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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部一章 メランコリーオーバードライブ
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第25話 もう少し体力がほしい

 列に並んで待っていると、遥が僕のところへとやってきた。


「あー。一応釘刺しとくけど、楓はほどほどにしとけよ」


「へ? だったら競争するのやめ――」


「それはだめだ」


「……」


 僕は遥にジト目を向ける。競争しようと僕を巻き込んでおきながら手を抜けって、いったいどうしろっていうんだ。


「別に手を抜けってことじゃない。しんどくなってきたら無理せず速度を落とせって言ってるんだ」


 ……なんで遥は僕の考えていることが分かるんだろう。


「顔見れば分かるんだよ」


 絶対心を読んでる。


「とにかくあれだ。ほら、学生駅伝とかでラストスパートしてゴール直後に倒れこむヤツがいるだろ? あんな感じに全力を出しすぎて倒れるようなことにはなるなってことだ」


 なるほど。つまり余力を残しつつ全力を出せということか。また難しい注文を……。


「いや別に難しくないって。楓はペースを考えず常に全力だろ? 普通のヤツならしんどくて自然と力を抜くんだよ。楓はそれができてないから意識してやれって言ってるんだよアタシは」


「……遥って心読める能力とか持ってたりするの?」


「ないない。ってそんな超能力本当にあるのか?」


「さあ?」


 僕はマジックも超能力も、そういった類のものは信じていない。でも、もし遥が『アタシは心を読む能力を持ってる』なんて言えば、僕はそれを信じると思う。


「はい、次の組ー!」


「お、アタシ達か。楓、ほどほどにだぞ」


「善処してみるよ」


 やったことないことをすぐにやれと言われても無理な話だ。もちろんやってはみるつもりだけど。


「善処するなんて言って実行したヤツを見たことない」


「はいはい。じゃあ頑張ってみます」


「ちゃんと守れよ。あとバタフライはやるなよ」


「はいはい」


「絶対だからな」


 遥は僕にそう言いながら自分のコースへと戻って行った。


「では次いきまーす」


 先生の声に僕はスタート台に上り縁に足の指をかける。緊張から胸がドキドキしてきて、落ち着こうと深呼吸を繰り返す。


「位置について」


 膝を曲げて前かがみになり、指先を足の指に触れるように構える。


「よーい」


 数瞬後、ピッと笛の音が響いた。僕は強くスタート台を蹴ってプールに飛び込んだ。深からず浅からず、まずまずのスタートが切れた。個人メドレーの最初はバタフライ。本来ならそれに習ってバタフライをするのだけど、さっき遥から忠告されたこともあり、ここはバタフライのかわりにクロールで泳ぐことにする。


 25メートルを泳ぎきり、ターンして今度は背泳ぎに切り替える。背泳ぎは僕の一番得意とする泳法だ。横目でコースロープを見つつ出来る限り真っ直ぐ泳ぐよう心がけるけど、それでも一度二度、コースロープに当たりそうになってしまう。


 プールの端にたどり着き、平泳ぎへ移行する。泳ぎながら隣を見ると、案の定と言うか何と言うか、近くに葵さんの姿は見当たらなかった。遥と綾音さんは僕の数メートル後ろにいるようで、二人でいい勝負をしていた。って、僕ともそう離れていないので追いつかれないように頑張らないといけない。


 そして最後の25メートルのクロール。タイム的に見ると、実はこのクロールが一番得意じゃなかったりする。25メートルのバタフライよりも、だ。すぐ後ろには遥と綾音さんがいるので、追いつかれないよう残りの力を振り絞る。疲労のせいでひとかきする度に体が左右にぶれる。同じ25メートルプールのはずなのに、さっきまでよりやけに長く感じてしまう。もう隣を気にする余裕もなく、ただひたすらに前へと進む。あと15メートル。あと10メートル。あと5メートル……。


「ぷはあ!」


 壁にタッチすると同時に勢いよく顔を上げ、大きく息を吸った。


「はあ、はあ……」


 コースロープに掴まりながら周りを見ると、誰もまだゴールしていなかった。僕が一番のようだ。と、ちょうどそこに遥と綾音さんが続けてゴールした。


「ふぅ。やっぱり楓の方が早かったか」


「ねえ楓、遥とあたしどっちが早かった!?」


 この二人はなんで泳ぎ終えた直後だっていうのに、こんなに元気なんだろう。こっちは今にもめまいがしそうなのに。


「はあ、はあ……は、遥の方がタッチの差で早かったかな」


「まじ!?」


「よっし!」


 綾音さんが目を見開き、遥がガッツポーズをした。


「こんなことなら平泳ぎなしでずっとクロールするべきだったかしら……」


「いやそれはさすがにダメだろ」


 二人をぼーっと眺めていると、徐々に気分が悪くなってきた。


「お、おい。楓大丈夫か?」


「ん……たぶん大丈夫」


 スタート前にあんなことを言われた手前、大丈夫じゃない、とは言えなかった。それは遥の忠告を無視したことになるから。


「顔真っ青にして大丈夫なんていうやつがあるか。一人で上がれるか?」


「うん」


 僕はコースロープをくぐり梯子を使ってプールを出るけど、水の中から出た途端ズンと体が重くなってプールサイドにへたり込んだ。


「ほら、掴まれ」


 そう言って差し出された遥の手を握って立ち上がって歩くと、遥は僕がふらつかないように肩を支えてくれた。


 結局、それが原因で朝から続いていた好調が嘘のように体調が悪くなった僕は、体育以降の授業全てを休んで保健室のベッドの上で大人しくすることになった。


 休み時間には代わる代わる人がやってきた。遥には怒られ、椿や葵さん、綾音さん、穂乃花先輩や香奈さんには心配され、蓮に至ってはお見舞いだと言ってリンゴジュースを買ってきてくれた。


 同じクラスの遥や葵さん、綾音さんは分かるけど、他の皆はどうして僕がここにいることを知ってたんだろう……。

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