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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第二部二章 それは昔の話
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外伝6-9 生徒会執行部

「歩くときは背筋を伸ばして」


「椅子に座るときは一動作で。足は揃えて横に少しななめに流すか揃えるように」


「手をそえる時は指先を少し丸く重ねて。物を持つときは握るではなくつまむを意識して」


 方言の混ざった沙枝さんがいい例であるように、言葉遣いはなかなか直せるものじゃない。またそれ以外に、おじさんの病院に勤めている精神科医の先生曰く、僕自身が口調を変えることに強い拒否反応を示しているらしい。心の問題だからゆっくり焦らずいこうと仰ってくれた。そのため中学二年の秋から、奈菜さんからに立ち振る舞いの矯正を主にしてもらっていた。


 おかげで中学三年になる頃には普通の学校に通う女の子より女の子らしい立ち振る舞いを身に付けることが出来た。桜花の女の子と比べるとまだまだ見劣りするレベルではあったけど。


「依岡様、ごきげんよう」


「お姉さま、ごきげんよう」


「こんにちは。気をつけて帰ってね」


 すれ違う女の子に挨拶を返して生徒会室を目指す。すでに遥さんや奈菜さん、沙枝さんが集まってるはずだ。急がないと。


 三年生に進級して2週間。最上級生となったからなのか、遥さんと最も一緒にいる友達だからか、僕のことを様付けやお姉さまと呼ぶ人が増えてきた。やめてほしいのだけど、桜花でこのように呼ばれることは慕われ、尊敬されているということであり、とても名誉なことらしい。だから遠慮するなんてもってのほかだと奈菜さんは言っていた。


「依岡様だわ」


「まあ、今日もとても愛らしいですわ」


 おかげで最近こんな会話をほうぼうで聞くようになった。陰口とかじゃないからまだいいんだけど、あまり僕のことを話題にしないでほしい。恥ずかしいから。


 階段を降りて右へ。突き当たりの『生徒会室』と書かれた扉の前で立ち止まり、ノックして入室した。


「失礼します。三年五組、依岡楓――」


「おー。楓、やっときた」


「あたし達しかいないから挨拶はいいわよ。こっちに来て座って」


「アタシの隣に座れ」


 ボンボンと遥さんが革張りのソファーを叩く。校長室に置いてあるそれと同じ素材でできたソファーは座り心地が良く、奈菜さんの言いつけを破って深く座り背中を預けた。


「楓、椅子に座っても背もたれはないものだと思えってあれほど――」


「まあまあ、ええやん。私ら以外に人はおらんのやし」


「そうだそうだ。奈菜は相変わらずキツイな」


 遥さんが自然な動作で僕の頭に手を置く。そして髪を乱さないよう流れにそって優しく撫で始めた。進級時にクラスが別れて以降、遥さんのスキンシップが多くなったような気がする。ベッドの上で本を読んでいると僕を膝の上に乗せて抱きしめたがるから困りものだ。


「まったく、あなた達は楓に甘いんだから……まあいいわ」


 ふう、と息を吐き、奈菜さんもソファーにもたれる。


「で、アタシ達を集めたのは奈菜だよな?」


 頭の後ろに両手を回して組んだ遥が話を促す。今日集まったのは奈菜さんから昼頃に『放課後に生徒会室へ来て欲しい』というメールが送られてきたからだ。


「ええ。ちょっとあなた達に相談があってね」


 そう言って奈菜さんが机に一枚の手紙を広げた。四つ折りにされていたであろうそれを沙枝さんが手に取り目を通すと、表情を険しくした。


「あー、これか……」


 忌々しげに手紙を睨み付ける。何が書いてあるんだろう。


 手紙が沙枝さんから遥さんへ。僕は横から覗き込む。僕と遥さんの表情も固くなった。それは一部の生徒の間では有名な、今桜花で一番頭を悩ませるべき問題だった。


「髙髪山高校の生徒がうちの生徒をナンパ、その後暴言と脅迫めいたことをしてきたらしいわ」


 髙髪山高等学校。桜花の近くにある男子校であり、近隣から苦情の絶えない、少々問題の多いことで有名が学校だ。黒い噂では、どんな頭の悪い子でも入学から卒業までお金さえ積めば面倒を見てくれる、いわゆる裏口入学、裏口卒業を完備していることで、お世辞にもいい学校とは言えない。


