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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部二章 いつもとは少し違う日
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第26話 交代の日 ◆

挿絵(By みてみん)

「ただいまー」


 誰もいない家に向かって挨拶しながら、後ろ手にカギを閉める。折りたたんだ日傘を傘立てに立てかけて靴を脱ぎ、廊下に上がった。


 朝のニュースでは、今日の天気は曇り時々晴れ、気温は平年並みと言っていたはずなのに、実際は晴天で真夏のような暑さ。今日は体調もそれほど良くはなかったので、本当に日傘を携帯しておいてよかった。


「んしょ……」


 鞄をリビングのローテーブルに置いて、帰りにスーパーで買ったものを冷蔵庫、キッチンに収める。


「疲れた……」


 ばたっと近くのソファーに倒れこむ。


「ん~~っ。はあ……」


 うつ伏せのまま伸びをして、体から力を抜く。顔がソファーに埋まっているので少し息苦しい。


 転校してから二週間とちょっと。クラスマッチ以降いまだ僕に向けられる視線の数は減ることなく、むしろ日に日に増えている気さえする。確実に増えたと感じたのは先日の水泳の授業のあった日の翌日。何故か僕が一〇〇メートルを泳ぎ切ったことが一日にして知れ渡っていたらしく、それが原因で今まで以上に注目されるようになった。


 なんでそんなことで注目されるのだろうと疑問に思ったけど、遙や綾音さん曰く『クラスマッチ同様の運動できなさそうなのにできるギャップ』が注目される要因なのだとか。


 そんなわけで、毎日たくさんの視線を浴びせられた結果、最近じゃ学校が終わる頃には歩くのも億劫なくらい酷く疲れ切っていた。たぶんそんな僕の様子に気づいたから、葵さんと綾音さんは今日の部活を休み、遥と一緒にファミレスに誘ってくれたのだろう。おかげで多少気は晴れたけど、それでも体はずっしりと重いままだった。


「はぁ……」


 このまま寝ようかなと思っていたそのとき、誰もいないと思っていた廊下から足音が聞こえた。足音は次第に大きくなり、聞こえなくなったと同時にリビングの扉が開いた。


「お姉ちゃん、おかえり」


 入って来たのは椿だった。


「椿、帰ってたのか」


「うん。お姉ちゃんは?」


「遥と葵さんとファミレス行ってた。あ、朝牛乳と卵がないって言ってたから買ってきた。あとついでにアイスも補充したから椿も食べてね」


「う、うん。ありがと」


 ソファーの上で体を捻って仰向けになり、ローテーブルに置かれていたテレビのリモコンを操作する。電源を入れたテレビでは、ドラマの再放送をやっていた。椿がソファーに近づいてきたので、いもむしのように体を足の方に移動させて頭の上に人一人座れるくらいのスペースをあける。


「あれ。お姉ちゃん調子悪い?」


「んーん。ちょっと疲れてるだけ」


 椿はソファーに座ると、僕の頭を軽く持ちあげ、その下に体を滑り込ませて僕の頭を膝の上にのせた。


「重いよ」


「重くない重くない」


 椿に膝枕をしてもらいながら、テレビのチャンネルを変えていくもどれも同じようなニュース番組をやっていて、結局元のドラマの再放送に戻した。


「大丈夫?」


 椿の手が額に当てられた。ひんやりして気持ちいい。


「うん。まあ中学の頃と比べればこれくらいたいしたことな――」


 うっかりそう言うと、椿は眉をひそめた。『失敗した』と思いつつも僕はそれに気づかないフリをして視線をテレビへと向けた。


 再放送のドラマは数年前放送されてそこそこ人気だったもので、僕もタイトルは知っていた。だけど、僕はそのドラマをまったく見てはいなかったし、今放送されているのは第六話と中途半端で内容がさっぱり分からない。


「椿、これ見てる?」


「ううん」


「じゃあ、まだ晩ご飯まで時間あるし、何かして遊ぼうか」


「わたしは嬉しいけど……お姉ちゃん大丈夫なの?」


「平気」


 僕は椿の顎に当たらないように頭を起こしてソファーから立ち上がると、椿に『ちょっと待ってて』とだけ告げてリビングを後にした。


 ◇◆◇◆


『……』


 僕と椿は無言でテレビを見つめ、両手で握るコントローラーをカチャカチャと操作する。


『ウワー』


 僕が操作していたキャラクターが、椿の操作していたキャラクターの攻撃を受けてその場に崩れ落ちた。


『ユーウィン』


 また負けた。これで五連敗だ。


「ふー……」


 僕はコントローラーを置いてグラスを手に取る。


「コホッ」


 喉を通ったコーラの炭酸がきつくてせき込んでしまった。


「お姉ちゃん……よわいね」


「格闘ゲームは得意じゃないんだよね……。左向いたら技出せないもん」


「普通こういうときって自分に有利なのを持って来るもんじゃないの?」


「部屋漁ってもそれしか出てこなかったんだから仕方ないよ。それに、別に勝つのが目的じゃなくて、椿と遊べたらいいんだし」


「そう、それだよ」


 椿がコントローラーを置いて僕に向き直る。僕もグラスをローテーブルに置いて椿に視線を向ける。


「なんでゲームなの?」


「なんでって、椿と遊ぶため、だけど?」


「うーん……」


 椿が首をひねって唸りだした。何が不満なのだろうか。せっかくダンボールの中から引っ張り出してきたのに。


「こんなゲームじゃなくても、わたしはお姉ちゃんとお茶飲みながらお話しできればそれで良いんだけど」


「……いいのそんなことで?」


「わたしももう高校生なんだから」


「……ああ」


 なるほどそういうことか。成長したと言っても、椿は僕の妹。しかも面と向かって会ったのは数年ぶり。だからなのか、今でも時々昔の幼かった頃と同じように扱ってしまう。


「そうだよね。椿ももう高校生だもんね」


「……その言い方が子供扱いしてる気がする」


「ごめんごめん」


 僕は少し手を伸ばして椿の頭を撫でる。


「それも子供扱いしてる」


「この前頭撫ででも何も文句言わなかったのに」


「それはそれ。これはこれなの」


 ……難しい年頃のようだ。


「椿だって僕の頭を触るじゃないか」


「あ、うーん……じゃあこれはノーカンで」


「ノーカンって……」


 僕は少し呆れて苦笑した。


 ◇◆◇◆


「ふー……」


 お風呂に入った後、やっとのことで髪を乾かした僕は、自分の部屋に入るとすぐにベッドに倒れこんだ。


「……っと」


 そのまま寝ようとして目を閉じたけど、ふと思い出して体を起こした。机の上に手を伸ばして携帯電話を取り、メールを打つ。少しだけ慣れた手つきで文字を打っていき、打ち終えた文を一度読み直してから送信ボタンを押す。数秒後に送信完了の文字が液晶に表示され、それから数秒後に受信完了の文字が表示される。それを未読のまま携帯を閉じて机の上に戻し、布団に戻りこみ目を閉じた。

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