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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部二章 いつもとは少し違う日
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外伝2 コンビ

「結奈さんどうします? いつもみたいにこのまま待ちますか?」


「……」


 香奈の問いかけに答えず、うちは遠くの二人をジッと見つめる。視線の先では、楓さんと蓮がテーブルを挟んで座り、談笑している。


 新聞部の部長であるうちなら、いつもならここで『スクープ!』と嬉々として二人を尾行してネタを集めるところ。それを知っているから、香奈も自分の買い物をするためにクレタナに来たって言うのに、嫌々ながらも『待ちますか?』なんて聞いてくれている。


 楓さんと言えば、学園で今一番みんなの話題に上る人。記事にすればかなりの反響が得られるのは必至。噂じゃ最近親衛隊やらファンクラブやら、よく分からないけどそんなものが出来るかも、なんていう話も聞く。転校してきてわずか一ヶ月足らずで、1学期の四季会選挙の時のような騒ぎだ。


 うちの学校って、他の学校同様に不良がいたり、いじめがあったりはするけど、それはほんの極一部であり、その極一部も他の学校から比べたら些細なこと。全体的にまともな人が多い。塚崎先輩や新階さんの金髪碧眼なんて、下手すればいじめの対象なのに、学園じゃ羨望の的として受け入れられている。そのあたりは学園の誇れる一面であると思う。


 話を戻して……。とにかく、そんな人気者の楓さんのデート風景を記事にすれば、間違いなく来月のは良い物ができる。けれど、楓さんにはさっき危険だったところを助けられた恩がある。それなのに、このわずかな時間で恩を仇で返すなんてどうだろう。


『仇で返す』とは、もちろんうちが書く記事のこと。うちは実際の出来事をより面白おかしくするために、若干の脚色を加えて記事にしている。おかげでうちが部長になってからの新聞部の『記事』は面白いと評判だけど、それと反比例して『うち』の評判はだだ下がり。まあ、だいたい記事にするのは失敗談やら暴露話やらで、記事にされる人にとっては忘れ去りたい、もしくは誰にも知られたくないようなものばかりだから仕方ないっちゃ仕方ないんだけど。


「……」


「結奈さん?」


 ……ま、嫌われたくないしね。ふう、と小さくため息をつくと、クルリと向きを変えて歩きはじめる。


「香奈、行くよ」


 楓さんは、これはデートじゃないってはっきり言ったんだ。だったらこれはデートじゃなくて、ただ友達と遊んでいるだけ。記事にするようなことじゃない。うちは自分に言い聞かせるように、心の中で呟いた。


「え、えっ? いいんですか?」


「うん。ほら、邪魔しちゃ悪いから」


 歩きながらこっちこっちと香奈に手招きをする。香奈はしばらく楓さんと蓮の方とうちの方を交互に見たのちに、うちの後を追って歩きはじめた。


「結奈さん、拾い食いでもしました?」


 うちの隣に並びながら、香奈が真顔で凄い失礼なことを聞いてきた。


「うちは香奈かっ」


 チョップを香奈の頭に振り落とす。


「あいたっ。…いくらあたしでも拾い食いは時と場合によりますよ」


「いや。場所とかじゃなくて拾い食い自体だめでしょ」


「綺麗なところに3秒までなら大丈夫ですって」


「なんで3秒…」


 3秒ルールなんて言うけど、落ちてしまえば何秒だろうがアウトな気がする。


「でも、さっきはどうしたんですか? いつもの結奈さんだったらあたしがダメだって言っても『ネタ集め』って嬉しそうにストーカーするのに」


「変な言い方をしない」


 また香奈の頭にチョップ。


「あいたっ」


 香奈が両手で頭をおさえる。力なんてまったく入れてないのに大袈裟な。


「蓮から止めてくれって言われたんだよ」


「へ? 泉先輩そんなこと言ってましたっけ?」


「電話で話してた時と、さっきメールで」


 うちはポケットから携帯電話を取り出して、さっき届いたばかりのメールを開き、その状態で香奈に携帯電話を渡す。


「『記事にはするな』ですか。いつの間に打ってたんでしょうね」


「さあ」


 うちがそう言いながら目を逸らすと、香奈はわざわざ自分が視界に入るよう回り込んできて、にやりと笑みを浮かべた。


「さすがの結奈さんも身内には弱かったってことですねっ」


「うるさい」


「あいたっ」


 今度は少しだけ力を入れた。たしかに、同じクラスであり、友達である圭がここまで言うんだから、いつものうちでも自重しただろう。けど、本当にうちが諦めた理由はそこじゃない。……ただ、楓さんと友達になりたいと思ったから、なんて理由で諦めたなんてこと、香奈にはさすがに言えなかった。


 さて、気分を切り替えて香奈で遊ぼう。香奈に付き合ってバス代使ってまでこんなところに来たんだから、それ相応の対価は頂かないとね。……バス代往復で200円ぽっちだけど。


