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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部一章 メランコリーオーバードライブ
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第16話 首を傾げるだけ

 実力テスト翌日の日曜日。僕は遥との約束通り、桜花女学院近くの駅にやってきていた。


 手首の腫れはどうなったかというと、昨日家に帰るとさっそく椿に見つかって、これでもかというほどの氷の入った袋を患部にあてられ、テーピングをグルグルに巻かれ、安静にして休むようにときつく注意された。おかげで今朝起きた時には腫れは綺麗さっぱりひいていたので椿には感謝しているけど、昨日の椿はちょっと怖かった。


『絶対に手、動かしたらダメだからねっ。いい!?』


『でもこれくらい――』


『わかった!?』


『は、はい……』


 姉だというのに、すごい剣幕で迫る椿に反論するどころか素直に頷いてしまった。まったく……どっちが姉なんだか。ちなみに椿には怪我の理由を『ぼーっとしてたら転んで、その時に手を捻った』と嘘をついた。さすがにナンパしてきた男の子を返り討ちにしたなんて言って、これ以上心配をかけさせるわけにはいかなかった。


 それにしても、転んで手を捻ったってなんてまぬけな……。どうせ嘘を吐くならもっとマシな嘘をつけばよかった。


「はあ……」


 今日三度目になるため息を吐きながら、僕は改札口を通って駅を出た。


 ◇◆◇◆


 待ち合わせ場所に到着したけど、まだ誰も来ていなかった。


「一本早かったかな」


 時計を見ると待ち合わせ時間の30分前。僕はバッグから読みかけの本を取り出すと、しおりを挟んでいたページを開き、続きを読み始めた。

 それから30分後。


「おはよう」「おはよ」


 聞き覚えのある声に顔をあげると、目の前に奈菜と紗枝が立っていた。


「おはよう。奈菜、紗枝」


 本をしまいながら二人に挨拶を返す。


「遥のやつは……まだ来てないみたいやな」


「うん」


 小さい頃に両親と日本を飛び回ったせいで身についたと言う変な方言で紗枝が話す。主なのは関西弁のようだけど、端々が微妙にテレビで聞くようなものと違う。きっとそれが関西以外で得た方言なんだろうと思う。


「遥が時間通りに来ると思う?」


「ああ。それもそうか」


 ひどい言われようだけど、その通りなのだから仕方ない。


「なー楓」


「ん?」


「学園は楽しいか? わたしは幼等部からずっと桜花やから他の学校がどんなんか分からんのよね」


「んー……まだ転校して二日なんだけど……」


 紗枝に問われて、改めて考える。


「……楽しいと思うよ」


 このたった二日で葵さんと綾音さんという二人の友達ができたし、なにより遥とまた同じ学校、同じクラスになれたことが嬉しかった。テストやクラスマッチ、来月には学園祭もあるといっていたからイベントも豊富そうで楽しみだ。


「ほー。そんならよかった。もし楽しくないとか言っとったら引きずってでも桜花に連れ帰ろうか思っとったけど、杞憂やったようやな」


「遥がいるのだから、つまらないということはないでしょ」


「ああ、遥もおるんやったな」


 紗枝がニシシと笑う。


「はー、そうか。楽しいかあ……。あー。わたしも学園行けばよかったわぁ」


「あなたには桜花が合ってると思うけど?」


「そうかー?」


「ええ。なんだかんだ言っても、あなたはれっきとしたお嬢様なのだから。桜花以外の学校では不都合な場面が多いと思うわ」


「不都合?」


「ええ。桜花では普通のことでも、他の学校では普通ではないことが多いわ」


「それは僕も転校して思った。桜花は特別だったんだなあって」


 例えば、学内でも貴重品はちゃんと管理していないと盗まれるかもしれないことや、通学で日傘を差してる人がほとんどいないこと。そして生徒間での上下関係は家系ではなく学年だということ。そのことを話すと、「へぇー」と紗枝は少し驚いていた。


