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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第二部二章 それは昔の話
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第78話 長い話が終わった後

「――ということで、その四日間の看病のおかげで、奇しくも僕達はお互いの距離を近づけることが出来たってわけ」


 そこまで話をして、僕は一息つくためグラスに手を伸ばした。氷は全て溶けてしまっていて、グレープジュースはぬるくなっていた。喉に纏わり付くような甘さに顔をしかめて、何気なく時計を見る。するといつの間にか時計の長針が一周していて、自分の目を疑った。


 夢の話や彼女との『会話』など、遥も知らない、知られたくない内容は伏せつつも、出来る限りの範囲で、遥の補足も交えつつ昔を懐かしみながら語ったのがいけなかったのか。桜花に入学してから一ヶ月ちょっとのことしか話していないのに、思っていた以上に長くなってしまった。


「楓には悪いけど、あの時は嬉しかったよなあ。なんせ楓が初めてアタシを頼ってくれたんだから。いやもちろん心配はしていたからな?」


「ふーん。そんなこと考えてたんだ。こっちは苦しくて大変だったのに」


 取って付けたような言葉に僕の悪戯心が反応する。にやりと笑みを浮かべ言うと、遥はすぐに目をそらし、グラスに口を付けた。


「ち、ちゃんと看病したんだからいいだろ?」


 若干の後ろめたさがあるんだろう。想像通りの反応を示す遥が面白くて、笑ってしまいそうになる。もちろん僕はまったくこれっぽっちも怒っていない。なぜなら僕も、あの時は違っていても、今は遥と同じ気持ちだったから。


「……ひっく、えぐ……」


 遥をからかっていると、ふいに傍から啜り泣く音が聞こえた。ぎょっとして振り向くと、そこには頬に雫の線が出来るほどに涙を溢れさせた椿がいた。


「つ、椿なんで泣いてるの?」


 さっきまで僕達の話を少しも聞き漏らすまいと真剣な表情で耳を傾けていた椿が、ちょっと目を離した隙に泣いていたのだ。妹が突然泣き出すなんて、誰でも慌てると思う。すぐにポケットからハンカチを取り出して椿に渡し、頭を優しく撫でた。


「よしよし。泣かない泣かない」


「うぅ~……」


 椿が涙を拭うものの、後から後から溢れてきて止まらない。困った、どうしよう。椿を泣かせるつもりはなかったのに。


 でもなんで泣いたんだろう。椿が泣くような話はしてないはず。……もしかしてあまりにも僕の性格が違いすぎてびっくりしたとか? たしかに二重人格と言われても仕方のないくらいには捻くれていたと自覚しているけど、それだけのことで高校生にもなった椿が泣くかな……。


 理由が分からないのであれば、慰め方も分からない。どうしたらいいのか分からず、助け船をと遥に視線を送る。遥はすぐに首を横に振った。お手上げらしい。


 どうしようどうしよう。同じ言葉が頭の中で堂々巡りをして、一向に進まない。そんな時、ふいにあることを思い出し、すぐに行動に出た。


 床にペタリと座った椿に膝立ちの僕。両腕で頭を抱えて引き寄せ、上から頬をくっつけて包み込む。昔、椿がなかなか泣き止まないときに、柊がよくやっていた抱きしめ方だ。


「……っ」


 それは効果てきめんで、あっと言う間に瞳から溢れていた涙はピタリと止まった。胸の中の椿は息を飲み、目をぱちくりさせていた。


 泣いていたからか、少し体温が高い気がする。って、元々僕の体温が低いから、相対的に高く感じるのかもしれない。椿をあやすように、左手で頭を撫で、右手で背中をポンポンと叩く。椿の表情が柔らかくなったところで話しかけた。


「やっぱり泣き止んだ。椿はこうされると安心するんだよね?」


「うん」


 少し恥ずかしそうに、けれどしっかりと頷く。こうしてぎゅっと椿を抱きしめたのはいつ以来だろう。密着しているので、椿の成長がよく分かる。抱えた頭や背中、肩、首。パーツの全てが僕より大きい。女の子の成長は男子より早く始まり早く終わる。高校生にもなれば大抵の女の子は成長が止まり、それ以上大きく変化することはない。年上だからというアドバンテージはもはやないのだ。これぐらいに僕も大きくなりたかったな、と羨ましく思いつつ、可愛い妹の髪を梳く。椿は目を細めて、鼻を胸に押しつけた。


