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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部一章 メランコリーオーバードライブ
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第14話 部活は楽しそう

「お、きたきた。遅かったな」


「ごめん、ちょっと時間かかっちゃって」


 何故か携帯電話を手に持った遥が、教室に入って来た僕を見つけてすぐに声をかけてきた。僕が席につくと、綾音さんが椅子に座ったまま体ごとこちらを向いた。


「やっと戻って来たのね。これでやっと遥が大人しくなるわ」


「大人しくってどういうこと?」


「さっきまで遥が電話する電話するって五月蠅かったのよ。そんな小学生や遥じゃないんだからちゃんと時間までに帰って来るって言ってるのに」


「楓はこう見えて方向音痴……っておい、何気にさらっと小学生とアタシを同列に扱わなかったか?」


「さあ」


 綾音さんは肩を竦めてみせてから、クルッと体を回転させた。遥はその背中を見て「コイツ……」と呟きながら奥歯をかみしめた。


「さすがに学校で迷子にならないよ」


 遥の様子に苦笑しながらそう言うと、綾音さんの背中を睨んでいた目がこちらを向いた。


「桜花で迷子になってたじゃないか」


「うっ……」


 そういえばそんなことが一度あったような気が……。


「なんで迷子になるんだ?」


「そんなこと僕に聞かれても」


 分かってたら方向音痴になんてなっていない。


「方向音痴の人は、今の方角が分からないって聞くけど、楓ちゃんはどうなの? 例えば……今はどっちが北か分かる?」


 僕の前に席に座る葵さんの質問に答えようと、僕は窓の外を見る。……って、まだ1時過ぎだから太陽がほぼ真上でどっちが南か分からない。


「今はちょっと分からないかな……」


「今は?」


 葵さんが僕の視線を追って窓の外の空を見上げる。


「もしかして太陽の位置?」


「うん」


「楓っていちいち太陽見て確認してるのか?」


「うん。普通そうじゃないの?」


 僕がそう答えると、遥は腕を組んで首を捻った。


「いや、方角なんてなんとなく分かるだろ?」


 遥は「あっちが北」と廊下側を指さし、葵さんが「正解」と手を叩いた。


「なんで?」


「なんでと言われても……あー。アタシの場合はよく目印を決めて、それが見える方角が北だとか南だとか覚えてるな」


「目印か……」


 たしかにそういうものを決めるといいと思うけど、建物の中や来たこともない場所だとそうもいかないんじゃないだろうか。


「方角を知る方法でもっと簡単なものだと……楓ちゃんアナログの腕時計持ってる?」


「うん」


 左手を胸の辺りまで上げて、手首に巻いてある腕時計を葵さんに見せる。


「時針を太陽に向けて、その時針と十二時との間の方角が南だよ。あとは家の屋根についてるパラボラアンテナも南を向いてるかな」


 僕と遥は揃って「おー」と感嘆の声をあげる。


「覚えておこう……」


「それで少しは楓の方向音痴が治ればいいな」


「ちゃんと方向音痴を治したいなら、自分が今どこにいるか地図で確認したりして、少し訓練する必要があるらしいけどね」


「訓練ね……」


 そこまで大袈裟にすることかな……と考えていたところでチャイムがなり、雑談終了。本日最後のテストが始まった。最後のテストは英語。他の教科より若干難しく感じたけど、時間ギリギリでなんとか全問埋めることができた。見直す時間がなかったけど、今の僕にできるだけのことはやったのでよしとしよう。


 ◇◆◇◆


 テストが終わると、遥は「頑張れよ」と僕の肩をポンと軽く叩いて、誰よりも早く教室を出ていった。見えなくなる前に大きな欠伸をしていたので、帰ったら本当に寝るつもりなんだろう。それから少し遅れて綾音さんが鞄ともう一つバッグを持って立ち上がり、「明後日は頑張りましょ」と僕と葵さんに手を振りながら走っていった。


「それじゃ、私達も行こっか」


「うん」


 僕は葵さんに頷いて席を立ち、一緒に教室を出た。料理部の部室がどこにあるか知らない僕は葵さんについていく。僕の数歩先を歩く葵さんは二年生の教室がある三階から、三年生の教室がある二階に降りて、廊下を歩いていく。二階にはまだ多くの生徒が残ってるようで、すれ違う三年生が黒の校章を付けた僕たちを珍しそうに見ている……ような気がする。


