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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第二部二章 それは昔の話
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外伝7 これから

「ねぇ、葵」


 葵が顔を上げて首を傾げ、「なに?」と目配せする。ここが図書館だからだろう。無言の返答はとても彼女らしいと思った。


 あたしも葵を見習い、さらにトーンを下げて話しかけた。


「前に楓が、あたしと葵が自分達より仲良くて羨ましいみたいなこと言ってたわよね?」

「言ってたっけ? うーん……ああ、先週の食堂での話?」

「ええ」


 楓がそのままそう言ったわけではなく、会話をしているなかでぽろぽろと出てきた彼女の言葉を短く簡潔に分かりやすく纏めるとさっきのように言っていたはずだ。


「言ってたと思うけど、意訳しすぎてニュアンスがちょっと変わってるかな」

「そう?」


 葵は数秒考える素振りを見せた後、しっかりと頷いた。


「もっと前向きな感じだった。綾音の言い方だと、楓ちゃんが僻んじゃってるよ」

「そんなことは……。そうかも」


 たしかに。上手く纏めたつもりだったけど、聞き手側の受け取り方次第ではそう取られてしまうかもしれない。あたしとしてはそんなつもりはまったくなかったのだけど。


「日本語って難しいわね……」

「だから貴重な時間を使って勉強しているんじゃない。で、楓ちゃんがどうしたの?」

「ほら、あれ見て」


 分かりやすく大袈裟に目を動かして誘導する。同じ長机、あたし達から椅子二つ分離れたところにいる楓と遥に視線を向けた。


「どう、そろそろできた?」

「ち、ちょっと待て。もう少しで出来そうなんだ」

「もう少しって言い始めてから五分以上経ってるんだけど?」

「ほんと、ほんとにもう少し。ここでこれを持ってくれば答えが……ってなんで端数が出てきてんだよ。楓、これ本当に整数になるのか?」

「うん」

「ほんとかよ……。それ答えが間違ってんじゃないのか? アタシのこれが合ってるとかさあ」

「答えを疑う前に自分の計算を疑うように」

「ちぇーっ」


 いつものように楓が遥の勉強をみていた。椅子を引き寄せ、二人の肩が触れあうぐらいの近さで。


「……あれ、近すぎるわよね?」

「う、うーん。ちょっとだけ近い、かも?」


 葵が苦笑する。それはちょっとだけとは思っていない顔だ。近いなら近いとはっきり言えばいいのに。


「おぉっ、そうかここか。ここだな!? ここが間違ってたんだな!? きっとここを直せば答えが……そうなんだろ、楓?」

「さあ、どうでしょう」

「あ、楓今笑ったな。ってことはここじゃないか。ううむ…………もしかして、ここ?」

「正解」

「よっしゃ!」


 遥がようやく間違いを見つけたらしく、嬉しそうにシャーペンを走らせている。対して楓はと言えば、


「……あれ、笑ってるように見える?」

「う、うーん……見えない、かな」

「やっぱり」


 遥はポーカーフェイスを崩さない楓を見て、「笑った」と言っていた。それに否定をしなかったから、楓は少なからず笑っていたのだろう。あたし達には分からなかったけど。


 最近表情が柔らかくなったとは言え、それは楓を基準とした上での話であって、他の人と比べれば未だ楓の表情は読み取りにくい。元々大人しい子だからなおさらだ。


 しかし、遥には笑っているように見えたのだ。楓の僅かな変化。それを遥は読み取った。遥の目が凄いのか、それともそれだけ楓のことを見てきたのか。きっとどちらもだろう。今の二人を見ているとそう思えた。


「仲がいい、か。あたし達からすれば、あの二人の方がずっと仲良しに見えるんだけどね」

「そうだね」

「どうしたの、二人とも」


 声に目を向ければ、不思議そうな顔をした楓と目が合った。小さく首を傾げた楓は小動物のようで、とても可愛らしい。


「別に何でもないわよ。ただ、楓と遥は仲が良いのねって話してただけよ」


 ね? と葵に同意を求める。すぐに葵は頷いてくれた。


「そりゃそうだろ。アタシと楓だからな」

「は、遥!?」


 ここが図書館だと言うことを忘れているのだろうか。人目に付く場所だというのに、遥はその大きな体で、自分より一回りも二回りも小さい楓をその両腕で抱き締めた。それだけでは飽き足らず、そのままの体勢から頬ずりまで始めた。


