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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部一章 メランコリーオーバードライブ
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第24話 葵さんはかなづち

 出席確認を取った後、プールサイドいっぱいに広がって準備体操を始めた。今日の当番だというクラスの男の子の号令に合わせて体を捻ったりジャンプする。一通り終えると、先生は「二人一組になってストレッチ始めてね~」と言って近くのベンチに座りノートを広げて何か書き始めた。


 腕を伸ばしながら僕は周りを見回す。探しているのは遥じゃなくて葵さん。さすがに遥とじゃ身長差がありすぎてストレッチをするにはキツイものがある。葵さんでも僕より10センチ以上高いけど、これくらいは仕方ない。だって僕と同じくらいの身長の子がこのクラスにいないから。


「あれ、葵さんいな――」


 トントン。肩を軽く叩かれた。


「ん? ……っ」


 何気なく振り向くと、何かが右頬にあたった。よく見るとそれは人差し指。僕はむにっと形の変わった頬のまま、指から腕へと伝って視線を上げていく。その先には嬉しそうに微笑む葵さんがいた。


「ひっかかった」


「……葵さんって案外不真面目だよね」


「そう?」


「うん」


 笑顔の葵さんにジト目を向ける僕。少し嫌味っぽくなったのに全然気にしてないようだ。


「授業中もよく手紙交換してるし」


 手紙交換といっても、ちゃんとした便せんを使うわけじゃなく、小さくちぎったルーズリーフにメッセージを書き込んで相手に渡して返事を書いてもらうというものだ。


「だってずっとノート取ってるだけじゃ暇でしょ? ほら、特に地理の時間とか」


「まあそうだけど……」


「勉強なら家で一人でやった方がはかどるの。それなら学校にいる間はみんなと遊んだ方がいいでしょ?」


「それが授業中に見つかっても?」


「そういうのも高校生活の楽しみだと思うの」


「ポジティブ過ぎて羨ましい……」


 先生に怒られるのも、それで注目されるのも嫌な僕は絶対そんな考えにはならない。


「っと。そろそろやろっか」


 周りを見るとみんなストレッチを始めている。少し遠くの方では遥と綾音さんがペアを組んでやっているみたいだけど、二人ともずっと何か話している。表情も若干険しいようにみえるので、きっと『痛い』だの『やりすぎ』だのと文句でも言い合っているんだろう。


「私体硬いから軽くでお願いね」


「分かった」


 プールサイドに座って足を広げて前屈する葵さん。僕はその背中をグッグッと数回力を込めて押す。葵さんが言う通り、たしかに葵さんの体は硬かった。体があまり曲がらないようで、僕が背中を押してなんとか人差し指が足先に届くくらいだ。


「いたたた……じゃ、次楓ちゃんね」


 立ち上がる葵さんの代わりに今度は僕が座る。


「僕もあまり強く押さな――ひゃっ!」


 ふいに首筋を撫でられた僕はビクッと体を震わせて、小さく声を上げてしまった。


「ご、ごめんなさい。まさかそんなに驚くなんて……」


 少し涙目になって見上げると、葵さんが申し訳なさそうに謝った。


「楓ちゃんうなじ弱いの?」


「よ、弱いって?」


「……ううん、なんでもない。それより、ホント楓ちゃんって肌白くてすべすべだね」


 葵さんが引っ込めた手をもう一度伸ばしてきたので、両手で首をガードする。


「もう、そんなこといいから」


「あぁ~……」


 残念そうな顔をしながら葵さんが僕の背中に手を置く。何故か悪いことをした気分になりつつ、上半身を曲げて脚にピタッと頬をくっつける。


「わっ。楓ちゃん体柔らかいね」


「んー?」


 葵さんに背中を押してもらいながら、脚を開いて右へ左へと体を曲げる。


「どうしたらそんなに柔らかくなれるの?」


「うーん……別に何もしてないけど」


「お酢とかのんでた?」


「酢の物酸っぱくて嫌い」


 って、それ以前にお酢に体を柔らかくする効果なんてなかったような……。


「酢の物おいしいのに……。じゃあ生まれつき?」


「たぶん」


 椿はそれほどでもなかったけど、僕も柊も何故か物心ついたときから体が柔らかかった。


「いいな~」


「なんで?」


「だって膝曲げなくても、落ちた消しゴム取れるんでしょ? 楽だな~って」


「それくらい面倒がらずにしゃがんで取ればいいと思う……」


 こんなこという子が学年トップの秀才なんだもんなあ……本当に人ってよく分からないものだ。と、ちょっと哲学っぽいことを考えながら僕たちは交代にストレッチを続けた。


 ◇◆◇◆


「前の人が10メートルラインまで泳いだのを確認してから次の人は行くようにね。じゃ、一人目」


 ピッと笛が吹かれて、一列目の子がプールに飛び込んだ。まずはウォーミングアップということで、好きな泳法で50メートルゆっくり泳ぐらしい。


「綾音。競争するか?」


「最初から飛ばしてどうするのよ……」


 僕と遥は5コース、綾音さんと葵さんは4コースに並んでいた。さっきまでは一緒だった男子達も、さすがにプールの中では別々らしく、1から6コースまでが女子、残りの2コースが男子と別れていた。