「部室って二階?」


 居心地が悪くなった僕は葵さんに話しかけた。


「特別棟の三階にある料理実習教室。二階に渡り廊下があってそこから行くと近道なの」


 今僕たちがいる建物、各クラスの教室があるのが一般棟。そして美術室等の特別教室があるのが一般棟のすぐ隣の特別棟という建物らしい。たしかに三階から一階に降りて、一度外に出て、また一階から三階というのは結構しんどい。上級生の教室の前を通ることになるけど、汗をかくよりはいいかもしれない。特に今は残暑厳しい九月。炎天下のアスファルトの通路には出来るだけ出たくないし、廊下も教室から漏れ出る冷気で幾分涼しいけど、あまり長居はしたくない温度だ。


 渡り廊下を通り、階段を上がったところで葵さんが立ち止まり、振り返った。


「あ、楓ちゃん。まだ聞いてなかったけど、見学か体験か、どっちにする?」


「……見学でいいかな?」


 体験入部もいいかも、とは思ったけど、一、二時間前に眩暈を起こしたばかりなので無理をするわけにはいかない。それでもし倒れでもしたら、葵さんに迷惑がかかってしまう。


「うん。分かった」


 葵さんは頷くと『料理実習教室』と書かれた扉の前で立ち止まる。そしてちらっと僕を見てから扉を開いた。


「おはようございます」


「……失礼しまーす」


 葵さんに続いて教室に入る。返事は返ってこず、人の気配もないのでまだ誰もいないようだ。教室には流し付きの大きな調理台があり、壁際には調理器具が納められた戸棚が並んでいる。家庭科の時間に使われるミシンやアイロンは見当たらないから、『料理実習教室』という名の通り、ここは料理するためだけの教室なのだろう。


「楓ちゃん。ここに座って見学してて」


 葵さんがどこからか持ってきたパイプ椅子を広げて教室の壁際に置いた。


「ありがとう」


 お礼を言って、鞄を膝の上に置いて椅子に座る。


「部員は何人いるの?」


「実は……私と部長と一年の子二人の四人だけ」


 そう言って葵さんが苦笑する。料理部だからそこまで多くはないとは思っていたけど、意外に少ない。


「この学校は文化系よりも体育会系の部活に入る人が多くて。しかも体育会系の部活に入らない人達のほとんどは帰宅部になるんだって」


 そういえば…昇降口にあった掲示板には『○○部の○○さん。インターハイで優勝!』などと書かれた新聞が張られていた。学校のパンフレットにもスポーツ推薦は積極的にやっている、と書いてあったし、学園自体が体育会系の部活に力を入れているのだろう。


「ってことは、文化系の部活はどこもこんな感じ?」


「演劇部とか吹奏楽部とか、人気のあるところを除けばどこも部員不足だと思う」


 なるほど……。桜花の生徒会長をしていた奈菜曰く、部費は部員数と学校への貢献度に比例するという。この学校もそうなのだとすると、葵さんが僕の入部に積極的になるのも頷け――


「ああっ。楓ちゃんを誘ったのは部員数稼ぎでも部費目的でもないよ? 材料は持ち寄りだし、調理器具は今あるもので間に合ってて、部費があってもほとんど使わないから。ただ私は同学年の子と部活動したいな~、って」


 葵さんが恥ずかしそうに頬を少し赤らめる。桜花の剣道部にも同学年の子がいなくて、そこに僕が入部したので奈菜が凄く喜んでいたっけ。まあ、あれは廃部にならなくて済むという喜びの方が大きかったんだと思うけど。


「おはようございまーす!」


 ガラっと勢いよく扉が開き、元気よく挨拶しながら女の子が入ってきた。校章が白色なので一年生だろう。葵さんより少し低い身長。短めの黒髪で、前髪は大きく左右に分けて額を出している。


「おはよう。香奈(かな)


「おはようございます! ところで葵先輩。実力テストはどうでした? あたしはもうぼろぼろだったんですけど……って、葵先輩は聞くだけ無駄ですよね。はぁ~。ぜっったいお母さんに怒られるぅぅぅ。まっ、いつものことなんですけどねっ。あはははっ」


