第十四話 告白――前日
無理だ。俺は早くもそう思った。
最初の相手は妹の香撫。順番はジャンケンで決めていた。
チラリと時計を見るも、時間は全然進んでおらずため息をつきたくなる。
「やっぱ無理だって。それに俺とコイツは―――――」
「雅君」
妹なんだし、と言おうとしたところで傍観者を気取っていた尋が割り込んできた。
「それは言わない方がいいと思いますよ?」
こそりと声を小さくして注意してくる尋の言葉に首を傾げる。
「でも、妹だってわかったら一人分は早く終わると思うんだが」
やれやれ、と息をはいた後、尋は呆れたような目で俺を見た。
「名字が違うと言うことは血が繋がっていないと自分たちから告白しているようなものです」
まぁ、そうだろうな。
「・・・・・だから何だって顔ですね」
・・・・・・・待てよ。そういうことか。
尋のジト目から逃れるように思考して、ある考えに辿り着く。
「確かに、血の繋がっていない兄妹なんてバレたら香撫に迷惑かかるかもな」
やっぱり兄妹とはいえ、血の繋がらない男女が同じ家に住んでるって引かれそうだよな。
それが原因で香撫がいじめとかにあったら大変だし。
「・・・まぁ、そういうことにしておきましょう」
尋はそう言って自分の席に戻った。
「もしかして雅君先輩って・・・・」
顔を上げて正面を向くと、俺の正面に椅子を置いて告白の練習相手をさせられている香撫も、その後ろで椅子を並べて座っていた三人も顔を青ざめていた。
「男の人が好きなんですか?」
瑞希ちゃんが震える声でそう呟く。
「・・・・んなわけないだろ」
呆れたな。どうしてそんなことを・・・・。
「だって、私たちと話すのつらそうなのにお兄ちゃんとは普通に話すし、私たちと話す時は目を反らすのにお兄ちゃんとは見つめ合うし」
・・・・・なるほど。笑えないなこれは。
どうやらいらぬ誤解が発生したようだ。ただ単に、尋以外の人に対して固有スキルの人見知りを発動していただけなのに。
「俺は普通に女の子が好きだ」
ただし、女の子と話すのは苦手だ。女の子というより付き合いが短いヤツと話すのが苦手なのだ。
そう説明するも、疑いの眼差しがなくならない。
どうしたもんか。
「雅は、クラスでも尋以外の人とあんまり喋っていない。もしかして雅は――――」
「やめてくれ如月。気持ち悪くなる」
BL疑惑をかけられて気分いいヤツがいたらそいつはホモだ。真正のな。
「俺は普通に女の子が好きだって。ほら、こういう風に」
椅子から立ち上がり妹の手を取る。やっべぇすげぇ緊張するな。
家でも一定の距離以上は近づかないようにしている。だって香撫のやつすっげーいい匂いがするんだよ。
「ほ、ほほほら。こうやって女の子の手とっただけで心臓バクバクだし顔真っ赤になるし」
やばい頭がクラクラしはじめた。自分でも何言ってるかよくわかんなくなってきたな・・・・。だがしかし、BLだとは思われたくない。
よし決めた。やってやろうじゃねーか。どうせ振られるのは目に見えてるけど先輩に告白してやるよ。
その練習ってんならつき合ってやろうじゃねーか。
「あの、お、お兄ちゃん?」
香撫が上目遣いで俺を見てくる。どうして俺から手を掴まれても嫌がらないんだよ。
っと、これは練習だったか。勘違いするなよ俺。これはあくまで練習だ。
香撫の顔と、先輩の顔をだぶらせる。
自分でも、暴走気味なのは解っていた。けど、やけに頭の中はスッキリしている。
妙な感覚の中、俺は言葉を紡いだ。
「好きですっ。俺と付き合ってください」
今まで味わったことのないような緊張感が身を震わせる。
初めて影と対峙した時よりも、ずっと緊張する。
先輩の顔がぼやけて消え、香撫の顔が認識された時、少し冷静さを取り戻してきた。
これで一人目。さっさと終わらせて帰りたい。疲れ方がまじハンパないな・・・・世界中の告白したことのある男女に敬意をはらいつつ、リア充共を少しだけ見直した。
香撫を見ると、顔を真っ赤にしてあうあうと口を動かしていた。
「―――――たしも」
やっと声を出した香撫。告白されるのに慣れてそうな香撫も緊張したのかな?
練習だし、バッサリと振ってくれるとありがたいな。その方が本番っぽくていいだろうし。
「私も、お兄ちゃんのこと好きっ!」
「―――へ?」
まじで?まじで言ってんのか?いや、よく考えてみろ。これはただの練習だ。
練習なんだ。だけど、なんだろうな。心が満たされる。好きって一言を聞いただけで、なんでこんなに嬉しいんだろう。
香撫と目が合う。なんだこれ。吸い込まれるように身体が動く。
香撫をぎゅっとしたい衝動に襲われる。
「雅君先輩っ!」
「雅!」
「先輩っ・・・!」
三つの声に呼び止められてハッとなる。あ、危ない。俺は今何をしようとしたんだ?三人とも焦ったようにこっちに寄ってくる。何でだろう。
「むぅ・・・・」
香撫はどこか怒ったように唇を尖らせた。
「せっかくいい感じだったのに」
香撫の言葉に、照れくさくなって視線を床に落とした。
確かにいい感じだった。俺が変な誤解をしそうなほどには。
その後も、同じように告白の練習をした。一番緊張したのは香撫の友達の女の子。
全然面識なかったし、緊張のしすぎで死ぬかと思った。少し話してわかったのは、香撫の友達――――山梨咲<やまなしさく>ちゃんは相当の恥ずかしがり屋ってことくらいか。
きょどり方はんぱなかったし、俺も同じくらい挙動不審だったんだがな。
「今日はありがとう。色々と」
お礼を言うと、それぞれがこちらこそ、とどこか嬉しそうに言った。
「とりあえず、明日にでも告白してみる」
結果は解ってるんだし、早い方がいい。せっかくみんなに手伝ってもらったんだし、やらないなんて選択肢はもう残されていないからな。
とりあえず家に帰って先輩を呼び出すために手紙でも書いてっと・・・・んで゛部活゛をして寝る。
完璧だな。
「というわけで、先に帰る」
「了解です。鍵は僕が閉めときますね」
俺は鞄を持って部室を飛び出した。
☆☆☆☆
もう寝るか、と布団に入り電気を消すと、コンコンと控えめに部屋のドアが叩かれた。
「入っていいよ」
俺の声とともにドアが開き、誰かが部屋の中に入ってくる気配がした。
電気をつけようとするも、つけないで、との言葉でそれをやめる。
ストンとベッドに誰かが座った。
「お兄ちゃん、明日がんばってね」
わざわざ応援しに来てくれたのか?でも、まぁ、振られるのは解ってるしなんか申し訳ないなぁ。
「そんなことないよ。お兄ちゃんなら、可能性あるよ」
悲しげに呟く香撫。
俺は首を傾げる。
「それじゃあ、おやすみ」
部屋を去ろうとする香撫に待ったをかける。
なんとなく、身体が動いた。ベッドから香撫が立ち上がる前に、俺の右手が香撫の頭に触れた。
柔らかな髪の感触が心地よい。なんとなく、こうした方がいい気がしたのだ。
「おやすみ」
「・・・・・・・うん」
どこか嬉しそうな香撫の声に、俺は頬をゆるませる。
何故か無性に妹もののエロゲをやりたくなり、尋にでも借りるか、とベッドに横になった。