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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部一章 メランコリーオーバードライブ
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第20話 ちょっと頑張りすぎた

 昼食後、少し休憩して体育館に戻ると、ちょうど同じクラスの別のチームが試合をしているところだったので、僕達も観衆に混ざって応援に参加した。けれど応援むなしく僅差で負けてしまった。


 結果、この時点で我が二年D組は三チーム中二チームが敗退。ソフトボールの方も準決勝で敗退したと聞いたので、残ったのは僕達のチームだけとなってしまった。


 次の試合が行われる体育館に移動しながら、葵さんと「頑張らないとね」と気合を入れていると、葵さんが「もともと期待してなかったけれどね」と腕を組んで答え、「ひでぇー」と遥がジト目を向けた。


 体育館について数分後に準決勝が始まった。対戦カードは僕達二年D組対三年E組。準決勝なのでさすがに苦戦するかと思いきや、準決勝と言う舞台でテンションが上がったらしい綾音さんと遥の活躍によって無事決勝へコマを進めることができた。


 結局僕と葵さんは活躍という活躍もせず決勝戦まで来てしまった。


 ◇◆◇◆


 そしてついに決勝戦。相手は予想通り前回優勝した一年B組の椿のいるチームだった。


「お姉ちゃん!?」


 別の体育館から移動してきたらしい椿が、コート内にいる僕の姿を見てネット際までやってきて声を上げた。


「やっ」


 軽く手を上げて返事する。


「お姉ちゃん、遥先輩のチームなんだ」


「うん」


「……手は大丈夫なの?」


「平気平気。ほらっ」


 まだ気にしてるのか、と苦笑しつつ左手を持ち上げてプラプラと振ってみせたり、両手を組んで伸ばしたりして大丈夫なことをアピールする。


「一応全部の試合出てるんだから、そんなに心配しなくて良いって」


「う、うん……」


 頷きながらも僕のことを心配そうに見つめる椿に、心の中でため息を吐く。まったく。姉の言うことをなかなか信用しない妹だなぁ……。


「とにかく、僕のことで手は抜かないようにね。前回はそっちが優勝したって聞いてるから良い勝負になりそうで楽しみなんだから」


「う、うん。わかった」


「まっ、お互い頑張ろう」


 踵を返して手を振りながら試合開始前の挨拶のためにエンドラインへ戻った。


 ◇◆◇◆


『それでは決勝戦。一年B組対二年D組の試合を始めます』


『よろしくお願いします』


 審判役の生徒の笛の音を合図に両チームが挨拶してコートに入る。綾音さんと向こうのチームのキャプテンらしき人がジャンケンして相手チームにボールが渡る。


「きぃぃ。負けた!」


 自分のチョキの形をした手を忌々しそうに睨みながら綾音さんが悔しがる。


「綾音、弱すぎ」


「綾音にジャンケンを任せた時点でこうなるとは思ってたけどね」


 遥が肩を竦め、葵さんがクスクスと笑う。毎試合サーブ権をかけたジャンケンを担当したのは綾音さんだ。綾音さんは全ての試合でチョキを出して負けて、そして今と同じリアクションをしていた気がする。


「葵何笑ってんのよ。……まぁいいわ。こっちは前回と違って楓という助っ人が加わったんだからサーブ権くらいくれてや――」


 言い終わる前に審判が笛を吹き、相手チームがサーブの体勢に入った。綾音さんはそこで話を打ち切り、すぐに構えた。バシンッと力強くボールを叩く音が響き、物凄い勢いでボールがこちらのコート目掛けて飛んできた。


