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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部二章 いつもとは少し違う日
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第31話 アタシの親友

 窓から柿色の光が差し込んでくる。テレビや漫画なんかでよくオレンジ色なんて言われるけど、アタシとしてはもう少し赤い柿色の方がシックリくる。それに今は秋。柿が旬の季節だ。


 旬と言えば、オレンジって旬はいつだ……?分かりそうにないので考えるのをやめ、椅子から立ち上がり窓際に移動する。窓を開けようとして触れたサッシが少し熱かった。きっと開けると熱風が入りこんでくるだろうと思い、窓越しに外を見ることにする。


 視線を上げると、太陽がビルに半分隠れてこちらを見ていた。アタシは思わず目を細めた。柿色の光を浴びながら、ふいに家の近所にある柿の木に、大きな実がたくさんぶら下がっている風景が頭に浮かんだ。……見た目はおいしそうだが、あれは渋柿だから食べれたもんじゃない。昔一つ取って食べて、すぐ吐き出したのを思い出す。どうせ植えるなら食べられるものにすればいいのに。


「んっ……」


 ベッドから小さな声が聞こえた。アタシはベッドの横の椅子に座り直し、そっと柊の頭を撫でる。


「……」


 寝ているはずなのに、柊は嬉しそうに微笑んだ。見てるだけなのに楽しい。アタシはそんな気分だった。何気なしにポケットに手を入れると、指先が何かに当たった。取りだすと、それはさっき保険室の先生から預かったカードキーだった。


 少し時間を戻した放課後、アタシは柊と葵と共に綾音のいるバレー部にお邪魔していた。事の発端は柊の「体を動かしたい」という言葉。これを聞いた綾音が「だったら放課後練習試合しない?」と提案してきて、柊がそれに食いついた。


 バレーならアタシも綾音も柊も経験あるし、なにより放課後はどこの体育館も一杯。この申し出を受けなければ、体を動かすなんてことは明日の昼休みまでできそうにないと考えたアタシは、葵の了承も得て二つ返事でその申し出を受けることにした。


 アタシ達がバレー部にお邪魔すると、さっそくチーム分けされ、軽い練習のあとに試合が始まった。試合は順調に進み、アタシと柊、葵のチームはバレー部相手に一進一退の好勝負を繰り広げた。


 そして三試合済ませてバレー部チームに勝ち越されたときだった。突然柊は倒れた。幸い近くにアタシがいて倒れる前に抱きとめたので外傷はなかった。


 気を失った柊を保健室に運びこんだアタシは、柊をベッドに寝かせながら先生に試合中に突然倒れたことを伝えた。先生はすぐに診察をしてくれ、軽い貧血だと答えた。少し寝かせておけば大丈夫ということだったので、アタシが家まで送り届けると言うと、先生はアタシにカードキーを渡して戸締りを頼み、先に帰っていった。


 先生が帰ってすぐに柊は一度目を覚ました。頭が痛いというので、葵に更衣室から柊の荷物と、ついでにアタシの荷物を持ってきてもらい、柊の鞄から頭痛薬を取り出して飲ませた。しばらくすると薬が効いてきたようで、「寝ろ」というアタシの言葉に小さく頷いて目を閉じた。


 一緒に付き添っていた葵には先に帰ってもらった。二人もいては、柊は気を使ってしまうだろう。その後綾音も一度保健室にやって来た。アタシが大丈夫と伝えると、綾音は安堵した表情を見せて帰っていった。


 ◇◆◇◆


 シーンと静かな保健室。柊の小さな息使いまで聞こえる。ふと部屋の外……いや、学校中が静かなことに気づく。柿色の光が足元まで届いているのを見て理解した。いつの間にか結構時間が経っていたようだ。撫でるのを止めて手を離すと、ずっと起きていたのかと思ってしまうぐらい絶妙なタイミングで柊がゆっくりと目を開いた。


