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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第二部一章 お祭り騒ぎ
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第64話 湊さんと彩花さん

 図書館という名称に相応しく、いち教室に蔵書を詰め込んだ図書室とは違い、一般棟の近くに建てられたそれは二階建てのコンクリート造りの立派な建物で、吹奏楽部がよく練習で使用する講堂を併設している。蔵書は主に2階に収められていて、1階の半分が大きな読書スペースとなっている。入口には駅の改札口のような機械が設置されているけど、今日は学園祭ということで読取り機の機能は停止、一般開放されていた。


「おー。去年と違って大盛況だな」


「そうなの?」


「ああ。ここは中庭から遠く、校門からも少しはずれているだろ? それに去年は何の捻りもないただの喫茶店だったから話題性もなく、ここまで足を運ぶ人がいなくてスッカスッカだったよ」


 あたりを見回す。たしかに周りには結構な数の人がいた。まだこの学校で中間も期末試験も受けていないけど、きっとテスト週間はこんな感じなんだろうなと、そう感じさせるほどに図書館には人が集まっていた。全てが全て喫茶店目当てにきたわけじゃないだろうけど、これは料理部にも引けを取らない集客率だと思う。


 前方の読書スペースには丸いテーブルが配置され、図書部とおぼしき人が給仕に追われている。出入り口を兼ねたレジ前には列ができていて、順番待ちになっていた。僕達もその最後尾に並ぶ。


 本来なら大切な蔵書を汚さないために、図書館での飲食は厳禁となっている。けれど今日ばかりは、いつもの『飲食厳禁』と書かれた受付の木製の看板には白い紙が貼られ、『一階読書エリアのみ飲食OK!』と書きかえられていた。


「良かったな。飲食オーケーで」


「ちゃんと見てから食べてるよ」


 遥がにやりと笑い、僕は半眼を返す。僕の手にはさっき買った綿菓子の棒が握られている。縁日で売られているものよりもずっと大きな綿菓子なのに、100円というお値打ち価格だった。


 ぱくっと一口食べる。ふわふわとした雲みたいな綿菓子が、口の中で溶けていく。どことなく懐かしい味がする。


「楓。鼻に綿菓子付いてるぞ」


「ん? あ、ほんとだ」


「まったく。子供じゃあるまいし」


 遥の手が伸びてきて、鼻先に付いていた白いもやを取り去った。そのまま自分の口に放り込む。


「うわ甘っ」


「砂糖だから甘いのは当たり前」


 眉間に皺を寄せる遥を見て小さく笑う。遥はケーキでもティラミスみたいな苦みのあったり、甘さ控えめのものが好きだ。綿菓子みたいなただ甘いだけのものは口に合わないのだと思う。


「アタシは一口で充分だなこれは」


「そんなこと言わずにもう一口食べてみる?」


 綿菓子を差し出すと、遥は眉間に皺を寄せるて首を振る。


「いいって」


「まあまあそんなこと言わずに」


「……あなたたちは公然と何をしているのかしら?」


 ふいに聞こえた声に目を向ける。そこには長い黒髪をポニーテールにした女の子が腕を組んで僕達に視線を向けていた。身長は椿くらいだろうか。いつもなら校章で何年生か確認するんだけど、その女の子は白黒のメイド服のような物を着ていたので分からなかった。


