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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部三章 楓と椿
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第47話 新聞部の結奈さん

 翌日の放課後。担任の山本先生が差し入れと称してみんなにジュースとお菓子を持ってきてくれた。放課後の教室に顔を出さず、ホームルームで学園祭の出し物について話し合っているときもあまり乗り気じゃなかったようなので、てっきり放任主義なのかと思っていたけど、実際は先生である自分が僕達生徒の邪魔にならないようにと、余計な口は出さずに影からこっそりいつも見ていたのだという。そして今日、修理から戻ってきた投影機が学校に到着し、無事遥が操作してみせたことで、一番不安だった「ちゃんと投影機は使えるのか?」という問題が解消され一区切りがついたところを見計らい、みんなの労いを込めて差し入れを持ってきたというわけだ。


 小腹の空いていたみんなはすぐに作業を一時中断し、一斉に差し入れに群がった。わいわいとお菓子やジュースを飲み食いする様子はさながら打ち上げのようだった。


「何してるんだ楓?」


 コーラ片手に遥が僕の所へやってくる。それに気づいて内心動揺するものの、なんとか表面上は平静を装う。


 結局昨日保健室で眠りから覚めた後、何故か遥は何も聞いてこなかった。それを不思議に思いつつも、僕自身話すつもりはなかったので、ほっとしつつ教室へと戻った。そのせいで、いつこのクマのことを聞かれるのかと、遥が近くに来る度にビクビクしていた。


「先生に聞いたら、綾音さん達のところへは行ってないって言ってたから、持って行こうと思って」


 余っていたジュースとお菓子を袋に詰める。たしか向こうにいたのは六人だから……。


「ああ、だったらアタシが持って行く」


「良いよ。遥は慣れない作業で疲れてるでしょ?」


 ふいに遥が顔を寄せてくる。飛び退くようにして遥と距離を取る。


「人のこと言えないだろうが」


 遥の眉間に皺が寄る。まさか隈を見られた? いや、たぶん僕の反応で察したんだろう。


「僕のは私事。遥のとは違うよ」


「またそんなことを言う」


「またって、前に言った覚えはないけど?」


「そういう意味じゃなくてだなあ……」


 ふと視線を感じて、その方角を横目で見る。そこにいた禅条寺さんと目が合う。禅条寺さんは不思議そうな顔をして僕を見ていた。


「せっかくクラスが良い雰囲気なんだから、それを壊すようなことは止めようよ」


 声のボリュームを抑えて遥に言う。


「楓が素直だったらアタシだってこんなこと言う必要ないんだよ」


「あーあー聞こえない聞こえない」


 耳を押さえて軽く顔を振る。そんなこと自分でも理解しているんだから、わざわざ言わないでほしい。とりあえず何かされる前に教室から出ようと、ジュースとお菓子が入ったビニール袋を持ち上げる。ずしりと重みが伝わってきて一瞬落としそうになるも、なんとか持ちこたえる。


「僕、綾音さんのグループに差し入れ持ってくね」


「えっ、楓ちゃん?」


 僕を見て驚いた表情をする葵さん。


「アタシが付いていく。葵あとは頼む」


 若干ふらつきながら教室を出て行く僕の背後で遥の声が聞こえる。余計なことをと思いつつ、ホッとしてしまうのは、僕が遥に甘えているからだろうか。それとも何か別の理由だろうか。


 ◇◆◇◆


「アタシ達も休憩するか」


 綾音さん達に差し入れを渡して部屋を出たところで遥が言った。


「それだったら綾音さんのところで良かったんじゃないの?」


「良いところがあるんだよ」


「良いところって? 中庭とか?」


「違う違う。まあ付いて来なって」


 歩き始めた遥の後を付いて行き、綾音さん達のいた二階から三階に上がる。いつもだと人の居ない特別棟の三階も、今週末に学園祭を控えた今は一般棟と変わらない人気ひとけを感じる。何人かとすれ違いながら廊下を歩いていると、遠くから僕に向かって手を振る女の子を見つけた。


「こんにちは楓さん。クレナタ以来だね~」


 誰だろう? クレナタ以来って……。そういえば先週柊が蓮君と遊びに行った施設がそういう名称だったはず。慌てて先週の柊の記憶を探る。クレナタの記憶へと行き着くと、すぐに彼女の姿が現れた。


