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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部二章 いつもとは少し違う日
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第27話 二人とも私に気付いた

 たぶん私はリビングのソファーに座っていた。


 たぶんというのは周りが真っ暗でほとんど何も見えないから。普通こんなに暗いと不安になったりするけど、今の私は半分寝てるような起きてるような曖昧な状態だから、怖いなんて感情はまったくなかった。


 で、そんな真っ暗な部屋のソファーに座ってる私は何しているのかと言うと、ぼーっと目の前のテレビを見ていた。テレビがついてるなら真っ暗じゃないんじゃない? と思うと思う。正解。でも普通のテレビと違って、目の前のテレビは凄く見えにくくて文句を言ってしまいそうになるほどに暗いから、部屋を照らすのにはあまり役に立ってなかった。


 ちなみにテレビでは日常風景が流れている。頭がぼんやりとしてるから詳しくは分からない。けれど別にしっかり見ようとは思わなかった。無駄に私が動けば、それだけ『彼女』に負担をかけることになるのだから。まあそう焦らずとも、その情報が必要となれば随時引き出すことができるし、お互いがお互いの情報を補完し合うために日記やメールでやりとりをしているので、それを見れば大抵のことはなんとかなったりする。


 そうして見ていると、ふいにテレビの電源が落ちた。最後が自分の部屋だったから寝たみたいだ。本当に真っ暗になったリビングで、ふと私は最近たまに映像が乱れることがあることを思い出した。映像が乱れることは私の出番が近いことを意味していた。


 指折り数えて、たしかにちょうど明日からがその日だということを確認する。……一週間前にも一日外に出たのに、また私の番なんだ。そういえばあの時はどうして外に出たんだっけ? ……ああ、奈菜と遙と遊ぶ約束したから、久しぶりにどうぞって譲ってくれたんだっけ。面と向かって『会話』するとあとで酷い頭痛がするから滅多に『会話』はしないようにと決めてたのに。でも、それだけ私のことを考えてくれているということだから、それは嬉しいことなのだけど……複雑な気分。


 そんなことを考えていると、少しずつ周りが明るくなってきた。予想通り、明日からは私の番みたいだ。私はソファーから立ち上がると、二つある出口のうち玄関に近い方の扉を開けて廊下へと出た。私が廊下へ出ると同時に、玄関から遠い方の扉が閉じた。少しだけ振り返ると、リビングはまた真っ暗になっていた。私は小さく「おやすみなさい」と呟いてから、玄関を出た。


 ◇◆◇◆


「……っ。……」


 ……。


「……っ……ん」


 …んー?


「……ちゃん」


 声が聞こえた気がした。遠く……ではないみたい。すごく近い。重い瞼を少しだけ持ち上げてみる。布団の中にまで差し込む光に目を細めながら、私は体をゴロンとうつ伏せにして枕に顔を埋めた。


「……ちゃん。お姉ちゃん起きて」


 ゆっさゆっさと体が揺れ始める。きっと椿が起こしに来たんだ。起きないと。そう理解しても、まだまだ私は眠たかった。


「んー……あと五分~」


 ほんの少しの葛藤のあと、椿にそう返事して起きることを拒否する。


「お、お姉ちゃん……?」


「んー……」


「……柊お姉ちゃん?」


 少しの間の後、椿はそう尋ねた。


「…ぅん」


 小さな声で答えつつ、布団から右手を少しだけ出して『その通り』と手を振った。


「道理で……。ほら起きてお姉ちゃん。そろそろ起きないと遅刻するよ?」


「準備早くするからもう少し寝かせて……」


「この前の日曜日もそう言って五分どころじゃなかったよね?」


「時間には間に合ったからセーフ……」


「わたしがもう一回起こしにきてなかったら絶対遅れてたよね? 柊お姉ちゃんの『あと五分』は嘘だって分かってるんだから。だから~……起きて!」


 突然、バサッと勢いよく布団が剥がされた。体を丸めながら枕に埋めていた顔を横にして椿を見上げた。


「布団~」


「ダメ。起きてっ」


 のろのろと伸ばした手は布団を掴むことなく、ただ閉じたり開いたりを繰り返した。と思ったら、椿に引っ張られて無理矢理起こされた。


「んー……」


 目をしばしばさせながら椿を見ると、その手には私の着替えがあった。


「はい、着替え」


「んー……」


 渋々着替えを受け取りベッドに置いて、パジャマのボタンを外し始める。


「へ? お、お姉ちゃん?」


 パジャマを脱いでショーツ一枚になってからブラジャーをつける。けど、うまくホックをとめられない。まだ起きたばかりで、しかも椿に無理矢理起こされたものだから、手がちゃんと動かせないみたい。


「ねぇ椿」


「な、なに、お姉ちゃん?」


 手を後ろに回したまま、ベッドの上でクルリと向きを変えて椿に背中を向けた。


「これとめて。うまくとめられなくて」


「え、えぇ~!?」


 素っ頓狂な声を上げる椿に目を向けると、何故か顔を赤くして目を丸くしていた。


「どうかした?」


「だ、だってお姉ちゃんいつも恥ずかしがって、そんなこと頼まれたことなかったから……」


「んー?」


 椿にそう言われて、記憶の中からそれに合った情報を探し出す。……そういえば、楓はまだ椿の前で一度も胸を見せたり、肌を露出したことがないみたいだった。まあ、楓は恥ずかしがり屋だから仕方ないと思う。


