第34話 香奈さんと結奈さんは仲良し
「うわー、こんなに広いのに人で一杯だ」
眼前に広がる光景に思わず声を洩らした。
「ちょうどお昼時だしね」
広大なスペースにテーブルが整然と並べられていて、そのほとんどが人で埋まってしまっている。その周りにある店舗にも大なり小なり列が出来上がっていて、どこも大混雑だ。
「柊は何食べる?」
「うーん……」
座席スペースを囲むようにして配置された店舗に視線を巡らせる。……うどん? いやいや、せっかく来たのにそんないつも通りのものを食べるのは勿体ない。出来たらここでしか食べられないものが食べてみたい。
「日本人って、限定って言葉に弱いよね」
「ん? うん、そうだね」
思案しながら手前から順に見ていくと、大きな看板が目を引くお店に目がとまった。よし、あれにしよう。
「私、たこ焼き。出来たらソースは醤油で鰹節抜きでお願い。あ、ねぎもいらないから」
私は『カリッ! トロッ!』と大きく書かれた看板を指さしながら蓮に希望を伝える。そんなオプションがあるかどうか知らないけど、チェーン店っぽいし、たぶんこれぐらいのニーズには答えてくれるだろう。
「分かった。じゃ、俺が買ってくるから、柊は場所取りしててよ」
私が頷くのを見て、蓮はお店の方へ歩いていった。踵を返して蓮に背を向けると、辺りを見回して二人分空いているところがないか探す。
「……ないなぁ~」
「おーい。楓さーん」
私を呼ぶ声が聞こえて目を向けると、結奈さんと香奈さんがテーブルにつき、私に向かって手を振っていた。
「奇遇、また会えたね」
「こんにちは。楓先輩」
私が近寄ると、二人は笑顔で迎えてくれた。私は余所行きの口調に変える。
「こんにちは。香奈さん」
「楓さんとこも今からご飯?」
「うん」
「ちょうどここ二つ空いてるからどうぞ」
結奈さんが隣の椅子をポンポンと叩く。せっかくなのでその椅子に座ることにする。
「ありがとう。さっきから探してたんだけど、どこも空いてなくて」
「日曜のお昼だしね~」
結奈さんがテーブルに肘をつきながら、ポテトを一本取り、リスのように少しずつかじる。
「結奈さん。食べ方がリスみたいです」
「いいじゃん。人の食べ方にいちいちケチ付けない」
「あいたっ」
結奈さんが香奈さんの髪の分け目めがけてチョップした。
「ところで、蓮はどうしたの?」
「蓮なら今食べ物を買いに――」
「え。楓先輩まさかデートですかっ!?」
ハンバーガーに噛り付いていた香奈さんがガタッと椅子を鳴らして立ち上がった。椅子は勢い余って軽く後ろの椅子に当たってしまい、そこに座っていた女の人が香奈を一瞥する。
「あ、す、すみませんでしたっ。以後気をつけますっ」
「え……い、いいえ。いいのよ」
すかさず頭を下げて謝る香奈に毒気を抜かれたようで、女の人は少し慌てた様子で香奈さんを制し、背を向けた。
「……で、楓先輩どうなんですか?」
椅子に座りなおした香奈さんが、何故か口元に手を当てて、小さな声で私に尋ねる。
「どうって……ボク達はただ遊びに来ただけだけど?」
「なるほど……こんなこと言ってますけど、結奈さんはどう思いますか?」
結奈さんはポテトをカリカリとかじりながら、空いている手をひらひらとさせた。
「だめだめ。さっきバスで一緒になったから聞いたけど、楓さん、まったくそんな気ないもん」
「はあ……そういうことですか」
香奈さんは何か納得したようで、腕を組んでうんうんと頷いた。
「哀れ如月先輩……」
香奈さんがバスの結奈さんのように十字を切って手を合わせた。香奈さんもクリスチャン……?
