表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部二章 いつもとは少し違う日
33/132

第32話 結奈さんはクリスチャン?

「ねえ、デート? デートなの?」


「だーかーらー、違うって」


 野菜ジュースをチューチューと吸っている私の髪を梳きながら、椿が五度目の質問をしてきた。朝からずっとこの話だ。ちょっとうんざりしてきた。


「椿、しつこいと嫌われるよ?」


「お姉ちゃんはそんな心の狭い人じゃないもん」


 腕を首に巻き付け、「ね~」と同意を求めつつ抱きついてくる。突っぱねようと思った矢先にそんなことを言うもんだから毒気を抜かれた。何も言わずに半眼でストローを咥え直す。苦い物飲んでシャキっとしたい気分。コーヒー飲めないけど。


「それで本当のところはどうなの?」


「遊びに行くだけだよ。クレナタのお店ぶらぶら見て、ご飯食べて、映画見て、バイバイ」


「デートだよね、それ?」


「ちーがーうー」


 これで六度目。椿はどうやっても今日連と出かけることをデートにしたいのかな。たとえばもし、それを私が「デートだ」と言って、椿はどうしたいんだろう。


「三年ぶりに会ったから、久しぶりに遊ぼうってなったの。それだけ」


 クシャッと野菜ジュースの紙パックを潰してゴミ箱にシュート。クルクルと回りながら放物線を描き……床に落ちた。


「おしいっ」


「全然おしくない」


 椿が床に落ちた紙パックを拾って、数歩先のゴミ箱に捨てた。


「もう、投げちゃダメだって」


「そんな法律ないもん」


「小学生じゃないんじゃだから」


「えっ、最近の小学生って法律も勉強してるの!?」


「お姉ちゃん、話がずれてる」


 はあとため息をついてから、「はい、できた」と椿が頭から手を離した。渡された鏡を覗くと、両サイドの髪をリボンで結ばれていた。小さいツインテール? みたいな感じ。


「かわいいでしょ?」


「かわいいの?」


 視線を鏡から椿へと移す。椿は満足げに頷いた。自分じゃよく解らないけど、椿なら言うならそうに違いない。


「その服に合ってていいと思う」


 今日の服は、この間楓が遥に買って貰ったピンクのノースリーブのブラウスと膝上丈の黒のスカート。


「楓お姉ちゃんってそういう服着ないよね」


「楓は自分で買った服ばかり着るからね。せっかく遥からもらったんだから、こっちも着れば良いのに」


 楓がこんな丈の短いスカートを、自分から進んで穿いたところなんて見たことない。携帯電話を取りだして時刻を確認。まだ時間に余裕があった。


「暇だし、テレビでも見ようかな」


 と、席を立った。でもすぐ肩に手を置かれ、無理矢理座らされた。


「まだ時間あるんだよね?」


「う、うん」


 椿の顔が近くにあった、その手には何かが握られていた。嫌な予感しかしなかった。


「お化粧させて! 薄く軽く簡単にしとくから!」


 いつの間に用意したのか、ばばっと両手から化粧道具が現れた。目は期待するように輝いていて、拒否できそうな雰囲気ではなかった。


「えっと……じゃあ、少しだけ」


「やった!」


 嬉々としてダイニングテーブルに化粧道具を並べ始めた。その数の多さに「どのあたりが薄く軽く簡単?」とツッコミを入れたくなった。


「如月先輩がお姉ちゃんに惚れ直しちゃうくらい可愛くしてあげるから!」


 あ、まだ椿の中ではデートって設定生きてたんだ。


 ◇◆◇◆


 椿にやけに応援されながら家を出た。最後まで否定し続けたのに、結局信じてくれなかった。椿はそんなに私と蓮に付き合って貰いたいんだろうか?