「とりゃ!」


 遥がレシーブで勢いを殺し、僕がネット近くにトスを上げる。


「はっ!」


 綾音さんがジャンプしてスパイクを打つ。しかしそれは相手チームにブロックされてしまいボールはこちらのコート内に落ちてしまった。


「なっ! ……やるわね」


 綾音さんが悔しそうに手を握り締める。


「さっきのを止めるなんて……。そういえば、あいつら夏休みの合宿でかなり腕上げてたのよね……」


「綾音は横這いだったと?」


「あ、あたしもあげてるわよ! ……たぶん」


「たぶん、ねぇ……」


 遥が綾音さんを見てニヤニヤしていると笛が鳴り、再びボールが飛んでくる。弾道から落下地点を予測すると、ぎりぎり僕の守備範囲内だ。すぐに反応して体を動かすけど、少し間に合いそうにない。そう判断して床を蹴って片腕だけでレシーブする。


「遥!」


「おりゃ!」


 コート中央に上がったボールを葵さんがトスし、遥が強烈なスパイクを打つ。ボールはブロックをかすめて相手コートに叩きつけられた。


「よしっ!」


 遥がガッツポーズを取った。


「楓すごいわね。あの位置のボールを取るなんて」


「なっ。言っただろ? 楓はできる子だって」


 ふふんと嬉しそうに、まるで自分のことのように言う遥。サーブ権が移りこちらにボールが転がってくる。


「よーし。先輩の意地を見せてやるわ……」


 エンドラインに立った綾音さんが二、三度ボールを弾ませてからジャンプサーブを打つ。ボールは矢のように飛んでいき相手コートのエンドライン上に落ちた。


「どうよ!」


「うっわ、大人気ねぇ~」


「大人げって……少しは褒めなさいよ!」


「いや、つい本音が……」


 戻ってきたボールを受け取り再びジャンプサーブを打つ。今度は若干浅く入り後衛の椿にレシーブされ、トスののちにスパイクが打たれた。けれどそれを遥がブロックし、相手コートにボールを落とした。


「手ぇいった~! バシンてなったぞバシンて」


「ブロックしたんだから当り前じゃない……。でも、よくさっきのをブロックできたわね。あんた今からでもバレー部入らない?」


「断る」


 間髪いれず遥が答え、手に持っていたボールを綾音さんに投げて渡す。


「そう言うと思ったけど、勿体無いわね……っ!」


 再びジャンプサーブ。エンドラインぎりぎりに飛んでいったけど椿がそれに追いついてレシーブ。トスを上げてスパイクが打たれる。


「はい、楓ちゃん!」


 葵さんがレシーブする。ちょうど良い位置にボールが上がった。少しネットまで距離があったけど、相手チームの配置を見てチャンスだと思い、助走をつけてジャンプ、スパイクを打った。


「バックアタック!?」


 綾音さんの驚く声と同時にボールが床にたたきつけられる音が響いた。


「楓、調子いいな」


「まあね」


 遥が手を軽く掲げたのでそれにハイタッチする。


「まったく……。二人ともバレー部にほしいわね……っと!」


 綾音さんがジャンプサーブを打つ。今度は逆サイドに向かって飛んでいく。レシーブ、トスとボールが上げられスパイクが打たれる。綾音さんがそれをレシーブし遥がトスをする。


「楓!」


 ネット際に上げられたボールに向かって高くジャンプして渾身の力を込めてボールを叩き落す。ブロックをすり抜けてボールが床に叩きつけられた。


「お、お姉ちゃん凄いね……」


 ネット越しの椿は目を丸くして驚いている。


「ふふんっ。さあ椿、かかってきなさい」


「む。よーし、わたしだって」


『よしっ』と気合を入れて椿が守備位置に戻っていく。


「さっきの凄かったな。空飛んでるみたいだったぞ」


「そう? あははっ」


 空飛んでるって、鳥じゃあるまいし。


「楽しそうだな」


「ん? んー……なんか久しぶりに体動かしたから楽しくって」


「久しぶり?」


「うん。夏休みはずっと家でごろごろしてたから」


「へぇ~。だったらあまり無理はするなよ? 急に激しい運動なんてするとどこか怪我するぞ。とくに楓の場合はな」


「はいはい。りょーかい」


 額にまっすぐ伸ばした手をピシッと当てて答えた。ふと気づくと、少し遠くの方で綾音さんと葵さんが僕を見て何か話していた。表情が驚いているようにも見えるけど、何を話しているのかまでは聞き取れなかった。