「香奈さんも蓮のこと知ってるんだ」
「はい。如月先輩は剣道部の副部長で、レギュラーとしても活躍してますから、結構人気ありますよ」
香奈さんはそう言うと、ハンバーガーを口一杯に頬張った。へぇ~……。蓮って人気あるんだ。それもそうか。あんなに身長高くてスタイルいいし、顔もどちらかと言えばカッコいい。それで運動もできるとあれば人気も出るよね。
「まあ、あたしの場合は結奈さんと同じクラスということで、多少なりと話したことがあったのが大きいですけど」
「香奈ってよくうちの教室に邪魔しに来るんだよね。一年なのに勇気あることで」
「それはいつも結奈さんがやれ体操服忘れただの、やれ財布忘れただのってあたしを呼ぶせいじゃないですかっ」
「あー、そうだっけ?」
結奈さんがストローを咥えてズズーッと音を鳴らした。
「ところで、蓮はここの場所分かるかな?」
「……分からないかも」
もしかしたら電話してくるかもしれない。そう思ってポケットから携帯電話を取り出したところで、ちょうど蓮からかかってきた。
「もしもし」
『もしもし。席は取れた?』
「うん」
『どのあたり?』
「えーと……」
私は何か目印になるようなものを探して辺りを見回す。
「どうしたの?」
「蓮君からなんだけど。この場所ってどう説明すればいいかなっと思って」
結奈さんは指先をペロッと舐めてからペーパーナプキンで拭くと、「携帯貸して」と手を伸ばしてきた。
「もしもし。結奈だけど今どこ? ……うん。……うち? うちはちょうど香奈とお昼食べてたら、楓さん見つけて空いてる隣を……うん。で、蓮は今どこ? …あー、そこか。そこからなら、上の方にトイレはこっちって看板ない? あった? あったらそっち向かってまっすぐ歩いてきて。そこにいるから」
そこまで話すと、結奈さんは携帯電話を閉じた。
「あ、ごめん。つい切っちゃった」
「ううん。分からなかったら、またかけてくるだろうし」
結奈さんから携帯電話を受け取り、かかってきても出られるようにテーブルに置いておく。
「きたきた」
結奈さんの声にその視線を追っていくと、片手にビニール袋を二つ下げた蓮がこちらを見ながら歩いていた。
「結奈と香奈ちゃんも来てたのか」
蓮が私に袋を渡しながら席についた。
「うちは香奈に付き合わされてね」
「そんな嫌々そうに言わなくてもいいじゃないですか。結奈さん暇そうにしてたのに」
「見た目はだら~っとしてても、頭の中じゃいろいろ考えてたの」
「とか言いつつ、頭の中もだら~っとしてたんですよね?」
「……」
結奈さんが無言のチョップを振りおろす。
「あいたっ」
「言っていいことと悪いことがある」
「図星だったってことで――あいたっ」
再び振りおろされる結奈さんのまっすぐに伸ばした右手。いいコンビだ。
「ほら、ひい……楓。早くたこ焼き食べないと」
「あ、うん」
視線を結奈さんから蓮に移すと、いつの間にか蓮は買ってきた袋から焼きそばを取り出して食べ始めていた。私は袋から発泡スチロール製の容器を取り出し、容器を止めていた輪ゴムを取り去り、開いた。
「あ、ちゃんと醤油あったんだね」
「うん。鰹節やねぎも向こうから聞いてくれたから注文通りできた」
蓮の言う通り、ちゃんとソースはたこ焼きソースではなく醤油、鰹節とネギはかかってなくて、青のりとマヨネーズがかかっている。
「ありがと」
「いえいえ」
お礼を言って、串のように長い楊枝のようなものを持って、たこ焼きをつき刺す。持ち上げると湯気がたっていたので、何度かフーフーと息を吹きかけてから噛り付いた。
「……うん。おいひい」
たしかに看板通り、外はカリッとしてて、中はトロッとしてておいしい。
「醤油なんて食べたことないけど、おいしい?」
「ボクはソースよりこっちのほうが好きだけど、好みかも。ためしに食べてみる?」
「へ?」
