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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部一章 メランコリーオーバードライブ
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第9話 遥と同じクラス

 水無瀬遥みなせはるか。中学2年生の頃、奈菜同様、友達のいなかった僕に何度となく話しかけてくれた数少ない女の子だ。あの頃の僕は男から女になって初めての学校だったから、二人とはいろいろとあったけど……とにかく、二学期になる頃には僕達は友達となり、それ以来僕と奈菜、そして遥の3人で平日の放課後や休日にはよく遊びに出かけたものだ。


 その遥が僕や奈菜とは違い、学園に進学することを知ったときは驚いたけど、遥らしいとも思い、特に止めることもせず遥を送り出した。そんなわけで僕は遥がこの学校にいることを知っていたし、だから奈菜も別れ際に遥あての言付けを頼まれもした。けれど、まさか同じクラスだなんて思わなかった。


「よっ、楓」


 軽く挨拶をする遥の様子から、やっぱり遥は僕がこのクラスに転校してくることを知っていたようだ。


「遥、このクラスだったんだ」


 教えてくれなかったことよりも、同じクラスになれた事が嬉しくて、少しだけ弾んだ声で遥に話しかけた。


「言っただろ? 同じクラスだって」


「……へ?」


 僕は間抜けな声を遥に返した。


「や、そんなこと聞いてない。というより、いつも聞いたらはぐらかされて聞けなかったんだけど……」


「あれ~……? まあいいか」


 全然良くない。


「ねえ、遥、いったいどういう――」


「あー、疲れたー」


 問いただそうとしたけど、遥は僕から視線を外すと椅子にドカッと座り、鞄からノートを取り出して、団扇のように扇ぎ始めた。


「はぁ……。ここ冷房きいてるのか?」


「電源は入ってると思うけど」


 葵さんが天井に埋め込まれたエアコンを見上げながら答える。ブゥゥンと動作音がわずかに聞こえるので、ちゃんと動いているはずだ。


「本当か? ……あぢー」


「遥、みんな見てるよ」


「ん? あー、気にしない気にしない……。なあ、今何度に設定してるんだ?」


 遥が教室全体に聞こえるような大声を出した。


「26度」


 エアコンのリモコン近くにいた男の子が答える。


「にじゅうろくぅ? この暑いのに省エネ設定かよ」


「十分涼しいだろ。我慢しろよ」


「え~? ……はいはい分かりましたよ」


 暑い暑いと言いながらパタパタとノートを扇ぎ続ける遥を見てると、なんか中学校の頃を思い出して和んでしまった。時計を見ると8時39九分。もうすぐチャイムが鳴るだろう。


「遥」


「ん?」


「ホームルーム終わったら、ちょっと話あるから」


 そう言う僕に遥は一瞬驚いたようだったけど、すぐに笑って頷いた。


 ◇◆◇◆


 ホームルームは僕の簡単な自己紹介と、この後の始業式の日程の説明だけだったので、ものの5分で終わった。このあと行われる今日唯一の行事である始業式は9時10分から体育館でということなので、まだ20分も時間がある。早く遥と話がしたかった僕は、心の中で先生に感謝した。


 これなら始業式の前に遥と話せる。そう思ったのに……


「桜花から来たんだってね」


「桜花ってお嬢様学校って聞くけど実際そうなの?」


「水無瀬さんと話してたけど知り合い?」


「桜花では部活はしてたの?」


「彼氏いるの?」


「え? えっ……?」


 ホームルームが終わると同時に男女数人に囲まれてしまった。突然のことに戸惑う僕を置いて、周りは勝手に盛り上がっていた。


「髪綺麗ね。何か手入れしてるの?」


「やっぱりお嬢様学校だと挨拶は御機嫌よう?」


「えっと……」


 なんで僕の周りにこんなに人が? そ、そうか。きっと9月なんていう中途半端な時期の転校生だからみんな珍しいんだ。って、そんなこと考えてる場合じゃない。今はこの状況をなんとかしないと。


 僕は隣の席に座る遥をちらっと見て助けを求める。それを見た遥は、大げさに肩を竦めて立ち上がった。


「はいはい。お前らそんなに詰め寄っちゃ答えられる物も答えられないって」


 遥が無理矢理人を掻き分けて僕の後ろに立ち、椅子に座ったままの僕の肩に手を置く。


「桜花はちょーお嬢様学校でこういう楓みたいな子がいくところ。挨拶は人によってまちまち。御機嫌ようって言う人もいる。ちなみにアタシと楓は言わなかった。で、アタシと楓は中学で知り合ってそれからの友達。この髪は天然。特別なことはしてないはず。部活は特にはいってなかった。彼氏はいない、というかいたらアタシと勝負しろ」


 遥が僕に代わって質問に答えていく。……って、勝負しろってなに?


