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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第二部一章 お祭り騒ぎ
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第66話 予想外

「どうぞ。ティラミスにコーヒー。それとショートケーキにレモンティー」


 注文してから数分後。西森君がお盆に飲み物とケーキを乗せて現われた。それらを静かにテーブルまで運び、慣れた手つきで僕達の前に並べる。一連の動作はとてもなめらかで、今日初めてウェイターを任されたようには見えなかった。もしかすると喫茶店かどこかでバイトの経験があるのかもしれない。


「なんかさまになってるな」


 遥が少し口角を上げて言う。それをちらりと見やってから西森君は嘆息する。


「この格好で言われてもなぁ……。夏休みに喫茶店でバイトしてたんだよ。ちょうど夏の間だけ募集してるのがあってさ」


 学園は夏休みなどの長期休暇期間だけバイトを公認している。校則にもちゃんと書かれている。桜花ではバイトをする人なんていなかったから、その校則があることを知ったときは驚いた。しかも一部の生徒は校則を無視して長期休暇以外にもバイトをしているらしく、私立学校で授業料が高いせいなのかと思ったけど、大抵のバイトの理由はお小遣い稼ぎなのだとか。それで成績が下がったり、ばれて先生に怒られたらどうするのだろう。せっかく進学校に来ているのに。


「へぇー。やっといて良かったじゃないか。経験が生きて」


「あの時は学園祭のことなんて微塵も考えてなかったけどな」


「つまり女装はそこで覚えた、と」


「覚えてねーよ。どんなところで俺がバイトしてたと思ってるんだ?」


「メイド喫茶」


 迷いなく即答する。メイド喫茶というのはメイド服を着た従業員が「いらっしゃいませご主人様」と出迎え、給仕してくれる喫茶店のことらしい。以前「どうしてご主人様なの?」と友達の中で唯一行ったことのある遥に尋ねると、「そう呼ぶと男が喜ぶからだ」と自信を持って答えた。僕としては呼ばれてもあまり嬉しくないんだけど……ちゃんとした高校生の男の子だと喜ぶのかもしれない。


「いや、俺男だから」


 西森君が肩を竦める。悪いとは思いつつ、西森君がメイド喫茶でバイトしているところを想像してみる。……ありかもしれない。


「自称男だろ?」


「自称じゃねーよ。医学的にも男だよ」


「医療の世界も結局は人間がやること。だから結構ミスがあるらしいぞ?」


 遥がにやりと笑う。


「こ、怖いこと言うなよ。一瞬自分が本当に男かどうか疑ったじゃねーか。とにかく俺は間違いなく男だ」


「うん、まあ男か女かなんて康介の場合はどうでもいいよな。重要なのはメイド喫茶で働いたという事実だけ――」


「働いてねーって! 俺がバイトしたのは普通の普通、ドノーマルな喫茶店。コスプレもメイドもないただの喫茶店だ」


「だったら良かったなー、って夢を見たんだろ?」


「夢じゃねーよ!」


 西森君が叫ぶ。しかしすぐに我に返り、周りのお客さんに頭を下げた。遥がニッシッシと笑う。


「康介って弄りがいがあるよな。ちゃんと返してくれるし」


「人で遊ぶなっての。なんでクラスの違うお前にまで振り回されなきゃならないんだ。あの二人でいっぱいいっぱいだっていうのに」


「大変そうだな」


「お前のせいだよっ」


 笑いながら遥はカップに口を付ける。砂糖もミルクも入れずに。見ているだけで口の中が苦くなってくる。コーヒーなんて数えるくらいしか飲んだことないけど。


「はあ……。今頃蓮の奴は何不自由なく焼きそば焼いてんだろうな……」


「焼きそば焼いたら黒焦げじゃないか」


「うっせえ。まったく……。女装するなら俺なんかよりあいつの方が面白いのに」


「そうか?」


「そうだよ。あいつって二枚目路線だろ? 人気もそこそこあるし、噂じゃ一学期に二人から告白されたとか。絶対うけると思うんだよ」


 一学期って事は僕が転校する前の話だ。人気があるっていうのは聞いたけど、告白されてたなんて。……付き合ってるのかな。もし付き合っていたなら、彼女はどう思うだろう。彼女は蓮君と仲がいいから。


