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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第二部一章 お祭り騒ぎ
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第61話 醤油味も美味しい

 私立千里学園高等学校は数年前まで女子校だった。その女子校時代は文化祭を開いても、入れるのは生徒から入場チケットをもらった親族や友達だけという閉鎖的なもので、来場者数も少なかった。しかし、共学化した今では入場チケットが必要なくなり、誰でも文化祭に入れるようになった。それに加え、学園が街の中心部にあり、交通の便が良く、少し離れた隣町からでもバスと電車を乗り継げば比較的楽にやってくることができる。このことから来場者数は女子校時代とは比べものにならないくらいに膨れあがり、街の高校の中でも有名な文化祭の一つになった。


 それでも文化祭中は校門に先生が配置され、明らかに文化祭にそぐわない人達は入れないようにはなっているので、共学化から数年たった今でも問題が起こったことはないらしい。


 桜花の文化祭はお嬢様学校ということもあり、生徒の親族だけという入場制限の厳しいものだったので、このような開放的な文化祭は今年が初めてだ。学園祭は始まったばかり、まずは外を回ろう。そう考えた僕は葵さんと遥と別れ、教室から出て昇降口へと向かった。


「あら、楓。一人で何処か行くの?」


 一階に降りたところで綾音さんとばったり会った。


「うん。葵さんに宣伝してきてほしいって頼まれたんだ」


「ああ……それでその髪型なのね」


 くるっと綾音さんに背中を向けて、ポニーテールに貼り付けたポスターを見せた。


「綾音さんはどこ行ってたの?」


「ちょっとバレー部の方にね。あたしは明日の担当だけど、一応部長だから顔くらい出しとかないとね」


「そっか。大変そうだね」


「大変くらいがちょうどいいのよ。せっかくの学園祭でだらだらしてても詰まらないし」


 綾音さんが肩を竦める。少し羨ましく思った。


「バレー部は何するの?」


「バスケ部と合同のスリーオンスリーとフリースローよ。どっちもバスケ部とバレー部の混成チームと勝負して、勝ったら景品が貰えるのよ。楓はバスケの経験ある? 良かったら行ってみてあげてよ。みんな喜ぶから」


「経験はないけど、興味はあるからそのうち行ってみるよ」


「約束よ? それじゃ、あたしはクラスの手伝いしてくるわ」


 綾音さんは軽く手を上げて階段を駆け上がっていった。


 うーん。バスケか……。あれって突き指しそうで少し怖いんだよね。こう思ってるってことはたぶん突き指するんだろうし、でも約束しちゃったから……フリースローなら大丈夫かな?


 そんなことを考えつつ昇降口へ向かう。靴に履き替え外に出たところで、長机に置かれたパンフレットを見つける。それを一部取って広げる。入学案内のパンフレットでみたことがある学校の地図に番号が振られ、右隅に番号とクラス、そして屋台名みたいなものが列記してある。


 学園祭の会場は大きく分けて二つある。一つはメイン会場である特別棟の北にある中庭。もう一つは校門から一般棟昇降口までの通路沿い。時間が経てば中庭へ人が集まるのだろうけど、初めのうちは昇降口前の方に人が集まるらしい。さっき葵さんから聞いた。


 よし、まずは昇降口当たりを歩き回ってから、中庭に行こう。パンフレットを机に戻して昇降口の階段を降りる。まだ開場したばかりだというのに、もう校門の方は人でいっぱいだった。それを見てうっとたじろいでしまう。葵さんにはこちらから話しかけてまで宣伝する必要はないと言われているけど、少しくらいはアプローチすることも必要だと思う。でもその相手は見ず知らずの赤の他人。上手くできるかな……。


「あれ、楓さん、そんなところで難しい顔してどうしたんだ?」


「ん? あ、蓮君」


 声のする方を見ると、そこにはテントの中で両手にヘラを持った蓮君がいた。蓮君の前には大きな鉄板が敷かれていて、じゅーじゅーといい音をさせていた。視線を少し上げてテントの軒先に貼られていた紙の看板の文字を読む。そこには『焼きそば』と書かれていた。


「B組は焼きそばなんだ」


「うん。たこ焼きとかお好み焼きっていう案もあったんだけど、他のクラスと被っちゃって。D組はプラネタリウムなんだっけ?」


「うん。遥が投影機を持っててね、それを使ってるから結構本格的だよ」


 あ、今僕宣伝っぽいことしてる。知り合いにだけど。蓮君に気付かれないように、こっそり笑う。


「へ~。見に行ってみようかな」


「ぜひぜひ。はい、これ半額券」


 蓮君に半額券を渡す。


「おっ、ありがとう」


「いえいえ。お仕事ですから」


「仕事?」


 綾音さんのときと同じように、くるりと背中を向ける。


「ああ、そういうことか。だから髪型も」


「うん。葵さんにしてもらったんだけど、どうかな? 変じゃない?」


 暗に『子供っぽくない?』という意味も込めているのだけど、蓮君は気付くかな?