さすがに食べかけをあげるのは失礼なので、半分ほど残ったたこ焼きを容器に戻して、隣のたこ焼きを突き刺し、蓮の口元へ持ち上げる。
「はい」
「へ?」
「ほら、口開けて。少し熱いから、自分でフーフーしてね」
「え……う、うん」
蓮が何度か息を吹きかけてからたこ焼きを一口で食べた。
「どう?」
「……うん。醤油もおいしいね」
「でしょ? たこ焼きはソースだっていうのは分かってるんだけど、ボクは醤油の方がいいんだよね」
私は蓮が共感してくれたことに嬉しくなった。ふと隣を見ると、結奈さんと香奈さんが私をじーっと見つめていた。
「ん?」
なんでこっち見ているんだろう。ふとテーブルを見ると、二人の前には、二つ重ねたお盆と、その上に丸めたハンバーガーの包みや、空になったポテトの入れ物が置かれている。結奈さんも香奈さんも、もう自分の分は食べ終わっていたようだ。
……あ、なるほど。
「結奈さんと香奈さんも食べてみる?」
そう言って私はたこ焼きを指さした。きっと二人も醤油味のたこ焼きに興味を持ったんだろう。
「うちも香奈も食べたことあるから大丈夫」
「あれ? こっち見てたからてっきりたこ焼きに興味あるのかと思ったけど」
「まあ、あるっちゃあるけど……それよりほら、早く食べないと冷めるよ?」
「あ、うん」
何か腑に落ちないけど、蓮を待たせるわけにもいかないので食事を再開する。たこ焼きは八個入りで、蓮に一つあげたから私の分は残りの七個。私はそれをつき刺しては二口にわけて食べていった。
◇◆◇◆
結構急いで食べたはずなのに、それでも蓮を待たせてしまった。
「ふー。お腹一杯」
「それだけで?」
「うん。アイス食べてたしね」
「だから言ったのに……」
「いいのいいの。ボクがいいんだから問題なし」
蓮が買ってきてくれたお茶を飲んで一息つく。
「そんなんだから身長伸びなかったんじゃない?」
「なっ……! 人(主に楓)が気にしてることをっ」
私は上半身を乗り出して腕を振り上げる。咄嗟に蓮は目を瞑り頭を腕でガードした。その隙に財布から取り出しておいた500円玉を蓮の胸ポケットに入れて席に戻った。
「……え? あ、楓これは――」
「さっきのたこ焼きと飲み物代。ちょっと少ないかもしれないけどあとは奢りってことで」
「奢りって、元々さっきのアイスも割り勘だったから、お昼くらいは俺が持とうと……」
「そうだと思っての、その500円」
私は蓮の胸ポケットを指さす。
「返すよ」
「だめだめ。テーブルに置いても取らないからね」
両手を軽く上げて、絶対受け取らないことをアピールする。
「はあ……分かったよ」
渋々といった感じに蓮が財布に500円をしまう。
「うんうん。それでオッケー。……ん、結奈さんどうしたの?」
振り向くと、相変わらず結奈さんはこちらをじ―っと見つめていた。
「いろんな意味で満腹なので、そろそろうちと香奈は買い物に行くわ」
結奈さんがそう言いながら立ち上がると、香奈さんがお盆を持ってそれに続いた。
「じゃ、楓さんまた学校でね。……蓮はいろいろ頑張れ」
「楓先輩、また部活で会いましょーっ。……如月先輩いろいろと頑張ってください」
二人とも何故か私に挨拶した後に蓮に耳打ちして去っていった。
「二人ともなんて?」
「え? ……ま、また明日って挨拶を」
「ふーん」
そんなことをわざわざ耳打ちしなくてもいいのに。
「私達はもう少し休憩してから行こうか」
「う、うん」
さっきから少し顔の赤い蓮を見て、私は首を傾げた。
◇◆◇◆
「ねえ、香奈」
「なんですか?」
フードコートを出て、少し離れた位置で結奈は香奈を呼び止め、視線を楓(柊)と蓮に向けた。
「あれ、デート以外に何に見える?」
「………デートです」
「デート以外で」
「………あたしの少ないポキャブラリーを検索したところ、適切な単語は見つかりませんでした」
「…だよねー」
『はあ…』
結奈と香奈は蓮を見て、そしてお互いを見て、肩を竦めてため息をついた。