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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部三章 楓と椿
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第48話 椿は僕のことが好き

「いいところって、ここ?」


「そう、ここだ」


 やってきたのは料理部の部室、料理実習教室。普段、特別棟の中で唯一騒がしいその部屋は、今日も中から賑やかな声が聞こえていた。


『塚崎先輩! 大発見です! プリンにしょうゆをかけるとウニの味かします!』


『そう、良かったわね』


『むっ。コーンポタージュに味付けのりを付けても少しウニっぽい味がします!』


『そう、良かったわね』


『やっぱりウニって美味しいですよね、先輩!』


『そうね』


『ということで塚崎先輩!』


『なにかしら?』


『プリンとしょうゆをご飯にかけてウニ丼として学園祭に――』


『香奈』


『何でしょう、先輩?』


『真面目に学園祭に出すメニューを考えなさい』


『は、はぁ~い……』


 ……さすが香奈さんだ。部活動として真面目に料理を作るはずの料理部が、しょうゆとプリンがのった『偽ウニ丼』を出してどうするんだ。そういうものはクラスで出すようなネタを追求したお店が出すメニューじゃないか。それにプリンにしょうゆなんて勿体ない。プリンはプリンのまま食べるべきだ。


「相変わらずだな。香奈は……」


「あれ、遥は香奈さんを知ってるの?」


「穂乃花先輩に誘われてここに来てから、何度か足を運んでいるんだよ」


 四季会長繋がり、ということかな。いくら顔の広い遥でも香奈さんと直接知り合ったというわけではなさそうだ。


「んじゃ入るぞ」


 振り向かずに遥は言って扉を勢いよく開ける。


「穂乃花先輩、楓連れてきましたよ」


「へ? 連れてきた?」


 頭にハテナマークが浮かぶ。不思議がる僕に、「さっき穂乃花先輩に今から行くってメールしてたんだよ」と耳打ちする。いつの間に……。


「待ってたわ。さあこっちに来て座って」


 穂乃花先輩はパイプ椅子を部屋の隅から持ってきて二つ並べて置く。お礼を言って座りると、目の前に美味しそうなケーキと紅茶が現われた。


「え、あの、いいんですか? ……って遥もう食べてるっ」


「出された物は食べないと悪いだろ?」


 それはそうだけど、物には順序というものが……まあ遥だから仕方ないか。


「楓も遠慮することないわ。これは学園祭に出す予定のチョコケートシフォンケーキなの。味見してくれると助かるわ」


「あー! 先輩あたしも食べたいです!」


 香奈さんが元気よく「はい!」と手を上げてピョンピョンと跳ねる。


「あなたはさっき食べたじゃない。しかも料理部員なのにろくな感想も言えなかったし……」


「はう!」


 香奈さんが胸の辺りを押さえて机に突っ伏す。


「はあ……。さっきからこの繰り返しで、ずっと香奈の相手していて少し疲れてたの。あなたたち二人が来てくれて良かったわ」


「そ、そうですか」


 やっぱり穂乃花先輩でも香奈さんの相手は疲れるんだ……。


「さあ、ケーキ食べてみて」


「えっと……。じゃあ遠慮なく」


 フォークでケーキを一口サイズにカットして口に運ぶ。チョコレートの少しの苦みと甘さ、そして生地のふんわりとした食感がちょうどいい。


「おいしいです。ちょっとチョコレートが苦めなので、子供向けというよりは大人向けの味、ですか?」


「苦かったか? アタシはまったくそうは思わなかったけど」


 遥がそう言いながら顔を上げる。頬にチョコレートの欠片がついているのを見つける。


「遥、チョコ付いてる」


「ん、どこだ?」


 遥が反対側の頬を触る。


「取ってあげる」


 手を伸ばして頬についたチョコレートを人差し指で取って口に運ぶ。


「うん。やっぱりちょっと苦い」


「そうか?」


「楓の言うとおり、少し甘さ控えめのチョコレートを使用しているわ。甘党だと聞いていた楓が食べられるか心配だったけど、これなら大丈夫そうね」


「はい。これくらいの苦さならちょうどいいです」


 穂乃花先輩が嬉しそうに頷く。


「……いや、塚崎先輩。さらっとスルーせず、そこは楓先輩が遥先輩の頬に付いたチョコを取って舐めたところを突っ込むべきでしょう!?」


 いつのまにか復帰していた香奈さんがバンッと調理台を叩いて語気を荒げる。


「微笑ましい光景じゃない」


「たしかにそうですけどそうじゃなくて! もっとこう『エロい!』とか『百合い!』とかいろいろあるでしょう!?」


 エロいはまだ分かるとして、『ゆりい』ってなに……?