 ふと葵さんを見ると、その手にはビート版が握られていた。僕の視線に気づいた葵さんが、少し恥ずかしそうに笑った。


「葵どうした? ……ああ。葵はとんかちなんだよ」


「それをいうならかなづちでしょ? 微妙な間違いして……」


 綾音さんが大袈裟に肩を竦めてみせる。


「昔からあたしが教えてるんだけどね……いつまで経ってもビート版やら浮き輪やら、あたしの手を離そうとしないのよ」


「あ、綾音っ!」


 顔を赤くした葵さんが綾音さんの腕を引っ張る。


「どうせバレることだしいいじゃない」


「そ、そうだけど……」


「楓は泳ぎはどうなの? やっぱりできたりしちゃうわけ?」


「うーん。一応一通りは」


 話題の矛先を葵さんからすぐに返るあたり、葵さんのこと気遣ってるんだなと感心しつつ答える。


「一通りって、背泳ぎとかバタフライもいけるってこと?」


「うん。これでも小さい頃はスイミングスクールに通ってたから。あ、でもバタフライは体力か続かないから25メートルだけ」


 昔は個人メドレーができたんだけどね。今はそれができなくなった。


「やっぱりハイスペックね……」


「だろ?」


「だろって、そういうあんたも結構なモンじゃない。なんでもソツなくこなすでしょ? 勉強以外」


「器用貧乏ってヤツだよ……っと、次か」


 遥はそう言うとスタート台に上り、すぐに飛び込んだ。その後、それに続くように綾音さんもスタートする。遥が飛び込んだ後、その次の僕はスタート台に上がり、遥が10メートルラインを超えるのを待つ。横のコースを見ると、葵さんがビート版を持ってプールに入っていた。


 遥が10メートルラインを超えたのを視認して、スタート台を蹴って飛び込む。ウォーミングアップということで、最初の25メートルを平泳ぎ、残りをクロールで軽く流した。


 泳ぎ終えてプールサイドに上がり、腕をグルリと回す。今日は調子が良いおかげで腕も重くない。これならもしかすると、昔みたいに100メートルの個人メドレーができるかもしれない。


「はい。では時間もないのでさっそくタイムを計ります。去年と同様に100メートルの個人メドレーをしてもらいます。バタフライや背泳ぎができない人は、クロールか平泳ぎに変えて100メートル泳いでください。無理なら途中足をついても構いません。では2から7コースを使って始めましょう」


「50メートル泳いだだけでもうテストか」


 先生の話を聞いてから遥が呟いた。


「早くしないと時間内に終わらないしね」


「体育って2時間続けてやるべきだよな……。よし。今度こそ競争するか」


 遥が僕や綾音さんに目配せする。


「あたしはバタフライと背泳ぎできないからクロールばかりになるけど、それでもいいのかしら?」


「それくらいハンデでやってやるよ」


「ほー。負けてもあとで言い訳なんてなしよ?」


 ふふんと鼻を鳴らす遥と、変な笑いを浮かべながら遥を睨む綾音さん。二人の間に火花が見えそうだ。


「楓、がんばりましょうねっ」


 綾音さんが僕を見て手を取る。


「へ? でもタイム計るなら出席番号順とかじゃ……」


「そんなのないわよ。順番なんて適当」


「アタシが5コースだから、綾音が4、楓が3、葵が2コースな」


「わ、私も!?」


 珍しく葵さんが素っ頓狂な声をあげた。


「もちろん。あ、並ぶのは4人目な。ほら、並んだ並んだ」


 僕は渋々遥の指示通り3コースの4番目に並んだ。2コースを見ると、ちゃんと葵さんも4番目にならんでいた。けど、ビート版を両手に持ったまま、それを額に当てて俯いていた。


 葵さんが顔をあげたところで手を振ると、苦笑しながらも振り返してくれた。……頑張れ、葵さん。他人事とは思えず、僕は心の中で葵さんを応援した。

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