「二枚目ねぇ……。たしかに蓮は二枚目だ」


「おい、なんで俺を見た?」


 それには答えずにティラミスを切り分け、「うまい」と呟く遥。ぺろりと食べてしまうと、お皿を西森君へ差し出した。


「おかわり。三枚目」


「バイキング形式じゃないし三枚目でもねぇ」


「だったら何枚目だよ」


 西森君が腕を組んで唸る。しばらくして、


「……2.5枚目?」


 首を捻りながらこちらに問うように答えた。本人も勢いで否定したものの、どっちなのか分からないようだ。


「二枚目になれない三枚目ってことか」


「結局三枚目じゃないか。いいよもうそれで」


 大きくため息をつく西森君からダートと呼ばれる羽のついた短い矢を遥と二つずつ受け取る。ルーレット盤を見ているから用途はなんとなく理解している。これがこのお店のウリの一つなのだから。


「それを持ってあそこに行ってくれ。湊がルーレットを回すから、これを投げて見事当たれば図書部員の誰かをコスプレできるってことになってる。誰を何のコスプレさせるかは、その腕にかかってるけどな」


 ルーレット盤は二つある。ダートは二つだから、一人一回ということだ。


「ほぉー。じゃあ、アタシは康介を狙ってみるかな」


「なんで俺!?」


「だって面白そうだから」


 西森君の名前なんてあったかな。ルーレット盤をよくよく見ると、たしかに彼の名前があった。彩花さんや湊さん、そして芽衣さんと同じ面積。当たる確率は同程度だ。もちろんルーレット盤の半分以上がハズレとタワシと何故かビンタで、外れる確率の方が高いのだけど、それでも遥なら狙えると思う。


「いやいや普通狙うなら彩花だろう」


「アタシは彩花派じゃないからなあ」


 遥が苦笑する。彩花派ってなんだろう。そういえば、蓮君のところにいた男の子も、四条派なんてこと言ってたけど、どういう意味なのかな。あとで聞いてみよう。


「それに彩花ならもうメイドと蓮池の制服を見た。数的に言っても次は康介だ」


「ぐっ……。だ、だったら湊と芽衣がいるじゃないか」


「年功序列あーんど、男なら先陣切ってやるものだろ?」


「やらねーよ!」


 西森君が頭を抱える。全身からコスプレを拒否したいオーラのようなものが滲み出ている。ちょっと可哀相になってきた。でも遥はにやりと笑って楽しそうだ。きっと西森君も遥が万能選手なことを知っているのだろう。遥が狙うというのなら、高い確率でやってみせてしまう。だから友達のはずの彩花さんを売ってまで自分へと向けられる矢を反らそうとしている。


「よく考えろって。男をコスプレさせたって気持ち悪いだけだって」


「似合ってるじゃないか」


 遥が西森君を指さす。


「ぬぉ……。ま、待てって。あの金髪にあの碧眼だぞ? 俺なんかより彩花の方がコスプレ映えして面白そうだろ?」


「なにを言う。コスプレ映えなら楓も負けてないぞ?」


「……へ?」


 まさか矛先がこっちを向くとは思ってなくて、思わず変な声が漏れる。コスプレなんてしたことない。そんな目立つこと、恥ずかしくて人前に出られない。


「見ろこの姿を。これでコスプレ映えしなかったら誰がするんだ」


「ち、ちょっと遥」


「……うん。たしかに」


 西森君が腕を組んで深く頷く。行動は男の子っぽいのに見た目は女の子でとてもアンバランスだ。


「この白い肌と長くて綺麗な黒髪が合うと思うんだよ」


「メイド服とか良さそうだな」


「あ、あの。どうして僕の話になってるの……?」


「メイドか……うん、いいなそれ」


 僕を無視して二人で話を進める。居心地の悪さから視線をそらし、あたりを見回していると、給仕していた彩花さんと目が合った。彼女はぱあっと顔を輝かせ、手を振りながらすぐに走り寄ってきた。