「おはよう」


「……おはよー」


 少し遅れて柊が挨拶を返した。ニコッと笑う柊の頭を撫でると、気持ち良さそうに目を細めた。楓も柊のように素直に感情を表に出せばいいのに。


 無邪気でよく笑う柊と、人見知りであまり表情に出さない楓。柊は楓がご機嫌な時にそっくりだ。根本の性格は違ってもやっぱり二人は双子で凄く似ていた。


「大丈夫か?」


 柊はアタシの問いに答えず、ベッドから上半身を起こして、辺りを見回した。


「ねぇ、誰もいない?」


「ああ、先生も先に帰った。誰もいないよ」


 アタシがそう言うと、柊は途端に不機嫌そうに目尻を少しつり上げてアタシを見上げた。


「頭がぼーっとする。喉乾いた。アイス食べたい~」


 今はここにアタシと柊しかいないことからか、柊は普段の楓じゃ到底言いそうにない不満を素直に並べた。しかもそれがさもアタシのせいというふうに睨むもんだから、アタシは平静を装いつつも心の中で笑った。


「そう言うだろうと思って買っておいてあるよ」


 保健室備え付けの冷蔵庫から、さっき売店で買ってきたカップアイスを取り出して柊に手渡した。柊はすぐにふたを開けてアイスを食べ始めた。時折「んー」と声をあげて美味しそうに食べる姿を見て、本当は無理をしたことをしかるつもりだったのに、そんな気持ちも失せてしまった。


「あれ、なんで私保健室にいるんだっけ?」


 口調もいつもの柊のものになっていた。


「バレーの試合中に倒れたんだよ。楓といい柊といい、お前達二人は頑張りすぎだ。限度ってものを考えろ」


「はーい」


「絶対解ってないだろ?」


「解ってるって。またこんなことがあったら遥よろしくねっ」


「やっぱり解ってないじゃないか……」


 ふふーんと笑う柊を見て、アタシはつられるように苦笑した。どうやらアタシは柊と楓にはとことん甘いみたいだ。ま、そんなことは解りきったことなんだけど。


「はるか~。喉乾いた。飲み物ほしい。コーラが飲みたい」


「コーラって、柊は炭酸弱いくせに」


「炭酸飲みたい気分なの。飲んだらきっと頭もすっきりするのっ」


 まるでだだっ子だ。身長とあいまってまるで高校生に見えない。声に出せば間違いなく拗ねるので、心の中で呟いた。


「どうせ喉が痛いとか言うからだめだ」


「だったらイチゴ牛乳」


「お前牛乳で腹壊すじゃないか。ほら、オレンジジュース」


 事前に買っておいたオレンジジュースの入ったペットボトルをベッドの横に置く。柊は「そんな気分じゃないのに……」と文句を言いつつもペットボトルを手に取った。


「開けて」


「開けてあるって」


「蓋取れてない」


「それくらい……はいはい」


 柊からペットボトルを受け取り蓋を取って返す。柊はペットボトルに口を付けて少し傾けた。


「……つぶつぶが入ってない」


「入ってない方が好きだろ?」


「うん」


 だったらいいじゃないか、という言葉を飲み込む。


「んーっ」


 柊がちびちびとオレンジジュースを飲みながら、ポンポンとベッドを叩いた。『ここに座れ』と読んだアタシは、要望に答えるために椅子から立ち上がり、柊の隣、ベッドの縁に腰を下ろした。


