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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部三章 楓と椿
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第41話 今も覚えている約束

「おにーちゃーん。おねーちゃーん。おかえりなさーい」


 両手をいっぱいに広げてトタトタと走ってくる椿。そのまま玄関にいる僕と柊に飛びつくようにして抱きしめ、笑顔を見せる。


「ただいまー。今日は学校早く終わったの?」


「うんっ」


 柊が出迎えてくれた椿の頭を撫でる。椿は気持ちよさそうに目を細め、その手が離れると僕を見た。


「ほら、かえでも」


「分かってるって」


 柊に促されて椿の頭に手をやる。


「ただいま、つばき」


「えへへ~」


 やっぱり気持ちよさそうに目を細める。しばらくして手を離すと、椿は口を尖らせた。


「えー、もっとー」


「ホントにつばきはかえでがお気に入りなんだね~」


「うんっ。おにーちゃんすきっ」


 ぎゅっと僕を抱きしめてくる椿。少し照れながらも、慕ってくれることに嬉しさを感じて、望む通りもう一度頭を撫でた。




 それは遠い遠い昔の記憶。僕も椿もまだ『依岡』の姓で、父さんも母さんも、そして柊もいた小学生の頃の記憶。




 ランドセルを自分の部屋に置いてリビングに向かうと、先にいた椿がダイニングテーブルに座って待っていた。床に届かない足をぶらぶらとさせながら、キッチンに立つ母さんの後ろ姿を眺めている。


「母さんただいま」


「おかえりなさい。今おやつ用意するから手を洗って待っててね」


「今日のおやつ何かな?」


 母さんの横に並び、目を輝かせる柊。


「この前柊が美味しいって言ってたケーキ屋さんのシュークリームよ」


「やった!」


 バンザイをして喜びを体全体で表現する。僕も椿も甘いものは好きだけど、柊は別格だ。甘いものに目がなくて、ご飯を食べてお腹いっぱいでも、デザートを出されれば躊躇せず食べてしまう。


「ひいらぎ。手、洗いに行くよ」


「はーい」


 「シュークリーム、シュークリーム」と何かのメロディに乗せて口ずさむ柊を連れて手を洗いリビングに戻ると、テーブルにはシュークリームが二つずつのせられた白いお皿が三つ並んでいた。


「私これっ!」


 柊が真っ先にテーブルにつく。座ったのは三つ並んだ真ん中の椅子。


「おねーちゃんはこっち」


 何故かテーブルから離れて待っていた椿が、シュークリームに手を伸ばそうとしていた柊の裾を引っ張りながら左隣の椅子を指さした。


「ん? あ、はいはい」


 柊は左にあったシュークリームと目の前のシュークリームを交換して、それから自分も左の椅子に移動する。それに満足した様子で椿は右の椅子に座った。


「おにーちゃんはここ」


 ぽんぽんと真ん中の椅子を叩く。少し疑問に思いつつも言われたとおりに真ん中の椅子に座る。隣に視線を向けると椿が嬉しそうに僕を見ていた。


「はい、おにーちゃん一個あげる」


「いいの、つばきは一個だけで?」


「うん。さっき二つ食べた」


「ふぇ?」


 シュークリームを頬張っていた柊の動きが止まった。もぐもぐと口を動かして、ごくんと飲み込んでから椅子の上に立ち上がり声を上げる。


「お母さんずるい! つばきだけ甘やかして!」


 キッチンで洗い物をしていた母さんが振り返り苦笑する。


「だってそうでもしないと椿が寄ってきてくれないんだもの。『お姉ちゃんまだ? お兄ちゃんまだ?』そればかり聞いてさっさと玄関行っちゃうから」


「あーそれ知ってる。ばいしゅうって言うんだ。お母さん、つばきをばいしゅうしたー!」


 そんな二人を横目に僕はシュークリームを受け取る。「ありがとう」と椿の頭を撫でてやると、嬉しそうに微笑んだ。


「ば、買収って……だってあなたたちが仲良すぎるのがいけないのよ? 普通あなたたち子供は親に『今日は学校でこんなことがあったよ』とか、『クラスの誰々と遊んだよ』とか話すものでしょ? それなのにあなたたちときたら、お母さんよりもまずは楓、まずは柊、まずは椿ってお母さんの事なんて後回しでしょ? しかもそれで満足しちゃって、お母さんが聞かないと何も話してくれない。もうお母さんそれが寂しくて寂しくて……」


