第22話 今日は私の番
「まだかよ柊のやつ」
「まだ15分前よ。少しは落ち着いたらどう、遥?」
腕を組んであっちへこっちへと落ち着きなく歩く背の高い茶髪の猫毛の女の子に、ベンチに座り本を読む眼鏡をかけた黒髪の女の子が顔を上げることなく答えた。
「待つなんてアタシの性に合わないんだよ。時間が勿体ない」
遥と呼ばれた女の子はそう言って頭をわしゃわしゃとかいた。
「8時間以上睡眠をとるほうがあたしとしてはよっぽど勿体無いと思うのだけど?」
「その言い方だとアタシがいつも八時間以上寝てるように聞こえるな……」
「寝てるんでしょ?」
「………柊遅いな」
眼鏡をかけた女の子から目線を逸らしながら遥が呟く。
「そういえば遥が待つ側なんて初めてじゃない。いつものあなたなら時間通りに来ないのに」
「それはだな。お宅にお邪魔する時は予定時間よりも10分くらい遅れて尋ねるのがいいって昨日見たテレビで言っててだな……」
「外で待ち合わせなのだからそういう配慮はいらないわ。あたしが聞きたいのは、どうしてあなたはいつも時間通りに来ないのかってことよ」
「まぁ主に寝坊のせいだな」
「分かってるなら直すよう努力しなさいよ」
遥はフッと息を吐き、肩をすくめた。
「……奈菜、一応アタシはこれでも努力してるんだぞ?」
その言葉に奈菜と呼ばれた女の子は本から顔を上げる。
「たとえば?」
「目覚ましを2つに増やした」
「その効果は?」
「これがさっぱり」
呆れたとでもいいたげにゆっくりと目を閉じてからため息を吐き、再びに本を読み始める奈菜。
「だったらどうして今日は時間より早くこれたの?」
「昨日夕飯食べてテレビ見てたら眠たくなって、ちょーっと横になろうとベッドに飛び込んだら……」
「そのまま寝て、自然にいつもより早く目が覚めたってわけね」
「おぉ、さすが一を聞いて一〇を知る女だな」
「さっきのは誰でも予想付くでしょ……。ところで、それ昨日のドラマで主役が言ったセリフよね?」
「……柊のやつはまだか?」
「あなたこの流れ二度目よ……」
奈菜は半眼で遥を見て軽く頭をおさえた。
「もう待ち合わせの時間まであと5分だぞ」
「…遥はいつも15分以上遅れてくるけれどね」
「ぐっ……」
たじろぐ遥を余所に、読んでいた本をバッグにしまい立ちあがる。
「そろそろね」
「な、なにが?」
「柊はいつも5分前に来るから。遥と違ってね」
奈菜のきつい視線に、遥は胸のあたりを押さえて、うっと呻いた。
「さっきから胸に棘のようなものがささってる気がするんだが……」
「『気がする』程度なのね」
「いやすみません思いっきり突き刺さってます。……ということでこの棘をとってほしいんだけど……」
「どうやって目に見えない物を取るのかしら?」
「あー、ほら、一言やさーしく『遥、遅刻なんて気にしてないわ。あなたはいつも通りのあなたで良いの』とか……」
「食生活を見直せば治るんじゃない?」
「生活習慣病!? いやそれはまだ早いから!」
「最近じゃ低年齢化が進んでいて10代でも安心できないそうよ」
「それ聞いて少し怖くなったけど今はそれ関係ねー!」
「あ、柊きたわ」
「無視かよ!」
二人の元へ小柄な女の子日傘片手に手をぶんぶんと振りながらやってきた。
「おはよー。奈菜……遥?」
「おはよう、柊」「よぉ」
「……あれ?」
柊と呼ばれた女の子は遥を見てから携帯を取り出し、液晶画面を見て再び『あれ?』と首を傾げてから携帯をしまう。
「……一応聞くけど、今の行動の意味は?」
「遥がいたから遅れたのかと思って」
「なんか失礼なこと言われてるけど言い返せない自分が悔しい……」
「だったら今度からも時間通り来ることね」
奈菜がジト目で遥を見てそう言い、遥はがっくりと肩を落とし、柊はそんな二人を見て苦笑した。
◇◆◇◆
三人は昼食として駅前近くの商店街内のハンバーガー屋に入った。
「で、今日の予定は?」
ハンバーガーに齧り付きながら遥が話を促す。
「当初の予定だと買い物してボーリングでもしようかと思っていたのだけれど……」
「けど?」
奈菜がハンバーガー片手にバッグから小さく折りたたまれた紙を取り出し遥と柊に見えるようにテーブルに広げる。
