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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部~二部 幕間
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第58話 朝の風景

 そんなこんなで数日が過ぎ、いよいよ明日は学園祭となった日の朝。


 俺はいつものようにバスに乗るため、停留所のベンチに座って携帯を弄っていた。家のすぐ近くにあるこの停留所には学園行きのバスが立ち寄る。ここから学園までは高低差と距離があり、一般的男子高校生が全力で自転車を漕いでも片道30分以上かかる。朝から汗だくだくで学校へは行きたくないので、無難にバス通学を選択しているのだが、ここから学園経由の乗客は少ないらしく、そのせいで朝の通勤ラッシュタイムでも30分置きにしかバスは来ない。


 朝の1分1秒は貴重。二度寝なんて最高だ。バスのためだけにロスタイム(二度寝)を削るなんてありえないことだ。そのため予鈴前にちょうどたどり着ける7時50分発のバス以外に乗るつもりはさらさらなく、とは言え遅刻するわけにもいかないので、少しだけ余裕を見て毎日5分前にはこの停留所に来るようにしている。


 ちなみに起きるのは7時40分。10分じゃご飯までは食べられないので、必然的に朝は抜いている。まあ、2時限目の休み時間にパンを買って食べるから問題ない。


 渋滞するような道でもないので、時間通りにバスは停留所へとやって来た。携帯をしまい、バスに乗る。定期を読み取り機にかざしながら最後尾の座席へ目を向ける。


「おーはよー」「おはよう」


「よお」


 彩花と湊に挨拶を返し、最後尾から一つ前の席に座る。俺と二人の家は近いわけではないが、同じ路線沿いにあるので、俺がバスに乗り遅れない限り朝は一緒なのだ。


「学園祭、ついに明日だね。楽しみだなー」


「そうね。この日のためにデシカメも新しいのを買ったし、カードいっぱいになるまでお姉さんを撮らないと」


「そのカードの容量いくつだ?」


「64ギガバイト」


「……姉妹でもストーカーは犯罪だぞ」


「許可は取ってあるから合法よ」


「思い出は残さないとね!」


 親指を立てる彩花。彼女は湊のドのつくほどのシスコンっぷりを理解していない。自分が湊を慕うように、湊も自分を慕ってくれている程度にしか思っていないのだが、実際は湊のそれはメーターを振り切れている。


「去年とは違って、忙しくなりそうだよねー」


「準備からして大違いだからなあ」


 去年の俺達は図書部の出し物は3年に任せて参加せず、もっぱらクラスの出し物を手伝っていた。初めての学園祭だったので手際が分からず苦労するのかと思いきや、朝霧葵さんという成績学年トップの女の子がクラスを上手く取りまとめてくれたことで、準備から本番まで滞りなく進み、あまり苦労したという記憶はなかった。


 しかし今年はその朝霧さんがいないせいか、いや確実にいないせいで、鉄板一式やテーブルはどこで借りればいいだとか、食材はどこで買えば安く済むだとか、そんな簡単なことでも議論が発生し、やたら準備に時間がかかってしまった。朝霧さんのようなリーダーはこういうときに必要なんだと痛感した。それに加えて今年は図書部の喫茶店の準備もあったから、今週は毎日暗くなるまで学校に残っていた。よく頑張ったよ、俺。


