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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部~二部 幕間
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第59話 学園祭前日

 学園祭前日の準備日ということで今日の授業はなし。朝から放課後まで学園祭の準備に当てられていた。俺達2年B組は焼きそばの屋台を出すことになっているので、部活の方の出し物を優先した人を除いた20人ほどで作業を進める。俺達図書部の喫茶店の準備は昨日までに済ませてあったので、今日はクラスの準備に注力することにした。


 学園祭実行委員である蓮の指示により、彩花や湊は買い出しへ、俺はテントの組み立て及び机、椅子の配置に取りかかった。


「じゃ、テント上げるよー。せーの」


 蓮のかけ声で天幕を被せたテントを数人がかりで持ち上げ、折りたたまれた支柱を伸ばす。支柱が折れないようにロックをして天幕を張り終える。あとは支柱の足元に水の入ったプラスチック容器を置いて、テントの完成だ。これを二つ配置する。そこが俺達のクラスに割り当てられたスペースとなる。


 テントを配置し終えると、次は鉄板やらガスボンベやら机やら、必要な物を配置していく。テントの一つは作業スペース、もう一つは飲食スペースとなる。どこに何を置けば一番効率がいいかなどと話合いをしつつ、少しずつ形になっていく。


「でも、自販機あるのにジュースなんて売れるんかね……?」


 小さな浴槽に4本の足をとりつけたような形をした冷却ボックスを見て言う。


「自販機より20円安く、しかも100円のワンコインだから買っていく人はそれなりにいると思うよ。あと、ついでで買う人とか」


「あー。それはあるかもな。俺も屋台寄って飲みもんが横にあったらついでに買うことよくあるし」


「康介みたいな人を狙ってるんだよ」


「ほぉ……」


 微妙に単純と言われたような気がする。でもたぶん気のせいだ。蓮はそんなことを言うヤツじゃない。湊やらを相手にしているとどうしても疑ってしまう。


 周りでは俺達同様に他学年他クラスの男子女子が作業に追われている。様子を窺う限りは、俺達はまだ順調に進んでいる方のようだ。テントを張り終えているクラスは数えるくらいしかなかった。この一週間の忙しさが報われたような気がしてちょっと嬉しくなった。


「配置も終わったから、後は焼きそば作るだけだね」


「また作るのかよ!?」


 ここ一週間毎日練習と称して料理してきたってのに、まだ作るつもりなのか?


「仕方ないって。明日は彩花も湊もいないんだから、今日中に作ってもらわないとクラスの新階派が暴動を起こすよ?」


 蓮が肩を竦める。暴動なんて大袈裟な、と言いかけてやめる。ほんの2日前に、調理の練習と言う名の試食会前に「時間も遅いし今日はもう帰ろう」と声をかけて、クラスの女子と男子の半数から凄い形相で睨まれ、嫌な汗が噴き出したのを思い出す。


「そ、それなら仕方ないな……」


 顔を引きつらせながら言い、嘆息する。塚崎先輩のあの人気もそうだが、どうしてこの学校は在学生の特定の人物に惹かれる人が多いのだろう。やはり学校自体にそういう習俗があるから、知らぬ間に感化されてそうなるとか? まあたしかに、テレビの中の遠い存在を追っかけるよりは実際に見て話せて時間を共有できる人を慕う方が身近に感じられていい。そう考えるとうちの生徒は世間よりも現実的とも言える。しかし、だからといって実害を受けた俺としては彼ら彼女らを認めることはない。そりゃそうだろう。20、30という瞳に一斉に見つめられて恐怖を覚えたら誰だって拒否反応が出る。ただでさえ彩花、湊と仲がいいからと心持ち風当たりが強いってのに。


