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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部二章 いつもとは少し違う日
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第28話 遥が隠し事してた

『職員室に用事がある』という椿と昇降口で分かれて教室へと向かう。隣を歩く遥に視線を向けると、さっきから私の腕と自分の腕を交互に見ていた。面白そうだったので気づいていないふりを決め込む。しばらくしてこっそり横目で窺うと、遥は残念そうな顔をしていた。


 遥にバレないように笑っていると、私の歩く速さが遅いせいで何人もの生徒に追い抜かれていく。そのうちの何人かがちらっと私を見て通り過ぎていった。


 ……そろそろ気をつけないといけない。葵さんや綾音さんはもちろんのこと、この学校全ての人から怪しまれないように……。私が『楓』ではないということを知られないようにしなければならない。


 今通り過ぎた人はみんな楓も知らない人。だけど、楓は人気者らしいからこっちが知らなくてもあっちは『楓』を知っている可能性が高い。また、そんなことを抜きにしても同じ学校の生徒なんだから、今後のことを考えれば注意するに越したことはないはず。だから私は、楓があとで困らないように、『楓』を装わないといけない。


 ……と、深刻そうに考えてみたけど、外見は同じ人なのだからそっくり。また、多少の好みの違いはあるけれど、私と楓は性格やら何やらいろいろと似ている。だから大抵は楓の口調を少し意識して喋るだけで椿や遥、蓮以外は100パーセント騙すことができると思う。


 ふと時計を見ると、時刻はホームルームまであと10分というところ。朝家を出るときは椿に急かされたというのに結構余裕がある。これならもう少しだけ寝られたのに……。


「そういえば今日はどうしたの? 遥があんな早い時間にいるなんて。いつもより早いバスに乗らないとダメなんじゃなかったっけ?」


 ただ歩いてるだけじゃつまらなかったので、話題をふってみることにした。


「今日はちゃんと目覚ましが仕事してくれてさ、なんとそのバスに間に合ったんだよ」


「ふーん。そんなことに運を使い切らなくてもいいのに、もったいない」


「そんなにアタシが早起きすることが希だっていうのか?」


「うん。遙が目覚まし通りに起きるなんて何年ぶり?」


「何年って……まあ、二年ぶり?」


「中学以来ってことね……」


 さすが遙。私の想像の斜め上に返してくれた。「何年ぶり」は冗談だったのに……。遥に呆れていると、ふと廊下の壁に張り出されたポスターに目がとまった。


『私立千里学園高等学校文化祭 千里祭』


 ポスターにはそう大きく書かれていた。


「ん? どうした?」


「これ」


 指差した先を目で追う遥。その先のポスターを見て「ああ」と声を上げた。


「学園祭のポスターか。新聞部の奴らもう作ったんだな」


「学園祭? 千里祭じゃなくて?」


 ポスターをもう一度見る。やっぱり『千里祭』と書かれている。そういえば、綾音さんも『学園祭』って言っていたみたいだ。


「なんでかは知らないけど、みんな『学園祭』って言うんだよ。『千里学園』の『文化祭』だから『学園祭』じゃないのか?」


「ふーん」


 千里祭でいいような気がするけど……。ポスターの下の方に目を向けると、そこには学園祭の開催日時が書かれていた。それによると開催日は10月の第1土曜、日曜の午前10時から午後3時までとのことらしい。


「もう少しだね」


「面倒だよなあ……」


「そう? ボクは結構楽しみにしてるけど」


 横目で通り過ぎる生徒を見ながら余所行きの言葉を使う。


「本番当日はいいんだよ。その前の準備と後片付けがなければ……」


「遥はそういうの嫌いだもんね」


「普通みんなそうだろ?」


 私は腕を組んで首を捻る。


「うーん。そうでもないような、そうでもあるような……」


 たしかに、遥のように準備や後片付けを面倒がる人もいるけど、あのわいわいとみんなで騒ぎながら作業するのを楽しいという人もいる。私はどちらかというと後者だ。


「ま、去年はテントの設営だけやって、あとは葵やクラスの奴に任せて見学してたから、そんなに面倒でもなかったんだけどな」


「去年はなにしたの?」


「たこ焼き屋」


「たこ焼きかぁ」


 たこ焼きと言えば文化祭では定番中の定番。素人でも、とりあえず型に生地を流し込んでタコやその他具材を入れればなんとか様になる。味も表面に塗られるソースが決め手だし、余程のことがない限りはそこそこの味になるはずだ。……たぶん。


「これが結構おいしいと評判で、予想以上に売れたんだよ」


「へぇー。もしかして作ったのが葵さんとか?」


「正解。まあ、葵は料理部もあるからずっといたわけじゃないが、仕込みは葵がいる時にしてもらって、焼き方も教わったからな」


「葵さん凄いな~……」


「葵は料理上手いからな」


「頭もいいし、欠点ないよね」


 葵さんは体育の成績もいいって聞いたし、これが文武両道っていうんだろうね。


「……お前も似たようなものじゃないか」


 ぼそっと遥が何かを呟いた。


「何か言った?」


「別に。ただ、隣の芝生は青いなって思ってさ」


 遥はそっぽを向いて頭の後ろで手を組んだ。


「芝生?」


「そ、芝生」


 首を傾げる私に、遥は曖昧に答えるだけだった。


 ◇◆◇◆


「楓、遥。おはよう」


 後ろから声をかけられて振り返ると、穂乃花先輩が微笑みながら挨拶した。


『おはようございます』


 穂乃花先輩の横には、やっぱり女の子が左右に一人ずつ立っていた。朝から会議でもあるのかな。


「そういえば、遥と話すのは久しぶりじゃない? 最近疎遠ね」


「アタシに会えなくて寂しかった、とか言わないでくださいよ?」


 冗談っぽく言う遥に、穂乃花先輩は微笑みを返す。遥が敬語を使うのを久しぶりに聞いた私は少し驚いていた。……そうだ。遥は前に『他薦で選ばれただけはある人』って穂乃花先輩のこと褒めてたっけ。

