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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部一章 メランコリーオーバードライブ
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第8話 これから毎日大変

「あつっ……」


 マンションを出ると同時に強い日差しが僕を襲った。目を細めて空を見上げれば、今日も雲一つない青空。天気予報でも猛暑日になるだろうと言っていたので、日傘を差すには絶好の日和と言うわけだ。


 で、その日傘はというと……。


「はい」


 椿は何故かニコニコと嬉しそうに日傘を開き僕の隣に並んだ。日傘の作る影に覆われながら、半眼で椿を見上げる。


「それ僕の傘」


「ちゃんと学校に着いたら返すから心配しないで」


「今返して欲しいんだけど」


「それはダメ」


 きっぱりと断られた。


「はあ。分かった……と見せかけてっ」


 僕は軽く地面を蹴って手を伸ばした。


「はい残念」


 けれど椿はそれを予想していたらしく、僕の手が届く前に素早く傘を持ち上げた。


「へ? うわっ!?」


「お姉ちゃん!?」


 取るはずだった傘が取れず、バランスを失った僕の体を椿が抱きとめた。


「もう。朝から無理しないで」


「……椿が避けなかったらいいんだよ」


 椿から離れて再び並んで歩き出す。


「避けないと取られるもん。本当にあとでちゃんと返すから、今は大人しくしてて」


「嫌だ。今返して」


「ダメ」


「……」


 一体誰に似たんだろう。この頑固さは。


 椿と並んで通学路を歩く。この町に来てから一通り散策してみたけど、どうもこのエリアは昔大きな公園があって、それを数年前に住宅地へと転用したらしい。元公園ということで至る所に名残である大小様々な公園があり、それ以外の土地には真新しい一戸建ての住宅と大きなマンションばかりが立ち並んでいる。


 そんな新しい住宅街のせいか、公園やマンションの前で幼稚園や保育園のバスを待つ小さな子供やそのお母さんの集団とはよくすれ違う。それ以外に見るのはスーツを着た大人ばかりで、僕達と同年代の子はわずかばかりだった。その中に学園の制服を着た人はいなかった。


「どうしたのお姉ちゃん。キョロキョロして」


 結局僕の傘を返すことはなかった椿が日傘を差しながら僕に話しかけた。


「学園の制服来た子が一人もいないなあって思って」


「このあたりから学園に通っている子はいないんじゃないかな。ここ数ヶ月で見たことないし」


「ふーん」


 学園に近いから少しくらいはいると思ったのに、そうでもないみたいだ。


「はい、お姉ちゃん」


 学園の校舎が遠くのほうに見えたところで椿は傘を折りたたみ、僕に返した。僕は少し疑問に思いながらもそれを受け取った。また広げようかとも考えたけど思い直し、鞄に入るようにさらに折りたたんで鞄に仕舞った。


「へ? それ折りたたみ傘だったんだ……」


「うん」


「普通の傘よりも大きいのに、どういう作りしてるの?」


「さあ……」


 僕も疑問に思っていることを聞かれても答えられない。


「それより、まだ学校着いてないのに傘返してくれるなんてどうしたの?」


 強い日差しに目を細めながら椿を見上げる。


「そろそろ学園の子と会うから」


「……?」


 学園の子と会うことと傘にどういう意味があるのだろう。


「目立っちゃうから」


「ああ……」


 『目立つ』。その言葉で理解した。桜花では日傘を差す人はそこら中にいて当たり前だったからうっかりしていた。普通日傘を差して登校する高校生なんて少数派だ。しかも転校初日に転校生がそれでは『注目して下さい』と言っているようなものだろう。そう考えて、先月まで通っていた学校が、世間から浮世離れしたところだということを再確認した。


「仕方ないか」


 日差しは突き刺すように痛いけど、学校まで距離にして数百メートル。これくらいであれば平気だ。


「大丈夫?」


 椿が心配そうに僕の顔を覗きこむ。『大丈夫』と返事したのに、椿は僕の腕から手を離さなかった。


 ◇◆◇◆


「えーと、依岡、依岡っと……」


 多くの生徒とすれ違うなか、僕は昇降口で自分の下駄箱を探していた。僕を見下ろすかのようにそびえ立つ下駄箱が右にも左にもずらっと並んでいる。生徒数が多いとは聞いていたけど、それで僕がどうこうなるわけではないと思っていたのに、さっそく困ったことになっていた。