「ほんとアイツらには困るよな」


「は、ははは」


 蓮が微妙な顔をして笑う。ああ、コイツも四条さんと仲がいいからと、俺と似たような目にあってるんだったか。まったくご苦労様なことだ。


「いえーい。蓮に康介、作業は順調?」


 蓮にシンパシーを感じていると、気分とは真逆の明るい声が聞こえた。声のした方に目を向ければ、そこにいたのは新聞部の部長、西条結奈がいた。


「うん。もうほとんど終わって、あとは買い出し組が戻ってくるのを待つだけだよ」


「へ~。ってことは毎日恒例の試食会はもうすぐ?」


「えっと、買いに出たのが1時間前だから……うん、そろそろだと思う」


「よし。んじゃこのままここで待ってよう」


 結奈は飲食スペースに並べていた椅子に座り、手に持っていたデジカメを机に置く。


「ふふーん」


 鼻歌混じりにデジカメを操作して、ふいににへらと表情を緩めた。


「新聞部の方はいいのか?」


「うん? あーうん。少し前まで頭抱えてたけど、今は万事オッケー」


 視線をデジカメに固定したまま返事する。何を見ているんだろう。そう思ってデジカメの液晶画面を覗こうとするも、それに気付いた結奈に阻まれた


「だめだめ。これは新聞部の出し物の華なんだからさ」


「はな?」


「偶然うろうろしていた時に撮れたんだけどね。いやー。これで新聞部も安泰だわ」


 一体何をとったんだろう……? 新聞部の出し物で結奈が喜びそうなもの……。


「もしかして楓さんを撮ったの?」


「さっすが蓮。正解」


 なるほど。四条さんか。それなら納得だ。


「最近何故か表情が柔らかくなって、ぐっといい絵が撮れる機会が増えたんだけど、なかなかベストショットが撮れなくて……。それがちょうどさっきやっといいのが撮れたんだよ。前日にして撮れるなんてやっぱりうちには何かついてるねっ」


 結奈が興奮気味に話す。毎月の広報紙であることないこと書いて敵を作りまくる結奈だが、新聞部だけあってそのカメラの腕は優秀。一年の頃には何かのコンクールに応募して賞を取ったほどだ。変な記事なんて書かずに真面目に写真を撮っていれば、先生からは褒められ、生徒からは尊敬されるというのに、「自分が撮った写真の記事を書くのが楽しい」と言って止める気はさらさらないらしい。周りからどう思われるかよりも、自分が楽しむことを優先する。それが結奈という人だ。


「あ、蓮だけになら見せてもいいよ? どう、見たい?」


「な、なんで俺だけなんだよ」


 慌てた様子で言い、顔を背ける。そんな蓮を見て結奈がにやりと笑った。蓮は隠しているつもりなのだろうが、ぶっちゃけ彼は四条さんのことが好きなんだろう。本人には確認していないが、十中八九当たっていると思う。根拠はいくつかあるが、決定的なのは一週間前の出来事だ。


 一週間ほど前に四条さんが学校を休んだ。それまで休まずに学校に来ていたので、少なからず学校では話題になった。そんな日に、蓮は午前の授業を全て休んだ。真面目な蓮が特に理由もなく遅刻したことに、みんなは当初不思議がったが、学園の制服を着た男子が辛そうにしていた彼女を自転車の後ろに乗せていたという目撃情報から、おそらくその男子が蓮なのではと、B組ではもっぱらの噂になっていた。そして翌日。登校した四条さんが、一昨日までと雰囲気が違うとD組で話題になっていたことと、蓮がやたら機嫌が良かったことから、彼女を自転車に乗せていた男子というのは蓮であることは容易に想像できた。まあ、二人の様子からして告白とかそういった恋愛絡みのことは何もなかったようだが、それでも二人の仲は少し進展したようだ。


「いやー。楓さんフリークな蓮なら絶対拝みたいんじゃなかろうかと思って」


「フ、フリークって、俺は別にそんな……」


「あーべつに言わなくていいよ。顔見れば一発だから」


 蓮の顔は真っ赤になっていた。結奈の言うように、それだけで彼がどう思っているのかは一目瞭然だ。


「ま、あんたたち二人には世話になってるし、特別に見せてあげよう」


 結奈がデジカメを蓮に手渡す。俺はそれを横から覗き込んだ。そこには、小さな四条さんが自分より大きな妹を見上げて微笑む姿があった。並んで歩く二人は、楽しそうに何かを話しているようだ。四条さんの笑顔を見たのは初めてだったせいもあり、不覚にもドキッとしてしまった。


「校舎を背景に仲睦まじい感じがいいでしょ」


「お、おお……」


 緊張から声がどもってしまう。それだけ彼女の笑顔には何か引きつけられるものがあった。と、そこで蓮が何の反応も示していないことに気付く。四条派でもなんでもない俺でもこうなのだから、さぞかし驚いていることだろうと目を向ける。


 蓮は笑っていた。俺のように驚いた様子は微塵もなく、ただ嬉しそうに彼女を見つめていた。やっぱりお前四条さんのことが好きだろう、と程度の低いからかいをしてやろうと思ったのに、そんな気は失せてしまった。結奈も同じようで、俺と目が合うと肩を竦めた。


 数分後に彩花と湊が買い出しから戻ってきて恒例の試食会が始まるまで、蓮はずっと見続けていた。


 そうして長かった2週間が終わり、ついに学園祭当日になった。

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