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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部一章 メランコリーオーバードライブ
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第23話 プールの更衣室はもっと危険

「うーん…」


 腕を組んで小さく唸り声を上げていると、隣を歩く遥が訝しげに僕を見た。


「どうした楓? 手が痛むのか?」


「ん? ……ああ。クラスマッチの怪我なら治ったよ」


 今日でクラスマッチからちょうど一週間。人より怪我の治りが遅い僕だけど、ようやく今日の朝完治したところだ。


「ほら」


 僕はその証拠とばかりに包帯の外れた左手をフルフルと振ってみせる。


「じゃあ頭か?」


「全然」


 こっちの方も三日に一度は来る頭痛が今日はまったくない。むしろここ最近では一番調子がいいかもしれない。ただ、その調子の良さが今の僕を憂鬱にさせていた。


「だったらなんで唸ってるんだ?」


「うーん……なかなかいい方法が思いつかなくて」


「なんの?」


「水泳を休む方法」


 そう、僕のこの憂鬱な気分の原因は全てこれ。次の授業の水泳だ。別に僕が泳げないとか、単純に水泳が嫌いだから憂鬱というわけではないし、また特段水着を着ることが恥ずかしいということもない。


 事故に遭うまでの数年間、僕はスイミングスクールに通っていたおかげでそこそこ泳ぐことができる。水着についても、もちろん中学の頃に初めて女子用の水着を着たときは恥ずかしかったけど、それも今では慣れてしまった。服とは違ってみんなが同じデザインの物を着ているからだろう。だって未だにスカートは恥ずかしいから。


 とにかく、水着を着て泳ぐこと自体にはまったく問題はなかったりする。


「休む? ……ああ。着替えか」


「うん」


「着替えくらい気にしなければいいだろ?」


「気にならなければどれだけ楽か……」


 つまり何が問題かと言うと、更衣室で水着に着替えるためにみんなが、そして僕が肌を晒すことが大問題なわけだ。水泳ではいつもの体操服に着替えるんじゃなくて、水着に着替えるわけだから、どうしてもいつもより見えてしまう、見てしまう部分が多くなる。いくら女の子の肌を見慣れたとはいえ、それは僕の許容を越えてしまっている。


 そんなわけで、水泳の授業を休むことができれば、着替える必要はなくなり、必然的に更衣室にも入らなくて良くなるので、この問題も解決するというわけだ。だからなんとかして水泳を休みたいんだけど、この体の調子の良さのせいで良い方法が思いつかずにいた。


「なんで今日に限って調子が凄く良いんだろう……」


 いつものようにどこか一箇所でも調子が悪ければ、それを大義名分に堂々と先生に休むことを告げられるのに。


「仮病で休めばいいんじゃないか? 楓なら余裕でOKでるだろ」


「ズルはだめだよ」


 嘘をついてまで休むことはさすがにできない。


「相変わらず優等生だな」


「普通だって。……だめだ。いい方法が思いつかない。仕方ないから遥、着替えの時、中学の時みたいに頼めるかな?」


 僕は顔の前で手を合わせて遥を見上げる。そんな僕を見た遥はなぜか少しだけ顔を赤くして目をそらした。


「あ、ああ。空いてるロッカーと中に残ってる人を見て……着替えてる時に壁になるんだろ?」


「うん。いい?」


「わ、わかったよ」


 頷く遥の顔はやっぱり赤かった。


 ◇◆◇◆


「あんた達遅かったわね。早くしないと遅れるわよ?」


「先に行ってるね」


 更衣室から出て来た綾音さんと葵さんが僕達にそう言ってプールサイドへと上がっていった。水着に着替えた二人を見送ってから、僕は遥の耳元に手を当ててひそひそと話す。


「ここで待ってるから、よろしく」


「りょーかい」


 遥に水着の入ったバッグを渡して、更衣室へと送り出す。僕は更衣室から少しだけ離れた場所で遥が出てくるのを待つことにする。待っている間にも更衣室からクラスの女の子が出てきてプールサイドへと上がっていく。何人かは僕を見て「どうしたの?」と声をかけてくる子もいたけど、「なんでもない」と愛想笑いを返して無難に乗り切る。


 そんなことを繰り返していて、ふと僕は、まだクラスの子の名前をほとんど知らないことに気づいた。転校して一週間とちょっと経つのだからそろそろ名前を覚えないといけない。


「楓ー」


 僕を呼ぶ声に目を向けると、遥が更衣室の出入り口で手招きしていた。緊張しながら遥に従い更衣室に入ると、中には着替え終えた数人の女の子が代わる代わる鏡の前に立って髪をヘアゴムで留めながら談笑していた。その他には誰もいないようで、ほっとしながら遥の隣のロッカーの前に立つ。中から遥が入れておいてくれたバッグを引っ張り出し、バスタオルと水着を取り出した。


 着替える前に再度周りを見回すと、残っていた女の子達も全員出ていったようで、残ったのは僕と遥だけだった。……これなら気にせず着替えられそうだ。


「楓、早く着替えないと時間ないぞ?」


「へ?」


 更衣室の時計を見ると、チャイムまで残り二分を切っていた。急いで僕は水着に着替えることにした。もちろん、誰かが突然来てもいいように、バスタオルで隠しながら。そんな僕を見て、遥は何故か少し笑っていた。


 ◇◆◇◆


「こういうの見ると、ホント私立だって思うよね」


「まーな」


 階段を上がり目の前に広がったのは、雨が降ろうが雪が降ろうが入ることができる室内プール。温度調節も可能のようで、プールの水に触ると生温かい。これだけでも結構な作りなのに、8コースある25メートルプールの横には底の深い飛び込み用のプールがあり、プールサイドには雛段の観客席が設けられている。この屋内温水プールは近隣の学校の中では一番の設備で、週末には大会も行われているらしい。


「お、ちょうど先生来たな」


「え、まだ髪留めてないのに」


「あとでやってやるから。行くぞ」


「う、うん」


 仕方なく長い髪そのままに僕は遥を追って集合場所へ向かう。たどり着くと、先生の『集合』と掛け声をかけた。、ばらばらだったみんなが四列に並ぶ。一列が男の子、残り三列が女の子。僕と遥は端の列の最後尾に並んで座った。


「ほら、ヘアゴム貸してみ」


「よろしく」


 遥に黒色のヘアゴムを渡すと、流れるような動作で僕の髪を綺麗にまとめてヘアゴムで留めた。なんで遥も椿もこんなに早いのに綺麗にできるんだろう。


「ほい。できた」


「ありがと。遥、髪短いのに上手だね」


 髪を触りながらこっそりと振り返る。


「これくらいみんなできるんじゃないか? 楓もこれくらいできるようになったほうがいいと思うけどな」


「だって見えないし……」


「慣れだよ慣れ。最初は鏡見ながらやればいいさ」


「あ、そうか。今度家で練習してみようかな」


 先生が出席を取る間、途中返事をしながらも僕と遥は小さな声で話し続けた。

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