「楓、テンション高いわね。なんだか凄く楽しそうだし。楓ってキリっとしてていかにも『優等生』って感じだったから、驚いたわ」


「そうだよね。こんなに笑う子だったんだね」


「そうそう。その落差がまた良いんだよ。いや、別にいつも笑ってくれるならそれはそれで嬉しいんだけどさ。たまに見せるから、この笑顔が何倍にも輝いて見えるというか……」


「……あんたもテンション高いわね」


 さっきまで僕と話していた遥がいつの間にか綾音さんと葵さんの会話に混ざっていた。


「いつもの楓もかわいいけど、今の楓はさらにいいわね。……これは来年いけるんじゃないの?」


「来年? ……あ、そうだね。楓ちゃんならなれそうだね」


「ま、金髪繋がりであの子がなりそうな気もするけど」


「それってB組の新階しんがいさんのこと?」


「そ。妹の方ね」


「新階より楓の方が良いに決まってる!」


「はいはい。あんたは本当に楓が好きなのね」


「ライク以上ラブ以上だな」


「際限なしなのね……」


 話に混ざりたかったけど、何か嫌な予感がしたのでやめておいた。


 ◇◆◇◆


 勢いに乗る僕たちは序盤こそ圧倒していたけど、去年優勝という称号に偽りなく、徐々に相手チームが盛り返してきた。終盤に差し掛かった頃には二三対二三の同点。どちらが勝ってもおかしくない展開になっていた。最初はまばらだったギャラリーも、試合が進むにつれて増えていき、今ではその他全試合が終わったこともあり、どこを向いても物凄い人だかりができていた。


「はぁ、はぁ…」


 そんな重要な局面だというのに、僕はというと息は乱れてぜぇぜぇと五月蠅く、足には疲労がたまっていて鉛のように重くなっていた。気を抜くと座りこんでしまいそうだ。


 それに加え一昨日怪我して治ったはずの左手首からは痛みを発していた。今の状態を一言で言うと『満身創痍』というやつだ。


「楓、大丈夫か?」


「はぁ、はぁ……げほっげほっ」


 心配そうに近づいて来る遥を手で制し、すぅはぁと何度か深呼吸して呼吸を整える。


「……ふぅ。平気。あと数プレーだし、頑張るよ」


「……そうか」


 呟くようにそれだけ言うと、遥は少し勢いをつけて綾音さんにボールを投げ渡す。


「綾音! 決めないと後で殴る!」


「なんか物騒だけど、おーけい!」


 綾音さんが何度かボールをバウンドさせてからキッと相手コートを睨む。


『白水さん決めちゃってー!』


『葵さん。ふぁいとーっ!』


『遥ー。どじったらこの前のパン代請求するからね!』


 ふと気づくと、周りからはそんな声が聞こえてきた。


『四条さん、頑張ってー』


 名前を呼ばれた気がして視線を巡らせていると、見知らぬ女の子数人と目が合った。


『キャー! 四条さーん!』


 キ、キャー……? 悲鳴のような歓声があがってちょっとたじろいてしまう。


「楓、どうかしたか?」


「な、なんにも……」


 戸惑いながらも首を捻っていると、ピッと審判が短く笛を鳴らし試合が再開される。遥に向けていた視線を相手コートに移し、意識を集中させる。


 バシンッと大きな音が鳴ってボールが相手コートめがけて飛んでいく。ラインギリギリに飛んでいったボールをレシーブ、トスとネット際に運ばれ、僕の一番近くにいた女の子がスパイクの体勢に入った。僕もそれに合わせてジャンプして両手を伸ばす。


「――っ!?」


 バシッとボールの音が聞こえると同時に、ピキッと腕の中から音がしたような気がした。次の瞬間、左手首に激痛が走った。痛みに一瞬顔を歪めたけど、なんとか表情に出さないよう平静を装った。多少体勢を崩しながら着地してすぐに振り返ると、ゆるやかにコート中央に落ちるボールを遥がトスで上空に上げた。


