外伝1 お姉ちゃんを撮ります
椿「えー。お母さん他みなさま。おはようございます。今は日曜日の午前九時をほんのちょっと回ったところです。今日は『お姉ちゃんの休日の過ごし方』ということで、お姉ちゃんを一日密着レポートしたいと思います。ちなみに撮影者のわたしは妹の椿です。どうぞよろしくお願いしますっと……。それではそろそろお姉ちゃんを起こしたいと思います。お姉ちゃんは学校のある日はもう少し早いんですけど、休日でしかも予定のない日は九時まで寝てます。放っておくとお昼過ぎまで寝ています。そのまま寝かせておいてもいいんですけど、敢えて起こします」
コンコン
椿「お姉ちゃん起きてる?」
……
椿「一応いつも返事がないことを確認してから入ります。親しい仲にも礼儀ありと言いますから」
ガチャ
椿「お姉ちゃん。朝だよ。お姉ちゃん」
楓「……」
椿「声だけでは起きません。たまーに起きますけど」
ユッサユッサ
椿「お姉ちゃん。朝だよ!」
楓「……んー。……今何時?」
椿「九時だよ。そろそろ起きないと」
楓「んー……ん? 椿、それなに?」
椿「これ? これはビデオカメラ」
楓「それは分かるけど……なんでそんなもの持ってるの?」
椿「お母さんが寂しいから、お姉ちゃんの一日の様子を撮って送ってほしいんだって」
楓「伯母さんが? ……それなら仕方ないか」
椿「じゃ、わたしは戻るね」
楓「うん。ありがと」
椿「……あ、着替えも撮ろ――」
楓「早く出てけっ」
椿「はい。ところ変わって朝ご飯の様子です。これが朝ご飯の時のお姉ちゃんです。凄く眠たそうです。でもそこがかわいいです」
楓「朝ご飯って、僕これ飲んでるだけなんだけど……」
椿「いいのいいの。それだけでもわたしは充分だから」
楓「『わたしは』?」
椿「……」
楓「……それ、伯母さんと伯父さんが見るんだよね?」
椿「う、うん」
楓「椿は見ないよね?」
椿「……」
楓「はいそこで黙らない」
椿「……ほ、ほら、お姉ちゃん。早く野菜ジュース飲まないとぬるくなっちゃうよ!」
楓「ぬるくてもいいよ。野菜ジュースだし」
椿「……そ、そうだ。一応撮れてるか確認しないといけないし、お母さんに送った後に『無くしたからもう一回送って』って言われた時のために保存しておかないと」
楓「ふーん……。まあ椿なら別にいいか」
椿「ほっ……」
楓「僕の様子はもう充分撮っただろうから、次は椿を撮ってあげるよ。それ貸して」
椿「あ、わたしはいいの。今回はお姉ちゃんを撮ってほしいって依頼だから」
楓「なんで僕だけ?」
椿「わたしはこの前一人で暮らしてるときに撮って送ってるから」
楓「なるほど……」
椿「ということで、今日は一日お姉ちゃん撮り続けるからよろしくっ」
楓「はいはい」
椿「リビングです。お姉ちゃんはソファーに座って何か読んでるみたいです。お姉ちゃん、それなに?」
楓「ん? これ図書館で借りてきた小説」
椿「どんな内容?」
楓「恋愛物かなあ」
椿「お姉ちゃん恋愛物好きなの?」
楓「嫌いではないけど、自分で買ってまで読もうとは思わないかな」
椿「いつもはどんなの読んでるの?」
楓「探偵物とか、冒険物とかそういうの」
椿「ワトソン君?」
楓「だいたい合ってる」
椿「ふーん……っとここでちょっとカメラを一回置いて……えいっと」
楓「へ? わわっ! つ、つばき!?」
椿「これでカメラを持って、と」
楓「ち、ちょっと椿!?」
椿「お姉ちゃん、そんなに膝の上で暴れないでよ」
楓「あ、暴れないでって、人が本読んでるときに勝手に膝に乗せたのはそっちじゃないか!」
椿「まあお姉ちゃん軽いから暴れてもあまり痛くないけど」
楓「人の話を聞けって!」
椿「まあまあ。暇なんだからお姉ちゃん抱っこしててもいいでしょ?」
楓「や、暇だからって意味がわか――」
椿「いいからいいから。お姉ちゃんは大人しく本読んでればいいから」
楓「……」