「こんにちは結奈さん。教室もすぐ近くなのに、案外会わないものだね」


 彼女は蓮と同じ二年B組の西条結奈さん。クレナタへ向かう途中、ナンパされていたところを助けた女の子だ。


「まーねー。特に今は学園祭控えてて、みんな忙しいからね。うちも今はこれで忙しいし」


 結奈さんはそう言って首からぶら下げていたカメラを手に取る。


「カメラ?」


 それは結奈さんが持つには少し大きい、よくドラマに出てくる記者役の人が持っているような黒いデジタルカメラだった。


「そそ、カメラ。これでもうち実は新聞――」


「結奈は新聞部だからな」


 遥が結奈の言葉を強引に遮って言う。なんか若干いらいらしているようにも見える。


「あ、これはこれは遥さん。その節はどうも」


「ああ、本当にその節はどうも」


 知り合いらしい遥と結奈さんは「どうもどうも」と言いつつお互い頭を下げる。けれど二人の目は笑っていない。


「あなたのおかげで、その頃無名だったうちの名前が一気に広まった。感謝してるよ」


「あーそうですか。っていやそれ悪い方での意味だろ。そんなことで喜んでどうするんだ」


「良きにしろ悪きにしろ、知名度というのは重要なんだよ……」


 腕を組んでうんうんと頷く結奈さん。


「ところで最近大人しくなりすぎじゃない? もー少しはしゃいでくれた方がうちとしては嬉しいんだけど」


「はっ。なんで結奈のためにそんなことしなくちゃならないんだ」


「丸くなったあなたなんて見たくない書きたくないといううちの気持ちが分からない?」


「分かるかっ!」


「……えーと、二人はどういう関係?」


 このままだと遥が爆発してしまいそうなので、ちょっと怖いけど二人の話に割って入った。何故か遥が「うっ」と言葉を詰まらせる。その横では結奈さんがニシシと笑っている。


「見ての通り、うちがスクープを追いかける記者で、遥がその被写体。あとはご想像通りの犬猿の仲ってところ」


「……なるほど」


 それだけで理解できた。遥は僕がいない間にいろいろと問題を起こしていたようだから、きっとそれを結奈さんが記事にして校内で発表、遥がそれに噛みつく。そんなところだろう。


「それにしてもあなたってほんっと楓さんに弱いんだ」


「うっさいな。悪いかっ」


「い~え全然。その気持ちなんとなく分かるから」


 結奈さんの表情が柔らかくなる。


「ま、今は楓さんがいてそっちで忙しいし、遥がうちのために騒ぎを起こしてくれたとしても、記事にするかどうかは分からないので、そのあたりよろしく」


 にやりとする結奈さんに、遥は鼻で笑って返す。


「安心しろ。そんなことは絶対ない。あと、楓のことを書くのを止めたりはしないが、悪く書くようなことがあれば、結奈とアタシが一年前の記事みたいになるからそのつもりでな」


「はいはい分かってるって。ってあれ? 遥なら記事にするのは止めろって止められるかと思ったけど……案外理解あるんだね」


「別に理解なんてしてない。ただ止めても無駄だろうと諦めているだけだ」


 いやそこは諦めないでほしいんだけど……でも、遥がこんなことを言うってことは、きっと止めても無駄ってことなんだろうなあ。二人に気づかれないようにため息をつく。


「で、結奈はこんな放課後にカメラなんか持って何をしてるんだ? まさか盗撮か?」


「さすがに法に触れるようなことはしないって。新聞部での出し物のために校内を回ってみんなの写真を撮ってるだけ」


「それを盗撮っていうんじゃないのか?」


 遥が半眼で結奈を見る。


「あーうーん……」


 凄く悩み始めた。まさか今言われて気づいたとか?


「た、たとえ盗撮だとしても、別にやましいことをしているわけじゃないし大丈夫なはずっ」


「いやだめだろ……」


 冷めた視線を送る遥に「やっぱり?」と結奈さんが苦笑する。


「新聞部はどんな出し物するの?」


「よくぞ聞いてくれましたっ」


 さっきまでの苦笑は消え失せ、ぱあっと目を輝かせる結奈さん。感情の起伏の激しさが香奈さんに似ている。そういえば二人は同じ寮っていってたっけ。


「また今年もミスコンやるのか?」


「のーのー。あれは先生に怒られたからなし。今年は準備期間中に『これだっ!』と思う瞬間のみんなを写真に収めて、それにまつわるエピソードと共に学園祭期間中に展示、来場者に良いと思ったものに一票入れて貰って、入賞者にはあとで記念品を贈呈しようってのを企画してるところ」


 そっか。それで結奈さんはカメラを持っているのか。


「根本は変わってないのな……。でも、当日本人が駆り出される去年のミスコンよりはマシか」


「去年は苦労したなあ……まさか二位の新階さんが途中で逃げ出すとは」


 結奈さんが遠い目をする。


「あれは無理矢理連れてきた結奈の責任だ」


「分かってるって。だから今年はやらないことにしたんだから。いつものうちなら先生に注意されたくらいで自粛なんてしないっての」


 そう言って胸を張る結奈さん。


「ま、そんなわけだから、そのうち楓さんのことも写真撮ると思うけど、その時は許してね」


 顔の前で手を合わせて片目を閉じる。女の子らしい仕草をする結奈さんを見て、自分自身を撮って展示する気はないのだろうかと考える。


「別に変なのじゃなければ」


「さすが楓さんは心が広いっ」


「へ? わわっ」


 結奈さんが僕の手を取って上下に振る。それに引かれて僕の体が揺れる。


「あ、ごめんごめん。嬉しくてつい。……ああっ。もうこんな時間。今日はテニス部を回る予定だったのに……いや、今からでも間に合うかも」


 一人慌て始める結奈さん。


「それじゃ、そろそろうちはいくね。楓さん、今度会ったときは良い写真撮れること期待してるからねー!」


 そう言いながら、結奈さんは手を振って廊下を走っていった。

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