第十話 仕組まれたシナリオ
風が冷たい。目をゆっくり開くと、視界には青い空が飛び込んできた。
俺はそっと息をはくと、ペタリと座り込む。身体の調子を確かめるようにあちこち動かすも、異常は感じられなかった。
「・・・・帰るか」
まだこの世界の時間は全然進んでいない。俺が瑞希ちゃんの教室に入って、せいぜい10分経っているかくらいだろう。
切り離した教室が存在していた空間は、時間軸自体がこの世界とは違うのだ。向こうの10分がこちらの1分に等しい。
一応この後のシナリオも考えてある。まぁ、その辺は尋が上手くやっているだろうから―――――俺は家に帰ってゆっくりしたい。
さすがに疲れたな。まじで。
いくら俺の力がどの能力よりも世界への影響が強いからと言っても、能力の使用タイミングがあと少し遅ければ俺はこの世界から消えていただろう。
絶対、尋に怒られるよな、と苦笑しつつ立ち上がる。
今日は何のアニメが放送されてたかな。
☆☆☆☆
『と、いうわけです。それで雅君は、これからどうするのですか?』
電話越しに聞こえる尋の声は、疲れを感じさせた。いや、悪いね、本当。
時刻は夜の9時を回っている。ほぼ朝といえる時間に帰宅した俺は、すぐ風呂に入り、晩飯も16時には取って部屋にこもっていた。
先ほど尋から電話があり、瑞希ちゃんのイジメは無事に解決したそうだ。
瑞希ちゃんのイジメを止めさせるために俺が考えた策は、俺が悪を演じてそれを瑞希ちゃんに倒してもらい、クラスのヤツらに瑞希ちゃんの強さと、困った時に助けてくれる人という印象を強く残すというものだった。
たぶんだが、瑞希ちゃんのイジメは話し合いで解決する域は越えていた。俺にはこんな茶番みたいな策しか思いつかなかったんだよ。
瑞希ちゃんは自分の力で人を消したことにだいぶショックを受けていたみたいだが、俺がギリギリで能力を使って助かっていることを尋はちゃんと説明してくれたらしい。
口でこの策を言ったわけでもないのに、アイコンタクト一つで察っすることが出来た尋はまじすげーよ。
まぁ、尋も何か強く印象に残るアクションを起こさないといけないって考えてたらしいし、俺が悪になるか、尋が悪になるかの違いしかなかったわけだ。
あ、学校の方は尋が理事長に掛け合ってくれたらしく、俺が退学になるなんてことはないそうだ。
尋にはどんだけ借りを返せばいいのか。まじで破産するレベルだぞ。
「どうする、って言われてもねぇ・・・・」
どうする、とは瑞希ちゃんのことだろう。このまま元通りってわけにもいかないよな。
だって、悪の俺と正義の味方の瑞希ちゃんが今まで通り仲良くするってことは、共犯でしたってバラしてるようなもんだし。
もしバレたら、肉体的なイジメはもう起きないだろうけど、今度は陰湿なイジメが始まりそうな気がする。
「俺は能力の後遺症か何かで瑞希ちゃんに関する記憶を無くしてるってのはどうだ?」
他人になる。これがきっと、最良の手段だと俺は思う。
『無理がありますね・・・・・』
電話越しにため息をつく尋。
それを押し通すのが尋の仕事な。
期待を込めてそう言うと、尋は嫌々ながらも了承してくれた。
「じゃあ、頼んだ」
『はいはい・・・・では、いい夢を』
プーッ、プーッという電子音と、微かに聞こえた尋のため息に苦笑する。
「お前もいい夢見れるといいな」
一人呟いた俺は、携帯をたたむと、ベッドに仰向け寝ころんだ。
まだ22時にもなっていないというのに、睡魔が襲ってきた。
―――――コンコン。突然、控えめに部屋のドアがノックされる。俺の頭は急激に冷めた。