椿「そんなに睨んでも離さないから」
楓「……じゃあこの体勢しんどいから、椿にもたれるけど、いい?」
椿「どうぞどうぞ」
楓「んじゃ……って、この腰に回した腕はなに?」
椿「お姉ちゃんが落ちないようにガード」
楓「逃げられないように、じゃなくて?」
椿「そうともいうかも」
楓「……はあ」
椿「お昼ご飯はレンジでチンで出来上がりの茶碗蒸しです」
楓「なんで茶碗蒸し?」
椿「えー。お姉ちゃん好きだって言うから買ってきたんだよ?」
楓「あ、覚えてたんだ」
椿「お姉ちゃんのことならなんでも。今度は葵さんに作り方聞いてちゃんと一から作るからね」
楓「作るの面倒だろうから、そんな無理しなくても」
椿「一度作ってみたかったからいいの」
楓「……そういうことなら、楽しみにしてる」
椿「でもそれ一個だけでいいの? わたし足りないから焼きめし作るけど、お姉ちゃんもいる?」
楓「んーん。デザートにプリンとショートケーキあるから」
椿「お姉ちゃんって絶対そっちが主食だよね……」
楓「あ、冷蔵庫にアイス買い足したから椿も食べていいよ」
椿「もうこの前買ったの全部食べたの!?」
楓「夏だしね」
椿「今9月だよ……お腹壊さないの?」
楓「アイスは案外大丈夫なんだよね。なんでだろ?」
椿「本当に主食だね……」
椿「今午後3時です。午前中のようにお姉ちゃんは本を読んでたんですけど……」
楓「……スー……」
椿「寝ちゃいました。お姉ちゃんが聞くと絶対怒りますけど……こう静かに丸まって寝ているところを見ると、子供みたいです。服を子供っぽくすれば、小学生料金でバスに乗れそうです。妹としては心配です。いつかお姉ちゃんが誘拐されないかと……。結構真剣です。あ、さっきのはお母さん心配するから編集で切っとかないと。……それでは、お姉ちゃんが寝ている間に買い物に行ってきます」
椿「現在夜の七時。今から晩ご飯です。今日は豆腐ハンバーグです」
楓「ヘルシーだね」
椿「お姉ちゃんお肉のハンバーグ食べないんだもん」
楓「食べる食べる。ちょっとだけなら」
椿「それを食べないって言うのっ」
楓「そうとも言うかも。……ん、おいしい」
椿「じゃ、お姉ちゃん結婚しよ」
楓「何が『じゃあ』なのか分からないけど、法律と性別的に無理」
椿「ちぇっ。最初は驚いてくれたのに今じゃこれだよ……」
楓「毎日のように言われたらこうなるよ」
椿「きっと人はそうやって強くなるんだよ……」
楓「まとめようとしてもダメ」
椿「お姉ちゃんが冷たい!」
楓「僕は早くご飯食べてアイス食べたいんだよ」
椿「妹より食後のデザート!?」
楓「今日のは初めて食べるから楽しみなんだよね」
椿「こうなったらそのアイスをわたしが食べて――」
楓「ちゃんと椿の分も買ってあるから一緒に食べようよ」
椿「え? う、うん」
椿「お姉ちゃんは今洗濯物を畳んでいるところです」
楓「はい、これ椿の分」
椿「ありがとお姉ちゃん」
楓「お風呂は沸かした?」
椿「うん。もうそろそろ入れると思う」
楓「じゃ、椿からどうぞ」
椿「お姉ちゃん一緒に入ろうよ」
楓「イヤ」
椿「なんでー? お姉ちゃんいっつもお風呂一緒に入るのイヤがるよね?」
楓「イヤなものはイヤ」
椿「えー。カメラは防水だから大丈夫だよ?」
楓「撮るつもり!?」
椿「うん」
楓「絶対イヤだ!」
椿「ちぇーっ。じゃあ一人で入ってこようかな」
楓「……こっちチラチラ見てもダメ」
椿「ぶー」
楓「ブーイングしてもダメ」
楓「そろそろ寝るね」
椿「それならわたしも――」
楓「一緒に寝るはナシだからね」
椿「うっ……」
楓「じゃ、おやすみー」
椿「お、おやすみ」
……
椿「はい。そんなわけで、お姉ちゃんに一日密着したわけですが、いかがでしたでしょうか。お母さん、これ見て元気だしてねー。わたしもお姉ちゃんも元気にやってるよ。たぶん年末にはお姉ちゃんと一緒に帰るから。それではまた次回ーっ」