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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部一章 メランコリーオーバードライブ
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第17話 更衣室は危険

 日曜日を挟んで転校4日目の月曜日。今日はクラスマッチの日だ。


 今日も僕は椿と一緒に家を出て学校へと向かう。空は今日も快晴で体の調子もいい。けれど、隣の椿は心配そうな表情で僕に視線を向けていた。


「お姉ちゃん。手は大丈夫?」


「平気平気。もう痛くないって。椿もしつこいなぁ」


 何度目になるか分からない椿の言葉に苦笑しつつ答える。そんな椿の左手には、いつもなら僕が持つ鞄と体操服が入ったバッグ、そして右手には椿自身の鞄とバッグがある。それに引き換え僕は手ぶらだった。さすがに『姉が妹に荷物を持たせている』というこの現状は僕的にひじょーに居心地が悪いので、鞄を返してもらおうと声をかけるのに……


「……ねぇ、そろそろ鞄とバッグを――」


「だめ」


「昨日一日中ハンドバッグを持ってても痛くなかったから大丈夫だって」


「信用できない」


 さっきからこんな感じで取り付く島がない。くう……一体どうしたものか。


「お姉ちゃんはすぐ強がるんだから」


「そうだっけ?」


「うん」


 椿が力強く頷く。


「例えば……ほら、わたしが小学校四年生の時、公園の鉄棒で遊んでたらお姉ちゃん逆上がりしようとして失敗して頭から落ちたことあるでしょ?」


「あぁ、夏休みの。たしか家の前にあった公園だよね?」


「うんうん。で、わたしが心配して『大丈夫?』って何度聞いてもお姉ちゃんは『大丈夫』としか言わなかったのに、帰ってお母さんに見てもらったら大きなたんこぶができてたじゃない」


「あー……。あれは痛かったなぁ」


「やっぱり。素直にそう言えば良かったのに」


 椿が不満そうに半眼でじーっと見つめてくる。


「や、そこはほら、姉というか兄としてのプライドが……」


「プライドなんて投げ捨てればいいのに」


「投げ捨てるのはどうかと……」


 ふと気付くと、いつの間にか学校近くまできていた。


「さて、そろそろ学校に近づいてきたし、ねっ!」


「あっ!」


 隙をついて椿から鞄とバッグ、そして日傘を奪い取る。完全に油断していたようで簡単に取り返すことができた。


「もう、お姉ちゃん!」


「平気だって。ほらっ」


 目くじらを立てる椿に左手をプラプラと振って見せる。そのとき視界に葵さんと綾音さんの姿が映った。


「椿ごめん。ちょっと先行くね」


 そう言うと僕は軽く手を上げて走り出す。


「あー!またお姉ちゃん平気って言ったー!」


 走り去る僕の背後で椿の声がしたけど、聞こえなかったことにした。


 ◇◆◇◆


「チーム分けなら夏休み前に済ませてるわよ。楓は転校生だからあたしが無理矢理あたしのチームに入れたわ。もちろん葵と遥も同じチームよ」


 席に着いた綾音さんは僕の質問にそう答えた。


「この学校のクラスマッチってリーグ戦?」


「トーナメントよ。一クラスにつきバレー三チーム、ソフトボール一チーム作ってそれぞれの種目別にトーナメント。一位が十点、二位が八点と点をつけて、総合点でクラス別の順位を決めるってわけ。ちなみに前回はバレーが二位、ソフトが二回戦敗退で総合準優勝だったのよ。バレーは決勝戦でデュースまでいったのに……」


 綾音さんが当時のことを思い出してか、拳を握りしめて震わせている。


「優勝したクラスがバレー部の後輩がたくさんいる一年B組だったから悔しかったみたい」


 葵さんがそっと耳打ちする。なるほど……それでこんなに熱が入っているのか。


「あのクラスにバレー部員集中してて、他のクラスだと一チームにせいぜい部員が一人なのに、あのクラスだけ三人もいるのよ。しかもレギュラーとれそうな子ばかり。例えるなら部活でピッチャーで四番やってるソフトボール部員がクラスマッチでもピッチャーで四番やるようなものよ」


