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第4話 コンビニは何でも揃ってる

「もうこんな時間だ」


 椿と一緒に残っていたダンボールを片付けてリビングに戻った時には、時計の短針は18時を回っていた。


「あー!」


 僕に続いてリビングに入った椿が突然大きな声を上げた。


「ど、どうしたの突然……?」


 真後ろで声を上げられた僕はびっくりして体を震わせ、振り返った。


「晩御飯作るの忘れてた……」


 なんだ、そんなことか。ガクッと肩を落とす椿に対してほっとする僕。と同時にふと気になったことを聞いてみた。


「椿って料理できるんだ」


「うん。家にいた頃は叔母さんの手伝いしてたし、今は料理部に入ってるから」


「へぇー、凄いね。僕なんてずっと寮だったから料理なんて家庭科の授業でしか作ったことないよ」


「そういえばお姉ちゃんが通ってた桜花は全寮制だっけ?」


「そうそう。中等部も高等部も全寮制」


 桜花とは、制式には『私立桜花女学院』というお金持ちの女の子が通うことで有名な学校だ。偏差値もそこそこ高く、なにより停学、退学、留年する人が非常に少ないので評判もいい。僕が中学2年から最近まで通っていた学校だ。


「寮だと自分用のキッチンがないから、気軽に料理もできなさそうだね」


「そ、そうだね」


 ……まあ、あったとしても、寮にはちゃんと食堂があったから、自分で料理なんてやってなかったと思うけど。


「それよりも、どうしよう晩御飯……。午前中まではちゃんと覚えてて、スーパーにも行こうって決めてたのに、引越し見てたり、再放送のドラマ見てたらすっかり忘れちゃってた……」


 リビングの入り口で狼狽える椿を余所に、僕は冷蔵庫を開けて何か食べれそうなものはないか物色する。冷蔵庫の中は空っぽで、ドレッシングとかお味噌とかそういうものしか残っていなかった。


「何か簡単に作れるものはないの?」


 冷蔵庫を閉じながら椿に尋ねる。


「ないと思う。まだ調味料くらいしか買ってないし」


 たしかに、キッチンの周りを見ても『〇〇の素』みたいなご飯に混ぜれば出来上がり的なものもないようだ。僕は一日くらい食べなくても平気だけど、それに椿を付き合わせるのはさすがに悪い。


「コンビニで済ませようか」


 今からご飯炊いても時間かかるだろうし、コンビニで出来合いの物を買った方が早くて楽だろう。


「うん。ごめんね、お姉ちゃん」


「別に謝ることないよ」


 バッグから携帯電話と財布を取り出し、シュンとしている椿の隣で背伸びして頭を撫でた。


「よしよし」


 昔一緒にいた時にも、こうして椿の頭を撫でて機嫌をとってたなあ……。幼い頃を思い出して、少し感慨深くなる。


「……お姉ちゃん。わたしもう高校生なんだけど」


「椿が何歳になろうが、僕の妹なんだからいいんだよ」


「……うん」


 少し恥ずかしそうに頬を赤くして椿は頷いた。


「さ、じゃあコンビニいこうか」


「うんっ」


 僕の言葉に、椿は元気よく返事した。


 ◇◆◇◆


 僕達はマンションの玄関を出てから2、3分のところにあるコンビニへとやってきた。『ウェルマート』と書かれた自動ドアを椿と並んで通り店内に入る。『いらっしゃいませ』と挨拶する店員の前を通り、お弁当やおにぎりが並ぶコーナーの前に立った。


