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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部二章 いつもとは少し違う日
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第33話 心臓がドキドキした

 腕時計を見ると、針は待ち合わせの五分前、10時55分を示していた。


「うん。ぴったり五分前」


 私は予定通り待ち合わせのクレナタの南出入口へとやってきた。


『11時に南出入口で』


 それが蓮と約束した待ち合わせ時間と場所だ。まだ蓮は来ていないようだったので、入口の自動ドア横のガラス壁にもたれて待つことにした。体をあずけるときに、『もしかして割れるかも?』と不安になったけど、ガラスはヒビどころかびくともしなかった。まあ、当り前だよね。


 その体勢のまま、私はバードウォッチングならぬヒューマンウォッチング、別名人間観察を始める。日曜日ということもあってか、さっきから人の出入りが凄い。広大な駐車場には車が所狭しと止められ、見える範囲で空いているところなんて一つもない。それなのに、次から次へと車がやってきては、私の前を通って、奥の立体駐車場へと吸いこまれていく。


 視線を建物入口へと向けると、ちょうど親子連れの団体が自動ドアを通って店内へと入っていった。子供は嬉しそうに「ゲーム、ゲーム」と父親の手を握ったまま飛び跳ねている。ゲームソフトを買ってもらえることに喜んでいるのか、それともゲームセンターで遊べることに喜んでいるのか、どっちなんだろう。


 ……って、ここゲームセンターあるのかな。そんなことを考えつつ待っていると、遠くから蓮が走ってくる姿が見えた。腕時計を見ると一〇時五九分過ぎ。ぴったりだ。


 蓮の方はまだ私に気付いていないようで、辺りをキョロキョロと見回している。見つけやすいように軽く手を振る。しばらくすると私に気付いたようで、こっちに視線を固定したまま駆け寄ってくる。けれど、それはさっきまでとは違って、走るというよりは歩くよりちょっと早い程度の早さで、しかも若干首を傾げているように見える。


 何か後ろにいるのかと思って、後ろを振り返る。ガラス越しに店内が見えるけど、別段おかしなところはなかった。


「おはよう」


 蓮は私の前まで来ると、息を切らすことなく挨拶した。その持久力が羨ましい……。先週遥達とバレーをして倒れたことを思い出す。


「おはよう」


「あ、あの……柊、だよね?」


 蓮は私に視線を送りながら尋ねた。


「うん。楓はまだ寝てるよ。どうかした?」


「い、いや、いつもと印象が違うなと思って……」


「いつもと?」


 私は両手を頭、体に当てつつ、ついでに振り返って、ガラスにうっすらと映る自分を見て身なりを確認する。別におかしなところはなかった。


「そ、その……ちゃんと女の子してるなって。服とか髪とか……」


「服とか髪? あー……」


 やっと理由が分かった。蓮とは桜花に通う以前に何度も会ってはいるが、こんな女の子女の子した服を着たところをあまり見せたことはなかったし、化粧をしたのもこれが初めて。それで『印象が違う』んだ。


「一応私も女だしね。楓はまだ嫌がってるけど」


 そう言ってスカートの端を摘んでみせる。


「楓は仕方ないよ」


 苦笑する蓮。そんな蓮に見えないところでこっそりとにやりと笑う。


「ところで、『ちゃんと』ってどういう意味? 私が女の子らしい格好してたらダメだって言うの?」


 蓮が困ることを理解したうえで、少しいじめてやろうと思った私は、蓮を非難しつつ睨み上げる。


「い、いや、べ、別にそういう意味じゃなくて……」


 蓮がそんな私が傷つくようなことを言う人じゃないっていうのは、よく理解してる。


「そういう意味ってどういう意味?」


「え、えっと……」


 蓮の目があっちこっちと泳いでいる。あはは。困ってる困ってる。笑いそうになるのをなんとか堪えつつ、蓮を睨み続ける。


「たしかに楓があんなんだから、私がこんな格好するのはどうかとは思うけど、それでも似合ってるなと思って私は着――」


「う、うん。そうだよ! 似合ってる! 凄く綺麗でかわいい!」


「……へっ?」


 ……い、今なんて言った?きっと今の私は目が点になってることだろう。それくらい虚をつかれた。


「だから、柊はその服似合ってるしかわいいよ。『ちゃんと』っていうのは、ただ単純に、そういう服も着るんだなって思っただけで他意はなくて……」


「あ……う、うん、そ、そうなんだ」


「だから似合ってないとかは全然思ってなくて、むしろ凄く似合ってて、クラスの子よりも全然かわいいし……」


「か、かわ――っ」


 ……なに。なにこれ。なにこの流れ。なに蓮は真顔で凄いこと言っちゃってるの? で、それを聞いて、なんで私は動揺して上手く喋れなくなって、顔が熱くなってるの?


