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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部三章 楓と椿
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第51話 遥とはずっと友達でいたいんだ

「んん……」


 目が覚めた。ぼやけた視界のまま額に手を当てる。熱は下がったみたいだ。ただ、まだ少し頭がフラフラする。


「おっ。起きたか。気分はどうだ?」


「遥?」


 声のした方に目を向ける。ベッドのすぐ横に、勉強机の椅子を持ってきて座る遥の姿があった。周囲をぐるりと見回す。遥以外に姿はなく、蓮君もいなかった。


「蓮ならアタシと交代で学校へ行かせた。残るって五月蠅かったが、アタシが無理矢理な」


 そう言って笑う遥。相変わらず言い方が悪い。蓮君のことを考えて、学校へ行くよう勧めただろうに。


「今何時?」


「12時過ぎたところ。腹減ったのか?」


「ううん」


「だろうな。でもちゃんと食べないと元気にならないぞ。ほら、雑炊なら食べられるだろ?」


 遥が机から一人用の土鍋を載せたお盆を持ってくる。そんな器、うちにあったっけ? 椿が使っているところを見たことがなかった。


「その土鍋、どこにあったの?」


「ん? 戸棚の奥にあった箱に入ってたぞ」


 箱に入っていたってことは、一度も使わずにしまっていたということ。見たことなくて当たり前だ。上半身を起こし、遥からお盆を受け取る。膝の上に置いて、土鍋の蓋を開ける。中から暖かそうな湯気が立ち上り、半熟の卵が載ったシンプルな雑炊が現われた。美味しそうだ。


「これ、遥が作ったの?」


「楓、それ分かって言ってるよな?」


 あははと笑って誤魔化す。遥は料理がさっぱりできない。こんな簡単な雑炊だって、遥には作ることが出来ない。きっと溶き卵は団子状になって、ご飯は焦げ、味はまったくないか、食べられないほどに濃いかのどちらかになると思う。


『適量ってなんだよ! ちゃんと分量かけよ!』


 中学の頃の調理実習でそう叫んでいた遥を思い出す。あの時は結局醤油一本どばどばと入れてたと思う。隣で先生がオロオロしていたのが面白かった。


「作ったのは蓮だよ。まさかアイツ料理が出来るとは……」


 蓮君が? そういえば伯父さんの家にいたときに、蓮君に何度かご飯を作って貰ったことがある。美味しいとまでは言えなかったけど、自分のために作ってくれてとても嬉しかったのを覚えている。れんげを持って雑炊を掬い、ふーふーと熱を冷まして口に運ぶ。やっぱり椿と比べると、お世辞にも美味しいと言えるものじゃなかった。でも心がふわっと暖かくなった。


「やっぱ最低限の料理くらい出来た方がいいのか?」


「出来ないよりは出来た方がいいんじゃないかな」


「だよな~。ちょっと勉強してみようかな」


「遥が料理を?」


「なんだよその顔は~」


「いひゃいひゃい」


 頬を摘まれて左右に引っ張られた。加減してくれているから本当は痛くないけど、雰囲気的に言葉が出てしまう。遥が頬を引っ張りながらにやにやと笑う。


「そういう楓だって、調理実習でカレー作るときに、アタシが持ってきたニンジンを隠そうとしてたよな? 料理を作る者としてあるまじき行為だろ」


「や、やってにんひんなんへいへはらかへーがおいひくなふなる」


「そんなにニンジンが嫌いなのか?」


「うん」


「そこははっきりと言うんだな……」


 やっと手を離してくれた。ぺたぺたと頬を触ると、少しだけ熱を持っていた。


「まあでも、奈菜も沙枝も楓さえも、みんな一応料理できるんだよな」


「なんで僕だけ『さえ』が付くの……?」


「楓は上手とは言えないから」


「うっ……たしかに。奈菜は一通りのものは作れるし、沙枝に至っては料理が趣味なんじゃないかってくらい上手だもんね」


「アイツはそつなく何でもこなすからな~。ザ器用貧乏」


「またそうやって悪く言う」


「いいんだよ。ただ褒めたら面白くないだろ? 沙枝は1言うと1以上で返してくるから面白いんだよ」


 遥がニシシと笑う。それに巻き込まれて困るのは僕と奈菜なんだけどね。


「……さてと、ご飯も食べたようだし、それじゃ説教に入りますかね」


 遥が膝に置いてあったお盆を取り上げ、机に置いた。声のトーンと表情はそのまま、いつもの遥だ。でも、その瞳は僕を射貫いてしまうほどに力強く僕を真正面から見つめている。