 そこの学校の生徒の間で最近、桜花の子をナンパする遊びが流行っているらしい。中には本気で告白紛いにナンパをしてくる男もいるようだけど、基本はゲーム感覚、桜花の子をナンパして、OKが出れば勝ち、というものだ。桜花の子は身なりがキチンとしているため、他の学校の子よりも総じてランクが高いこと、そしてお嬢様であることから友達に自慢もできて一石二鳥。一度は断わられても脅せば大抵OKするから形だけでも彼女持ちになれると、髙髪山では今一番流行の遊びらしい。


「反吐が出るな……」


「遥、言葉が汚いわよ」


「いや、そうも言いたくなるだろ。ナンパしてさらに脅すとか」


 遥さんがクシャリと手紙を握りつぶす。怒りを隠そうともしない。


「これ、生徒会に送られてきたんか?」


「ええ。ためしに置いてみた目安箱に入っていたわ」


「妥当な判断だ。ここの教職員は隠蔽体質で隠すことしか考えてないからな」


 この問題は結構面倒なことになっている。通常の学校であれば警察か先生、家族に相談して対処して貰うのが普通なのだろうけど、ここは桜花、お嬢様の集まる学校だ。全寮制であるこの学校は外出するのにも届け出が必要になっている。しかし手続きが面倒として大抵の生徒は届け出をせずにこっそり街へ繰り出している。そんな状況で「ナンパされました」などと告白することは、自らが寮の規則を破ったことを自白するようなもの。彼女達は両親や先生にバレることを恐れるあまり、ナンパされたことも隠してしまう。内々に知った先生も「監督不行届だ」と両親から責められることを恐れて、見て見ぬふりをしている。こうしてこの問題は両親に伝えられることなく、学校内だけで隠蔽されているのだ。


「私らの親に告げ口でもしよか?」


「いや、それはダメだ。どうせ新任の春日先生にでも責任を全てなすりつけるだろ」


「じゃあどうする?」


 遥さんが腕を組み、すっと目を閉じる。時間にして約一分。僕達がじっと見守るなか、遥さんはゆっくりと目を開き、奈菜さんに視線を移した。


「アタシ達でなんとかする、ってとこか?」


「ええ。具体的にはあなた達と、あなた達の両親の力を使って、ね」


 奈菜さんが遥さん、そして沙枝さんを交互に見る。沙枝さんが小さく「なるほどな」と呟いた。


「副会長曰く、あの学校の親御さんの80パーセント近くが水無瀬か浅野に関連する会社に勤めているそうよ」


「へぇ~。それならやりやすそうやな」


 にやりと沙枝さんが口角を上げ、遥さんに視線を送る。


「手は出てもいいんだよな?」


「正当防衛なら可」


「よし」


 パシンと右の拳を左手に打ち付ける。遥さんの目が怪しげに輝いていた。正当防衛なら可って、それはつまり喧嘩するってこと……?


「じゃあ決まりでいいわね? あたしと遥と沙枝と楓。この四人を生徒会執行部として、不届き者に天罰を与えましょう」


「天罰か。ミッション系の学校っぽくていいなそれ」


「言い方違うだけで中身はかわらんけどな」


 やることは野蛮なのに、この三人が笑いながら言うとまったくそう感じないから不思議だ。しかし、何気に僕の名前まで入っていたけど、どういうことだろう。


「役割としては、あたしが生徒会長を兼務して情報収集。高髪山の生徒を捕まえることができれば沙枝と遥で対処」


「あの、僕は何をすれば良いの?」


「…………お茶を淹れたり、遥の相手をしたり」


「それ今考えたよね?」


 奈菜さんが目をそらした。


「い、いいじゃない。あなたがいないと遥のやる気が起きないのよ」


「アタシだけじゃないだろ。この前街へ遊びに行ったときにナンパされた楓が心配になってきてどうしようって、相談してきたのはどこのどいつだ?」


「ちょっと遥! それ秘密って言ったでしょ!」


 ナンパ? あー、先週の日曜日に街でみんなを待ってたときのことか。ジュースを買いに行ったりトイレへ行くと言ってみんなが離れて一人になったとき、高校生くらいの男が声をかけてきた。優しそうな感じの人だったのでそのまま話してたら、帰ってきた奈菜さんが凄い形相で男を睨んで追い払ってしまった。あの時の奈菜さんは怖かったなあ……。