 マンションを出てさっそく携帯電話を開き、アプリを起動。クレナタまでの道順を確認する。楓もこういう便利なものがあるんだから使えば良いのに。あ、でも使いこなせなかったら意味ないか。途中大きな公園の中を通っていくと近道になるようだ。私は携帯電話を仕舞うとバス停へと向かった。


「ねぇねぇ、君ちょっといい? これからどこ行くの?」


「すみません、急いでるんで」


 遊歩道もある大きな公園を横切っていると、ふいに人の声が聞こえた。


「お、よく見ると君かわいいね~。急いでるって誰かと待ち合わせ? そんなの無視して俺と遊ぼうよ~」


「あー、鬱陶しい。うちは急いでるって言ってるっしょ?」


 それまで誰とも会わなかったので安堵していると、少し様子が変だった。悪いことをしていると思いつつ、こっそり覗いてみると、どうも女の子がナンパされて嫌がっているようだった。


「まあまあそんなこと言わずにさぁ~」


「ナンパするならもっと街の方でやれば? こんなところでやらずにさあ」


「べ、別にお前には関係ないだろ!?」


「あーそうだね関係ないね。ってことでうちは急いでるんで、それじゃ」


「ちょっと待てよ!?」


「なに? これ以上邪魔するなら警察呼ぶよ?」


「ちょ、おい! それは卑怯だろ!?」


「何が卑怯なんだか、ええと、いちいちぜろっと……」


「やめろっつってんだろ!?」


「きゃっ!?」


 男が女の子の腕を掴んだ。まったく。なんで世の中にはこんなのがいるのかな。私はすくに駆け寄ると、男の腕を少し強めに払いのけて二人の間に割り込んだ。


「ごめんね。時間になっても来ないから来ちゃった」


「え? あなたは――」


 女の子は何か言いたそうだったけど、今はこの男をどうにかするのが先決。私は女の子に背を向けて男と対峙する。


「で、あなたはこの子に何の用――ん?」


 何故か男は口を半開きにして私の顔を指差したまま、その手を小刻みに震わせていた。


「あ、あんたはあのときの……」


「……ああ」


 思い出した。この男は以前楓をナンパした人だ。あれからそんなに経ってないのに、まだ懲りずにやってたんだ。


「す、すみませんでした! 許してください!」


「あっ」


 男はそう叫ぶと、逃げるように走り去っていった。


「そんなに必死になって逃げなくても……」


 なんか自分が凄い悪者のような気がして、少しだけショックを受けた。


「えーと。良くわかんないけど、とりあえずありがと。四条さん」


「ボクは別に何も……って、どうしてボクの名前を?」


 目を丸くする私に、女の子は胸に手を当てて自己紹介を始めた。


「うち、学園二年B組の西条結奈さいじょうゆな。四条さんはうちの学校じゃ有名人だしね」


「同じ学園かあ。でも、何でボクが有名人なの?」


 私がそう言うと、西条さんはビシッと人差し指を私に向けた。


「そりゃまあ、転校すぐのクラスマッチでのあの大活躍に、実力テストの結果から分かった頭の良さ。そしてこの容姿。とくに今日なんかすこーしお化粧してるみたいだし、かわいさ増し増しだっ」