「は、遥。離れてよ」

「いいだろちょっとぐらい。やっと問題解いたんだから、休憩休憩」

「休憩って」

「頑張ったご褒美って事で」

「むうぅ……」


 楓が早々に抵抗を諦めた。相変わらず遥に甘い。甘いのはどっちもか。


「毎度ながら素晴らしい抱き心地――んん? 楓」

「なに?」


 ふいに遥が楓から体を離す。いつもより早いなと疑問に思っていると、何やら楓の耳元で囁いた。


「……だろ?」

「う、うん。よく分かったね」

「まあな」


 遥の勝ち誇ったかのような笑みと、真っ赤な顔をして俯く楓。対照的な二人の様子に首を捻る。


「だったら買いに行かないとな」

「いいよ別に。今のでも大丈夫だし……」

「駄目だ駄目だ。そうやって合ってないのを使ってると形が崩れるぞ」

「崩れるって、そんな大袈裟な」

「大袈裟なもんか。ただでさえ楓の肌は人よりデリケートなんだ。人一倍気を遣うぐらいで丁度いいんだよ」


 なるほど。

 二人の会話から内容を理解する。見た感じではそう見えないけど、そういうことらしい。抱き締めた遥だから気付いたのだろう。

 高校になっても成長するとは……。中学で急激に成長して、今ではピタッと止まってしまったあたしとしては羨ましい限りだ。


「よし。今から買いに行くか」

「い、今から!?」

「まだ時間はあるし、善は急げだ」


 言うが早いか、遥は机に広げた教科書、ノートを鞄に詰め込み始めた。


「まだ宿題終わってないのに」

「後は家でやるよ。残りの問題はさっきまでの応用だろ? なんとかなるって」


 なんとも遥らしい強引さ。戸惑う楓を尻目に彼女の荷物も片付けると、自分のと纏めて手に持ち立ち上がった。


「葵、綾音。アタシと楓はちょっと用事が出来て、買い物に行くことにしたんだけど、どうする?」


 今の流れからしてあれを買いに行くのだろう。


 宿題はほとんど終わっている。この後に用事も入っていないし……


「葵はどうする?」


 答えは分かりきっているけど、一応聞いてみる。


「いいよ」


 予想通り。


「遥、あたし達も行くわ」

「はいよ。それじゃ四人で行くか」

「えっ」


 未だ頬の赤い楓が肩を小さく揺らし、驚きを滲ませた声を上げた。そこにいくらか拒絶の成分も含まれているような気がしたのは気のせいだろうか。


「楓、いいよな?」

「……う、うん。いいけど」

「けど?」

「その……恥ずかしい……」


 恥ずかしい? 消え入る声で、たしかに楓はそう言った。


 異性同伴や小中学校での初来店、もしくは小さかったり大きすぎたりとコンプレックスを抱える子ならいざしらず、友達の同性と一緒、しかもたぶん平均的な大きさの楓が何故そこまで恥ずかしがるのだろう。むしろ体育の着替えの時にちらっと盗み見した楓のそれは色ハリツヤ共に自慢できるほどのものだったような……いやいや、人によっては同性異性関係なく見られることそのものが嫌という極度の恥ずかしがり屋もいるらしいし、楓がそうなのかもしれない。そういえば、いつも体育で着替えるときは、更衣室の隅をよく陣取っていたし、更衣室に入るのも出来るだけ遅くしようとしていた、気がする。特に水泳の時はそれが顕著だったような……。


「恥ずかしい、か。気持ちは分からんでもないが、我慢しろ」

「分かってるよ」


 楓が肩を落とす。乗り気じゃないのがあたしでも分かる。さすがに遠慮しようかと脳裏をよぎったその時、楓があたしと葵を見てはにかんだ。


「行こっか。葵さん、綾音さん」

「え、ええ」

「うん」


 少し戸惑いつつも返事して、楓の後について図書館を後にした。


 友達でも、まだまだあたしは楓のことをよく知らないようだ。ずっと一緒だったような気もするけど、実際は出会ってまだほんの二ヶ月だ。仕方ない。


「さあて、今度はどんなのにしようか。ちょっと冒険して、黒とか赤とかスケスケとか、エロいヤツにしてみるか?」

「エロ――っ。それは絶対イヤだ。普通でいいよ普通で」

「普通って、また水色とか薄緑とかの飾りっ気のない面白くないヤツを買おうってのか? それこそダメだからな。今日は楓に似合う可愛らしいのを選ぶからそのつもりで」

「可愛らしいって……」

「楓ちゃん、水色や薄緑が好きなの?」

「うん。色自体にこだわりはないけど、淡い色が好きかな」

「へぇー。楓らしいわね」

「そうかな。葵さんと綾音さんは何色が好きなの?」

「あたし? あたしは――」


 あたし達はまだまだ、これからだ。

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