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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部一章 メランコリーオーバードライブ
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第19話 デザートは別腹

「あんたが本気だしてどうするのよ!」


 綾音さんが床をダンダンと力強く踏み鳴らしながら遥に詰め寄る。


「い、いや、なんかサーブの調子が良かったからつい……。はははは……」


 乾いた笑いをしながら遥がたじろぐ。さっきと立場が逆転。今度は遥のサーブだけで二五対0という圧倒的大差で試合を終わらせてしまった。綾音さんのようなジャンプサーブとかテクニカルなことをしたわけじゃないけど、遥の豪腕(女の子にこの言い方は良いのか?)から繰り出されるサーブは女の子のものとは思えない速さと重さで、しかも変な回転がかかっていて余計難易度が上昇。そんなものを一般女子生徒が取れるはずもなく、結局綾音さんと同じ結果となってしまったわけだ。……遥らしいと言えば遥らしいオチだ。


「あんたね。人にあれだけ言っておきながら……」


「ま、まぁまぁ」


「まったく……まあ、あたしも同じことしてるからもう何も言わないけど、次は手を抜きなさいよ?」


「わ、わかってるって」


 そんな二人のやりとりを見て、僕と葵さんは見合わせて肩を竦めて苦笑した。


 ◇◆◇◆


 その後はさすがに相手チームも勝ち上がってきただけあって一、二回戦目のようにはいかなくなった。とは言えこちらには運動全般万能な遥と、バレー部部長の綾音さんを要する前回準優勝チーム。圧勝とまではいかないまでも、順調に勝ち上がっていった。


 遥も綾音さんもあれだけ手を抜けやら何やら言い争っていたのに、結局二人とも毎試合全力投球。おかげで僕と葵さんは準々決勝が終了したというのに、未だほとんどボールに触れずにいた。


 そして正午。コートでは試合が続いているけど、僕達のチームはちょうどいい具合に次の試合まで時間があったのでお昼にすることにした。学食へいくと注文カウンターにはいつものお昼時のような行列が出来ていなかったので、トレイを取ってそのままカウンターに置く。


「あれ、葵は?」


 遥が周りをキョロキョロと見回しながら言う。


「『お弁当取ってくる』って言ってたじゃない」


「あー。そういえばそんなこと言ってたか。おばちゃーん。焼肉定食ご飯大盛りな」


「あんた、このあとすぐ試合なのにそんなの食べて大丈夫なの? あたしはナポリタン」


「サンドイッチお願いします」


 各々が注文するとすぐにカウンターに料理が並び、それを受け取ってレジを通る。人がまばらなおかげでテーブルは空き放題だったので、外の景色が見える窓際のテーブルについた。


「葵はまだ来てないのか?」


「えっと……あ、今来たみたい」


 学食入り口を見るとちょうど葵さんが入ってきたところだったので立ち上がって手を大きく振る。葵さんはそれにすぐ気づいて早足にやってきた。


「遅かったな」


「料理実習室に寄ってきたから」


「なんで?」と言いたげに視線を送る遥の目の前、テーブル中央に葵さんが大きなお皿を置いて、陶器製の蓋を持ち上げた。


「チーズケーキ?」


 中から出てきた大きな円形のケーキを見て遥が言う。


「あ、これ一昨日の?」


「うん。土曜日に私が部活で作った分」


 葵さんが持ってきた紙皿にカット済みのケーキをのせてみんなに配る。


「どうぞ。ご飯のあとに食べてみて」


「んじゃ、いっただきまーす」


「あんたね。先にご飯食べてから……ってはやっ!」


 僕がまだサンドイッチに手もつけていないのに、すでに焼肉定食(ご飯大盛り)を食べ終えた遥がケーキを一口大に切って放り込む。……その食べっぷりがホント羨ましい。


「ふむ……さすが葵。そこらの店のより旨いわ」


「そう? ありがと」


 褒められた葵さんが少し頬を赤くして微笑む。僕はサンドイッチをもそもそと食べながら目の前に置かれたケーキを見る。見た目は売り物と言って良いくらい綺麗にできていて、遥曰く味もよし。将来葵さんはケーキ屋さんとか向いてそうだ。あ、でも頭もいいから大学院まで進んで研究所務めっていうのもかっこいいかもしれない。


「おーい楓。なにぼーっとしてんだ?」


 遥の声にはっと我に返って顔を上げると、いつのまにか3人とも食べ終えてデザートのケーキに移っていた。……訂正、遥はそれすら食べ終えてお茶を啜っていた。


「……」


 僕は無言で遥に視線を送る。遥はそれに気づくと、手元のサンドイッチを見てから僕を見て首を横に振った。


『昼からも試合あるんだから、それくらい食べろ』


 ということらしい。当然といえば当然の言葉に軽くため息を吐く。渋々残りのサンドイッチを一口食べては水で流し込み、また一口食べては水で流し込むを繰り返してなんとか完食する。


「…ふぅ」


 一息ついて、フォークを手に取る。これでやっとケーキにありつける。そういえば最近はコンビニのプリンにはまっててプリンばかり食べていたからケーキなんて久しぶりだ。


「あ、楓ちゃん。お腹いっぱいだったら無理して食べなくていいからね」


 僕の様子を見ていた葵さんがそう言って気を使ってくれる。


「あー大丈夫。楓は甘いものは別腹だから」


『そうなの?』と言いたげに僕を見る葵さんに、論より証拠とケーキを一口食べる。


「うん。美味しい」


 チーズがしつこくなくてちょうどいい。これなら何個でもいけそうだ。


「ほらな」


「本当……」


 葵さんが僕を見て驚いている。数分前にあれだけ苦労してサンドイッチを食べていた僕が、ヒョイヒョイとケーキを食べているんだから驚きもするだろう。僕も最初は僕自身に驚いていたんだから。


「甘いものだけはよく入るんだよ。中学の時も近くのケーキ屋によく通ったんだが、唯一楓だけが全種類制覇したからなぁ……」


「制覇って、楓が?」


 綾音さんが目を丸くして僕を見た。


「あ、遥。そのお店、最近新しいケーキが増えたから今度行こうよ。タルトが美味しいんだ」


「へぇ~。こっち来てから全然行ってないから、久々に行ってみるか」


「うんうん。葵さんと綾音さんもよかったら一緒にどう?」


「うん。いろんなお店のを食べて研究したいし」


「あ、あたしは部活あるから、時間会えばその時はよろしく」


 コクコクと頷いてからふと紙皿を見る。 気づいたらケーキを全て食べてしまっていた。ちらっとテーブルの中央を見るとまだ数切れケーキが残っている。みんなはもう食べないのかな……。そう思って綾音さん、遥、葵さんと順に視線を送る。


「あたしは一つで十分だから」


「おなじく」


「楓ちゃん。どうぞ」


 葵さんが紙皿にケーキをのせてくれた。やった。でも、こんなに美味しいのにみんな食べないなんてもったいない。さっそくケーキにフォークを入れて一口サイズに切り分け、それをプスッとフォークで突き刺して口に運ぶ。


 やっぱりお菓子っていいよね。ホント毎日三食お菓子でもいいのに……。そんな子供みたいな考えが頭に浮かぶ。さすがに健康のことを考えるとそんなことできるはずないんだけど、思ってしまうのは仕方ない。


「楓ちゃんケーキ好きなの?」


「うん」


 もう一口食べたところで葵さんが尋ねた。僕はフォークを咥えたまま葵さんを見上げて頷く。


「そう。じゃあ、また作るね」


 そう言って葵さんは微笑んだ。

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