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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第二部一章 お祭り騒ぎ
65/132

第60話 年に一度のお祭り ◆

挿絵(By みてみん)

「椅子全部運び出したよー」


「机もいらないんだよな?」


「うん。あ、机は二つ残しておいて。受付で使うから」


「りょーかい」


「ポスターはこれで最後?」


「あと一枚あるよ」


「えー、もう貼る場所ないわよ?」


 クラスのみんなが学園祭開始直前の準備に追われるなか、僕と葵さんは机の上にノートを広げて、それを食い入るように見つめていた。


「投影機の操作は午前が遥と禅条寺さん。午後が山本さんと遠近さん。演目の語り手は毎回交代として、午前が私の班、午後が森さんの班。あとは受付に常に3人は常駐するように、1時間を目安に流動的に交代。これでいいかな?」


「うん。いいと思うけど……あの、僕は?」


 葵さんが書いた今日一日のローテーション表。各々の負担が均一になるようにと、葵さんが各役割の分担と交代時間を細かく書き込んでいるのだけど、二日ある学園祭の一日目を担当するはずの僕の名前がどこにもなかった。


「楓ちゃんには別にやってほしいことがあるの」


「やってほしいこと?」


 葵さんが頷き、ポケットから『2年D組プラネタリウム 半額券』とだけ書かれた簡素な名刺サイズの割引券と、机の中からA4サイズのポスターを取り出して机の上に置いた。


「このポスターを体のどこか目立つところに貼って、宣伝して来てもらいたいの」


 ポスターを受け取る。こっちの作りは割引券と比べて凝っている。カラー印刷したポスターの背景には綺麗な星空が描かれていて、上部に大きく『プラネタリウム』と、そして中央に場所や演目の内容、時間などが書かれている。


 広告塔みたいなものかな。そういえば桜花の文化祭でも同じようなことをクラスの女の子がやっていたような気がする。たしか、校舎の出入り口にドレス姿で立って、ビラを配っていたと思う。僕は受付の係だったから実際やったわけじゃないけど、その宣伝の御陰でお客さんが来たことは覚えてる。それを僕がやればいいってことだ。


「楓ちゃん、やってくれる?」


「うん。いいよ」


 特に断る理由もなかったので承諾する。じっとここで受付をするよりも、宣伝をしながら学園祭を歩き回ったほうが楽しそうだ。葵さんは目をぱあっと明るくする。


「ありがとう。それじゃポスター貼るからそこの椅子に座って」


 言われるままに近くにあった椅子に腰を下ろすと、葵さんは僕の後ろに回り込んだ。


「制服の前に貼ればいいんじゃないの? それかダンボールに貼って、それにひもを通して首からぶら下げるとか」


「それだとかわいくないでしょ?」


 宣伝なんだから、かわいさがどうのこうのよりも目立つことが重要だと思うんだけど。葵さんが手を僕の髪に差し込み、サッと下に向かって梳く。


「楓ちゃんの髪ってほんと綺麗ね。サラサラしてて全然絡まらないし、私もこれくらい綺麗だったら伸ばすんだけどなぁ」


「葵さんの髪、綺麗だよ?」


 社交辞令でもなんでもない、思ったことを告げる。


「ありがと。でもあまり長いとペタッてなるからダメなの」


「そうなんだ」


 髪質は人それぞれ。本人がそう言うんだからダメなんだと納得する。髪を梳かれるのが気持ちよくて瞼が自然と降りてくる。


「はい。できあがり」


 葵さんの手が止まる。いつもと違う、頭のてっぺんから後ろに引っ張られるような感覚に手を回す。後頭部の高い位置で髪がまとめられていた。


「ポニーテールの楓ちゃんもかわいい」


 手鏡を受け取って覗き込み、言葉を失った。葵さんの言うように、僕の髪型はポニーテールになっていた。別にそれはいい。いいのだけど、この髪を束ねた大きな赤いリボンはなんなんだろう。このリボンのせいでお世辞にも年相応には見られにくい容姿が、さらに幼く見えてしまっていた。正直、本人である僕でさえも、自分みたいな子を町中で見つけたら高校生だとは決して思わない。それほどに赤いリボンが僕の子供っぽさを強調していた。


 半眼で葵さんを見上げるも、動じる様子はない。これが遥なら一言「いやだ」と言ってすぐに解くのに、相手が葵さんだからそんなこともできない。僕はため息をつく。……まあ、学園祭だし、これくらいいいか。