さすがの遥でも上級生で尊敬する人にはちゃんと敬語使うんだ。と、私は少し失礼なことを考えて苦笑した。


「寂しかったと言うよりは、あなたが問題を起こさなくてホッとはしているわね」


「問題って、別にアタシは何もしてないじゃないですか」


「あれだけのことをやっておいて、本当にそう思って言っているのかしら?」


「うっ……」


 穂乃花先輩に見つめられて、遥がたじろいだ。……なるほど、遥は穂乃花先輩のような人に弱いんだ。


「まあ、あなたの場合は、相手側にも非があるからあなただけを責めるわけにはいかないけれど……それでも、女の子をグーで殴るのは頂けないわ」


「もうそれは1年前の話じゃないですか。いい加減許し――」


「遥」


「な、なんだよ。ひ――楓」


 穂乃花先輩の口振りから何かしでかしてるとは思っていたけど、まさか女の子を殴っていたなんて……。さすがにそれはやりすぎと思う。


「なんでそんなことしたの?」


「……そいつ、自分と同じクラスの奴をいじめてたんだよ。それが上履き隠したりノート破いたりと陰湿だったもんだからイラッときてな。つい手が」


 遥は私から目をそらし、頬をかいた。。


「つい、でグーなんだ……」


「結果として、いじめはなくなり、いじめられていた女の子も今では新しい友達もできたようで、遥には凄く感謝しているわ。いじめていた女の子もあれからは大人しくなったし、あなたのことも先生や保護者には話さなかったから大事にはならなかったけど……一つ間違えていたら、あなた停学よ?」


「停学くらいアタシは気にしないですよ」


「そういうこと言わないの。あなたが良くても、あなたの友達や、あなたが助けた子がどう思うか分かっているの?」


「……」


 穂乃花先輩の言葉を聞いて、ゆっくりと遥が私に視線を移す。私がキツイ視線を返すと、サッと目をそらした。


「でも、最近は大人しくしているようで嬉しいわ。何か心情の変化でもあったのかしら?」


「べ、別にないですよ」


「あら。あなたが、周りの子に友達のことを嬉しそうに話していた、という話を聞いた辺りから大人しくなったと記憶しているのだけど?」


「そ、それは……」


 遥と穂乃花先輩が同時に私を見た。


「ん? なに?」


「……なんでもないよ」


 遥は私の頭に手を置くと、少し乱暴に頭を撫でた。


「わっ、遥。髪ぐしゃぐしゃになっちゃう」


「後でちゃんと直してやるって」


「むー……」


 撫でるのをやめない遥に渋々私はそのままにしておく。


「残りの高校生活は大人しく過ごせそうね」


「……そうですね」


 何故か穂乃花先輩は楽しそうに笑い、遥は私の頭を撫でながらそう言った。


 ◇◆◇◆


 穂乃花先輩は私たちに会釈すると、後ろにいた女の子二人を連れて廊下を歩いて行った。


「あの後ろの女の子はなんなんだろう」


 終始私達の会話に入らず、ただ穂乃花先輩を待っているようだった。


「取り巻きだよ」


「取り巻き?」


 遥が棘のある言い方をしている。


「四季会の委員会の奴らだよ」


「四季会ってことは……風紀委員?」


「ああ。この学校の風紀委員の選び方は少し特殊でな、他校のようにクラス毎に立候補して委員になるんじゃなくて、四季会選挙で会長を決めた後に、委員になりたい奴が直接生徒会へ出向いて、委員になりたいって自ら立候補するんだよ。それを生徒会が会長に報告して、会長自身がひとりひとり委員にするかどうか決めるんだよ」


「ふーん……そんなの初めて聞いた」


 その選出方法だと、四季会会長の人気が高ければ高いほど、その年の委員の数も多いってことになる。今の風紀委員は一体何人くらいいるんだろう。


「おかげで委員は全員会長を慕う奴らばかりだからもう鬱陶しい鬱陶しい……」


 なるほど、だから遥は以前風紀委員のことを『下々』って言ったんだ。たしかに、さっきの二人を思い返せば、遥に向ける視線は厳しいものだったように思える。


「委員ってたくさんいるの?」


「さあ、正確な人数は知らないが、かなりいるんじゃないか?」


「穂乃花先輩人気者なんだ」


「問題起こしたアタシにもあんなだからな」


 きっとあの子達もそういうところに惹かれたんだろうな。……さて。私は話を変えるため一度深呼吸をして気持ちを切り替える。


「ところで遥」


「ん?」


 遥には聞かないといけないことがあった。


「女の子を殴った以外に、他には何をしたのかな?」


 さっきの穂乃花先輩の話しぶりから察するに、遥は『女の子を殴った』という出来事以外にも、何かしているようだ。そんな話は奈菜も私も聞いていなかった。


「……えっ?」


 私の言葉に、遥は目を点にして声を上擦らせた。

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