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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第二部一章 お祭り騒ぎ
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第62話 クレープは美味しい

「蓮、悪いっ。遅れちまって。部活の先輩がもう少し手伝えってしつこく……て……」


 長机に座ってもぐもぐと焼きそばを食べていると、蓮君と僕しかいなかったテントの中に見知らぬ男の子が入ってきた。焼きそばを咥えたまま男の子を見上げる。目が合った。


「いいよいいよ。ちょうど今作り始めたところだ――」


「おいなんでここに四条さんがいるんだよ!」


 男の子が蓮君の襟を掴んだ。目を丸くする蓮君。僕も突然のことに咥えた焼きそばをそのままに固まってしまう。


「な、なんでって、前を通りかかったから声を掛けただけだよ」


「通りかかっただけで声をかけるとか勇者すぎんだろ!? しかも成功してるとかどこの主人公だよ!? ポニテで焼きそば食べててやばい超かわいいじゃないか! テントで二人っきりってなんだよこのシチュ羨ましすぎるぞ! こんなことなら先輩なんて無視してもっと早く戻ってくりゃ良かった!」


「お、落ち着け。落ち着くんだ」


 がくんがくんと前後に揺れる蓮君。と、止めた方がいいのかな?


「あ、あの」


「大丈夫。いつものことだから」


 立ち上がろうとしたら蓮君に制された。……え、これがいつものこと?


「四条派の話じゃお前が2週間前の日曜日に四条さんとデート紛いのことをしてたらしいじゃないか!」


 2週間前って、柊が表に出ていたときだ。たしか……クレナタに二人で遊びに行った日だったと思う。


「あ、あれは楓さんがクレナタに行ったことがないっていうから、それなら行ってみようかって話になって、別にデートってわけじゃ」


「ほぉ~。蓮は、『女の子と二人でクレナタに遊びに行きました』と聞いて、デートのデの字も浮かばないと?」


「……」


 蓮君が目をそらした。たしかに冷静に考えると、柊と蓮君二人でクレナタに遊びに行ったのって……デ、デートだよね。柊と蓮君って仲がいいし。うん。ただ、当人達がそう思っていたかどうかは別だけど。


「くそぉっ。なんて羨ましいヤツなんだ! 爆発しろ! 爆ぜろ! いや、砕け散れ!」


「と、とりあえず落ち着こう。本人を目の前にして話すようなことじゃないだろ?」


 男の子がハッとして振り返り僕を見る。みるみるうちに顔が赤くなっていく。


「す、すみません! 戻ってきたらまさか四条さんがいるとは思わずこんなに近くで見たことがなかったもんだからテンパっちゃいましたええもうホントとちょーかわいいですね綺麗ですね女神ですねいやほらなんというか俺もどちらかというとというか完全に四条派一色なんですけどファンクラブにはまだ入ってなくていや誘われはしたんですけどそこまでするのはどうかと踏みとどまったわけですがまさかこんなにかわいいんだったらもう入るっきゃないなとマジで蓮が羨ましいったらありゃしない」


 ……あ、あの、早口すぎて何を言っているのか分からないです。


「だから落ち着けって。楓さんが微妙な顔をしてるじゃないか」


「お、おお俺は落ち着いてる。ああそうだ四条さん焼きそば食べますか? かなり練習したんでそれなりにうまいですよ!」


「よく見ろって。楓さん焼きそば食べてるだろ。全然落ち着いてないじゃないか」


「なっ……くそぉっ」


 ヘラを両手に持って悔しがる男の子をなだめる蓮君。大変そうだ。そろそろお邪魔した方がよさそう。


「そ、それじゃ僕はやることあるから行くね」


「あ、ああ。楓さん、頑張って」


「蓮君も」


「し、四条さん待ってもう少しここにぃぃ」


「お前が待て!」


 食べかけの焼きそばを持って立ち上がり、テントを出る。蓮君に小さく手を振りながら、男の子の名前を聞いていなかったことに今更気付く。


「し、四条さーん。俺は禅条寺亮平ぜんじょうじりょうへいっていいまーす! 頭の片隅にでも覚えておいて貰えると嬉しいです!」


 テントの中から男の子が両手を振っている。禅条寺君か……ん、D組の禅条寺さんと苗字が同じだ。偶然かな。


 ◇◆◇◆


 その後、昇降口周辺を何度か往復しながら、話しかけてくれた人に半額券を配った。結構な量を葵さんから受け取ったときは、こんなにも配れるかなと不安だったけど、みるみるうちに半額券は減っていった。中には「10枚下さい。私もお手伝いします」と申し出る人までいた。他クラスだったり他学年だったりと、僕達のクラスと関係のない人なのに。


