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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部三章 楓と椿
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第38話 遥は議長に向いてない

 突然目の前の教卓が揺れた。ジロッと視線を送ると、遥は小さな声で「悪い」と謝った。


「ゴホン。……あー、じゃあお前ら。何やりたいか言ってみろ」


 不機嫌さを隠すことなく、遥が教室を見回した。今にも噛みつきそうな犬に自分から手を差し出す人なんていないように、睨みをきかせる遥に誰も目を合わせようとしない。


「おい、誰かなんか言――」


 丸めたプリントで遥の頭をはたいた。遥が驚いた表情をしてこちらを見た。


「目が怖い。それじゃ誰も手を上げないよ」


「いや、アタシはただ普通に意見を求めただけで――」


「どう見ても普通じゃなかったよ……。僕なら怖くて話しかけられない」


「そうだそうだー。この馬鹿番犬ー。動くもの全部に吠えりゃいいってもんじゃないのよ!」


 綾音さんが嬉しそうに遥を罵った。


「とりあえずお前には吠える前に噛みつくわ……」


 遥がにやりと口元を歪ませる。もちろん目つきはさっきのまま。僕はもう一度遥の頭をはたいた。


「今のは綾音が悪いだろ!?」


「話進みそうにないから代わって。遥は書記お願い」


「え? 書記は楓で進行はアタシがするってさっき決め――」


「遥じゃ進まないから僕がする。最初からこうすればよかった」


「はい」とマーカーを渡して背中を押し、教卓の前を譲って貰う。遥は渋々ホワイボードの前に移動した。


「くくっ。遥、楓に怒られて落ち込んでるわ」


「元はと言えばお前のせいだぞ!」


「もう。遥も綾音さんも喧嘩しないで」


 注意すると、綾音さんは「はーい」と軽く返事し、遥は「悪かった」と肩を落とした。


「……コホン。えっと。じゃ、仕切り直そうか」


 そうしてやっとロングホームルームが始まった。朝のホームルームのあみだくじで学園祭実行委員に選ばれた僕と遥は、この時間を使って学園祭でのクラスの出し物を決めていた。最初は人前に立つのが苦手な僕が書記、遥が司会進行をやることになったけど、さっきのようにまったく進まなかったのでやむなく交代することになった。


「その、えっと……ク、クラスの出し物を決めたいと思いますが、どなたか案はありますか?」


 心臓がドキドキして、自分が緊張していることを感じながらみんなに意見を求めた。


「はい」


 控えめな声とともに、すっと手が上がった。


「はい、葵さん」


「この学校の創立から今に至るまでの歴史を、日本や世界の代表的な出来事と共に紹介する歴史館というのは――」


「はい却下」


「な、なんで? どうしてダメなの?」


 遥の容赦ない言葉に葵さんは狼狽えながらも反論した。葵さんもあんな表情をするんだ。それにしても歴史館って……本気、なんだろうなあ。冗談を言っているようではないし。


「葵、いくらなんでもそれはないわ……」


 葵さんの隣りの席の彩音さんも呆れていた。


「いかにも高校生らしく、学校側にもプラスになる良い案だと思ったのだけど……」


 根っこが真面目なんだな。葵さんは……。葵さんが同意を求めるように視線をあちこちへと向ける。けれどもちろん視線を合わせる人なんていなかった。


「か、楓ちゃんはどうかな?」


 最後の砦とばかりに話を振ってきた。


「え、あの……うん……」


 ……。


「……ほ、他にも案はありませんかー?」


「あ、逃げた」


「逃げたわね」


「ありませんか~!」


「か、かえでちゃ~ん……」


 ……ごめん。でもさすがに歴史館はないよ。葵さんはがっくりと肩を落として俯いてしまった。


「ったく。去年といい今年といい、葵はあんなのを本当にやりたいのか?」


 振り返ると、遥が腕を組んで首を捻っていた。ホワイトボードには『歴史館』の文字に大きくバツが付けられていた。


「去年も?」


「去年も葵は似たような案を出してきたんだよ。もちろん即却下してたこやき屋をすることになったんだけどな」


「それで正解だと思う……」


「だろ?」と遥は言って未だ項垂れている葵さんに目を向けた。葵さんは意外とショックを受けているようだ。そっとしておこう。


「これをやってみたいとか、こんな出し物なら人が来てくれそうっていう案はありませんか?」


『人が来てくれそう』のところで葵さんの肩が震えた。一応自分の案じゃ集客は見込めないことは理解してたんだ。


「質問」


 ビシッと綾音さんの手が上がった。


「はい、綾音さん」


「楓は何かないの?」


「僕? うーん……」


 定番で攻めるなら食べ物系の屋台だけど、葵さんの提案を断っておきながら料理部としてそのの腕前を貸して貰おうというのは虫が良すぎると思う。だったら喫茶店なんてどうだろう。考えてすぐそれも微妙な気がした。どうせ三年生の中でも喫茶店をやるところは出てくる。そうなると下の階の方が昇降口から近く有利だからお客さんを取られそうだ。