「あ、そういえば、ちゃんと如月君に当日は手伝えないって言ってある?」


「ええ。昨日ローテーション組んでいたから、その時に」


「良かった。さすがにそっちまでは手が回らないからね」


 ちなみに当日俺達はクラスの方には参加しないことになっている。図書部の方でいっぱいいっぱいなのだ。


「でも、ちょっと悪い気がするね」


「気にすることないわ。そんなに人数の必要な出し物でもないし、3人減るぐらいどうってことないでしょ」


「うちのクラスは帰宅部が多いからな。そいつらがなんとかするだろ」


 湊と俺がそう言っても、浮かない顔をする彩花。他人に任せて自分達の出し物を優先することに後ろめたさがあるようだ。


「心配だった結奈も新聞部で精一杯のようだから大丈夫よ」


「ゆ、結奈ちゃん……」


 彩花が結奈という言葉に敏感に反応する。


「新聞部って、今年は何するのかな……?」


「ミスコンはやらないらしいけど……何するのかしら?」


「毎日カメラ片手に学校中うろうろしていたが……もしかして写真展でもするのかもな。学校の風景的な」


「ないわね。そんな真面目な出し物を結奈がすると思う?」


 俺と彩花が首を振る。ぶっちゃけ俺も言ってみただけで、西条が真っ当なことをするとは思えない。


「隠し撮り写真を売りさばく方が結奈らしいでしょ?」


 俺と彩花が頷く。本当にやっていたらさすがにどうかと思うが。


「さすがの結奈もそこまではしないだろうけど……たぶん」


 最後の方は囁くような声だった。自信がないらしい。


「まあ結奈のことはおいといて……。クラスの方は如月に任せておけば大丈夫よ。剣道部の方は3年が主体だから参加しなくていいって言っていたし」


「あ、そうなんだ」


 納得したと頷く。俺達と同じく部活に所属している如月に任せるということが負い目だったようだ。


「ところで康介。ちゃんと衣装合わせはしたんでしょうね?」


「ああ。嫌々ながら一通り着てみたよ。全部怖いぐらいにぴったりだった」


「えー。コスプレしたの? ボク見てないよ」


「安心しろ。誰にも見せてないから」


 彩花が「えー」と頬を膨らまれる。そんなかわいらしい仕草をしても、女装姿なんて誰にも見せない。約束の学園祭当日以外は。


「見たいのにな~」


「どうせ明日見れるだろ」


「今日見たいのに~」


「お姉さん、あきらめましょ。それは当日のお楽しみと言うことで我慢して、今日はメニューの確認とビラを貼りに回らないと」


「仕方ないなぁ。湊がそう言うなら我慢する」


 今日の準備、そして明日の学園祭について会話を弾ませるなか、バスは学校へと向かう。しばらくしてバスが停留所に止まり、ガラガラの車内に一人、金髪碧眼の女の子が乗り込んできた。


「おはよう。今日も3人は仲がいいわね」


 彩花と同じ金髪を手で押さえながら彼女、塚崎穂乃花は言った。


「姉妹ですから。ね、お姉さん」


「ねー」


「俺は?」


 俺を無視して抱き合う二人。なにこの百合姉妹。って元々そうだったか。その様子を微笑みを浮かべて見つめながら、塚崎先輩が隣の席に座る。


「んじゃ、そろそろいつものいこっか」


 彩花が体を離し、右手を突き出す。


「ええ。そうね」


 途端に二人の表情が引き締まる。距離を取り、右手を構える。俺と塚崎先輩は何も言わずに見届ける。それは毎朝の光景。この二人と出会った1年半前には既に始まっていた恒例行事。


『ジャンケンポン!』


 かけ声とともに腕が振り下ろされる。彩花はチョキ、湊はグー。湊が胸の前で両手を合わせて喜び、彩花が座席に手をついて落ち込む。


「まけたぁー」


「私の勝ちだから、今日は私が『姉』ね」


「うぅ~。分かったよ」


 少し頬の赤くなった彩花がコホンと咳をする。そして、


「お姉ちゃん」


 恥ずかしそうに言った。


 朝のジャンケンで勝った方がその日一日姉をする。それが新階彩花と湊のきまりだった。今日は湊が勝ったから湊が姉だ。なぜこんなことをするのか。それは誰も知らない。聞いても答えてくれないのだ。会った当初は単なる遊びかとも思ったが、ジャンケンの時の雰囲気、そして毎日欠かすことなく続けていることから、それがただの遊びではないことだけは分かった。


「本当はどっちが姉なんでしょうね」


 二人には聞こえないように塚崎先輩に話しかける。


「俺は湊だと思うんですよね。先輩はどう思います?」


「どうなのかしらね」


 塚崎先輩が曖昧に答える。


「それにしても、そんなに二人は姉になりたいんでしょうか?」


「さあ。でもきっと、彩花も湊も姉になりたいのではなく、相手を妹にしたいのではないのかしら?」


 それって同じ意味じゃ? そう思ったが、彩花と湊を見ているとそっちの方がしっくり来る気がした。

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