「楓!」


 助走なし、その場で垂直にジャンプしてスパイクを打つ。ブロックの合間をぬってボールは相手コートへと叩きつけられた。


「ナイス楓!」


『キャー!』


 体育館を揺らすほどの歓声があがる。僕はこっそり左手首を動かして調子を見る。少し動かすたびに鋭い痛みが走る。


 ……素直に怪我をしたと言って交代してもらうべきだろうか? けれど、そうなると僕の代わりに入るのはほとんどバレー経験のない女の子。今までの試合を見た限りでは決して上手とは言えなかった。この怪我を差し引いても、僕が出ていた方がまだ戦力になる気がする。


「……がんばろう」


 次が決まればそれで試合終了だ。自分を励ますように呟いて守備位置に戻った。


「おい、楓」


 声の方を向くと、遥が鋭い視線を送っていた。遥のことだ。もしかしたら僕が怪我をしたのを察したのかもしれない。僕は遥を無視して、すでにボールを受け取った綾音さんに視線を向ける。


「綾音さん。ラスト!」


 綾音さんが相手コートを睨みつけたまま軽く手を上げて答える。


「楓!」


「あと一点。あと一点だから」


「……ちっ」


 遥が珍しく舌打ちした。僕の態度に怒ってしまったようだ。あとで謝らないと。


「これでラストッ!」


 綾音さんがジャンプサーブを打ち、相手チームがレシーブ、トス、スパイクを打つ。


「はいっ」


「終われっ!!」


 葵さんがレシーブし遥がスパイクを打つ。それを相手チームがレシーブしてトスを上げ、椿がスパイクを打った。


「――やばっ!?」


 ボールはブロックした遥の手に当たり勢いはなくなったけど、緩い弧を描いてコート外へ飛んでいった。ボールに一番近いのは僕。


 間に合うか!?


 全力で落下地点目指して走る。足が思うように前に出ないけど、これが最後と自分に言い聞かせて懸命に前を目指した。なんとかボールに追いついた僕は片腕を伸ばしてレシーブする。適当に返したボールだったけれど、運よくコート中央へと飛んでいってくれた。


「楓、前!!」


 遥の声とほぼ同時に、目の前に迫る壁に気付く。


 ぶつかる――っ!


 この距離で止まることは不可能と感じた僕は、咄嗟に背中で衝撃を受けるよう、出来る限り体を捻った。


 ドンッと壁にぶつかる音が響き、それから数瞬遅れて後頭部を壁に打ち付けてしまう。意識を一瞬手放しそうになったけど、奥歯を噛み締めてなんとか踏みとどまる。朦朧とする頭でヨロヨロと二、三歩歩いてから立ち止まり、ぼやける視界で視線を上げた。試合はどうなったのだろう……?


「楓、大丈夫か!?」


「お姉ちゃん!」


 誰かが僕の名前を呼びながら駆け寄ってくる。


「楓!」


 ……ああ、遥だ。遥の声だ。


「遥、試合は?」


「試合なら楓のおかげで勝った。今はそれよりもお前だ。さっ、保健室いくぞ」


「へ、へいきだよ」


 ぼやけて見える遥にニコッと笑って歩いてみせ……ようとしたけど、すぐにふらつき前のめりになる。


「無理すんな」


 遥が僕を抱きとめてくれた。


「……はは。さすがにちょっと無理したみたい」


「ったく。保健室連れていくから、いいな?」


 少し怖い顔をする遥に躊躇しつつも頷いた。遥は肩と膝の裏に手を回して僕を軽々と持ち上げた。所謂お姫様だっこだ。


「は、はるか。重くない?」


「重いものか。保健室は一般棟の一階だから、そこまで大人しくしてろよ?」


「うん……」


 僕が答えると、遥は保健室目指して歩き始めた。遥の腕の中で意識が薄れゆくなか、後ろの方から大きな拍手と歓声が聞こえた気がした。

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