「へぇ~。久しぶりじゃん。護衛の依頼なんて」
「昨日の夕方に目安箱見たら入っていたらしいわ。まったく……」
「相手は……またあの男子高のヤツか。懲りない奴らだな」
「あれー? あの学校の子とは結構いろいろやっちゃって、去年くらいから大人しくなってなかったっけ?」
咥えていたストローを離し、小首を傾げる柊。
「アタシがまだいた頃でも、執行部って聞けば尻尾巻いて逃げてたと思うんだがな~」
遥がそう言うと、奈菜は再びバッグから小さく折りたたまれた紙を取り出す。
「最近転校してきたらしいわ。学校でもまだ友達がいないようだから、情報を得る機会がなかったんじゃないかしら」
「あ~。なるほど。……一七時に城西公園で、か」
「城西公園って、たしか桜花近くの公園だよね?」
「ああ。……一七時までまだ時間あるな」
「買い物してからいこうと思ってるわ。残念だけどボーリングは次回ね」
遥が最後の一口を放り込み立ち上がる。
「じゃ、さっそく買い物にでもいくか」
そんな遥を柊と奈菜が見上げる。
「まだあたし達は半分も食べてないわよ」
「相変わらず遅いな……」
「遥が早いのよ」
「はいはい。待ちますよっと」
肩を竦めてから遥が椅子に座りなおした。
◇◆◇◆
遥達は商店街で買い物を済ませた後、バスに乗ってとある住宅街へやってきた。
「遥は今日もたくさん買ったね~。バーゲンの帰りみたい」
柊は遥の両腕に下がる紙袋を見てあははと笑う。
「そうか?」
「いくつか宅配便で送ってもらっておいて何を言ってるのかしら」
「自転車と金庫は持って帰れないだろ……」
「金庫を何に使うのよ……。とにかく、自転車は乗って帰ればいいじゃない。あなたなら楽勝でしょ?」
「まだ暑いのに何時間も自転車漕ぎたくないっての」
「遥なら一時間くらいで帰れると思うよ?」
「いやいや充分しんどいから」
遥が顔の前で手をぶんぶんと振る。
「ところでまだ着かないのか?」
「そろそろ着くと思うんだけど……」
携帯で現在地を確認しながら柊が二人を先導して歩く。
「ここを右で到着、かな」
柊に従い遥、奈菜が十字路を右に曲がる。すると右奥に公園が見えた。
「あの公園?」
「うん、ここで間違いないはず」
「城西公園……っと。合ってるな」
一足先に確認のため公園入り口に向かった遥が入口近くのプレートを見てそう言う。
「柊、遥。彼女もう来てるそうだから少し話をしてくるわ。あなた達は隠れられそうなところを探してて」
「オーケイ」「はーい」
二人の返事を聞いてから奈菜は携帯電話片手に公園へ入って行き、ベンチに座っていた女の子に話しかける。その間に遥と柊は公園内を見て回る。
「二人ともこっちきて」
しばらくすると奈菜が二人を呼んだ。
「いいところはあった?」
「うーん。あの茂みの中なら広場の方からは見えないかな」
「というよりそこくらいしか隠れられそうなとこはないな」
「じゃあそこに隠れるとして……莉子さんはさっき話したようにお願いね」
「は、はい。お、お願いします!」
莉子と呼ばれた女の子が緊張からか顔を赤くして勢いよく頭を下げた。
「で、今日はどっちがやるのかしら?」
「はいはい! ボクがいく!」
柊が元気よく手を挙げて返事する。
「柊、大丈夫なのか?」
「うん。この前は遥だったから、今回はボクの番だしね」
「この前っていつの話だよ。かなり前だった気がするんだけど……まぁ柊がやる気ならそれでいいか」
「じゃ、今回は柊ね?」
「うん」
柊は奈菜に頷いてから莉子に視線を向け、ニコっと笑って手を差し出す。
「よろしくね、莉子さん。危なくなる前にすぐ助けに入るから安心して」
「は、はい。よろしくお願いします! 柊様!」
莉子は柊の手を両手で包むように握り、目を輝かせた。
「そ、そう呼ばれるのも久しぶりだなあ……。えっと、ボクのことは『柊』とだけ呼んでもらえれば……」
「いいえ! そんなわけにはいきません!」
手を握る両手に力が入り、キラキラと輝くまなざしでそう言われて、柊は『そう』とだけ答え、そんな二人を見て遥と奈菜は苦笑した。
◇◆◇◆
そして一七時を少し過ぎた頃。
「……きた」