「なんで椿に嘘をついた? いや、それはまだいい。アタシもその気持ちは分かる。だけど、その嘘をつくために外へ一人で出たのはいただけない。何かあったらどうする? 楓は体が弱いんだぞ? もしそれで自力で家に戻れなくなっていたらどうする? どうせ楓のことだから自分から連絡なんて寄越さないだろ? そしたらアタシも椿も蓮も奈菜も沙枝も、みんなが楓のことを心配す――あー、心配するのはアタシ達の勝手だ。楓が気にすることじゃない。でもな、楓のことを大事に思い、心から楓のことを案ずるヤツがいるということを心に留めておいてくれ」


 声はとても静かだった。表情も、どちらかといえば微笑んでいる。僕のことを気にかけてくれているからだ。それでも、僕には遥がとても怒っていることが分かった。きっと怒鳴ってしまいたいぐらいに。だって、遥の両手はさっきからきつく握られたままで、僅かに震えていた。


「ごめん。で、でもさっきはああするしかなかったんだ。これ以上椿に迷惑をかけるわけにはいかないから。僕は椿の姉なのに……」


「まったく。姉だ兄だと細かいことを気にして……」


「こ、細かくないよ! 僕にとってはとても大事なことだ! 勝手に遥が決めないで!!」


 遥が驚きに目を丸くする。自分のしたことに気付いて「ごめん」と呟いて俯く。僕がこんなに声を上げたのはいつ以来だろう。たぶん中学2年の頃。そう、まだ遥と友達とは言えなかった頃だと思う。友達になってからはこれが初めてだった。


「僕は椿の姉なんだ」


「だから、椿の面倒は自分が看る、と?」


「そこまで僕も思ってない。ただ、僕は姉なんだから、椿から尊敬されるような、椿に頼られるような、椿のことを守ってやれるような、そんなお姉さんにならないと」


 遥がため息をつく。睨み付けると、「悪い」と謝ってくれた。


「どうしてそこまで完璧な姉になろうとする? 実際そんなヤツなかなかいないぞ?」


「周りは関係ないよ。僕はそうならないといけないんだ」


「なんでそう思うんだよ」


 下を向いて口を閉ざす。またため息が聞こえた。


「……なあ、楓。アタシはさ、楓とは高校を卒業しても、大学を卒業しても、社会人になっても、誰かと結婚しても、お母さんになっても、お婆ちゃんになっても、今と変わらず親友でいたいと思うんだ」


 遥が突然そんなことを語り出した。僕ではなく、天井の辺りを見つめながら。正直そんな先のことまでは分からない、と言いたいところだけど、気持ちは僕も遥と同じだ。いつまでも、出来るなら死ぬまで遥とは一番の友達でありたい。でも、どうして今そんなことを?


「それでさ。何十年後かに突然、『あの時は本当はこう思ってたんだ』なんてカミングアウトされるのがアタシは嫌なんだよ。何十年も前のことを言われて、『あの時こうしていれば良かった』と悔やむことをしたくないんだ。楓とは笑って話せることばかりを残していきたいんだ。『あの時は楽しかったな』って思えることばかりにしたいんだよ」


 遥は「アタシの我が儘なんだけどな」と付け加えて苦笑した。


「で、それを成就させるには、楓の協力が必要なわけだ」


 ぽんっと、僕の頭に手を置く。遥、それはつまり僕を……


「話してくれたら、後で好きなものなんでも買ってやるからさ」


「え? えっと、別に僕は――」


「遠慮するなって。アタシが自分から奢るって言ってんだ。こんな機会は滅多にないぞ?」


 少しだけ力を入れた手で頭を撫でられる。髪がぐしゃぐしゃになるけど、どうせさっきまで寝ていて寝癖が付いていたんだから気にならない。


「……じゃあ、ウェルマートのプレミアムミルクプリンと、桐町のケーキ屋さんのカスタードシュークリーム。それと桜花の駅近くのケーキ屋さんのチョコレートケーキ。それと」


「ま、まだあるのかよ」


「それと……それを全部二つずつ。遥と一緒に食べたい」


 一瞬きょとんとする遥。でもすぐに笑顔になって、


「分かった。約束は守る。だから」


「……うん。僕も遥とは、いい思い出ばかりにしたいから」


『楓さんは、もう少し甘えていいと思うよ』


 蓮君の言葉が脳裏をよぎる。そうだね蓮君。少しだけ、僕は遥に甘えてみようと思う。


「遥には話すよ。僕が椿にしてしまったことを」


 そして僕は、6年前の話を少しずつ遥に語り始めた。

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