 あれ。そうなると今回のこの話。僕が少なからず関係して――


「い、今の話とこれは別、別だから。あたし達が勝手にしてることで楓が気に病むことはないのよ」


「う、うん」


 それだとやっぱり少なからず僕のためでもあると言ってるようにしか聞こえないんだけど……。


「とにかくこの話はこれでおしまい! 詳しくはまた後日話すわ。さあ、あたしは生徒会の仕事があるからみんなは先に帰って頂戴」


 会長の席に戻った奈菜さんがシッシッと手を払う。遥さんと沙枝さんがクスリと笑い、ソファーから立ち上がった。


「はいはい。じゃあ私は部活に寄って帰るとしよか」


 先に沙枝さんが生徒会室を出た。その後を遥さんが続き、出入りで振り返った。


「アタシ達も寮に帰るか」


「うん。あ、ちょっと待って。僕、奈菜さんに話したいことがあるから」


「奈菜に? ……ああ、あの話か。分かった。アタシは外で待っとく」


 そう言って遥さんは生徒会室を出て、扉を閉めた。残されたのは僕と奈菜さん。


「話って何かしら?」


 僕は鞄から一枚の紙を取り出し、それを奈菜さんに手渡した。


「入部届? どこの……って剣道部じゃない! いったいどういう風の吹き回しかしら?」


 奈菜さんが怪訝な顔をして僕を見る。その声色に少しだけ喜びの色が聞き取れて、噂が本当だったことを知る。


「僕、帰宅部でしょ? 三年だけど、そろそろ部活に入ろうかなって。やっと体育の授業にも出られるようになったし、剣道も少しずつまた始めようと思ったんだけど」


「……そういうことならいいけれど。本当にそれだけ?」


 奈菜さんが視線を鋭くする。同情はいらない。そう言いたげな目だった。嘘を言っても彼女を怒らせることになるかもしれない。だったらちゃんと伝えようと、僕は彼女に全てを話すことにした。


「奈菜さんが生徒会長になって、三年生が抜けたせいで、剣道部の正規部員が4人になったんだよね? それで廃部になるかもしれないって」


「やっぱり知ってたのね……」


 奈菜さんが両手で顔を覆う。最近の彼女はよく表情を曇らせていた。ずっと一人で悩んでいたのだろう。


 桜花では、部として存続するのに必要な最低部員数は5人。掛け持ちなどを除いた、剣道部にだけ所属する正規部員が5人必要となっている。剣道部は三年生が抜けたことで部員数が5人。しかし奈菜さんが生徒会長になったことで正規部員が4人になってしまった。このままでは廃部になってしまう。廃部か存続か決定される部活動実行委員会は来週。それまでに一人でも入れば廃部は免れる。しかし、遥さんによると新入生は誰も剣道部に入らなかったらしい。


「楓が正直に話してくれたのだから、あたしも正直に話すわ。……実のところ、楓が入ってくれればとても嬉しいわ。いえ、むしろこちらから勧誘したいぐらい」


 桜花に県大会上位を目指せるような部活は一つとしてない。桜花の部活はあくまで趣味の範囲内。学校もそう認識しているため、部活は軽視されている。委員会で廃部が決まれば温情などなく、即廃部にされるだろう。だから奈菜さんはこんなにも必死になっているのだ。


「でもそれで、あなたはいいの?」


 奈菜さんの瞳に期待の色が滲む。すぐに僕は頷いた。


 本当は高校生になってから剣道をもう一度始めようかと考えていた。しかし、剣道部の話を遥さんから聞いて、僕はすぐに入部しようと決意した。それで奈菜さんのことを少しでも助けられるなら、少しでも恩を返せるなら……。


「当分はあまり練習に参加できないと思うけど、それでも良かったらよろしく」


 右手を差し出す。去年まではずっと松葉杖を握っていた手。でも今はこうして別の物を掴むことが出来る。昔みたいに竹刀を、そして誰かの人の手を。


 奈菜さんが僕の手と目を交互に見つめる。そして、


「ええ、充分よ。こちらこそよろしく。楓」


 立ち上がった奈菜さんが僕の手を取り、少し涙ぐんだ目で微笑んだ。


 それが見られただけでも良かったと、僕は思った。

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