奈菜の囁き声に、柊と遥が茂みの中から広場を見る。広場のベンチには莉子が座っている。そこに走り寄る一人の男の子の姿が現れる。彼は莉子の前で立ち止まると何か話し始める。最初は笑っていた彼も莉子が首を横に振る度に表情が険しくなっていく。
「そろそろ?」
「まだ合図がでてないわ。もう少し様子を見ましょ」
奈菜がそう言った時、莉子の左手が自身の耳たぶに触れる。
「合図が出たわ」
「それじゃ行ってくるね」
「あぁ。怪我するなよ」
軽く手を上げて柊が茂みから飛び出し莉子の元へ駆け寄る。柊の突然の登場に彼は驚いたが、すぐに元の険しい表情に戻り何かを叫ぶ。
「って今気付いたんだけど」
そんな三人の様子を茂みから見ながら遥が口を開く。
「柊のやつ手ぶらじゃないか……」
「あなた今頃気づいたの?」
「……本当に大丈夫か?」
「何をそんなに心配しているのよ。遥らしくないわね」
「いや、あいつこの前怪我したんだよ。柊は怪我の治り遅いからちょっと心配でな」
「柊が大丈夫って言っているのだから、心配する必要ないわよ」
「ん……あぁ。そうか、柊なら心配する必要はないか」
「ええ」
二人が見守る中、ついに彼が動きを出す。顔を真っ赤にして叫ぶと同時に手を振り上げ柊に殴りかかる。柊は上体を傾けて避けつつ彼の懐へ飛び込み、勢いそのまま彼の腹に肘鉄をくらわせた。肘鉄を受けた彼は腹部をおさえ、口を何度かパクパクとさせたあとに倒れた。
「……え、もう終わり?」
遥がそう呟き柊を見ると、柊も同じように思ったのか、うずくまる彼を見て少し驚いているようだった。遥と奈菜は茂みから出て柊と莉子の元に駆け寄った。
「な、なんか当たり所が悪かったみたい」
そう言って柊が苦笑する。
「いやコイツが弱いだけだろ……。柊に怪我なくてよかったが、この程度のヤツに貴重な日曜日が……。とりあえず、あとはアタシがやっとくから奈菜と柊はその子の相手してくれ」
「わかったわ」「うん」
遥は蹲る彼の元にしゃがみ込み、肩を掴んで乱暴に引っ張り仰向けにする。
「よぉ、少年。ちょっと近い将来のことについて話そうか」
いまだ腹部を抑えて顔を歪める彼がちらっと遥を見る。
「面倒だから単刀直入に言うが、金輪際アイツに近づくな」
「なん、で、お前なんかに……」
「お前の親父、――会社の営業部の部長だよな?」
「なんで知って……っ!」
「そこの親会社をうちの親父が経営しててね~。……で、自分で言うのもなんだけど、親父はアタシに甘くて結構わがまま聞いてくれるんだよ。あ、一応証拠のあんたの親父の名刺」
遥は名刺を見せながら、ずいっと彼に顔を近づけてにこっと笑う。
「親父が突然会社首とか嫌だよな? 次の就職先がまったく見つからなくて、家族で路頭に迷いたくないよな?」
「……」
彼が無言で頷く。よく見ると小刻みに体を震わせている。
「よし。まぁそういうわけだから、もう桜花には手を出すなよ。だしたら……だからな」
遥が自分の首に手をあてて水平に振る。十分に怯えている様子に遥は満足して立ちあがり、柊達の元へ向かった。
◇◆◇◆
莉子を桜花の寮に送り届けてからバスに乗り、駅前へ戻った頃はすでに時刻は一九時を回っていた。
「くそー。あのへなちょこ野郎のせいでもうこんな時間じゃないか!」
時計を見た遥がそう言って近くの壁を蹴る。
「桜花の寮の門限は一九時だったと思うけど、奈菜大丈夫?」
「ええ。ルームメイトに連絡してあるから誤魔化してくれるでしょ」
「元生徒会長がそれでいいのか?」
「ばれなければいいのよ」
その言葉に遥がにやりと笑う。
「さすが奈菜。それじゃ今から朝までカラオケといくか!」
「さすがにそれはボクの体が持たないよ」
柊が苦笑し、奈菜が肩を竦める。
「明日は学校なんだから、バスがなくなる前には帰るわよ」
「ノリ悪いな……。わかったよ。たしかバス最終は二二時の便だっけ? それまでカラオケってことで許してやるよ」
「あたしは良いけど……柊は大丈夫なの?」
「うーん……」
柊は携帯電話を開いて暫く操作した後に閉じて顔を上げる。
「大丈夫じゃないけど、大丈夫ということで」
「ははっ。よし、んじゃいくか」
笑顔の柊に遥も笑顔で答える。
「その前に」
歩き始めた遥を呼び止めて、奈菜が近くのファミリーレストランに視線を送る。
「ご飯食べてからね」