「全然。楓さんに合ってていいと思うよ」


 微妙な返事。これじゃ子供っぽいのかどうか分からない。でも、僕に合っていると言ってくれたのは、それはそれで嬉しかった。


「えへへ。良かった」


 そう言って笑うと、蓮君は目を丸くしてそっぽを向いてしまった。突然のことに首を傾げつつ、後ろに何かあるのかと思って振り返る。特に何もなかったけど、代わりに数人と視線が合った。もしかしてポスターを見てくれていた? これは宣伝のチャンス! そう思った僕は慌てて半額券を取り出す。


「に、2年D組のプラネタリウムです。良かったらどうぞっ」


 声が上擦り、少し頬が上気しているのを感じつつも勇気を出して半額券を差し出す。


「あ、ありがとう」


「寄らせてもらうわね」


「使わずに宝物にしますっ! もちろんプラネタリウムも見に行きます!」


 みんなちゃんと受け取ってくれた。最後の学園の制服を着た子は少し違う反応をしていたけど、こういうのは気にしないほうがいいって遥が言ってたから気にしないことにしよう。うん。


「やった。宣伝できたっ」


 小さくガッツポーズする。やればできるじゃないか、僕。


「凄いな。まさか楓から他人に声をかけるなんて」


 蓮君が驚くのも無理はない。彼が良く知っている中学の頃の僕は酷い引っ込み思案で、他人に話しかけることはおろか、話しかけられても無視を決め込んでいたほどの、自分の事ながら嫌な子だった。


「高校生だからね。あの頃とは違うよ」


「そうか……。あれから3年も経つんだもんな」


 どこか遠くを見るように視線を上げる。たぶん昔のことを思い出しているんだと思う。それは別にいいのだけど、


「蓮君、焼きそば焦げてるよ」


「えっ、……あぁっ!?」


 慌ててヘラを使って鉄板の左隅に焼きそばを寄せる。どうやら左半分には火をつけていないらしい。


「んー……食べれるっちゃ食べれるけど、さすがに売り物にはできないな」


「そう? 僕はセーフだと思うけど」


 言うほど焼きそばは焦げていない。片面がちょっと焦げているくらいだ。


「そうだ、楓さんは朝ご飯食べてないよね?」


「うん」


「だったら、これ楓さんにあげるよ」


「えっ、や、それは……」


「いいからいいから」


 そう言いながら再び焼きそばを焼き始める。「じゃあお言葉に甘えて……」と言うと、蓮君はにっこりと笑った。


「味付けはソースで……って、楓さんって味が濃いものダメだったっけ」


「ダメってわけじゃないけど、あまり好きじゃないかな……」


「ソース焼きそばしかメニューはないんだよなあ……。あ、そういえば彩花がソースと醤油を間違って買ってきていたような……」


 ソースと醤油を間違えるなんて、そんな人いるんだ……。蓮君が屈んでごそごそとする。


「あったあった。何故か塩こしょうもあったし、これで醤油味に……ん? これならソース味以外に醤油味と塩こしょう味をメニューに加えたらいいんじゃ……予備のホットプレートで味付けして……」


 屈んだまま、何かをぶつぶつと呟いている。


「どうしたの?」


「え、ああ、ごめん。醤油味でいい?」


 僕が頷くと、蓮君は慣れた手つきで焼きそばに醤油を振りかけて手早く混ぜ、プラスチックの容器に移した。


「はい。醤油は初めてだから目分量だけど」


「ありがとう」と蓮君から受け取って、一緒に渡された割り箸を使って一口食べる。


「どう?」


「うん。美味しい。蓮君って料理上手なんだね」


 間違いなく僕よりは上手だ。


「そんなことないって。上手なら焦がさないだろうし」


 蓮君が笑う。


「それより、ありがとう。楓さんのおかげでメニューが増えそうだよ」


「そ、そう?」


 あれ。僕、何かしたっけ?

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