「椿はどれにする?」


「んー……これでいいかな」


 椿は『和風キノコパスタ』と書かれた商品を手に取った。商品名の横には赤いラベルで『NEW!』と書かれていて新商品だということを知らせていた。


「これって前見たことあるのに、どうして新商品なんだろうね?」


 僕は赤いラベルを指差した。


「一度出して、販売中止して、また出したから……とか?」


「それって、なんかだまされた気分にならない?」


「たしかにそうかも」


 椿はそう言いながら少し笑い、僕が持ってきた籠に商品を入れた。


「お姉ちゃんはどれにするの?」


「うーん……これでいいや。そんなにお腹空いてないし」


 僕は高菜の入ったおにぎりを一つ取って籠の中に入れた。


「え、それだけでいいの?」


「うん」


「でも……あ、そうか」


 椿は何かを言いかけたけど、すぐに理解したようで言葉を飲み込んだ。少しだけ悲しそうにする椿の頭を撫でて、飲み物のコーナーへ移動する。


「朝の分も買ったほうがいいよね?」


「うん。午前中にスーパー行くから、今日の夜と明日の朝の分だけお願い」


「りょーかい」


 僕はウーロン茶と野菜ジュースを、椿はサンドイッチとウーロン茶、そして野菜ジュースを籠に入れた。


「あとはデザートのプリンっと」


 ぽいぽいっとプリンを二つ籠に入れる。


「椿もいる?」


「うん。……デザートは別腹なところまで柊お姉ちゃんにそっくりなんだね」


「だって僕は柊だからね」


 もう一個プリンを手に取りつつ、僕はそう答えた。椿が会計を済ませている間に、僕はふと昼間に日焼けしたことを思い出して自分の両腕を見下ろした。触ると少しだけ熱を帯びていたけど、これくらいなら帰って少し冷やせば大丈夫そうだ。


「お姉ちゃん、行こう」


 会計を済ませて大きな袋を持った椿と一緒にコンビニを出た。


「袋持つよ」


「いい。そんなに重くないし」


「……じゃあ半分」


 オレンジ色に光る道を椿と僕とで袋の取っ手の部分を片方ずつ持って並んで歩く。


「そうだ。家事の分担決めようか」


 僕がこれからの生活で必要な議題を提案する。


「ご飯はわたしが作るよ。というより、家事全部わたしがやるよ?」


「それはさすがに僕を甘やかしすぎ。二人で暮らすんだからちゃんと分担しないと」


「わたしは元々一人暮らししてたし、一人が二人に増えてもそう変わらないんだけど……」


「だめだめ。姉がぐーたらなんて」


 とは言え、僕は料理ができないから必然的にやることが決まってくるけど。


「えっと……そうだ、洗濯は僕がするよ。あとは――」


「お姉ちゃんの担当は洗濯だけでいいよ。お部屋の掃除とか他の事は気づいた人がするってことで」


「え? でもご飯の用意ってそれだけでも結構しんど――」


「だめだよ無理しちゃ。お姉ちゃん、あんまり無理できないんでしょ?」


 椿の言葉に、僕は目を丸くして視線を向けた。椿には体の調子のことは言ってないのに、どうして知っているんだう。もしかして伯父さんが僕に内緒で椿に教えたのかもしれない。


「……人より少しだけ体が弱いだけで、椿が思っているほどひどくないよ。実際中学では剣道部に入ってたくらいだから」


「部活できるくらいって言っても、試合にたまに出る程度で、練習ではほとんどマネージャーみたいなことしてたって、ちゃんと伯父さんから聞いてるんだから」


 やっぱり伯父さんか。余計なことを……。


「で、でも、もう少しくらいなら家事出来ると思うけど……」


「これ以上やるっていうなら、洗濯も無理矢理わたしがやるけどそれでもいい?」


「うっ……」


 普通こういう家事の分担って押し付けあうものな気がするのに、なんだろうこれは……。とにかく、無理に頑固になると逆に僕の分が減ることになりそうだから、ここは折れるしかなさそうだ。


「わかった。それでいい」


「うん」


 僕の返事に、椿は満足そうに頷いた。


「あ、でも料理の味には自信ないから、あまり期待しないでね」


「お腹壊さなかったらなんでもいいよ」


 僕の言葉に椿が頬を膨らませた。


「……それ、味がどうのこうのって言う問題じゃないよね?」


「ウソウソ。椿が作ってくれるものならきっと何でも美味しいよ」


「お姉ちゃん……」


 椿が呟いて目を細めたので、僕も笑顔で返した。

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