「『私』は別に平気だから。ね、はやくとめて」


「あ、そうか……。う、うん。わかった」


 椿が私に代わりにブラジャーを持つのを確認すると、手を離して椿の邪魔にならないように髪をかき上げた。


「はい、できたよ」


「ありがと」


 椿にお礼を言ってから立ち上がり、ブラウス、スカート、ベストと着ていく。着替えを終えて姿見の前に立ち、おかしなところがないか眺めていると、鏡越しに椿と目が合った。


「ん? なに?」


「え、あ……ご、ごめん」


 微笑みを向けると、椿は目を逸らした。


「別に謝ることはないと思うけど、なんで見てたのかなって」


 やっぱり顔の赤い椿に首を傾げる。


「えっと……き、きれいだなって思って」


 そう言うと椿はさらに顔を赤くした。そんな椿を見て、私は苦笑する。


「ありがと。楓にも伝えとくよ」


 ◇◆◇◆


「ねむいーねむいー」


「お姉ちゃん。じっとしてて」


 ダイニングテーブルに座ってフラフラと頭を揺らしていると、後ろに立って髪を梳いていた椿から注意された。「はーい」と返事しながら紙パックにプスッとストローを差して口に咥える。


「あ、お姉ちゃんごめん。今日それしかなかっの」


「んー?」


 チューチューと吸いながら振り返る。


「あれ? お姉ちゃん、それおいしくないって言ってなかった?」


 その言葉を聞いて、私は記憶の奥からそれに関する情報を引き出す。すると楓が、朝に今と同じ野菜ジュースを飲んで椿に文句を言うシーンが頭に浮かんだ。


「私ニンジン嫌いじゃないから」


「あ、そうなんだ……って、楓お姉ちゃんニンジン嫌いだったの!?」


 あ、まずかったかも。椿にはニンジン嫌いなことを隠していたみたいなのに。ま、言っちゃったものは仕方ない。あとで謝っておこう。。


「嫌いだったならそう言ってくれれば良かったのに……。はい、できた」


「ん」


 椿が髪のセットを終えると、私は飲み終えた野菜ジュースの紙パックを小さく折りたたみながら立ち上がってゴミ箱に捨てた。


「もうこんな時間。お姉ちゃん急いで」


「はーい」


 先に玄関へと向かった椿に返しながら、鞄を持ってリビングを出た。


 ◇◆◇◆


 家を出て通学路を歩く私と椿。今日は天気が良いから椿に日傘を差してもらっている。普段の楓もそうしてもらっているようだけど、実際は自分が傘を差したいのに椿に取り上げられているようだった。楽だから素直に差して貰っていれば良いのに。


「ふぁ……」


「お姉ちゃん大丈夫?」


「まだ眠い……」


 目を擦る私を見て椿が心配している。ただ単純に眠いだけなんだけど、それを私の調子が悪いのかもしれないと深読みしているみたいだ。とはいえ、その眠たさで頭が少しだけふらふらするのは事実。


「えいっ」


「お、お姉ちゃん!?」


 そんなわけで、椿の左手から鞄を奪い取ってから、その左腕に両腕を絡ませて掴まった。椿は驚いているようだけど、決して振りほどこうとせず、ただ目を丸くしていた。


「眠いからこのままよろしくぅ~」


「う、うん」


 少し緊張したように返事する椿を見て含み笑いをしつつ歩いていると、前方にこの時間見慣れない人を見つけた。


「遙おはよー」


 左手をブンブンと元気よく振ると、遙は私に気づいてこっちを向いたあと、少しだけ驚いた表情を見せた。


「おはようございます。遙先輩」


「よお。楓にしては珍しく朝から元気だな」


「ふふーん」


 私の反応に、遙は怪訝な顔をして私を見つめた。


「ああ、なるほど。柊か」


「ぴんぽーん」


 さすが遙。すぐに私を柊と分かっちゃうなんて。


「そういえば柊は学園通うの今日が初めてだよな。大丈夫か?」


「うん。ちゃんと楓の日記には目を通してるし、何か知りたければ引き出しからひっぱり出せばいいから」


「引き出し?」


 ああ。引き出しなんて言っても伝わらないか。私だってなんとなくそんなイメージだっていうものなんだから。


「こう、ね。必要な情報を記憶詰まった本棚から引っ張り出すような……そういうこと」


 左手で引き出しを引く動作を交えて説明する。


「へぇ~……そんなことできるのか。ま、柊なら心配することもないか」


「そうそう」


 うんうんと頷きながら、左腕をまた椿の腕に絡ませる。


「……椿」


「は、はい」


 遙に返事すると同時にビクッと体を震わせる椿。


「腕、そろそろ疲れてきてないか?」


「い、いえ。そんなに体重かかってないし、お姉ちゃん軽いから疲れてないですけど……?」


「そ、そうか。それならいいんだ」


「……?」


 遙の態度に首をかしげる椿を見ながら、私は一人こっそりと笑った。

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