「へ、へぇ~……」


 ソフトボールはあまり詳しくないので適当に相槌を打っておく。


「クラスマッチなんだから、偏るのは仕方ないと思うよ?」


「まぁそうなんだけどね」


 葵さんがなだめて、綾音さんが頬づえをつく。その時がらっと勢いよく扉が開いて遥が教室に入ってきた。


「はぁ、はぁ……せ、セーフ?」


「うん。二年は50分から」


 クラスマッチだから体操服に着替えないといけないのだけど、さすがに全学年が一斉に更衣室に詰め掛けてはパンクするので、それぞれの学年ごとに時間を区切って着替えるようになっている。二年の着替えは8時50分からで、開会式は9時15分。今は8時45分なので平常授業の日なら遥は完全に遅刻だった。


「ふぅ……」


 葵さんの言葉を聞いて安心したのか、遥が机に突っ伏す。


「あんたまた寝坊したの?」


「目覚ましが壊れてたんだよ。今日帰りに買って帰らないと……」


「それで何個目よ……」


「さぁ。数えてない」


 「呆れた」と綾音さんがため息を吐く。


「遥、相変わらず目覚まし壊してるんだ」


「相変わらずって、遥って中学の頃からこんなんだったの?」


「目覚ましはよく壊してたけど、遅刻はなかったよ。朝ご飯もちゃんと食べてたし。むしろ僕が起こされるぐらいだったから」


「あの頃は寮だったからなぁ……。今よりも遅くまで寝ていられたのが大きかったな。それに楓の寝起きを見たかったし」


「ん、最後の方聞こえなかったんだけど?」


「あー。こっちの話」


「……?」


 何故か僕から目をそらす遥。


「さっ、そろそろ行くわよ」


 綾音さんが鞄とバッグを持って立ちあがる。


「ち、ちょっと待った。まだしんどい……」


「今行っても混んでると思うから、もう少ししてから行かない?」


「それさんせい」


 葵さんの提案に遥が手を上げて僕が頷くと、綾音さんはまたため息をついて席に戻った。


 ◇◆◇◆


「んー……。あっ、ちょうどいいところが空いてるわ」


 人がごった返す更衣室を暫くキョロキョロと見まわしていた綾音さんが空いているロッカーを見つけたらしく、綾音さんに続いて葵さんがその場所へ向かった。女子更衣室といえば、女子トイレ同様男にとっては縁のない場所。女になった当初は、更衣室やトイレを使うことにひどく緊張したけど、今ではそれもほとんどなくなった。


 けれど……


「大丈夫か?」


「う、うん。大丈夫大丈夫。全然平気」


 内心動揺しながらも愛想笑いを浮かべる。桜花に三年と半年通って、女の子の裸というものをそれこそ数えられないくらい見てきたけど、結局完全に慣れるということはなかった。昔のように立ちくらみを起こさなくなっただけでも進歩したと考えるべきか。


「……あー。そこ掴まれると歩けないんだけど」


「え? あっ」


 言われて、遥のスカートの裾を掴んでいたことにやっと気付く。


「ご、ごめんごめん」


「ほんっと、まだ慣れてないんだな」


 遥はそう言って苦笑してから、僕の手を引いて更衣室に入って行った。


「ちょうど四つ空いてたから。そこの扉空けてるところ使って」


 『キープしました』のサインなのだろう。綾音さん、葵さんが使っているロッカーの横に扉が空いているロッカーが2つあった。遥が葵さんの隣のロッカーに荷物を入れたので、僕は一番端のロッカーに鞄とバッグを入れる。バッグから学校指定のTシャツとジャージ上下を取り出して近くのベンチに置き、遥たちに背を向け、壁を目の前にして立った。


 はぁ……。視界に誰も入らないので幾分マシだけど、更衣室にいるという事実と耳に入ってくる女の子の声で顔が熱くなるのを自覚する。

 早く着替えてしまおう。そう決めて制服の上着とブラウスを脱ぎ、すぐにTシャツを着る。スカートはジャージのズボンを穿いてから脱いで、制服一式をロッカーのハンガーにかけて仕舞う。