 母さんがわざとらしくタオルを目尻に当てる。子供相手になにを演技しているんだろう。って、それ以前に子供の僕達にそんな文句を言われても。


「そんなことどーでもいいから、私にもシュークリームちょうだい! 私もばいしゅうされたい!」


「ど、どうでもいい……。楓ぇ~、柊がお母さんに冷たいわ」


 ヨヨヨと泣き崩れるふりをして、母さんは僕を巻き込む。それでもちゃんと柊に追加のシュークリームを渡していたのには感心した。柊は「ばいしゅうされた~」と喜んでいる。


「母さん……」


「楓……」


 見つめ合う親子。でも目が潤んでいるのは母さんだけ。


「あなただけは私のこと――」


「嘘泣きはだめだよ」


「楓もお母さんに冷たいのねっ!」


 大げさに顔を覆ってイヤイヤと顔を振る。どうしよう、僕の母さんだけど少しめんどくさい。


「おにーちゃんは冷たくない! あったかいもん!」


 僕が困っていると思った椿が少し的外れなフォローを入れてくる。


「つばきは寒いとき、かえでをゆたんぽにしてるもんねー」


「暑いときはおねーちゃんにくっつくと冷たくて気持ちいいよ?」


「つばきは毎日かいてきだね」


「うんっ」


 柊がよしよしとつばきの頭を撫でる。


「ほらっ、またあなたたちだけで話が終わってるじゃない! 私も混ざりたかったのに!」


「母さん駄々こねすぎ」


『ただいまー』


 母さんの相手をしていると、玄関が開く音の後に父さんの声が聞こえてきた。


「お父さんリストラ!? リストラされたの!?」


「おねーちゃんりすとらってなに?」


 リビングに入るやいなや、柊が真剣な表情で父さんを問い詰めた。その横では『リストラ』の意味を知らない椿が首を傾げている。


「ど、どこでそんな言葉を覚えたんだい? 今日は早く仕事が終わっただけだよ」


 鞄と上着を椅子に置いて、父さんが僕の前に座る。さっそく母さんが父さんに泣きつく。


「お父さんからも言って! もっと親をかまいな――もとい、親ともっと会話をしなさいって」


「今でも十分話しているじゃないか。同僚なんて娘から顔も見たくないなんて言われて無視されるらしいぞ?」


「そ、そんなことされたらお母さん家出しますからねっ!」


 キッと僕達を睨む。けど涙目だからまったく怖くない。


「あ、そうだ。今日ね、図書室で新しい絵本借りてきたから読んでっ」


「夜寝るときにね」


 椿が元気よく「うんっ」と頷く。


「それもお母さんの役目でしょ……?」


 母さんがまた僕と椿の話に割って入ってくる。「なにが?」とぽかんとした様子で母さんを見つめる椿。柊がそれを見てため息をつく。


「もー。お母さんが言ったんでしょ? 絵本は仲良く三人で読みなさいって」


「それは喧嘩しないようにって意味で、まさか自分達だけで本を読むようになるなんて思わなかったのよ」


「手間かからないから良いでしょ? だからお母さんも私達に構わずに、もっと好きなことしたらいいと思うよ?」


「ひ、柊……」


 母さんのためを思って言った柊の言葉だけど、母さんはショックを受けているようだった。


「お父さん……子供達が私の約束を守って立派に育ちすぎて寂しいわ……」


「お前はもう少し子供から離れられるよう成長しような……」




 まじめな父さん。子供っぽい母さん。甘えん坊の椿。そして、しっかり者の柊。いつもみんな一緒で、いつも笑っていた僕達。それは忘れたくても忘れられない子供の頃の記憶。




 場面は変わり、その日の深夜。


「ぐすっ……おにーちゃん……おねーちゃん……」


 呼ぶ声がして目が覚めた。豆電球だけがついて僅かに明るい部屋。目が暗さになれてくる頃、隣で寝ていたはずの椿が体を起こしているのに気がついた。


「つばきどうしたの?」


「おにーちゃん……」


 椿は泣いていた。目には涙を一杯に浮かべて、溢れた涙が頬を伝っている。


「怖い夢でも見た?」


「うん……」


 涙を手の甲で拭う椿の背中をさすってやる。最初はひっくひっくと泣いていた椿も次第に大人しくなっていった。ちらりと椿の隣りに目をやると、柊が静かに寝息を立てていた。柊は一度寝るとなかなか起きない。朝だって何回も起こさないと起きないくらいだから、きっと今も起きることはないだろう。


「どんな夢だった?」


 椿が泣き止むのを待って話を切り出した。優しく問うと、椿はゆっくりと話し始めた。


「……みんながつばきをおいてどっかいっちゃうの。お母さんとお父さんは知らないところに行って、おにーちゃんとおねーちゃんはお友達のおうちに遊びに行って、帰ってこなくなるの。つばき一人だけおうちにいるの……」


 夢の内容を思い出して、またその目に涙が溢れてくる椿。寝る前に読んだ絵本のせいかもしれない。絵本では主人公が友達や両親と離ればなれになるシーンがあった。それを読んでいるとき、椿が少し悲しそうな目をしていたのを覚えている。僕は背中をぽんぽんと叩きながら、


「大丈夫。つばきをおいてどこかに行ったりしないよ」


「ほんと?」


 胸の中の椿が僕を見上げる。縋るようなその目に、僕は精一杯微笑みかける。


「うん。本当に」


「ずっと?」


「うん。ずっと」


「ぜったい?」


「うん。絶対に」


「約束してもいい?」


「うん。いいよ」


 僕が右手の小指を出すと、椿はそれに自分の小指を引っかけた。


「おにーちゃんはぜったいに、ずーーっと、わたしといっしょにいること。ひとりでどっかいっちゃわないことっ」


 これは昔『指切り』の歌が歌えなかった椿に、「じゃうこうしよう」と決めた二人だけの約束の仕方だ。歌の代わりに約束事を言って、それに僕が答える。ただそれだけ。


「はい、ちかいます」


 これで終わり。簡単な約束の仕方。それでも椿にとってこの『約束』は特別なことであり、これまでも数えるほどしかやってない。だからその『約束』をしたということは、椿にとってこの約束は特別なことなんだろう。


「えへへ……」


 僕の宣言に、椿は涙目ながらも今日一番の笑顔を見せてくれた。




 それが椿と交わした約束。ずっと一緒にいる。絶対傍にいる。今まで一度たりとも忘れたことのない、大事な大事な約束だ。

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