 下駄箱が見当たらない。


「お姉ちゃんあった?」


 先に上履きに履き替えた椿がやってきた。


「それが見当たらなくて……って、そうか。転校生だから、クラスの一番最後か……」


 僕は二年のクラスの最後尾だけを見ていく。けれど一向に下駄箱が見つからない。


「あれ…?」


 まさか、まだ僕の下駄箱は用意されていない、ということなんだろうか。


「もしかして、まだ用意されてないとか?」


「そんなことはないと思うけど……あ、お姉ちゃんあったよ」


「へ?」


 椿が指差した先に視線を向ける。


『四条楓』


 下駄箱にはそう書かれていた。


 ああそうか。僕はもう『四条』になったんだった。『依岡』で探していたから気づかなかった。けど、これは……。


 僕は無言でその下駄箱を睨みつけた。


「……高いね」


「これは僕への挑戦か……」


 『四条楓』の文字は、最上段にあった。手を伸ばせば届くけど、中を目視することはできないというなかなか絶妙な高さ。うかつに奥に入れると取り出せなくなりそうだ。


「入れようか?」


「いい」


 僕は脱いだ靴を爪先立ちで下駄箱に入れて、家から持ってきた上履きを鞄から取り出して履き替えた。


「ふぅ……」


 ひと息ついて顔を上げると、椿が笑顔で僕の肩をぽんと叩いた。


「ナイスお姉ちゃん!」


「うっさい!」


 ◇◆◇◆


「ここが職員室ね」


 椿に案内してもらって職員室の前まで来た。


「ありがと。後は一人で何とかするから。椿は教室に行きなよ」


「うん。でも一人で大丈夫? 教室まで行ける?」


 心配そうに僕を見る椿にジト目を返す。


「なにその僕が学校でも迷子になるんじゃないかって疑うような言い方は」


「ごめんごめん」


 僕は椿の向きをクルリと階段方向に向けて背中を押す。


「いいから行けって」


「うん。それじゃ、お姉ちゃん頑張ってね」


 椿は僕に手を振りながら階段を上っていった。椿を見送ってから、僕は何度か深呼吸をしたあとに扉をノックして職員室に入った。緊張しながらキョロキョロしていると、手前の席に座っていた男の人(おそらく先生だろう)が話しかけてきたので、転校生であることを伝えると、彼は僕の担任だという人を呼んだ。その担任の先生(山本先生というらしい)から僕が所属するクラスは二年D組であり、席は窓側の一番後ろだと言うことを教えてもらう。「見えなかったら席を交代してもらうように」と言われたが、「大丈夫です」と引きつった笑顔で答えて職員室を出た。余計な御世話だ。


 三階に2年の教室があるということで、階段を上がり三階の廊下に出ると、階段手前から順に、2年A組、2年B組、2年C組と順番に教室が並んでいた。おかげで目的の2年D組の教室はすぐに見つかった。


 教室前の廊下まで来ると、教壇側の扉付近では男の子が数人集まって道をふさぐようにして立ち、雑談をしていた。元々視線を集めそうな前側から入るつもりはなかったので、僕は後ろの扉から教室に入った。


「ふぅ……」


 先生に言われた、窓側の一番後ろの机に鞄を置いて椅子に座り、一息つく。


「……ん?」


 そこでふと異変に気付いた。さっきまで騒がしかった教室がシーンと静まり返り、わずかに聞こえるのは教室外から聞こえる他クラスの声と、教室内にいる数人の集団が(たぶん)僕を見て話すひそひそ声だけ。周りの様子を確認したかったけど、視線を合わせるのが怖くて、鞄を机の角に置いて盾にし、頬杖をついて窓の外を見た。


 みんなの視線がこちらに向けられていることがなんとなく肌で感じられる。時計を見ると8時35分。ホームルームまであと5分。ゆっくりと動く秒針を見て、たった5分がひどく長く感じられた。……早くホームルームが始まってほしい。


「四条楓さん、かな?」


「――っ!?」


 突然名前を呼ばれた僕は驚いてビクッと体を震わせた。なんとか平静を保ちつつ、姿勢はそのままに視線だけを声が聞こえた方に向けた。


 そこには僕の前の席に座りこっちを見ている女の子がいた。座っているから詳しくは分からないけど、おそらく椿と同じくらいの身長だろう。肩にかかる程度の茶色がかった髪をしていて、前髪は右目にかかる分をピンで横にとめている。


「う、うん。そうだけど……?」


「よかった」


 女の子がふわっと花が咲いたように笑う。


 かわいい子だな。


 それが第一印象。しかも勇気がある。こんな静かな教室で、その原因(だと思う)である僕に声をかけられるくらいなんだから。僕にはまずそんなことはできない。


「いつも遥が話すからどんな子かなって楽しみにしてたの」


 ……はい? 僕の聞き間違いだろうか。今この子『遥』って言ったような……。


 たしかに遥がこの学校に進学していることは知っていた。だからこの学校に転校することが決まってからは、遥がどのクラスなのか、そしてそこに転校生が入る予定はないのか、などと遥に話をふっていた。だけどそういう話になると決まって遥は話をはぐらかした。それでまったく話を聞けていなかったけど、同じクラスであればさすがに教えてくれるはずなので、きっと違うクラスなのだろうと結論づけた。それで僕はあとで違いクラスにいるであろう遥を探して挨拶でもしようと考えていたんだから。


 その遥の名前を、まさか目の前の女の子から聞けるとは思わなかった。


「あら? もしかして……遥から聞いてない、とか?」


 やっぱりそうだ。間違いなく『遥』って言った。聞き間違えじゃない。一瞬、僕が知っている『遥』とは違う『遥』のことかとも考えたけど、『いつも遥が僕のことを話す』と、さっきこの子は言った。間違いなく僕が知っている『遥』のことだろう。


 ってことは、この子は遥の友達なのだろうか。こんな大人しそうな子なのに。一体どういうつながりで友達になったのか気になった。


「あの、遥とはどういう――」


 ガタンッ!


「せーふ!!」


 彼女に質問しようとしたそのとき、突然勢いよく扉が開いたかと思うと、髪を振り乱した女の子が大声を上げながら滑り込むようにして教室に入ってきた。


「はぁ、はぁ…。あー危なかった。2学期早々遅刻とかシャレんなんないって」


 僕の隣の席にドンッと鞄を置き、豪快に腕で額の汗を拭った。乱れたショートヘアはそのままに、寝癖も直してこなかったでようで、茶色の猫毛がぴょんと跳ねている。


「おはよう。遥」


「よお。(あおい)


 気さくに挨拶をする女の子は、まるで僕が知ってる遥そのもので、というよりよく見ると遥本人で――


「…って、はるか!?」


「よっ」


 ひっくり返った声を上げる僕に対して、遥は軽く手を上げて笑って答えた。

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