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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部三章 楓と椿
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第37話 喜んでくれるかな

 頭痛と共に目が覚めた。頭の奥の方でちくちくと痛みが走っている。顔をしかめながら布団から顔を出すと、まだ周りは真っ暗だった。頭上に手を伸ばし手探りで目覚まし時計を探す。手に触り慣れた感触を感じ、その頭をポンと叩いた。暗闇の中で浮かび上がった文字は午前3時30分。真夜中だった。


 ……なんでこんな時間に起きたんだろう。一度寝ると朝まで起きることがない僕は疑問に思った。けれどすぐにその原因を理解し、勉強机へと目を向けた。


 視線の先に光るものを見つけた。暗闇の中、僕は躓かないようにそっとベッドから降り、勉強机に置いてあったそれを手に取った。


 それは携帯電話だった。光っていたのはメール着信を知らせるランプ。メールは彼女からだった。


『五日間楽しかった。今週から学園祭の準備で忙しくなると思うけど、頑張って』


 そういえば来週末には学園祭がある。まだ僕達のクラスは出し物さえ決まっていないし、忙しくなりそうだ。 ……倒れたりして、椿や遥を困らせなければ良いけど。明日からの自分を想像して嘲笑った。


 再度短いメール文を読み直した。


『五日間』


 それが今回の彼女の時間。他にも時間単位、一日単位で交代することはあっても、彼女が表に出ているのは毎月一週間ほど。どう考えても少ない。


『もっと表に出ていても良い。半分ずつでも僕は全然構わない』


 以前僕は彼女にそう言った。あの暗い部屋では表の光景はおぼろげにしか見えてこないけど、彼女は僕なんかよりも数段充実した毎日を過ごしているようだった。そんな彼女をこんな薄暗い部屋に長い間閉じ込めるなんて僕にはできなかった。いつも笑顔の彼女には不釣り合いな場所だと思ったから。そんな僕に彼女は笑いながら言った。


『時々出るから楽しいの。だからごめんだけど、残りの三、四週間はお願いね』


 嘘を言っているのはすぐに分かった。あくまでも自分のわがままのせいにして、僕を気遣わせないようにしようとする彼女の気持ちが見えた。だから僕は何も言わず頷いた。


 頷いた理由はもう一つある。それは昔、僕が表に出るのを嫌がっていた頃。僕の代わりに毎日表に出ていた彼女は、最初の内は元気だったけど、日に日に疲労が濃くなっていき、最後には病院へ運ばれてしまうほど衰弱していた。彼女は表に出続けることが出来なかった。それ以降、僕が表に出ることが多くなり、彼女も以前のように倒れてしまうようなことはなくなった。


 そうしてできたのが今の僕たちの関係。このメールも日記も、あまりにも表に出る時間が少ない彼女の隙間を埋めるために僕から提案して始めたものだ。


 僕は彼女のメールに返信文を打った。


『頑張る。当日は呼ぶから楽しみにしてね』


 メールを送信して、受信を確認する。携帯電話を充電器に戻して、僕はベッドへと戻った。


 ◇◆◇◆


 朝。いつもより涼しい時間に目がさめた。目覚ましより早く起きるなんて何ヶ月ぶりだろう。


 時間に余裕があったのでシャワーを浴びて頭をすっきりさせた。わずかに残っていた頭痛が引き、彼女と変わる前にあった体の怠さも消えていた。久々にすがすがしい気分だ。髪を乾かして制服に着替えてもまだ時間はあった。僕はリビングの時計を見上げながら思案する。


 ……そうだ。せっかく早く起きたんだから、椿の朝ご飯を作ろう。名案が浮かび、さっそく作業に取りかかることにした。僕に料理の技術はほとんどと言っていいほどない。そういうわけで必然的に簡単なものを作ることにした。


 スクランブルエッグとパンを焼こう。スクランブルエッグなら元からぐちゃぐちゃだし、パンはトースターに入れてダイヤル回せば出来上がりだ。なんか簡単すぎる気がするけど、素人ならこんなものだろうと自分を納得させて作業に取りかかった。冷蔵庫にあった野菜ジュースを飲みながら、まずは材料集めから始めた。


「んー……っと。たまごたまご」


 ファミリータイプの大きな冷蔵庫を開いて探すと、卵を一番上の段で見つけた。冷凍室とチルド室が下段にあるタイプのせいで卵の位置がやけに高かった。椿サイズの冷蔵庫だ。手を伸ばせば届くだろうけど、ここは安全に椅子に乗って取ることにした。


 無事卵を手に入れた僕は、次に味付けのための塩こしょうを探し始めた。けれどどこにも見当たらず、代わりに塩、そしてこしょうが別々に入った二つの瓶を見つけた。……変わらないよね。どれくらいの割合で振ればいいのか微妙だけど。