「お姉ちゃん、いい匂い」


「こら。人の匂いを嗅がない」


 注意しても椿は鼻をスンスンと鳴らす。怒る気分ではないので、渋々許すことにする。


「それで、さっきはなんで泣いてたの?」


「ん? えっと……お姉ちゃんが遥さん達とちゃんと友達になれて良かったなあ、って思ってたら、泣いちゃった」


 椿は頬を朱に染めて、ペロッと舌を出した。それはつまり、映画を見てたら感動して泣いてしまった、という感じなのかな。感情移入してくれるのはいいけど、なんとも人騒がせな妹だ。


 椿が落ち着いたのを確認して、両腕を離した。椿が残念そうに「もっとー」と駄々をこねだが、さっきから遥が凄まじい眼力を披露していたので却下した。


「そんじゃ、続きといこうか」


 遥が空になったグラスをタンッとテーブルに置き、そう言い放った。待ってましたと言わんばかりに笑顔で拍手する椿。まさか続けるとは思わなかった僕は慌てて止めに入る。


「ち、ちょっと待って。1時間も話したんだし、もう今日はこれくらいでいいんじゃないかな。勉強もやらないといけないし」


「テストは先だし、勉強なんてまた今度でいいって」


「で、でも」


 そう、これ以上はいけない。これ以上の話は今までとまったく違う。180度違うんだ。今までの緊迫した雰囲気から打って変わってのゆるい平和な学園生活。一部過激なところもあったけど、全体的には青春を謳歌した毎日。さっきまでの話で涙した椿だ。予想されうる反応を鑑みて、ちょっと僕には耐えられそうになかった。だってここからの僕は――


「椿も興味津々みたいだから、続けようぜ。なんたってここからの楓はデレ期だからな」


「デレ期!」


 椿がバンとテーブルを叩き、膝立ちになる。涙で一杯だったはずの目は爛々とし、話の続きを期待するように、遥に向けられている。


「あの頃の楓は可愛かったなあ~」


「どんな風に可愛かったんですか!?」


「そりゃもうあれだよ。今までの分を取り返すかの如く、アタシと奈菜、沙枝にしか見せない神々しいまでに滲み出る構ってほしいオーラが、胸を抉るような破壊力で……」


 ……遥が得意げな顔をして訳の分からないことを言っている。はずなのに、椿は身を乗り出して耳を傾け、「分かります」としきりに頷いている。こういう時の椿は自分の妹でも理解不能だ。


 別にでれたつもりはないんだけどなあ。ただちょっと、心の置ける友達が遥達しかいなかったから頼りにしていただけで、その遥達と一緒にいることがすごく居心地が良く、楽しくて、一人でいることが寂しくなったから、気付けば誰かの傍にいるようになっただけで……。あれ?


「は、遥さん、早く続きを!」


「まあまあそう慌てるなって。ジュースもう一杯貰えるか? 話すのは喉が渇くからさ」


「はいっ。すぐいれてきます!」


 すぐさま椿は立ち上がり、お盆に空になったグラス3つを乗せ、走って部屋を出て行った。


「……嫌だって言うなら止めるけど」


 ちらりとこっちを見て遥が言う。表情は柔らかい。しかし、その目はまっすぐに僕を捉えていた。苦笑して肩を竦める。


「もういいよ。あそこまで煽っておいて、やっぱり止めた、なんて無理でしょ」


「へへっ。まーな。当時のことを思い出して、思わずテンションが上がっちゃってな」


 遥がはにかんで笑う。そんな顔でそんなことを言われては、止めるものも止められない。


 遥は足を伸ばしながらぐっと伸びをして、ごろんと横になった。


「寝るならベッド使っていいよ」


「それはなんとも嬉しい誘いだが、寝るつもりはないよ。しかし、たまには昔話もいいもんだな。そういや、楓と柊で今日みたいに昔話をしたりするのか?」


「んー。そういうのはしないかなあ」


「ふーん。盛り上がりそうなんだがなあ」


「そうだね」


 うん、そうだ。今度彼女とも昔の話をしてみよう。


 涼しげな秋の風が吹き込む部屋で、いつ彼女と話そうかなと、心を躍らせた。

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