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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部二章 いつもとは少し違う日
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外伝3-2 不機嫌そうな楓さん

 翌日の午後。柊との約束通りにおじさんが経営する病院へとやってきた俺は、玄関前に置かれたベンチに座って楓さんが出てくるのを待っていた。


 今楓さんはこの病院のどこかでリハビリを受けている。『どこか』というのは、今まで俺は一度として楓さんがリハビリしている姿を見たことがないせいで、楓さんがどこでリハビリを受けているか分からないからだ。もちろんそれは見舞いが面倒だからとかそういう理由じゃない。むしろ見舞いに行こうとして、付いていって良いかと尋ねたくらいなのだが、楓さんはおろか柊にまで「絶対に来ないでほしい」ときつい口調で言われてしまったので、渋々見舞いに行くのを諦めている。実際今日だって柊の『楓ともっと仲良くなろう大作戦』に従い病院まで来たのに、中に入るのは許されなかった。


 そんなわけでしばらくベンチに座って待っていると、リハビリを終えた楓さんが看護師さんに車いすを押して貰いながら病院から出てきた。笑顔で話しかける看護師さんに対して楓さんは無反応。会話が成立していないんじゃないかとひやひやしたが、よく見ると楓さんの口が僅かに動いているのが見えて胸を撫で下ろす。


 看護師さんと目が合い、お互い会釈する。怪訝な顔をするので「親戚です」と伝えると、一転して笑顔になり、「あとはお願いね」と言い残して病院へと戻っていった。


「こんにちは。リハビリどうだった?」


「いつも通り」


 ちらっと見ただけで目をそらした楓さんに苦笑しつつ、後ろに回り込んで車いすを押す。車いすは少しの抵抗だけで動き出した。


「なんで来たんだ?」


「おばさん今日は迎えに来られないんだって。だから頼まれたんだよ」


「……へぇ」


 ぼそっと「だったら来なければ良かった」と楓さんの呟きが僅かに聞こえる。……ちょっと機嫌が悪い? いやいや楓さんはいつもこんな感じで今も別に怒っているわけじゃないはずだ。きっとこれから言わなければいけない言葉を想像して、若干ネガティブになっているだけだ。そうに違いない。と、思いつつもこっそりと楓さんの顔色を伺う。


 ……分からない。いつも通りと言えばいつも通りだが、その『いつも通り』がほぼ無表情なので、顔色から楓さんの機嫌が良いのか悪いのかがほとんど読み取れない。俺はこっそりため息を吐く。こんな様子で柊の言うとおりに楓さんが『うん』と頷いてくれるのだろうか。俺は柊と昨日話した『作戦』を頭の中で振り返った。


 ◇◆◇◆


「楓ともっと仲良くなろう大作戦!」


「まんまなネーミングだね」


 グッと拳を掲げて宣言した柊に率直な感想を送る。柊は頬を膨らませて俺を睨んだが、ちっとも怖くない。


「で、具体的には何をするの?」


 藁とまではいかないが、木片くらいには縋りたい気分だった俺は先を促す。


「楓をお祭りに誘うの。お祭りにいけば楓だってテンション上がっていつもより話してくれるはずっ」


「はい大作戦終了。そんなことで外へ連れ出せるなら、ここまで困ってないよ……」


 間を置かずに否定する。また睨まれるかと思ったが、今度はにやりと笑って人差し指を立てた。


「だーいじょうぶ。ちゃんと楓には話をつけていて、誘いに乗るよう言ってあるから」


「へ、へぇ~。どうやってさ?」


 これまで俺が何度誘っても首を縦に振らなかった楓さん。その楓さんを柊が説得したという。まるでそれが柊と俺の楓さんまでの距離の違いだと言われた気がして、少し意地になった俺は僅かに語気を荒げた。


「まあまあそういらいらしない。別にこれは私の力じゃなくて、蓮の力を私が借りただけなんだから」


「俺の?」


 柊が「うん」と頷く。


「あれでも楓は蓮に感謝してるんだよ? ただ恥ずかしがって言えないだけなの。だから、『蓮のお願いを少しくらい聞いてあげたら?』って昨日の夜に『会話』したときに言ってみたの。そうしたら楓、『一つだけなら』ってオーケーしてくれたの。楓は約束を絶対に守るから間違いないよ」


 胸を張って言い切る柊。たしかに楓さんは約束を絶対に守る。この前だって「美味しいお菓子を見つけたから明日持ってくる」と、ただ他愛ない会話の中で明日も来ることを伝えただけなのに、翌日楓さんは酷い頭痛に襲われながらもいつもと変わりなく俺のことを待っていてくれた。ちなみにその日、楓さんは最後まで頭痛のことを隠し通し、俺は後日柊に聞いてそのことを知った。


