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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部一章 メランコリーオーバードライブ
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第18話 蓮君と再会

「ってお前が本気だしてどうするんだよ!」


 遥が床をダンッと力強く踏み鳴らして綾音に詰め寄る。


「い、いや~、なんかスイッチはいっちゃって。あははは……」


 乾いた笑いをしながら綾音さんがたじろぐ。隣のコートを見ると、試合はまだ一回戦の終盤に差し掛かったところ。それに対してこちらは二回戦が終了してしまっていた。


 前の試合で前回優勝チームの一年B組が早々に試合を終わらせたということに対抗心を燃やしてしまった綾音さんが、手加減なしのジャンプサーブをビシバシと決めたおかげで二五対0という圧倒的大差で試合を終了させてしまった。


 さすがの遥もこれには噛みついたようだ。練習は嫌いだけど、試合は好きな遥が一度もボールに触ってないのだから仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。


「楽勝とか言ってた相手にバレー部部長がマジのサーブとか大人げないんだよ!」


「ラ、ライオンはウサギを狩るにも全力を尽くすっていうじゃない? それに習っただけよ。ほら、手加減なんて相手にも失礼でしょ?」


「お前、言ってることが変わってるぞ……?」


 それにしても、遥が注意する側の立場なんて珍しい。遥といえば、いつも何かしらしでかして奈菜に注意されて不貞腐れるという光景を何度も見てきたから、なんか新鮮だ。


「楓の腕前見るとか言っておきながら……なんだこれ?」


「いいじゃない別に勝ったんだから……。楓には次の試合で頑張ってもらうってことで」


「……はあ。どう思うよ?」


 ため息を吐きながら肩を竦め、振りかえって僕と葵さんを見る。


「私は楽できたからよかったかな」


 苦笑しながら葵さんが答える。実際試合中はただ立ってるだけだったし、楽できたかといえばそうなる。


「綾音はバレーのことになると周り見えなくなるから」


「そう、そうなのよ! と、とにかく、次はそこの第一コートの二回戦に行われる三年F組対一年E組の勝った方と試合だから……つ、次はみんなよろしくね」


「……どっちもさっきの二年B組と同レベルか。おい、次は手、抜けよ?」


「わ、わかってるわよ……」


 しゅんとなる綾音さんはなんだか小さく見えた。


 ◇◆◇◆


 次の試合まで時間があるということで、今のうちにと体育館を出て特別棟一階のトイレへ向かった。もちろん体育館にもトイレはあるけど、何処かの有名なラーメン屋のごとく長蛇……は言い過ぎた。少しの列ができていて困っていると『特別棟のトイレを使えば良い』という遥のナイスアイディアを受けてそれを実行することにした。


 無事済ませて体育館へと戻っていると、グラウンドの方から歓声のようなものが聞こえた。そういえばグラウンドでは男子がソフトボールをしているんだよな。……時間もあるし、少し見てみようか。そう決めて目的の体育館の前を通ってグラウンドへ向かった。


 ……お、やってるやってる。グラウンドでは手前と奥の二か所でソフトボールの試合が行われていた。どちらのチームを見回しても見たことのない人ばかりなので、手前も奥も僕達のクラスである二年D組の試合ではないようだ。


 それならどっちの試合を見ようかと考えつつグラウンドを見渡していると、手前の外野脇に植えてある木の下に木陰になったベンチを見つけた。誰も使っておらず、今日は日差しも強いので、そこに座ってゲームを観戦することにする。ベンチに座り、バックネットに張り付けてあるスコアボードを目を細めて見ると、なんとか0対一という数値が見えた。良い勝負をしているみたいだ。


 試合に目を向けると、ちょうどピッチャーが腕を一回転させてボールを投げたところだった。ボールは一直線に飛んでいき、バッターはブンッと力強くバットを振るも空振り、それを見て審判が『ストライク。アウト』と身振りを加えて宣言。するとベンチに座っていた人がグラウンドに出ていき、逆にグラウンドにいた人たちはベンチへと戻って行った。どうやら攻守交替のようだ。


 テレビでスポーツを見てもあまり面白いと思わないけど、生で見ると結構面白いのかもしれない。


「あの……」


 そんなことを思っていた時、ふと背後から声が聞こえた。僕は少し驚いて体をビクッと震わせた。


 ……あれ、この声はどこかで聞いたことがあるような。そう思いながら、少し緊張しつつ振り向くと、そこには僕を見下ろすようにして男の子が立っていた。


「やっぱりあの時の……。覚えてる? ほら、先月に君が道に迷ってて」


 先月……あぁ、そうか。道に迷った時に声を掛けてくれて教えてくれた人だ。同じ学校だからまた会うとは思っていたけど、まさかこんなに早く再会するなんて。


 僕は彼を見て、上へ下へと視線を移動させた。彼は僕と同じ二年生のようだ。この学校は学年によってジャージの色が違い、二年生は青色のジャージを着る事になっている。彼のジャージの色は僕と同じ青だから同学年ということになる。