「何がいいんだろうね……」


「そういえば桜花では去年なにをやったの? 参考までにぜひ」


「えっと、たしかダンス教室だったかな」


「ダンス教室? 生徒がお客さんにダンス教えるの?」


「うん。簡単な社交ダンスだけどね」


 綾音さんは驚いているようだけど、桜花では毎年どこかのクラスがやるほどの定番の出し物だ。桜花では幼等部から授業の一環としてダンスを覚えさせられる。だから僕みたいな中途入学組以外の子なら誰でも踊ることが出来る。


「楓が教えてたの?」


「ううん。僕は上手じゃなかったから、受講者が少ないときに一緒に参加したり、呼び込みをしてたよ」


「それは下手だからじゃなくて、そっちに回した方が客が入るからだ……」


 ぼそっと背後から声が聞こえた。


「遥、何か言った?」


「べつに~」


 何故かふてくされてどこからか持ってきた椅子に座ってあさっての方向を向く遥。とにかく、桜花の文化祭は参考にならないだろう。あっちとこっちではいろいろと違いすぎる。


「いいの思いつかないね……」


「もうお好み焼きとか、焼き鳥とかでいいんじゃないか? 旨そうだし」


 それは遥が食べたいだけじゃないか。 それからぽつぽつと手が上がり、いくつかの案が提示された。綿菓子、型抜き、射的などなど。やはり学園祭=お祭りと言うことで、夏祭りの屋台でよく見るものが多かった。ホワイトボードが賑やかになり、時間も差し迫ってきた。


「結構出たね。あとはこの中から多数決で決めようか」


 ホワイトボードに並ぶ候補一覧を見ながら遥に言った。


「そうだな。それでい――」


「ん? どうしたの?」


「……葵が手を上げてる」


 遥が指差した方に振り返ると、たしかに葵さんが手を上げていた。まさか『歴史館』も多数決に混ぜてほしい、なんて言うのだろうか。未だにホワイトボードにバツを付けられて放置されている葵さんの案。でもたしかに、いくら最初否定された案だとしても、これも候補の一つとして並べるべきだ。


「はい、葵さん」


「プラネタリウム、なんてどうかな?」


 ……プラネタリウム? 葵さんから出た言葉は予想に反して新たな案だった。そのことに少しばかり驚いている僕の後ろで、遥が「プラネタリウムね」と呟きながらホワイトボードに書き加えた。


「いいんじゃないのこれ。他のクラスでもやらなそうだし。なにより目立つ」


 腕を組み、ウンウンと頷く遥。


「投影機は自作することもできるみたいだけど、市販されているものをレンタルしてもいいと思う。あとは教室の中を暗くしてドームを作れば、ちゃんとした施設のプラネタリウムまでとはいかなくても、お客さんに夜の星空を見てもらって楽しんでもらえると思うの」


「この街にプラネタリウムなんてないからいいかもな」


 ふいに葵さんから出た案は意外にも遥に好感触のようだった。


「楓はどうだ?」


「うん。良いと思う。問題はその投影機を借りるとした場合、近くのレンタルショップにそれがあるかどうか、かな」


「ああ、それなら大丈夫。たしかうちに転がってたから」


「転がってた!?」


 普通そういう物が家に転がっているなんてことはないと思うけど。


「昔親父に見せてもらったことがあってな。その時使ってた機械が今もどこかの部屋にあるはずだ。なくても親父に聞いてどこかで借りるさ」


 遥がこう言うんだから、きっと本当に遥の家のどこかにあるのだろう。そして例えそれが見つからなかったとしても、どこからか借りてくるに違いない。


「まあ、まだこれに決まったわけじゃないから、もし決まった場合はそうしようか、ってことで」


「うん。そうだね」


 僕は向き直って教卓に手をついた。


「それでは以上の中から今年の二年D組の出し物を多数決で決めたいと思います。どれか一つに手を上げてもらい、最も多かったものを今年の出し物に決定したいと思います」


 ちらりと一度振り返り、一つ目を読み上げる。


「お好み焼きがいいと思う人は手を上げて下さい」


 反応なし。しばらく待っても手は上がらなかった。それどころか提案した人でさえ手を上げようとはしなかった。僕はそれに首を傾げながら次を読み上げることにする。後ろでは遥がお好み焼きの横に0を書き足した。


「では次、射的が良いと思う人は手を上げて下さい」


「葵が提案して、遥と楓がそれに頷いてるんじゃ、もう決まったようなものじゃない……」


 ぼそっと綾音さんが何かを呟いていた。

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