「それで、ポスターはどこに貼るの?」


「もう貼ってあるよ」


 葵さんが僕の手を取ってポニーテールの中間あたりにもっていく。カサッと音がして、手に紙の感触が伝わってきた。どうやらポスターは髪に貼り付けているみたいだ。


「これなら動きもあって目立って、宣伝効果を期待できるし、なにより制服に貼り付けなくて済むでしょ?」


「う、うん」


 位置が位置だけに僕からは見えなくて少し不安だ。頭を振るといつもとは違う髪の重さを感じる。


「お、楓どうしたんだ? 髪型なんか変えて」


 飲み物を買いに行ってた遥が戻ってきた。開口一番そう言うと、おもむろに僕の前に立って携帯電話を構えた。


 ピローン。


「よしっ」


「ち、ちょっと遥。なんで撮ったの?」


「なんでって、そりゃ撮るだろ。なあ葵?」


「うんうん」


 カシャ。


 葵さんもいつの間にかその手に携帯電話を持っていた。


「楓がその髪型にするのって剣道の時だけだろ? 制服でこれはレアだからな」


「レアって……」


「おっ、リボンのせいもあって若く見えるな。中学の頃みたいだ」


 高校生が若いと言われて喜ぶはずもなく、キッと遥を睨み付ける。


「ひとが気にしてることを……」


「それだけ成長してるってことだよ」


 成長してる? 僕が?


「な、なるほど……って、ちょっと遥?」


 頭を撫でられる。目を細める遥は完全に僕のことを子供扱いしていた。遥に頭を撫でられるのは気持ちいいから嫌じゃないけど、ここは教室。みんなに見られているような気がして恥ずかしさがこみ上げてくる。


「もうっ」


 遥の手を払い除けて椅子から立ち上がる。リボンを解こうと手を持ち上げたけど、せっかく葵さんがセットしてくれたものを崩すのは失礼だと思い直す。


「み、水無瀬さん。わたしにもその写真譲って貰って良いかな?」


「ん? ああ、いいよ」


 禅条寺さんが自分の携帯を遥の携帯に近づけている。


「どうだ?」


「きたきた。ありがとー! 四条さんもありがとー!」


 嬉しそうに手をブンブンと振ってその場から去って行く。禅条寺さん、僕の写真なんかもらってどうするんだろう。不思議に思いながら見やると、廊下の外に禅条寺さんを中心に人の輪が出来ていた。


「さすが楓は人気者だな」


「うぅ……」


 照れくさい。何気なく右手を首筋にもっていくと、いつもならある髪がそこになかった。ポニーテールにしたことを思い出して、スースーとする首を撫でる。


『ピンポンパンポーン。あーマイクてすてす。聞こえてたら康介、手あげて。あーはいはい。オッケーと』


 ホワイトボードの上に備え付けられたスピーカーから声が聞こえた。これは結奈さんの声だ。


「結奈さんが放送の係なのかな?」


「学園には放送部なんてないから、新聞部が兼任してるんだよ」


 結奈さんは新聞部の出し物の準備もしていたはず。いろいろ大変そうだ。


『はいはいみなさん。今9時58分をちょっと過ぎたところなわけですが、準備はできましたかー!?』


『おーっ!』


 窓の外から、廊下から、そして僕達のいる教室から、空気を震わせるような喚声があがる。


『よしよし。いやー、今日は天気にも恵まれて良かったですよねー。予報では明日も快晴らしいですよ。やっぱ日頃の行いがいいから神様も空気読んだんでしょう』


「いや結奈は日頃の行い良くないだろ」


 遥がすかさず突っ込みを入れる。葵さんがその横でくすくすと笑っている。


『なーんかどこからかうちのことを非難する声が聞こえた気がしましたが、きっと気のせいでしょう。気のせいじゃなくてもうちは神経図太いのでまったく構いませんが。ほらそこの2年B組。ぶーぶー言わない』


 窓の外を見やると、昇降口近くにあるテント周辺の生徒が手を振り上げて騒いでいる。たしかあそこは2年B組の焼きそばの屋台があるところだ。


『普通同じクラスならうちの味方をするもんじゃないですかね? それが率先してブーイングってどういうこ……はいはい。もうちょっと駄弁りたいところですが、隣の副部長が早く進めろとうるさいので、そろそろいきますかね』


 スピーカーからコホンと小さな咳払いが聞こえる。彼女の次の言葉を待つかのようにざわつきは鳴りを潜め、校内は静まりかえる。


『そんじゃ、年に一度の祭典。私立千里学園高等学校、第102回千里祭の開催を宣言します!』

イラストはねこのしろさんに描いて頂きました。

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