「うん。覚えてる。あの時はありがとう」


 立ちあがり軽く頭を下げる。


「いいよ、そんなことしなくて。それよりも、俺と同じだったなんて」


「ぐっ……。た、たしかに自分が小さいのは分かってるけど……」


「へ? ……あっ、そ、そういう意味じゃなくて、俺がいいたかったのは同じ高校だってことを言いたかっただけで……」


 彼は目を丸くしてポカンとしたかと思うと、顔を赤くして慌てて訂正した。


「なんだ、そっちか……。ごめん早とちりしちゃって」


「いや、俺の方こそごめん。言葉足らずで」


 彼はそう言って苦笑した。……まただ。この前の笑顔同様、この表情も昔どこかで見たことがある気がする。


「もしかして君が転校生?」


「うん。三日前にこの学校に転校してきたばかり」


「やっぱり。……なるほど、和也達が騒ぐわけだ」


「……?」


 最後の方が聞き取れなかった。聞き直そうとして、僕はまだ彼の名前を知らないことに気付く。おそらく彼も僕の名前を知らないだろう。


「あの、僕は四条――」


「楓、こんなところにいたのか」


 名乗る時は自分からということで自己紹介を始めたそのとき、遮るようにして後ろから僕を呼ぶ声が聞こえた。振り返ると、そこには遥が僕を見下ろして立っていた。


「何してんだ?」


「この前道に迷ったときに、この人が親切に声をかけてくれて、道を教えてくれたんだよ」


「楓……また道に迷ったのか?」


「またって、そんなにしょっちゅう迷子には――」


「楓って……もしかして君は依岡楓さん?」


「……へ?」


 まさか僕のことを知っているとは思っていなかったので、驚いて視線を向けた。


「う、うん。今は四条だけど」


「四条……ああ、そうだったね。ごめん。あー、この前おじさんから聞いてたのに忘れてたな……」


 伯父さんからきいた……? それが本当なら、この男の子は伯父さんと親しい間柄ということになる。僕のことを知っていたようだし、もしかすると僕と会ったことがある人? たしかにこの男の子とはどこかで会ったことがあるような気はするんだけど……親戚にこんな子いたかなあ?


「俺のこと覚えてない? ほら、昔一緒に遊んだよね?」


「昔一緒に遊んだ……?」


「うん。楓さんが桜花に入るまでの二年間くらいだけど」


 桜花に入る前? ……そういえば、昔まだ通院しながらリハビリ中だった僕のところによく遊びに来ていた親戚の男の子がいた。でも、あの子はその時の僕と同じくらい小さい子だったはずだけど。


 うーん……他にその時期に遊んだことがある子が思い浮かばない。元々あの時期は元来の人見知りのせいでまともに話したことがある人自体数えるくらいだ。


 いくら考えても思いあたるのはその子だけだったので、まさかと思いつつ、とりあえず聞いてみることにした。


「えっと。如月蓮きさらぎれん君?」


「正解」


 蓮君はそう言うと、僕を見て微笑んだ。その笑顔を見て、やっと記憶の中の男の子と蓮君が一致した。


 ◇◆◇◆


「ほー。つまり、蓮は楓の父方の親戚の子で、楓が依岡家へ引き取られていた時に、親戚同士の集まりで蓮と出会って、それから桜花に来るまでよく遊んでいた、と」


 僕達の話を聞いた遥は、それを簡潔にまとめて言った。


「うん」


「よくおじさんの家とは家族ぐるみの付き合いをしていたから、何度か会ううちに楓さんとも仲良くなったんだよ」


「へー……でも楓って人見知り激しいだろ? 仲良くなるまで大変じゃなかったか?」


 さっきから蓮君に向ける遥の視線は少し厳しく見える。いつもなら遥にひと言いってやるんだけど、そんな雰囲気ではなさそうだ。


「うん。最初は話しかけようとするたびに逃げられてたけど、あの頃の楓さんは車いすだったから逃げられる場所が少なくて、逃げるのも遅かったからすぐ捕まえることができたんだ。で、俺がしつこく遊ぼう遊ぼうってつきまとった結果、最後には楓さんが折れてくれたんだよ」


「あれはホントしつこかったよね」


「子供だったんだから許してよ」


 蓮君は照れたように頭を掻いた。


「……ちゃんと一人で歩けるようになったんだね」


 蓮君が視線を下げて言った。


「今じゃスポーツもできるよ。体力ないからすぐバテちゃうけど」


「スポーツもできるようになったなんて、すごいよ。頑張ってリハビリした成果が出たんだね」


「ま、まあね」


 今度は僕が照れてしまって蓮君から顔をそらした。


「こう見えても楓は運動神経いいから、体育の成績は結構いいんだぞ?」


「へ~……って、楓さんってこの前転校したばかりだよね?」


「あー。アタシは中学校の頃桜花に通ってて、楓とは友達だったから」


「なるほど……凄いね。楓さん」


「そ、そうかな」


 蓮君に答えながらちらっと横目で見ると、いつの間にか遥は表情を緩めていた。


「……でも、まさか蓮君だったなんて。あの頃と全然変わってたから気づかなかったよ」


 あの頃は背も僕とあまり変わらないくらいだったのに、今では長身の遥よりも高くなっている。きっとあの後に二次性徴がきて一気に伸びたんだと思うけど……まったく羨ましい。


「僕も気づかなかった。まさかこんなに楓さんが綺麗になっているなんて」


「……へ?」


「あ……」


 今、蓮君なんて言った?


「いや、あの……」


 僕の目の前でみるみるうちに蓮君の顔が真っ赤になっていく。ふと気づくと、僕も顔が凄く熱くなっていた。きっと真っ赤だろう。


「なに二人して赤くなってんだか……」


 遥が大きくためいきをついた。


「そろそろ次の試合始まるな」


 遥の声でハッとして慌てて腕時計を見ると、いつの間にか結構な時間が経過していた。


「ごめん蓮君。僕達行くね。また今度ゆっくり話そう」


「うん。分かった」


「それじゃあ、またね」


 僕は蓮君に軽く手を振って別れ、遥と一緒に体育館へと向かった。

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