「別に、ただ綿菓子を取ってやっただけだろ」


「取った綿菓子を食べてたじゃない。なんてうらやましい。あたしもお姉さんにやってあげたいわ……」


「お前って相変わらずだな……」


 女の子は胸の前で手を合わせ、どこか遠くを見上げる。遥は小さく嘆息する。


「この変人シスコンは新階湊。姉妹の彩花のことを姉と呼んでいるから、今日は妹みたいだな」


「2年B組の新階湊よ。よろしく、四条さん」


「こちらこそよろしく」


 遥の含みのある言い方に動じる様子のない湊さんと挨拶を交わす。けれど、『今日は妹』ってどういう意味だろう。それが顔に出ていたようで、遥が説明する。


「湊には双子の彩花ってヤツがいるんだけど、どういうわけかこの二人、毎朝ジャンケンでその日一日どっちが姉になるか決めてるんだよ」


 遥の話に驚き、湊さんに目を向ける。彼女は肯定するように頷いた。


「おかげで誰もこの二人の本当の姉と妹を知らないんだよ」


 遥が大袈裟に肩を竦める。


「いいじゃない。別にそれで何か困るわけでもないし。あたし達にもいろいろと事情があるのよ」


「分かってるって。楓に二人のことを分かりやすく説明しただけだ」


 そう言って遥が僕の頭に手を置き、ゆっくりと撫で始める。


「なんで今の話の流れで頭を撫でるの?」


「ん? あれ、いつの間に……。悪い。中学の頃のクセが出たみたいだ」


 悪いと言いながらもその手を離そうとしない。周りには人がたくさんいるからやめてほしいのに。


 たしかに中学の頃はことある毎に頭を撫でられていた。というより、隣に僕がいると、まるで遥の右手はそこが定位置かのように毎度毎度手を伸ばしてきた。それはもう僕が気付かないくらいに。


 あれから1年以上も経ち、こっちに転校してからは要所要所にしか頭を撫でられていなかったので、もうそのクセは治ったものだと思っていた。


「ずっと我慢してきたのになぁ~」


 治ったんじゃなくて、我慢してたんだ……。あれ、でも、


「我慢って、それでも結構撫でられてると思うんだけど」


「理由のあるのはセーフなんだよ。これは理由がないただのクセだからアウト」


 微妙な線引きだった。


「ね、ねえ、あたしも頭撫でていい?」


「なんでアタシに聞くんだよ。直接本人に聞け」


「四条さん、撫でてもいい?」


 そんなふうに聞かれて「いやだ」とは言えるはずもなく、内心嫌々ながらも「どうぞ」と答えた。湊さんがおそるおそると言った様子で僕の頭に手を乗せる。そしてゆっくりとなで始める。当たり前だけど、遥とは違って優しい手つきだ。ちょっと気持ちがいい。


「……あ、なんか癒やされる」


「そうだろそうだろ。アタシ的には頭も良くなる気がするんだよな。実際中学の成績は良かったし」


 それは奈菜に勉強を強制的に見られていたからじゃ……。


「へぇ~。勉学の御利益があるのね。それはあやからないと」


 そういうのは神社にでも行ってお賽銭投げるかお守りを買って下さい。


 それにしても、最初は湊さんの撫でる手が気持ちよかったけど、今はそれほどでもない。むしろ遥の方がツボを得ているというか、なんというか……。うーん。ずっと遥に撫でられてきたせいで、遥の撫でる感触を覚えてしまってるみたいだ。たぶん、目を瞑っていても分かってしまうほどに。ちょっとためしにやってみよう。

 

「次の中間テストでは50番以内に入りますように」


 この優しく包むように撫でるのは湊さんだ。


「は!? 50番!? ちょっと湊、この前の実力テスト何位だった?」


 ちょっと乱暴ながらも決して力任せではない手つき。これは遥だ。


「61よ。数学で途中の計算ミスったのが痛かったわ。あの凡ミスがなければ50以内とは言わないまでもそれ近辺にはいけただろうに」


 これは湊さん。


「よし。もう撫でるな。それ以上頭良くなるな。アタシの分が減る」


 これは遥。


「なんであなたが仕切るのよ。遥の場合は努力が足りないからでしょ? やれば出来るはずなのにテスト前日になっても勉強せずゴロゴロしてるくせに」


 これは湊さん。


「なんで知ってるんだよ! はっ、まさかストーカー!?」


 これは遥。


「なんでそうなるのよ! あなたをストーカーするくらいならお姉さんをストーカーした方が100倍マシだわ!」


 これは湊さん。……って、なんてことを話しているのだろう。


「ストーカーは駄目だよ湊。昨日もお風呂入っている間に僕の部屋に忍び込んで何かしてたよね? 何してたの?」


 これは……あれ、湊さんじゃない。遥でもないし、誰の手だろう。よくよく神経を集中させてみると、さっきまで二つだった手が三つに増えていた。


「お、お姉さん!? いつの間に――」


「そんなのいいから。ねえ、昨日何してたの?」


「そ、それは……じ、辞書を借りようと思っただけで、決して下着を盗もうとしたわけじゃ……あっ」


「なーるほど。帰ったらタンスのチェックしないと」


「お、お姉さん!」


 頭上から聞こえる三人目の声の正体を知りたくて、そっと視線を上げる。


「ぬ? あ……こ、こんにちは、はじめまして」


 目が合った彼女は戸惑いを滲ませながらも満面の笑みで言った。穂乃花先輩と同じ金色の髪は右の側頭部のあたりに赤いリボンでまとめて垂らしている。瞳は青く、一見すると外国人のように見える。身長は決して高くないけど、それでも僕より10センチくらい高いと思う。