☆☆☆☆
誰かが俺の部屋を訪ねてくる。そんなこと今まであっただろうか?と思いつつ、それが誰かは心当たりがあった。
「・・・・開いてるよ」
部屋に入れるか悩んだけど、入れなかった後の方が怖いので、体を起こしてそう返事をした。
ゆっくりとドアを開いて入ってきたのは、今朝ぶりに顔を合わせる―――――三女の相良 香撫だった。
何かを聞きたそうな顔をしている。
まぁ、そうだろうな。
今朝のゴタゴタの事情についてか、非現実的な俺の力についてか。
「あのっ・・・・」
声から緊張が伝わってくる。まぁ兄妹だといっても、血は繋がってないし、今まで兄妹ととして接したこともないからな。
俺たちはまだ他人といっても可笑しくない。
「あの、この前はありがとうございました・・・・えっと」
俺の顔色を窺うような態度に小さく笑いがもれる。
「どうして、笑うんですか」
むっと唇を尖らせる妹。表情が豊かで、瑞希ちゃんみたいな娘だな。
「いや、ごめん」
俺は軽く謝ると、わざわざ俺の部屋を訪ねてきた理由を問う。
「それで、急にどうしたの」
ほかの姉妹に見つかる前に早く、と急かす。
一つ頷いた妹は、真剣な面もちで口を開いた。
「学校でのこと」
やはりそうきたか。
「瑞希ちゃんがいじめられてたの知ってて、私何も出来なかったから。だからそのお礼を言おうと思ったの」
「別に、お礼なんて言われる筋合いはないんだけどな。俺はただ、ちょっとした自己満足の為に―――――」
「嘘」
「・・・・・いや、別に嘘なんかついてな―――――」
「嘘。お兄ちゃんは嘘ついてる」
ジッと見つめられる。香撫の黒い瞳の奥には確信みたいなものがあった。
「私、わかるんだよそういうの。嘘とか、本当とか」
・・・・・・・・へぇ。
たぶん、妹は冗談でそう言っているのではないだろう。俺の勘がそう告げている。
「そうか。なら妹様には正直に話そうかな」
ペラペラと口が動いたのはきっと、誰かに聞いて欲しかったんだ。知っていて欲しかったんだ。俺が他人の為に頑張ったんだって事実を。
本当の俺を。
「私の力、怖くないんですね」
俺の愚痴にも似た言葉を聞いた妹はそう言った。
瑞希ちゃんの為とはいえ酷いことをした。しかし、妹はそれについては何も触れてこなかった。
咎められるかと思った俺は、拍子抜けしつつ妹の言葉にうなずく。
「だって、そんなの見飽きたし」
少し嘘をついた。飽きるほど見たことはない。けど、不思議な力を持った奴らがいるのは知っている。
「だから、別に何とも思わないよ」
俺がそう言うと、妹は俯<うつむ>いた。数秒経って顔を上げた妹は、どこか嬉しそうな顔をしている。
「妹って呼ぶの、止めてくれませんか?」
「え・・・・?」
俺って、実はそこまで嫌われていたのか?
突然の言葉にポカンとなる。
「香撫でいいです。そう呼んでください」
・・・・よくわからんな、こいつ。急に名前で呼べとか。
まぁ、どーでもいいか。他人の考えなんて、予想で当てれるような簡単なものじゃないからな。
俺が頷くと、香撫は嬉しそうに部屋を出て行った。
結局、香撫が何のためにこの部屋に来たのか俺にはさっぱり理解できなかったが・・・・でも、悪くない気分だ。
この気分が何なのかは深く考えないことにする。理由は簡単だ。自分の弱さを認めたくない意地のようなものが、まだ俺の中にもあるから。
認めてしまうと、俺がどれだけ寂しがり屋で―――――いや、何でもない。何でもないから。
自分にそう言い聞かせて部屋の電気を消す。
今日はいい夢が見れそうだ。