「なるほどねー……。そんなら遥はよく学園なんて行けたな」


「あの子もあなたと同じお嬢様だけど……感覚がどちらかといえばあたし達に近かったから」


「そう聞くと、遥が羨ましいと思うわ」


「そうね。全部とは言わないけど、遥には見習うべきところが多いと思う」


「うんうん……まっ、遥には言わんようにな」


 そう言って人差し指を口元に当てて笑う紗枝に、僕も笑みを浮かべて頷いた。


 ◇◆◇◆


「海へいこう」


 予想通り十五分遅れてやってきた遥は、開口一番、そう宣言した。


「紗枝。今回は何やらかしたの……?」


 奈菜が読んでいた本から顔を上げて紗枝を睨む。


「や、やらかしたって人聞きの悪い。今回は悪いのは遥やで?」


「おま、なに人になすりつけてるんだよ。始まりは紗枝からじゃないか!」


「わたしから!? あれが!?」


「紗枝があんな話するから、アタシがそれにのったんじゃないか!」


「わたしは『砂浜のランニングがしんどかった』としか言ってへんけど!?」


「それが悪いんだよ!」


 僕は少し離れたところのベンチに座り、紗枝と遥のやりとりを見届けていた。紗枝が来るといつも同じ展開だ。紗枝がいると毎回決まって遥が『山へ行こう』とか『ゲーセンへ行こう』とか、何か面倒事を持ってやってくる。それを詳しく聞くと、ほぼ間違いなく紗枝と遥が電話した際にどちらかが言った一言が原因で言い争いを初め、その結果、後日集まったときに雌雄を決する、というのが通例になっている。奈菜が言うように、今回もおそらくは――


「で、今回はどうしたの?」


 パタンと本を閉じて、奈菜が遥と紗枝の間に割ってはいる。


「この前、部活で砂浜をランニングしたんやけど、それが結構しんどかったって話を遥にしたら、コイツ『グラウンドと変わらない』とか言いよったんや。それであーだこーだ言い合いになって、結局、今日海に行ってどっちが早いか競争することになったんよ」


「ああ、そういうこと……」


 奈菜がまったく興味がないことをアピールするかのように、ゆっくりとした動作でバッグに本を片付けて、代わりに携帯を取り出して操作し始める。


「つまり、あなたたちが砂浜で競争すれば、今回の話は終わりということね」


「ま、まあそうだけど……」


 奈菜がパタンと携帯を閉じてバッグに戻し、それを見て遥と紗枝がたじろいだ。


「本当にこの二人は成長しないわね。この歳で徒競走……」


「どうする? 今から海岸行く?」


 僕が尋ねると、奈菜は首を横に振った。


「いえ、街に行きましょう。海はお昼食べてからということで。それでいい? 遥、紗枝?」


「あ、ああ」「い、異議なしや」


「そ。じゃ、行くわよ。楓はどこか行きたいところある?」


 遥や紗枝に向ける険しいものとは違う、いつもの表情で奈菜がたずねる。


「アタシは服を見――」


「あなたには聞いてない」


「うっ……」


 取り付く島のない奈菜の言いように、遥は言葉を失う。


「うーん。僕はとくにこれといって行きたい所はないかな」


「そう。それじゃ仕方ないけど、遥の意見を取り入れて、ショッピングでもしましょうか」


「よしっ!」


「遥、まだ買い足りないんだ……」


 ガッツポーズをとる遥を見ながら呟く。たしか遥は以前、五月頃に集まった時に『今年の夏の分』と称して夏服を大量に買い込んでいたはず。それはもう宅配を必要とするほどに。さすがお嬢様と感心していたけど、まだ足りないというのだろうか。


 って、今は暦上秋の九月。まだまだ暑いからみんな夏服を着ているけど、この時期買う服といったら秋服じゃないか。そうか、遥は秋服を買いに――


「ん? ああ、今日のはアタシのじゃないよ。この前買っただろ?」


「へ?」


 あれ? 遥の分じゃないってことはどういう……。まさか――


「楓の分だよ」


 ◇◆◇◆


「もういいか?」


「ち、ちょっとまって」


 遥に返事して、急いで着替えを進める。


 これで何回目だ……?


 遥に付き合わされてやってきたお店で、何故か遥じゃなくて僕が試着室に入っている。こういうことは過去に何度もあった。『服を買いたい』という遥についてきたのに、気がづいたら僕の服を買っていた。今日もそれだ。僕自身は服をあまり買わないのに、クローゼットには大量の服がぎっしりと詰まっている。そのほとんどが今日のように遥が僕に買ってくれたものだ。