「で、何がほしいんだっけ?」


「えっとですね、ヌ――」


「育毛剤だっけ?」


 香奈の言葉を遮ってボケてみる。けれど香奈は分かっていないようで、キョトンとした。


「育毛剤? なんで育毛剤なんですか?」


「だってほら」


 意味深げに視線を少しだけ上げる。


「…? ああ! こ、このおでこの広さは生まれつきです! ハゲてるわけじゃないです!」


 なんて言いながら、人よりすこーしだけ広い額を手で覆う。気にしてるなら髪で隠せばいいのに、わざわざヘアピンまで使って額を見せている。


「あーそうそう、育毛剤じゃなかったね。……分かった。髭剃りだ」


「なんで髭剃りなんですか!? 髭なんて生えてないですっ!」


「え? だってほらここに」


 うちは何も生えていない香奈の頬を指差す。


「え? え!?」


 慌てて香奈が自分の頬を触る。ペタペタと一通り触ってから、やっと騙されたことに気づいて、うちを睨んできた。


「生えてないじゃないですか! 適当なこと言わないで下さいっ」


「だって、うち新聞部だし」


「あーなるほど…って新聞部ならなおさらだめじゃないですかっ」


「真実だけ伝えるなら他の人に任せればいいんだって」


「うわっ。この新聞部部長、思考が終わってる!」


「うちの記事は真実40パーセント、嘘60パーセントでできてるからね」


「嘘の占める割合多っ!」


「ちなみにうちと香奈は先輩後輩を超えた親友だよ」


「なんでこのタイミングで!? しかも嘘60パーセント発言のあとにそんなこと言われても信じられません!」


「じゃあさっきのは嘘で」


「そんなにはっきりといわなくてもっ!」


 香奈が頭を抱えてクネクネする。いつものように毎回全力で返してくる香奈はやはりいじると面白い。


「まあその嘘が嘘なんだけど」


「あーなるほどそうですよねそうで…あれ?」


 突然ピタッと止まる香奈。それが変な体勢だったので少しだけ笑ってしまう。笑ったことがばれないように香奈に背を向けて歩き始める。


「ほら、行くよ。たしかそこのエスカレーター上がって左に進んだところだったよね?」


「は、はいそうですけど…結奈さんに今日何買うか言いましたっけ?」


 後ろを付いてくる香奈から顔を見られないように注意して、口を開く。


「この前クレナタでかわいいぬいぐるみ見つけたって言ってたじゃん」


「は、はい言いましたけど、よくそんなこと覚えてますね?」


「ま、友達だしね」


 少し歩く速度を速める。香奈は「はい!」と元気よく返事した。


 ◇◆◇◆


「なにこの丸い物体」


「外で待っててください」と言われてお店の外で待っていると、香奈は大きな大きな丸い何かを抱いて店を出てきた。


「丸い物体って…どう見ても猫じゃないですか」


 猫? そう言われて改めてその丸いヌイグルミを凝視する。


 ……丸い。とにかく丸い。卵のような楕円じゃなくて本当に満月のように丸い。その丸い物体には白と明るい茶色の縞模様があり、よく見ると上のほうに黒くて細いワイヤーのようなものが左右対称に同数ずつ生えていた。それを髭だと認識すると、次は視線を少しずつ下げていく。円の両側には4つほど突起物があって、よくよく見るとそれは申し訳程度に取り付けられた足だった。さらに視線を下に向けると、腕より一回り細い尻尾が垂れ下がっていた。


 全体を遠くから見ると、たしかに香奈の言うとおり猫だ。凄い大きくて丸いけど。


「たしかに猫?だね」


「なんで疑問系なんですか?」


「いやその規格外のスケールとあまりの丸さで」


「それは化け猫シリーズの三毛猫様ですから仕方ないですよ」


「……なにそれ?」


 一応新聞部として、ある程度の情報誌と毎日のニュースはかかさず見ているけど、そんなものは見たこともないし聞いたこともない。


「まあ知らないのも無理ないです。一部の猫好きの間くらいでしか流行ってませんから」


「なるほど……」


 局所的な流行ってことか。


「ところで、なんでこれ配送してもらわなかったの?」


「こんなに大きいと配送料高いじゃないですか」


 ああ。ようやくうちが呼ばれた理由が分かった。


「つまり、一人でこんな大きいヌイグルミ持って帰るのは恥ずかしいから、うちを呼んだってこと?」


「はい、そのとおりですっ」


 香奈はヌイグルミを持ったまま、震える手で親指を立てた。そんな無理してやらなくても。


「はあ…。じゃ、目的も済ませたことだし、今日はとっとと帰ろうか」


「はい」


 香奈はヌイグルミを出来るだけ右側に寄せて持ち、左側から顔を覗かせて前を確認しつつ歩き始める。


「まだ持って歩けそう?」


「重さ自体はそんなにないですから、余裕ですよ」


 「ほらっ」と香奈はヌイグルミを少しだけ上に投げてみせる。たしかに重さはそんなにはないみたいだ。


「じゃ、バス停までは香奈。バス降りたらうちが持つ。それでいい?」


「はい。ありがとうございますっ」


 先輩なんだから、それくらいは手伝ってあげよう。それにしても…


「これ、バスに乗る?」


「…無理矢理ねじ込みます」


 帰り着くまでに、どこも破れなければいいけど。

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