表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部三章 楓と椿
44/132

第39話 二人が羨ましい

「そこのガムテープ取って!」


「ちょっと待って! ああこれもう切れてるわ。誰か新しいの持ってない?」


「それで最後だよ。売店で買ってくるから金貸して」


「あー、後で払うから立て替えといて」


 学園祭でのクラスの出し物をプラネタリウムに決めた翌日。昨日までとは打って変わって放課後の校内が騒がしくなった。


 行き交う人を眺めながら、まだほとんどの生徒が夏服を着ていることに気付いた。夏服や冬服の着用期間が定められていないこの学校では、この時期になると夏服と冬服がごっちゃになるらしい。ただ最近は夜なら兎も角昼間はまだまだ涼しいとは言えない気候。そのせいで冬服を着ている人はたまにしか見かけない。


 ちなみに僕もまだ夏服だけど、数日前から下校時に少し肌寒く感じていたので、帰りにだけカーディガンを着るようにしていた。


「出遅れたと思ったけど、そうでもないんだね」


 両手で分厚い本を三冊重ねて運びながら周りの様子を見て言った。どこのクラスも今日から作業を始めたようで、教室を覗いても何の出し物なのかまださっぱり分からなかった。昨日出し物を決めたばかりの僕たちD組だけど、進捗状況に差はないようだ。


「そういえば去年も似たような感じだったな。学級委員長が『余裕を持って始めよう』なんて言って仕切ってたのに、結局出し物が決まったのは二週間前でドタバタしたよ。みんな期限が差し迫って焦りを感じてからでないと始めないんだろうな」


「テスト前の遥みたいだね」


 見上げる僕に遥はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。声に出さず笑っていると、視界の隅に床に積み上げられた角材を見つけた。


「よっ。……わわっ」


「お、おい」


 本を抱え直してから少し勢いをつけて小さな山を飛び越えた。バランスを崩しながらもなんとか着地して振り返ると、遥がため息をついていた。


「それくらい回り込めよ。危なっかしい……」


「や、なんとなく飛び越えてみたくなって。あはは」


 少し子供ぽかったかと照れ笑いをする僕に、遥は真剣な表情で近寄り、周りに聞こえないよう耳元で囁いた。


「……見えたぞ」


「へ? ……えぇ!?」


 見えたってことはつまり……! 一瞬遅れてその意味を理解した僕は、顔が熱くなるのを感じながら遥に詰め寄る。


「み、みみ見えた!? 見えたというか、遥見た!?」


 顔と顔を近づけて小声ながらも力を込めて遥を問い詰める。


「え、あ、まあ、アタシは見たけど、たぶん他には誰も見てなかったぞ?」


「そ、そう。で、でもたぶんってことはもしかしたら」


「じゃあアタシ以外誰も見てなかった」


「じゃあってなに、じゃあって!」


 不満をぶつけるも、遥は涼しい顔をしていた。


「まあまあそう怒るなって」


「だ、だって見られたかもしれないんだよ!? それなのに遥は適当なこと言うし!」


 遥は落ち着けと言うように肩をぽんぽんと叩いてから僕を押し返した。それからしばらく考えるそぶりを見せて、うんうんと頷いた。


「アタシの見た限りでは、あのとき周りには誰もいなかった。運が良かったな」


「うぅ……」


 嘘かもしれない。そう思った。けれどそれが嘘だろうと本当だろうと今更どうにかなるわけでもない。それだったら遥の言うことを信じた方が心は落ち着いてくれるはず。……あぁ。あんなことするんじゃなかった。


「……ほ、ほんとに?」


 弱々しく尋ねると、遥は「ああ」と強く頷いた。


「ほんとにほんと?」


「本当だって。そんなに心配なら聞いてみれば良いじゃないか」


「き、聞くって……。そんなことできないの分かってるくせに」


 意地悪な遥に抗議の視線を送る。けれど遥は笑うだけだった。


「はは。ま、見えちまったものは仕方ない。次からは気をつけるようにして忘れることだな」


「……」


 無言の僕の頭に遥の手が伸びた。両手が塞がっていた僕は避けることもできず、されるがままに頭を撫でられた。


 僕達二年D組も他のクラス同様に慌ただしく作業が進められていた。とは言っても、まだいくつかのグループに分かれて話し合いが行われているだけのようだけど。


「はあ、重かった……」


 図書館から借りてきた分厚い本を教卓に置いて一息つく。こんなに重い物を持ったのは引っ越しの時以来だ。明日は筋肉痛かもしれない。ふるふると震える手と腕を見てそう思った。