「よいしょ……っと」


 隣に座ると、柊は体を移動させてアタシの斜め前にくると、背中を傾けてもたれかかった。


「はあ~。らくちんらくちん」


 まるで重くない柊の重さを感じつつ、柊が倒れないように軽く抱きしめる。


「あー、そうだ。綾音が『付き合ってくれてありがとう』だってさ」


「うーん。私達がお邪魔したんだけどなぁ~」


「最近単調な練習ばかりで、いい気分転換になったんだと」


「それならよかった。『どういたしまして』って言っといて」


「柊が明日学校で直接言えばいいだろ?」


「あ、そうか。なんとなく今日土曜日の気分になってた」


 「まだ木曜日なのにね」と柊は笑った。アタシも「そうだな」と答えてつられて笑った。


「ねえ、肩揉んで」


「お前肩凝らないって言ってなかったっけ?」


「うん」


「今は?」


「全然凝ってない」


「じゃあなんで揉むんだよ」


「へへ~」


 このやり取りの何が楽しいのだろう、と思いつつアタシも少し楽しんでいることに気付く。


「ふ~ん、ふふ~ん、ふ~ん」


 柊が少し体を揺らしながら鼻歌を口ずさむ。それは最近テレビで聞いたことのある音楽だった。


「上手いな柊。そういえばアタシ達ってカラオケ一度もいったことないな」


「だいたい喫茶店入ってだらだらしてるよね」


「主に柊がケーキ食べたいっていうせいだけどな。……まあアタシも奈菜も好きだからまったく構わないんだけど」


「むー……。ケーキの話してたら食べたくなった。帰りにケーキ屋さん寄らない?」


「……奢らないからな。お金ないし」


 柊が「ちぇーっ」と口をとがらせた。親が大企業の社長のアタシでも、両親からお小遣いとしてもらっているお金は柊や綾音と同じくらいの金額で余裕があるわけじゃない。……まあ、実際は両親から『使えるところではカードを使い、お金はそれ以外のところで使うように』と言われクレジットカードをもらっているが、それは特別なことにしか使わないと決めていた。


 ふいにブルブルとポケットの中で携帯電話が振動した。二つ折りの携帯電話を開くとメールが届いていた。迎えに呼んでおいた車が到着したようだ。行き帰りに車を使うなんていやだったが、柊のこととなると話は別。こんな状態の柊を長時間歩かせるわけにはいかなかった。


「柊。迎えの車が来たから、着替えて校門まで行こう。そこで待ってる」


「分かった。着替えるからちょっと待ってね」


 アタシから離れると、柊はベッドの上で体操服を脱ぎ、アタシがもってきたバッグから制服を取り出して着替え始めた。


 ◇◆◇◆


「あれ、柊まだ帰ってなかったの?」


「うん。ちょっとね~」


 柊と廊下を歩いていると、蓮と鉢合わせした。蓮は柊の親戚で、小さかった頃の柊を知っている。どんなヤツか解らない以上警戒すべき相手なのだろうけど、柊のこの安心しきった表情から察するには、そういう心配は必要なさそうだ。


「あっ、そうだ。こ、今度のクレナタだけど、映画ってどうかな?」


「映画? クレナタって映画館もあるんだ」


 二人が突然クレナタとやらについて話し始めた。映画という単語から行き着く答えに、アタシは顔の筋肉が引きつるのを感じた。


「うん。お店見るだけじゃ時間あまりそうだから映画でも、って」


「別に私はいいけど、突然どうしたの?」


「か、母さんが商店街のくじ引きで映画鑑賞券二枚当てたんだ。それ貰っちゃって、無駄にするのもどうかなって……」


 怪しい。あの商店街がくじ引きの景品をライバルの施設のチケットにするだろうか。アタシなら絶対しない。……間違いなく買ったな。


「そっか。うん。だったら勿体ないし、お言葉に甘えて当日のコースに映画を追加ってことで」


「う、うん。ありがとう。じ、じゃ俺友達待たせてるから!」


「まーた明日~」


 連は嬉しそうに手を振りながら走っていった。


「……ん? なんで連は『ありがとう』なんて言ったんだろう」


「さぁ~、なんでだろうな~」


 どっちが誘ったのかは解らないが、柊と蓮とじゃ温度差があるのは目に見えて解った。相変わらずそういった感情を読み取るのが下手なヤツだ。


 ふとアタシは眉間に手を当てた。これでもかというほどに、皺ができていた。どうやらアタシは不機嫌になっていた。


「……ひ、柊。連とクレナタへ行くのか?」


「うん。連とは久しぶりに会ったんだし、日曜みんな忙しいでしょ? だからちょうどいいかなって」


 クソッ。日曜に親父の用事になんて付き合う約束するんじゃなかった!


「今度遥もいこうねっ」


「……あ、ああ」


 無邪気にそういう柊に、アタシはそれ以上問いただすことはできなかった。やっぱりアタシは柊に甘かった。

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