「かわっ――!」


 面と向かって言われたせいで一気に顔が熱くなっていくのが分かる。きっと真っ赤だ。


「おぉっ? その反応は意外。言われ慣れてるだろうと思ったのに。でもこれはポイント高いね~……」


 西条さんはサッとポケットからメモ帳を取り出して何か書き始めた。


「それでさ、さっきの奴、四条さん見て逃げ出したけど、どうして?」


「それは……ちょっと前にボクもあの人にナンパされたことがあって、その時にちょっと……」


「ほぇ~。剣道やってたとは聞いてたけど、それで相手をのしちゃったわけか~」


「や、のすほどでもなかったけど……」


「いいのいいの、そのあたりは。四条さんみたいな子があんな奴を撃退したってだけでも凄いんだから」


 ……まあ、怯えてた理由は、『生徒会執行部』という名前の方だと思うけど。


「アイツには嫌な思いさせられたけど、怪我の功名ってやつね」


「ん? どういうこと?」


「ああ、こっちの話。ところで四条さんはなんでこんなところに?」


 ……あ。すっかり忘れてた。私は急いで携帯電話を取りだして時刻を確認した。よかった、まだ大丈夫だ。


「えっと、クレナタ行きのバス停へ向かってて、ここが近道だったから」


「ああ、なるほど。ってことは、これからクレナタ?」


「うん」


「クレナタなら今からうちも行くから、一緒に行こうよ」


「うん。ぜひぜひっ」


 バス車内でどうやって時間潰そうと思ってたけど、これでその心配もなさそうだ。ふと気づくと、何故か私を見ていた西条さんの顔が赤くなった。


「西条さん、どうしたの?」


「え、いや、そんなに笑った顔見たことなくて、しかも不意打ちだったから……。って、もしやうちってそっち系な人?」


 頬に手を当てて狼狽え始める西条さん。何がそっち系なんだろう。


「……まあそれはそれでアリか。男になんてもともと興味ないし」


 男? 興味ない? よく解らなかった。


「じゃ、行こうか。楓さんって呼んでいい? うちのことも結奈でいいからさ」


「うん」


 お互いの呼び名を改めて、私と結奈さんは公園を後にした。


 ◇◆◇◆


「ところで、楓さんは一人でクレナタに?」


 無事バス停にたどり着いた私と結奈さんは、しばらくしてやってきたクレナタ行きのバスに乗り込み、並んで座席に座った。結奈さんは何故かメモ帳を取り出して私に話しかけてきた。


「ううん」


「ほぉ~。じゃ、誰かと待ち合わせってわけ」


 途端に結奈さんが目を輝かせて、少しだけ私のほうに身を乗り出した。


「うん。如月蓮っていう二年B組の――」


「まさか楓さん、蓮と二人で?」


「うん。結奈さん蓮のこと知ってるんだ。って、結奈さんもB組だから知ってるよね」


 よく考えると、結奈さんと蓮は同じクラスだった。


「しかも蓮と呼ぶ間柄とは……。まさかあの女の子には興味なさげだった蓮がね~……」


 結奈さんが私から視線を外してにやりと笑った。


「蓮とは小さい頃からよく遊んでて幼馴染なの。中学校から別々でずっと遊んでなかったから久しぶりに、ってことで」


「なるほどなるほど」


 にやりとした笑みをそのままに、メモを取りながら頷く。


「それで蓮の奴、最近嬉しそうだったのか……」


「ん、なに?」


「いやこっちの話」


 そう言いながらもやっぱりにやにやしている。……凄く気になる。


「つまり、これはあれだね。デートだね」


「デート? どうして?」


「へ? どうしてって、そうじゃないの?」


 結奈さんの目が丸く見開かれた。


「ないない。ボクはそのつもりないし、むしろ蓮の方がそんな気は毛頭ないんじゃないかな」


「……哀れ蓮」


 結奈さんは目を閉じると、十字を切って手を合わせた。結奈さんってクリスチャンだったんだ。


「結奈さんは誰かと待ち合わせ?」


「うん。香奈とね」


「香奈さんって、一年の高内香奈さん?」


「そそ。買いたいものがあるから付き合ってって昨日頼まれてさ」


 結奈さんは大袈裟にため息を吐いて肩を竦めてみせた。


「あれ、なんで香奈のこと知ってんの?」


「妹の椿が香奈さんと同じ料理部で、ボクも時々お邪魔してるんだ」


「なるほど……」


 納得するように、結奈さんが二回頷いた。


「そういう結奈さんは?」


「うちは、香奈とは同じ寮だから仲いいんだよね」


「香奈さん寮生だったんだ」


「寮って言っても、桜花みたいな本格的なものじゃないよ。二階建ての小さなアパートを寮用に改装して使ってるから」


 学園に通う子のほとんどが自宅から。寮から通う子なんて僅かにしかいないから、桜花みたいな大きい寮はいらない、ってことかな。


「……あれ、同じ寮なら一緒に行けば良かったんじゃ」


「そのとーり。香奈のヤツ、うちが遅いからって先に行ったんだよ。ほんっと落ち着きないヤツ」


 口ではそう言いながらも、結奈さんの表情は明るかった。


 ◇◆◇◆


「ありがとう結奈さん。楽しかったよ」


「いや、こっちこそ楓さんのおかげで無傷でここまで来れたしさ。ありがと。じゃ、早く行かないと香奈が拗ねるからそろそろ行くわ。蓮によろしく言っといて」


「うん。また学校でねー!」


 バスを降りた私は二言三言交わしたのちに結奈さんと別れて蓮との待ち合わせ場所へと向かった。


 ◇◆◇◆


「ふぅ。噂通りの子なんて珍しいなぁ……」


 遠くに見える楓の背中を見ながら、結奈はぽつりと呟いた。そしてメモ帳を取り出して、その表紙をじっと見つめる。


「……まっ、助けてもらったし、悪いようには書けないよね」


 苦笑してメモ帳をしまうと、結奈は踵を返して、建物の中に入っていった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