「私はあなたみたいに漫才師を目指しているわけじゃないのよ」


「あたしも目指してませんよ!」


 香奈さんが調理台を再び叩く。穂乃花先輩が目を丸くする。


「目指してないの?」


「目指してないのか?」


「目指しているものとばかり」


「目指してませんよちょっとしか! って楓先輩まで!?」


 ちょっと目指してるんだ。香奈さんなら弄られキャラとしてテレビとか出られそうだと思うんだけどなあ……でも、身内だから面白いと言うこともあるのかもしれない。安易にその道を勧めるのは香奈さんのためには――


「なんか楓先輩深刻そうな顔してますけど、そんなに真剣にあたしの将来とか考えなくていいですからね!?」


「いいじゃないかお笑いでテレビに出るっていうのも。有名になったらサインもらってやるからさ」


「そういうなげやりなのもどうかと思います!」


「あら、だったら今のうちに香奈のサインもらっておこうかしら」


「塚崎先輩も乗らなくていいです!」


 穂乃花先輩が「そう?」と首を傾げてどこからか取り出したペンと紙を引っ込める。


「乗る乗らないはともかく、そろそろ戻った方がいいんじゃない? また椿に怒られるわよ?」


 穂乃花先輩が微笑みながら時計を指差す。それを見た香奈さんが「あ」と口を開けて動きを止める。


「わ、わわわっ。ちょっと休憩のつもりがもう30分も経ってる! 先輩方、いろいろ言いたいことはありますが、ここは渋々引き下がります! ではまた!」


 そう言い残して、香奈さんは教室を走って出て行った。


 ◇◆◇◆


 香奈さんがいなくなって、途端に静けさを取り戻す料理部。ケーキを口に運び、紅茶を飲んでほっと息を吐く。さっきのにぎやかな感じもいいけど、これはこれでまったりできていいかもしれない。


「ねぇ。楓」


「はい?」


 穂乃花先輩がカップをソーサーに置き、視線を合わせてくる。


「椿は中学の頃、何の部活をしていたか知っているかしら?」


「いえ」


 僕と椿は、自ら進んで昔、そして離ればなれになっていた頃の話はしない。それは特に意識しているわけでもなく、なんとなく自然とそういうことになっていた。きっと、


『安易に過去に触れてはいけない』


 椿も僕も心の何処かでそう思っているのだろう。


「調理部。今の料理部とそう変わらない部活に所属していたそうよ」


「中学の頃から、ですか」


 そうか。それで椿はあんなにも料理が上手だったんだ。高校から料理部に入って料理を習い始めて、数ヶ月であの腕前になったとは到底無理なことだとは思っていたけど、それは叔母さんから少し習っているものだと思っていた。まさか中学から部活動として料理を作っていたなんて。


「ねえ、楓。どうして私が料理部に所属しているか分かる?」


「えっと……料理することが好き、だからですか?」


「ええ、そうよ。では、どうして料理することが好きなのか、分かるかしら?」


 手の込んだ料理を上手に作ったときの達成感? それとも新しい料理を作り出すことの未知の探求? ……違う気がする。穂乃花先輩は優しく微笑んで僕の言葉を待っている。……ああ、そうか。きっとこれは単純なことなんだ。


「自分の料理を食べて貰って、美味しいって喜んで貰うこと、ですか?」


 穂乃花先輩がゆっくりと頷く。


「正解。そしてそれは、椿も同じなの」


「椿も同じ?」


「ええ。中学の頃の椿はいろいろ考えたのでしょうね。その人に喜んで貰いたい。笑ってほしい。できればそれが一瞬ではなく、長く長く続くように。そのために自分は何ができるだろうって。そして行き着いたのが、ご飯を作ってあげること。ほら、ご飯って毎日食べるものでしょ? 毎日、美味しい物を作ってあげれば、その人に毎日喜んで貰えて、笑って貰えるでしょ? そう考えた椿は目標に向けて中学から調理部に所属し、高校に入ってもそれを続けた。最初は腕を磨くことに必死だった彼女も、ここの料理部に入部する頃には、料理することが好きになっていたそうよ。そして先月にはついにその人にご飯を食べて貰えて、美味しいって言って貰えたそうなの。部室にきた椿は私に言ったわ。涙が出るほど嬉しくなったのは生まれて初めてだって」


 そこで話を区切り、ふぅと息を吐いて紅茶を一口飲む穂乃花先輩。その人。それはつまり僕のことだろう。椿が中学の頃から料理部に所属していたことに驚いたけど、それ以上にその所属していた理由が『僕にご飯を作りたいから』ということにことさら驚いた。


「好きな人にご飯を作ってあげて、美味しいって言って貰えると、ご飯を作る事なんて手間だなんて思わないの。むしろ楽しいのよ。どんなに忙しくても、その人に喜んで貰えるなら頑張って作ろうと思えるの。そしてそれは、それだけあなたのことを慕っているということなのよ。楓」


 椿が今の僕を慕っている? 穂乃花先輩の言葉が心に響く。


「そう。椿はね、あなたが思っている以上に、あなたのことが大好きなのよ」

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