った俺は、家には向かわず近所の公園へと足を運ぶ。
そこには尋がいた。尋はブランコに腰をかけてブラブラと揺れている。
ここはいつの間にか、゛本当の部活゛をするための待ち合わせ場所になっていた。
「瑞希ちゃん、元気なかったぞ」
そう声をかけると、尋はブランコから飛び降りて小さく頷いた。
「知ってますよ。けど、まだ手を差し出すには早すぎる。そうでしょう?」
尋も瑞希ちゃんのことは気づいていたらしい。だが、今は人手が足りない。
だから、瑞希ちゃんの感情を大きく動かすような何かに俺や尋が干渉してはいけないのだ。
たとえそれが、瑞希ちゃんの心に傷を残すことになっても。
「では、行きましょうか」
場の湿った雰囲気を誤魔化すように尋は元気な声を出す。尋はきっと、他人の俺には理解できないくらい辛いはずだ。
「そうだな」
俺に出来ることは、いつものように返事を返すことだけ。
風が髪を揺らす。短くなった前髪を手で撫でながら、茜と黒が混じったような空の果てを見渡す。
何故か心が揺れた。
☆☆☆☆
゛影゛と呼ばれる異形がいる。一般的な呼び方をすれば妖怪や、幽霊といったものだ。
それを狩り、もしくはこの町から追い出すのが騎士の安息所の本当の活動内容になる。
影が蠢くのは夜だ。学生服では目立つが、いちいち着替えるのも面倒だし、不良学生を気取りつつ街中を歩く。
近所のショッピングモール。そこはすでに大人の世界だ。学生の姿もちらほら見えるが、どれも高校生以上。
小さな子供が友達同士で歩くには遅い時間だろう。
影は本能的に人が多いところに集まる。だから、こういう場所を歩かないといけないわけだが、なんというか・・・・。
「ねぇ、君たち暇だったりするぅ?」
尋が隣にいるせいで逆ナンに滅茶苦茶遭遇する。
声をかけてくる女性の99%は尋しか見てないのだ。
リア充爆発しろ。
「いえ、僕は―――――」
「がんばれリア充」
助けを求めてくる尋の視線を無視し、一人離れる。
どうせ二手に別れて探すんだし、いいタイミングだ。
「じゃあ、俺はあっちを探すから」
「ちょっ―――!?」
「いいから、お姉さんたちと良いことしましょ?」
は、ははは!ざまぁみやがれ!・・・・あれ?何か目から汁が。なんだろうこの敗北感。
「これだからリア充は」
言ってて虚しくなってきた。
影の気配を探りながら適当にぶらつく。
携帯を取り出して時間を見ると午後7時を少し過ぎた辺りだった。
まだまだ、影がよく出現するピークまでには時間がある。
家に帰っても晩飯なんて用意されてないし、何か食べようかな。
そう思いつつ、某ハンバーガーショップを目指す。
「は、離してください・・・・」
人混みの中でその声が聞こえてきたのは奇跡に近いだろう。
聞き覚えのある声につられて辺りを見回すと、案の定見たことのある人物が。
「何やってんだ・・・・」
相良 香撫<さがら かなで>。三姉妹の三女が二、三人の男に絡まれていた。
三女と一緒にいる女の子は友達だろうか?
怯えたような表情で身を寄せ合う二人。見て見ぬ振りをする周りの大人たち。
「しゃーなしだな」
小さく息を吐いた俺は、絡んでいるヤンキーっぽい男の一人めがけて足を動かした。