「よし。とりあえず質問には答えたな。というわけでぇ~……」


「え……わっ!?」


 肩が軽くなったと思ったら、手を引っ張られて無理矢理立たされる。


「楓はアタシのモンだからもらってく! 葵、先行くわ」


「うん。四条さんをよろしくね」


「え? えっ?」


 笑顔で手を振る葵さんを残して、僕は遥に手を引かれて教室を出た。


 ◇◆◇◆


「で、さっきのはどういうこと?」


「さっきのとは?」


 遥に連れてこられたのは、とある階段の踊り場。遥曰く、この階段はほとんど使われていなくて、聞かれたくない話をするときはいつもここにくるのだそうだ。


「ほら、僕が『同じクラスなんだ』って聞いたら、『言っただろ?』って」


「ああ。夏休みはいる前に、転校生がうちのクラスに来るって噂になっていたから、たぶん楓のことだろうなと思って……この話、楓にしたよな?」


「いつ?」


「えーと……たしか7月の下旬ぐらいだったような……」


「そんな話一度も聞いてないと思うけど?」


 曖昧な返事に、僕は遥にジト目を向ける。遥の身長は170センチくらいあるだろうか。かなり見上げる形になる。遥はサッと視線をそらした。


「あ、あー……。そういえば、話したのは夢の中だった……かも?」


「かも?」


 ジ~っと遥を睨み続ける。


「たぶん……いや、おそらく……ほぼ百パーセント……」


「……」


 なるほど。つまり遥は僕にその話をしたつもりでいたから、面倒くさがって話をしなかっただけなのか。そう考えると、遥の面倒くさがり屋に腹が立ってきた。僕は無言で遥を睨み続けた。


「……あー! そんな目で見るなよ! 悪かった! 悪かったから!」


 遥がギブアップを宣言して僕の頭を乱暴に撫でた。


「まさか楓と同じクラスになれるなんて思わなくてさ、嬉しくて言ったつもりになってたみたいだ。ごめんな」


 遥は片目を閉じて、申し訳なさそうに謝った。


「別にいいけど」


「全然『良い』って顔はしてないけどな……」


 目をそらしてむくれる僕に、遥は苦笑した。


 ◇◆◇◆


 しばらく遥の謝罪を聞いて幾分気持ちがすっきりした僕は、遥からこの学校について話を聞いていた。


「あの学校も変だったけど、この学校も似たようなもんだな」


「似たようなもの、って?」


 話は学園と桜花の違いだ。


「変な風習があるってことだよ。風紀委員って分かるか?」


「風紀委員って……服装チェックとか持ち物検査とかして学校内の風紀の乱れを正す委員。だったっけ?」


「それそれ」


 聞きなれない言葉にちょっと興味がわく。と言うのも、桜花にそんな委員会はなかった。桜花は曰くお嬢様学校なので着崩している人は皆無といっていいくらいだったし、問題らしい問題を起こす生徒もいなかった。それに生徒会執行部がそれに似たことをしていたので、必要なかったというのもあるけど。


「この学校じゃ、その風紀委員がやけに幅利かせてるんだよ。無駄に権限もってるしな」


「権限? 風紀委員なのに?」


「あぁ。自分たちの仕事以外にも口出ししてくるからな。誰も文句を言わないからこの学校じゃそれが普通なんだろうけど」


「……なんか桜花の執行部みたい」


「いやいや。あれよりタチが悪い。会長は良いヤツなんだけど、その下々が鬱陶しいのなんのって」


「下々って……」


 嫌な言われようだ。きっと遥のことだから、何かにつけてその風紀委員の人達と衝突しているのだろう。


「でも、遥が人を褒めるなんて珍しいね」


「ん?」


「その風紀委員の会長、さん?」


 遥は少し恥ずかしそうに鼻の頭を掻いた。


「まぁ……さすが他薦で選ばれただけはある人だよ」


「他薦? 風紀委員って他薦で選ばれるんだ」


「会長だけな。毎年四月に四季会選挙っていう風紀委員会の委員長を決める選挙があって、そこで全校生徒がこの学校の模範生と呼べるべき人に投票して、そこで最も得票数が多かった人が一年間風紀委員会の委員長、通称四季会の会長になるってわけ」


 ふーん。なんとも珍しい制度だ。他薦で選ぶということは、人気投票のようなものだろうか。


「とは言え、実質仕事するのは風紀委員だから、会長はお飾りみたいなものだな。一応会議には出席したり、たまに仕事があるようだけど……。最初に言った権限っていうのも、会長だけが持ってるから、権限が必要な時は会長に動いてもらうしかないんだとさ」


「やけに詳しいね。その会長さんとは仲が良いとか?」


「どうだろ。仲は悪くないはずだ。委員のやつらと鬼ごっこしてたらいつのまにか話す機会が増えてな」


 鬼ごっこって……あ、でもその光景が容易に想像できる。


「あ、楓、お前笑ったな! どうせアタシが委員のやつらにおっかけられてんのを想像したんだろ!?」


「や…そんなことは…ぷっ」


「ほらっ、今声でた! やっぱ笑ってるじゃないか!」


 遥が廊下をダンダンと強く踏んだ。


 まったく…。中学の頃と変わってないんだね。遥。


 ◇◆◇◆


「……そろそろか」


 遥が腕時計に視線を移す。僕も釣られて見ると、ちょうど九時を回ったところだった。


「いくか」


「うん」


 遥に撫でられてぐちゃぐちゃになった髪を手櫛で直しながら、歩き出した遥の横に並ぶ。身長の高い遥は僕に合わせてゆっくり歩いてくれる。中学の頃と同じで、少し顔が綻んだ。


 そのとき、ふと奈菜からの言付けを思い出す。


「そういえば。奈菜が『あとは任せた』だって。どういう意味?」


「へぇ~。アイツがねぇ~……」


 にやりと笑う遥だったけど、その表情は嬉しそうだった。

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