 主な材料はこれで揃った。これ以外に冷蔵庫を漁っているときに見つけたベーコンを加えても、本当にシンプルなものだ。


 さっそく調理を開始する。まずは卵をボールに入れて溶くために卵を割る作業から。僕は卵を右手に持ち、スチール製のボールの縁で卵を軽く叩いた。


 コンコン、パキョ、ベチャ。


 ……。


 無言でもう一つ卵を取った。


 コンコ――パキャ、ベチョ。


 ……さっきより酷い。べったりと汚れてしまった手を見下ろしながら、卵を割るという一見簡単そうな作業の難解さを身に染みて理解した。


 ……よ、よし。次こそ。


 汚れてしまった手を一度洗い、改めて三つ目の卵を手に取った。卵をこれ以上無駄にするわけにはいかないので、今まで以上に慎重に進めることにした。


 コンコン、コンコン、コンコン。


 割れない。殻が固いのかな? 卵をさっきよりも少し高い位置から振り下ろそうとして踏みとどまった。よくよく見ると、卵の殻には小さなヒビが入っていた。危ない。あやうく大惨事になるところだった。あのまま叩きつけていたら、キッチンの掃除以外にぞうきんで床を拭く作業まで追加されるところだった。


 胸を撫で下ろし、慎重に卵を何度も叩いてヒビを大きくした。しばらくたたき続けて、やっとの思いで殻を割ることが出来た。何故か肩で息をする僕は額の汗を拭いながら達成感に包まれていた。卵をボールに割り入れただけだけど……。


 次に菜箸で卵をかき混ぜた。ある程度混ざったのを確認して、先ほど用意した塩とこしょうの瓶を手に取った。


 どれくらい振ればいいんだろう。


 こういうのは料理本を見ても『適量』としか書いていない。しばらく考えた僕はこんなものだろうというアバウトな感覚で塩とこしょうを振り入れ、それを再び混ぜた。


「くしゅっ」


 おー……。漫画で見たことがあったけど、本当にこしょうでくしゃみが出ることに少し感動した。


 たねができれば後は焼くだけ。油をひいたフライパンを熱し先にベーコンを焼く。少し焦げ目が付くまで焼いてお皿に移した。


 朝からお肉なんて、ちょっと重いかもしれない。焼き終えてからそんなことを考えるあたりが素人。フライパンに残った油を拭いてから味付けした卵を入れ、弱火でかき混ぜた。これが結構疲れる。フライパンをただコンロからずれないように軽く持っているだけなのに、握りしめた手はプルプルと震え疲労を訴えていた。


 椿は毎日こんな大変なことしてるんだよなあ……。改めて家事の大変さを思い知りながら、最後の仕上げに取りかかった。


 ◇◆◇◆


「つばきー。朝だよー」


「んん……ん!? お、お姉ちゃん!?」


 椿は一声かけるとすぐに目を覚ました。あまりの早さに起きていたんじゃないのかと思ったけど、その後の慌てようから考えを否定した。


「ど、どうしたの!?」


「今日は早くに目が覚めちゃって」


「そ、それもだけど……どうしてエプロンなんてしてるの?」


 良く気付いてくれましたとばかり僕はほくそ笑んだ。


「椿の朝ご飯作ってみました」


「……へ?」


 椿の目が点になった。


 ◇◆◇◆


 呆然とした様子で食卓に着く椿。それでもきちんと制服に着替えているところはさすが椿というところだろうか。


「はい」


 僕はさっき焼き上がったパンにバターを塗って椿に差し出した。


「あ、ありがとう」


 椿はパンを受け取りながら眼前に用意された朝ご飯に目を向けている。


「一応スクランブルエッグなんだけど……良かったら食べてみて」


 少し焦げてしまったスクランブルエッグを遠慮気味(『一応』のあたり)に勧めた。


「う、うん」


 椿がスプーンを手に取り、スクランブルエッグを口に運んだ。


「……どう?」


「ちょっと塩が多いけど、おいしいよ」


「ほっ、よかった。でも塩多かったかあ……やっぱり素人の目分量は当てにならないか」


 苦笑しながらそういう僕に、椿は首を横に振った。


「そんなに多いってわけじゃないし、好みの問題かも。お姉ちゃん料理上手だね」


「そ、それはどうだろう……?」


 とりあえず、卵がまともに割れないような人は上手とは言えないと思う。椿はさっきまでの表情が嘘のように嬉しそうに僕が作った朝食を食べていた。


「これからもたまに作るよ」


 椿のこの表情が見られるなら、また作ってみようと思った。


「ほんとっ? あ、でも無理しないでね。特に朝はお姉ちゃん弱いんだから」


「はいはい」


 その無理をして毎日ご飯を作ってくれているのが椿なんだなと思い、これからはもう少し僕が負担しようと心に決めた。

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