 この子も湊さんと同じくメイド服を着ていた。ただこちらはリボンの色と同じ赤と白を基調としたものだけど。


「いやー、あのー……その、ボクがここにいるのはですね。……ほら、僕って四条さん大好きでしょ? って四条さん知らないか、あははは。とにかく僕にとってはそこらの芸能人より全然ファンなんだけど、とくに接点もなかったので遠くから邪魔にならない程度に眺めるだけにしてたんだ。だから今も四条さんが来たことには気付いていながらも我慢していたのに、さっき見たら湊と遥が四条さんの頭を撫でて和気藹々としてるじゃないですか。もう羨ましいやらずるいやらでいても立ってもいられなくなって、この機会を逃したらあと1年とちょっとの間にこれほどの美味しいシチュはもうこないだろうなと思ったボクは、初対面なのに図々しくも怒られるのを承知で加わったわけですよ。ほんとご馳走様でした。撫で心地最高ですっ。本当に頭が良くなった気がするから不思議だよね。あ、いくらなんでも早すぎる? あははは。僕って結構単純だからきっとただのプラカード効果だよね。あれ、プラレール効果だっけ? まあどっちでもいいか。とりあえずなにが言いたいかというとありがとうございましたすみませんっ!」


 満面の笑みから一転。激しい身振り手振りを交えてころころと表情を変え、最後には何故かお礼されて謝られた。……って今彩花さん、僕のことが大好きって言わなかった? どういうことか聞いてみたいけど、誰も聞こうとしていない、ここは聞かなかったことにした方がいいのかな……。


「楓。こいつがさっき言ってた湊の姉の新階彩花だ」


「え、この人が湊さんのお姉さんなの?」


 遥の言葉に驚き。失礼だと思いつつも湊さんと彩花さんを見比べる。綺麗な長い黒髪と黒目な湊さんと、金髪碧眼で小柄な彩花さん。双子とは思えないほどに似ていなかった。


「ボクはお婆ちゃんに似たんだよ。で、湊はお父さんに」


「私達のお婆ちゃんは日本人とドイツ人のハーフなの」


「あ、期待されてもボクはドイツ語喋れないから。ワタシハ、ニホンゴガ、シャベレマセーン」


「じゃあ何が喋れるんだよ」


 すかさずツッコミを入れた遥に「うーん。標準語?」と首を傾げながら彩花さんは答えた。


「まあ自己紹介はここまでにして、ここにいるってことは二人とも図書部の喫茶店に来てくれたんだよね?」


「ああ。誠から康介の噂を聞いてな」


「なんだ。四条さんと遥はボクや湊を見に来たんじゃないのかー」


 少し残念そうに肩を落とす彩花さん。遥が肩を竦めて鼻で笑う。


「楓ならいざ知らず、なんで新階姉妹を見にアタシがこなきゃいけないんだよ」


「だって女の子だよ? 自分で言うのも何だけどそこそこかわいい女の子がコスプレしてるんだよ? 見たいと思わない?」


「その考えは男子と彩花と湊とごく一部の女子になら通じるんだろうな。ただ残念ながらアタシと楓には分からないんだよ」


 うーん、そうかな。少なくとも今僕は二人を見てかわいいと思っている。彩花さんなんてお人形さんのようだ。これは僕が元男だったからだろうか。


「えー、そうなの? ……まあいいや。四条さんとお近づきになれたことだし。今回のはチャラにしてあげよう」


「何をチャラにしたんだよ」


「さあ」


 彩花さんか首を傾げる。


「……おい、ちょっとそこのお前ら」


 ふいに後ろから語気の強い男の子の声が聞こえた。一斉に振り返る。


「この忙しいときに姉妹二人して抜けるなんて何考えてんだよ。とっとと戻れ」


 そこには、学園の女子の制服を着た長身の女の子が立っていた。……女の子?

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