 ちょうど昨日は楓さんに外出を勧めていたのだから、今祭りに誘えば成功する確率は高そうだ。


「だから明日、リハビリの終わった楓をおばさんの代わりに迎えに行って、その時に誘ってみて。何度か強くお願いすれば、きっと『うん』って言ってくれるから」


「……う、うん。分かった。やってみるよ」


『一つだけ』と楓が言ったことからも、こういう機会はこれからもそうそう来ないだろう。俺は戸惑いながらも力強く頷いた。


 ◇◆◇◆


 その後俺はおばさんに、楓を祭りに誘うこと、そのためにおばさんの代わりに病院へ迎えに行く役目を変わってほしいことを伝えた。おばさんは二つ返事でオーケーを出してくれた。本当なら柊から説明して貰った方が良いのだろうが、おばさんもおじさんも、楓さんの中に柊という人格がいることを知らない。だからこの作戦は俺一人で考え、俺一人で実行することになっていた。


 ちなみに作戦と言っているが、決めた事と言えば、おばさんに迎えを代わって貰うことと楓さんを祭りへ誘うこと、たったこれだけ。それ以外のことは全て「蓮に任せたっ!」と柊から一任されてしまった。まあ、あの楓さんを本当に祭りに誘うことが出来れば、それだけで充分作戦といえるほどのものだと言えるか……。


 タクシー乗り場へと移動した俺は、ベンチに座って楓さんと目の高さを合わせた。そして少し緊張しながらも、ゆっくりと口を開いた。


「ね、ねえ、楓さん」


「なに?」


 こちらを見ずに返事する。これもいつも通りのはずなのに、どこか避けられているような気がする。


「き、今日は良い天気だね」


「ほんと、外なんて出たくないほどに良い天気だよね」


 タクシー乗り場の屋根下から空を見上げる楓の言葉にとげのような物を感じた。そういえば楓さんの肌は人よりも弱く、あまり日の光に当たってはいけないのだと、おばさんに聞いたことがある。その対策なのだろう、今の楓さんは真夏のこの季節に長袖のワンピースを着ていた。


「楓さん、長袖だけど暑くない?」


「もちろん暑いよ」


 少し睨むような視線を向けながら楓さんが答える。だがその顔に汗のようなものは見当たらず、よくよく見て額に一粒だけ浮き出ているのを見つけるのが精一杯だった。一方の俺は外で待っていたせいもあって全身から汗が浮き出している。


「そうなの? 俺より涼しそうに見えるのに」


「これは体がちゃんと機能していないだけ。これでも立ち上がれば簡単に貧血を起こせるくらいフラフラなんだから。まあ、この足じゃ立てないんだけど」


 最後に自嘲の言葉を吐いて、楓さんは目をそらした。……あ、なんか凄い誘いづらい雰囲気にしてしまった気が。いやよく考えれば祭りは日が傾いた夕方から夜に楽しむもの。むしろ話の流れからして好都合?


 そのとき、ふと病院から出てくる浴衣を着た女の人が目に入った。これだ! これをきっかけに誘うなら今しかない!


「か、楓さん」


 意を決して口を開く。


「なに?」


「ほ、ほら、あそこに浴衣を着てる人がいる」


「……ほんとだね」


 目だけをその人に向け、興味なさげに相槌を打つ。


「な、なんで浴衣なんて着ているんだろう。あ、あー、そういえば、今日近くの河原で祭りがあるんだった。それにいくのかなー?」


「……?」


 楓さんが怪訝な顔をして俺を見る。少しわざとらしかっただろうか。


「そうだ。楓さん。……お、俺達も祭りに行ってみない?」


「…………………へ?」


 長い沈黙を挟んで、楓さんが目を丸くして驚いた表情を見せた。それは今まで見た中で一番表情豊かなものだった。それを見られただけでも満足してしまいそうになるのを堪えて言葉を続ける。


「か、楓さんの家のすぐ近くなんだ。会場も広くてスロープがあるから車いすでも普通にいけるし、どうかな?」


「え、あの……」


 緊張して声が上擦っているが、楓さんも突然のことに戸惑っているようだった。雰囲気的にはすごく断られそうだ。ただ柊の言うとおりであれば……。


「えっと、その……。ご、ごめ――」


 楓さんは頭を下げようとしたところで動きを止めた。それと同時にハッとした様子で俺を見てから、視線をそらした。やっぱり断られるのか? と思った矢先、


「……よ」


 楓さんは小さな声で何かを呟いた。僅かに聞こえた声に耳を疑いながらも、背けた横顔が朱に染まっていくのを見て、俺は確信した。


「……いいよ」


 頬を真っ赤にして、ちらりと俺を見た楓さんは、消え入りそうな声でそう言った。 

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