「あけるぞ?」


「あ、うん。いいよ」


 シャッとカーテンが開く。


「うんうん。これも似合ってる」


 遥がさきほどと同じ感想を口にする。


「そ、そうかな?」


 僕はスカートの端を下に引っ張りながら鏡を見る。


「これ、短すぎない……?」


 鏡に映る自分の姿を見ると、スカートが短かすぎるせいで膝が見えてしまっている。これって間違いなく、走ったりしたら見えるって。


「今はそれくらいが普通なんだよ。なあ?」


 遥が奈菜と紗枝に同意を求める。


「そうね。ミニは今年の流行だし」


「ええと思うで。楓は足細いから似合ってるわ」


「うう……」


 三人の視線を受けて、恥ずかしくなった僕は、カーテンで体を包んで隠す。


「ほら、楓。それ早く脱いで。その服もレジに持ってくから」


「これも買うんだ……」


「もちろん」


 僕は小さくため息を吐きながら、巻きつけてあったカーテンから離れる。


「じゃ、着替えるから閉めるね」


「あー。ちょっと待った」


 カーテンを掴んだまま遥を見ると、手には別の服が握られていた。


「次これな」


「まだあるんだ……」


 呆れながらも、僕はそれを受け取ってカーテンを閉めた。


 ◇◆◇◆


「ありがとうございましたー」


 買った服を全て配達してもらうよう頼み、僕達は店を出た。


「どう考えても買いすぎだと思うんだけど……」


 今回だけで十着も買ってしまった。秋服はいいとしても、夏服は着れてもあと1ヶ月ちょっとだというのに、遥はそんなこと気にせずレジへと持っていった。まあ、もったいないし来年も着ればいいか……。


 それにしても、遥は服を買うときはいつも黒いクレジットカードを使っている。あれはたしか両親からもらったと言っていたけど……僕の服にそのカードを使用していいのだろうか。


「ねえ、遥。カード使ってたけど、いいの?」


「カード? あー、大丈夫大丈夫。親父も母さんも知ってるから」


「知ってるって?」


「了承済みってこと。むしろもっと買ってやれって言われたぐらいだ」


 遥のご両親とは何度か会ったことはあるけど……何を考えてるんだ。娘のいち友人の僕にこんなにお金を使うなんて。


「親父も母さんも楓のこと気に入っててな。今度いつ来るのかってうるさいよ」


「そ、そうなんだ」


 気に入ってって……僕何かしたっけ? 思い当たることと言えば、遥の家に遊びに行った時に少しおじさんとおばさんと話したことくらい。何故か気に入られた僕は晩ご飯を御馳走になって、しかもその日は泊っていったんだっけ。


「感謝しているのよ。可愛い一人娘の友達になってくれたあなたにね」


「……へ? 友達?」


 奈菜の言葉に、僕は戸惑いながら聞き返した。遥に友達なんて僕以外にもたくさんいたような気がするけど。


「おい、奈菜」


「あら、ごめんなさい。てっきり話しているものかと」


 詰め寄る遥に、奈菜は口では謝るけど悪びれた様子もなく、むしろ少し笑みを浮かべているようだった。


「でも、いい加減少しくらいは話しておいたらどう?」


 遥が乱暴に頭を掻いた。


「あー……そうだな」


 目を逸らしながらも、遥が僕に向き直った。言いにくそうな遥を見て、「いいよ」と声をかけようとしたその時、遥が口を開いた。


「まあなんだ。楓が来るまではアタシはちょっと家庭の事で荒れててな。奈菜と紗枝以外に友達はいなかったんだよ」


「そう、なんだ……」


 中学の頃の遥はいつも楽しそうに笑っていて、友達に囲まれているところしかみたことない。友達のいない遥なんて想像できなかった。


「そこに楓がルームメイトとしてやってきてさ。その……と、とにかく。楓のおかげでまた友達を作ろうって思えたんだよ」


「う、うん……」


 僕の何が遥をそうさせたんだろう。僕には分からなかった。けど、それで遥が元気になったというのなら、それはそれで僕は嬉しかった。


「とにかくそういうわけだから、楓は何も気にすることなんてないんだよ。さ、この話はこれで終わり! さあ、次はお待ちかねの海だ」


「別にあたしも楓も待ってないわよ……仕方ないから付き合ってあげるけど」


 先に歩いていってしまう奈菜と遥。


「楓」


 名前を呼ばれて振り向くと、紗枝が僕の肩をポンと叩いた。


「誰かがそばにいるだけで救われることもある。遥の場合はそれが楓やった。ということや」


「そばにいるだけで?」


 僕がそばにいたから、遥はまた友達を作ろうと思えたということ? ますます意味が分からない。


「まっ、そういうことや。遥があんな調子やからちゃんとしたことを言うのはまだ先になりそうやけど……気を長くして待ってやってや。そんなわけで、服は素直に受け取っておけばええよ。なっ?」


「う、うん。分かった」


 釈然としないけど、紗枝がそういうのであれば、素直に受け取っておくことにする。


「そ。それでええと思うよ」


 そう言って紗枝は歯を見せて笑った。

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