 そんな人達のおかげで、僕は楽しく宣伝活動に励むことが出来た。


「焼きそば美味しそうね」


「はひ。おいひいれす」


 もぐもぐと焼きそばを食べながら返事する。もう冷えてしまっていたけど、ひと仕事の後の焼きそばは特別だった。最後の一口を飲み込んで、空になった容器をビニール袋に戻す。「捨てておくわ」と手を伸ばしてきたので、「ありがとうございます」とそれを渡した。


「でも、クレープも美味しそうです」


 目の前に並ぶクレープのディスプレイに釘付けになる。穂乃花先輩率いる料理部の出し物はクレープ屋だった。


「それにしてもいい場所を取れましたね」


 クレープ屋は東に駐輪場、西に一般棟と特別棟を見ながら通り過ぎ、特別棟と情報処理棟の間を通り抜けてすぐの中庭の入口にあった。外から中庭に行く場合は大抵一番近いこの道を通る。この場所ならメイン会場である中庭にやってきた人はまず目に付くだろうし、他の露天にお客を取られることもない。だからここは学園祭実行委員会の場所取りでも競争率の高いところだったと思うけど……。


「四季会の会長なんてやらされているのだから、これくらいの役得はないとね」


 穂乃花さんが悪戯っぽく微笑む。たしか実行委員の中には四季会の委員の人も少なからずいた。きっとその人達に譲って貰ったのだろう。それが功を奏したのか、学園祭が始まって30分も経っていないのに、僕の隣ではクレープを求めて行列が出来ている。僕と会話をしながらも穂乃花先輩の手は動きっぱなしで、次々とクレープの生地を焼き上げていく。テントの中を覗けば四季会の委員らしき人達がせっせとクレープ生地にフルーツや生クリームを盛りつけている。


「あの人達って、四季会の人ですよね?」


「ええ。葵も椿も香奈も今日はクラスの方で忙しいでしょ? だから今日だけは手伝ってもらっているの」


 穂乃花先輩がテントの中を見て「ごめんなさいね」と苦笑する。すぐさま彼女達は「お役に立てて光栄ですっ」と目を輝かせた。穂乃花先輩の人徳だ。


「楓のクラスはプラネタリウムをしているのね」


「はい。演目は全て葵さんが考えたんですよ」


 くるりと背中を向けてポスターを見せる。穂乃花先輩が目を細める。


「面白そうね。時間を作ってぜひ見に行かせてもらうわ」


「ありがとうございますっ。ぜひ……あ、でも、お気持ちだけで充分です」


 四季会の人に手伝ってもらっているくらいだから相当忙しいはず。無理強いはダメだ。


「何言ってるの。葵が企画して、楓がそれを手伝っているのでしょ? だめと言っても私は見に行くわよ」


 わ、悪いことしたかな。委員の人達の負担を増やすことに……


「あたしも見に行きます!」


「わたしも!」


「あ、ありがとう」


 あれ。むしろみんな見に来てくれるみたい?


「四季会の中でもあなたの評判はいいのよ。私が妬けてしまうくらいに」


 穂乃花先輩が微笑む。


「評判がいいって、別に僕は何も……」


「ええ。きっとあなたならそう思うのでしょうね。でもダメよ。あなたがそれを決めちゃ。決めるのはあなた自身ではなく、あなたの周りにいる私達が決めるものよ」


 穂乃花先輩が一歩下がる。代わりに白い校章を胸に付けた女の子がボクの前にやってくる。


「ど、どうぞ食べてください。もちろんお金はいりませんっ」


 そう言って差し出したのは、たっぷりの生クリームとイチゴにチョコがかかり、その上にバニラのアイスクリームを乗せたクレープだ。凄く美味しそう。


「いいの?」


「はいっ」


 少しだけ震える彼女の手からクレープを受け取る。まだ少し暖かい。


「ありがとう」


「い、いえっ」


 顔を真っ赤にして彼女はそそくさと持ち場へと戻っていった。


「あなたの毎日が彼女達を惹きつけたのよ。せっかく芽生えたものを否定するのは、少し可哀相だわ」


「そうかもしれませんが、僕には返せるものが……」


 視線を落とす。そこにはさきほど受け取ったクレープがある。


「いいのよ。そんなこと思わなくて。あなたは今まで通りで。それが彼女にとってお返しになるのだから」


 顔を上げてテントの奥を見る。さっきの女の子が僕をじっと見つめていた。クレープを一口食べる。甘くてとても美味しい。


「美味しいよ。ありがとう」


 そう言うと、女の子は嬉しそうに笑ってくれた。

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