「よく頑張ったな。図書館からここまで結構距離があったのに」


 遥が労いの言葉をかけながらペットボトルを差し出した。受け取ったそれはひんやりと冷たかった。いつの間に買ったんだろう……。遥も本を運んでいたのに。


 解決しそうにない疑問を頭の中でぐるぐる回しながらお茶で喉を潤していると葵さんが傍に寄ってきた。


「お疲れ様。どうだった?」


 僕は教卓に置かれた本の山をぽんと叩いた。


「結構あったよ。プラネタリウムの作り方に、星座の成り立ち、あと星座にまつわる神話とか」


 どういう出し物にするのか具体的な案を練ってもらっている間に、僕と遥は図書館に行ってプラネタリウムに関する本を借りてきた。市の図書館まで借りに行く気持ちで学校の図書館を覗いたところ、意外にもプラネタリウムや星座に関する本が一通り揃っていた。市の図書館まで行く必要がなくなった僕達は予定よりかなり早い時間に教室へと戻ってくることができた。


「これだけあれば演目には困らなそう」


 積み上げられた本から一冊手に取り、ぱらぱらと捲る葵さん。


「演目? ただ星を見せるだけじゃないのか?」


 葵さんは捲っていた手を止め、とあるページを開いて遥に見せる。


「それだけだとつまらないでしょ? 実際のプラネタリウムでも星空を見せながら星座の由来やそれになぞらえた神話を紹介して飽きさせないよう工夫がされているの」


 開かれたページにはオリオン座の由来について書かれていた。それを見ながら遥が「なるほど」と呟いた。


「それをアタシらでもやろうってことか」


「うん。そっちの方が良いと思って。それじゃ、本借りていくね」


 遥から本を返して貰い、積まれた中からも二冊手に取ると、葵さんは席へと戻っていった。


「なんか結局葵さん頼みになったね」


「予想通りってことで」


 席に戻った葵さんは本を開きながら周りに集まったクラスメイトと話を始めた。その中に綾音さんがいなかったので教室を見回していると、葵さんとは別の場所でクラスメイトと話していた綾音さんと目が合った。


「あんた達もう戻ってきてたのね」


「戻っちゃ悪いのか?」


「なんで喧嘩腰なのよ……」


 傍に寄ってきた綾音さんに冷たく当たる遥。でも沙枝と同じ扱いをしていると考えればこれが普通なのかもしれない。


「そんなことより、投影機はどうなったのよ?」


「それならさっき使うことを親に伝えたら、ちゃんと動くかどうか分からないんで一度修理に出すってさ。来週には戻ってくるって」


 昨日クラスの出し物をプラネタリウムに決めたあと、とりあえず投影機をどうするかについて話し合いが行われた。あーでもないこーでもないと話し合った結果、せっかく遥が持っているのだからその投影機を使おうということになった。けれど遥によると、


『その投影機を実際使っていたのはもう何年も前であり、しかもメンテナンスもしていないだろうから壊れているかもしれない。まずは家に帰り使用可能か確認する必要がある』


 とのこと。結局その日は遥の家の投影機の如何によって投影機を自作するか、レンタルするか決めることとし解散となった。翌日になり遥は投影機が本当に家にあったこと、使おうと思えば使えることを僕達に伝えた。一応朝のホームルームを使って話合いを行い、すぐにその投影機を使うことが決まった。


 そんなわけで、遥は図書館へ本を借りに行くついでに、投影機を学園祭で使うことを電話で親に伝えた。その答えがさきほどのセリフというわけだ。


「そう。でも悪いわね。あんたの両親にそんなことさせて」


「いいって。もう廃棄するかどうしようか考えてたものをまた使う機会ができたって喜んでたからな」


「それならいいけど……あ、でも修理代いくらなのかしら。生徒会からもらった学園祭の資金は三万円。ドームその他の費用はみんなのカンパでなんとかするとして、三万円で足りるのかしら?」


 実物を見てないからなんとも言えないけど、そういう特殊な機械って専門のところに持って行って直して貰わないといけないから、結構高くつくような気がする。


「それも別にいいって」


「いいわけないでしょ。あんただけ負担が大きいじゃない」


「どうせアタシはドームの組み立てぐらいにしか役に立たないんだからさ。その分とアタシはカンパはしないってことでチャラで。ちょうど今月ピンチでさぁ」


 たははと笑う遥につられるように、綾音さんが小さくため息をついて笑顔を見せた。


「ま、あたし達はそれで得するんだから何も言えないわ。とりあえず、あんたの両親にみんなが感謝していたと伝えておいて」


「おーけい」


 綾音さんは遥の反応に満足した様子で教卓から一冊の本を手に取り元の集団の中へ戻っていった。


 綾音さんをなんとなく目で追い、ふと気がついた。よく見ると教室は大きく分けて二つのグループに分かれていた。ぱっと見た様子では、葵さんのグループではプラネタリウムの運用方法や講演内容について、綾音さんのグループではドームや機材等の設備について話し合いが行われているようだった。


 幼馴染みでも決してべたべたと引っ付くことはなく、自分のいるべき場所をちゃんと理解してそれぞれ行動する。僕には今の二人がそんなふうに見えた。遥を見上げると、ちょうど遥もこちらを見ていた。


「そんじゃ、アタシ達も始めるか」


 僕の返事を待たずに綾音さんの方へ向かう遥。僕は迷った末に葵さんの方に加わることにした。  

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