 ロッカーのカギを閉めてから一呼吸置いて振り向くと、着替え終えたみんながこっちを見ていた。一瞬声を上げそうになったけど、何とか踏みとどまる。


「……な、なにか用?」


「楓ちゃんって肌白くて綺麗だな~って」


「案外胸もあるのね」


「胸……?」


 Tシャツの襟を軽く引っ張って中を覗き込む。……よく分からない。


「着痩せするタイプなのね。もったいない」


 もったいないと言われても個人的にはないほうが嬉しいんだけど。


「着痩せといえば葵も実は――」


「あ、綾音。そ、そろそろ1年生が来るから体育館いかない?」


 葵さんが慌てて綾音さんの声を遮る。


「まーたそうやってはぐらかす」


「い、いいじゃない私のことなんて」


「えー」


 そうこうしているうちに入り口から一年生が少しずつ入ってくる。


「そろそろ出ないと大変だな」


「仕方ないわね……」


 渋々といった感じに綾音さんが体育館の方へと向かう。


「楓ちゃん、ロッカーにはカギがついてるから、ちゃんと閉めて、カギは持っておいてね」


「うん」


 背後の入り口から一年生が入ってくるのと入れ替わりに僕達は外へ出た。


 ◇◆◇◆


 更衣室を出てから十分後に簡素な開会式が行われて、すぐに第一試合が始まった。


「あたし達のチームは第二北体育館の第三コートの第二試合ね」


 配られたトーナメント表を見て綾音さんが言った。僕達のチームは、綾音さん、葵さん、遥、僕とクラスの女の子四人の計八人。基本はこの八人でローテーションし、ここ一番の試合の時は比較的運動の得意な六人で回すということらしい。


「第二北体育館ってどっちだっけ?」


「グラウンド北の東側の体育館ね」


 この学校には体育館が四つあり、グラウンド北側に二つ、東側に二つあるらしい。そんなに必要なんだろうかと思ったけど、体育会系の部活が多く、活動も盛んであることを考えるとこれくらい必要なのかもしれない。


 試合が行われる体育館へ移動しながら綾音さんが作戦を練る。


「楓以外のメンバーは一学期のままだから……まずは楓がどれだけできるか見たいわね」


「バレーに関して言えばアタシよりできるんじゃないか?」


「遥より? へぇ~……」


 綾音さんが僕を見下ろす。……身長差あるから仕方ないけど。


「ん? ……あー。楓は身長低いけどその分ジャンプ力あるから。それにクラスマッチじゃネットの高さは低めにしてるから大丈夫だろ」


「そうなの? ……あまりスポーツは得意そうには見えないのに」


「そのギャップのおかげで前の学校じゃ――」


「遥っ」


「はいはい。分かったよ」


 睨みつける僕を見て遥が口を尖らせて頭の後ろで手を組む。


「『前の学校じゃ』?」


「あー……。いや、前の学校でも同じこというヤツいたなぁ、と」


「ふ~ん……」


 訝しげに遥を見るがそれ以上綾音さんは追及しなかった。


「話を戻すけど、とりああえず一回戦の相手は二年B組でバレー部のいないチームだから楽勝とは思う。まっ、楓の腕前拝見といきますか」


「そ、そんなに期待されても」


「謙遜、謙遜」


「頑張ってね。楓ちゃん」


「学校のやつらの度肝を抜かしてやれ」


 遥のせいで僕に対するみんなの期待値が上がったようで、僕はこっそりため息を吐いた。


 ◇◆◇◆


 目的の体育館に着いた頃には一試合目が終わろうとしていた。


「早いわね」


「あー。良く見たら例の一年B組のチームじゃないか」


 遥の視線の先を見ると、生徒が一列に並んで頭を下げていた。試合後の挨拶だろうか。


「ホントね。そりゃ早いわ」


 つまりはあのチームが以前負けたチームということか。


 ……あれ?


 並んだ生徒の中に見知った女の子を見つける。


「あれって楓の妹の……椿、じゃないか?」


「うん」


 遥も気付いたようだ。そういえば椿は一年B組だったっけ。椿は僕達に気づかずに体育館を出て行った。きっと次の試合は別の体育館なのだろう。


「よし、あたし達も即効で終わらせるわよ!」


「あー。綾音がやる気だしちゃったよ。めんどい……」


「遥!」


「はいはい、頑張るって」


「葵も楓も気合入れていくわよ!」


「おー」「お、おー…」


 葵さんが微笑みながら、僕は戸惑いながら小さく拳を上げた。

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