「なになに、何を話してたの?」


「ん、ああ、彩花か。四条さんはメイド服が似合いそうだなって話してたんだよ」


 西森君の言葉に彩花さんの肩がピクッと揺れる。そういえば、周りにはこんなにもお客さんがいるのに、西森君はずっと僕達と喋っている。きっと怒っているに違いな――


「そりゃそうだよ。四条さんは何でも似合うんだから!」


 ……あ、あれ? 予想していたのと違う反応が返ってきた。


「でも敢えて言うなら、巫女服なんていいと思う!」


「さ、彩花さん……?」


 ぐっと拳を握って力強く言う彩花さん。


「巫女服か……それもありだな」


「に、西森君?」


 なんか風向きが悪い方へ変わってきてるような……。


「そうだ。せっかくの機会だから、アタシの分の時だけ、ハズレゾーンの一部を楓にしてさ、もしもそこにダーツが当たったら楓がコスプレするようにするってのはどうだろう。お店も盛り上がると思うんだけど」


「ち、ちょっと遥、何言ってるの?」


「いいなそれ」


 遥の言葉に西森君が同意する。彩花さんも声には出さなかったけどぶんぶんと勢い良く首を縦に振っている。


「大丈夫。アタシが楓を狙うと思うか?」


「え……?」


 優しげな表情で僕を見つめる遥。突然のことに呆気にとられる。でも僕は見てしまった。遥の口の端が微妙につり上がっているのを。


「そんなこと言って絶対狙うよね?」


「さすが楓。正解っ。アタシのことをよく分かってるじゃないか」


「今だけは分かりたくなかったよっ」


「あははは。まあまあ」


 テーブルに手をつき、立ち上がろうとする僕を遥が制する。


「安心しろって。何も100パーセント決まったことじゃないんだし。『もしも』アタシが楓のところに当てればの話だよ。外せば何にもないんだから。ルーレットは回されるんだ。どこかに当たるとしても確率は10パーセント程度。10回に1回という低確率だ。当たることの方が奇跡だろ?」


「それでも当てる気だよね? 絶対当てる気だよねそれ?」


 シュッシュッとダートを投げるように腕を振る遥。口では「当たりっこないって」と呟いているけど、目は本気だ。


「あ、でも四条さんの分の枠はどうする? 直接書き込むか?」


「そ、それは悪いよ。それ大事なものなんでしょ? 今のは遥の思いつきだから、止め――」


「大丈夫っ。こんなこともあろうかとちゃんと作ってるよ!」


 彩花さんが中央に『四条』と書かれた扇形の木の板をどこからともなく取り出す。それは綺麗な橙色に塗られていて、とても急ごしらえのようには見えなかった。


「今日の朝に作りました!」


「さすが彩花。良くやった!」


「よくやってないよっ。彩花さん、なんで僕がここに来るかも分からないのに作ったの?」


「来てくれたら嬉しいなぁ、一緒に学園祭楽しめたらなあと思って」


「う……」


 彩花さんの純粋な目が突き刺さる。あれは本当に心からそう思っている目だ。あんな目をされると強く言えなくなってしまう。もうだめだ、止められない。諦めかけたその時だった。


「ちょっとあんた達……」


 ふいに背後から低い声が聞こえた。そうだ。そうだった。もう一人、この三人を止められるかもしれない人がいたんだ。僕は助けを求めるように振り返り、彼女を視界に捉える。そこには湊さんが腕を腰に当てて仁王立ちしていた。眉をつり上げて、これは間違いなく怒って――


「お姉さんのために、絶対に当てなさいよ、遥!」


「おーけい!」


 だめでした。

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