「化粧もしてるよね? 普段もかわいいのにさらにそれに上乗せされてるっていうか、だから別に柊を悪く言ったつもりは……あれ、柊どうしたの? 顔真っ赤だけど」


「え、や、これは別になんでも」


 手を顔の前でぶんぶんと振る私に、蓮は手を伸ばして私の額にあてた。


「~~~っ!?」


 ちかいちかいちかいちかいちかいちかいちかいちかいちかいっ!


「……熱はないみたいだけど」


「ま、まあ。わ、私は楓より、け、健康ですから……」


「本当に大丈夫?」


「だ、大丈夫、大丈夫」


 コクコクと頷きながら答える私の顔を、蓮は心配そうにのぞきこんできた。こっちはこんなにいっぱいいっぱいだっていうのに、蓮は涼しい顔。……なんか段々腹立ってきた。


「……よし。そろそろ中入ろう、中入ってアイス食べよう」


 私は蓮の手首をがしって掴んで引っ張りながら自動ドアをくぐり店内へと入っていく。


「え、もうすぐお昼だよ?」


「いいからアイス食べるのっ。ほら、いくよっ」


「なんか柊、怒ってる?」


「怒ってないっ」


 そのまま私は蓮をひっぱりながら奥へ奥へと進んでいった。


 ◇◆◇◆


「広いね、ここ」


 入口すぐにあったアイスクリーム屋で買ったアイスを舐めながら店内を歩く。外から見てもかなり大きな建物だっていうのは分かっていたけど、中に入ると余計広く感じた。入口にあった案内板によると、南側にクレナタ直営の食品売り場や生活雑貨などを売るエリアがあり、北側にいろいろな小売店が軒を連ねる専門店街があるようだ。別に食品売り場や生活用品に用はないのでそこはスルーして、北の専門店街へとやってきた。


「凄い人だ」


 見渡す限り人の山。行き交う人は両手にいくつも紙袋を下げていて、このショッピングモールが繁盛していることが伺える。


 なるほど、これはお客が減るわけだ。桐町と目の前のクレナタショッピングモールとの人通りの多さを比べる。桐町に人が戻って来たと言っても、ここの人の多さからして、最盛期にはまだまだ遠いんだろうなあ……。


「桐町とは活気が段違いだね」


「うん。迷子になりそう」


 隣を歩く蓮もアイスを舐めながらそう言う。


「柊、迷子にならないようにね」


「私は平気。それは楓」


「ああ。そうだったね。ごめん」


「ん、別にいい」


 蓮が私を見てにっこりと微笑む。


「で、これからどうする?」


「んー……」


 アイスを舐めながら思案する。


「……ん? 蓮もうアイス食べた?」


 ふと蓮の手元を見ると、さっきまであったアイスがなくなっていた。


「うん。食べた」


「はやっ」


「柊が遅いんだよ。ほら、少し溶けてきてるし」


 蓮に言われて目を向けると、たしかに私のアイスは少し溶けかかっていた。でも、これくらいなら食べきる頃まではもつだろう。それよりも今はこれからの予定だ。


「とりあえず、フードコートで何か食べて、それからうろうろしようか」


「了解。じゃ、フードコートいこうか」


「うん。……で、それはどっち?」


「こっちだよ」


 蓮が店内の標識を見ながら進んでいく。私はそれに小走りでついていく。


「あ、ごめん。もう少しゆっくり歩くよ」


「そうしてもらえるのは嬉しいけど、なんか納得いかない」


 蓮が苦笑を漏らす。言葉通り、私の歩く速さに合わせて蓮が速度を落としてくれる。


「フードコート着くまでに食べちゃってよ」


「はいはい」


 私は視線をアイスに向ける。アイスは青色に所々黒い点々が見えるチョコレートミント。あっ、と私は気付いて蓮のシャツの裾を引っ張る。


「蓮、蓮。見て見て」


「なに?」


 振り返った蓮に、私は舌をベッと出す。


「青い? ねっ、舌青い?」


「う、うん。青いよ」


「えへへ」


 なんか嬉しくて笑ってしまった。

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