 元気だと思ったら俯いて頭を抱え、そうかと思いきやすぐに立ち直って笑いだす女の子。表情がころころとよく変わる子だ。


「あれ、先輩、こちらの方ってもしかして……」


 僕の存在に気付いた彼女は、遠慮がちに手のひらを上に向けて前に出し、葵さんに訪ねた。


「昨日転校してきた、私と同じクラスの四条楓ちゃん。今日は部活を見てもらおうと思って」


「はじめまして」


 葵さんに紹介されて、僕は椅子から立ち上がり頭を下げる。


「わわっ。えっと、一年B組料理部所属の高内香奈(たかうちかな)と言います。こちらこそよろしくお願いしますっ」


 慌てた様子で高内さんが僕よりも深く頭を下げる。


「いや~。まさか噂の先輩を間近で見られるとは……今日はテストで疲れたので部活休もうかと思ってましたが来てよかったですっ」


 高内さんが胸の前で手を合わせて目をキラキラと輝かせる。


「噂って?」


「あ、え、いや。な、なんでもないです。あはははっ……。あ~、部活の準備がありますので失礼しますーっ」


 そう言うと高内さんは隣の部屋に走り去ってしまった。笑って誤魔化された気がするが、何でもないと言われたのではこれ以上聞くのは気が引けるし、よく考えればこの時期に転校生なんてかなり珍しいだろうから、きっとそういう意味での噂なのだろう。……なんか葵さんが笑ってるけど、そういうことにしておこう。


 ◇◆◇◆


「おはようございます」


「おはようございます。部長」「おはようございまーす」


 葵さんと話していると、金色の長い髪をした女の子が入ってきた。校章は銀色……三年生で、葵さんが部長と言ったから、この人が料理部の部長ということなのだろう。金色の長い髪に白肌、よく見ると瞳の色も青いし身長も高い。でも顔立ちは日本人なので生粋の外国人ではなさそうだ。ハーフかクォーターというやつかな。


「あら、あなたは……」


「昨日転校してきた同じクラスの四条楓ちゃんです。部活見学にきてもらったんです」


「四条楓ちゃん…あぁ、例の……」


 何か納得した風に頷いて部長さんがこっちにやってくる。


塚崎穂乃花(つかざきほのか)です。よろしく」


 塚崎先輩は軽く会釈して微笑んだ。


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 大人っぽい人だなぁ、と思った。物腰は柔らかいし笑顔も品がある。桜花にもこれだけ様になる人はなかなかいないんじゃないだろうか。そんなことを考えていると、塚崎先輩が顔を寄せて耳元で囁いた。


「もう大丈夫なの?」


「……はい?」


「あなたお昼に四季会室で寝ていたでしょう?」


 見られていた!? 僕は驚いて塚崎先輩を見つめる。


「あぁ、安心して。誰にも言ってないし言わないから。転校生のあなたが保健室にも行かず、あんなところで寝ていたということは何かしら理由がある、ってことよね?」


「は、はい……」


 その理由が遥に怒られるのが嫌だったからとは言えない……。


「それで、もう大丈夫なの?」


「はい。もう大丈夫です」


「そう、よかった。あの部屋は放課後以外は私くらいしか使わないから、また何かあったら使ってもらって構わないわ。……それじゃ、ゆっくりしていってね」


 そう言って微笑むと、塚崎先輩は高内さんと同じ隣の部屋へ歩いて行った。


「いやぁ~。さっきのは絵になりましたね~」


 塚崎先輩と入れ替わりで出て来た高内さんが紅茶ポッドとティーセットを持って出てきた。


「四季会の会長、塚崎先輩と四条先輩のツーショット! あー、さっきの携帯で撮っとけばよかったー!」


 四季会の会長……なるほど。お昼に何か用があって四季会室にきたら僕を見つけた、ってことか。それだったら悪いことしたかも……。


「それを撮ってどうするつもり?」


「もちろん友達に売……うそですうそです。うそですから葵先輩、その後ろ手に持ってる物を戸棚に戻してください……」


「ちぇっ」と呟いて葵さんが果物ナイフを戸棚に戻した。


「……はぁ。ごめんね。楓ちゃん。本当は良い子なんだけど」


「き、気にしてないよ。本当に撮られたわけじゃないし」


 売るとかそういうのも冗談だろう……たぶん。それよりも葵さんがいつのまにナイフなんて持っていたかの方が気になる。


「……あの高内さんが出てきた部屋は?」


 話題を変えようと、少し気になっていたことを葵さんに尋ねた。


「あっちは部室兼調理器具の保管室。エプロンとか個人の荷物はあそこに置いてるの」


「紅茶淹れたので、どうぞっ」


「ありがとう」「ありがとう。高内さん」


 お礼を言って高内さんから紅茶を受け取る。


「四条先輩。あたしのことは香奈でいいですよ」


 自分の分の紅茶を淹れてパイプ椅子に座りながら高内さんが言った。


「それだったら僕のことも楓で」


「ブッ! そ、そんな下級生のあたしが!」


 高内さんは飲みかけていた紅茶を吹き出し、それを慌てて拭きながら、動揺を隠さずに僕を見た。


「葵さんのことも葵先輩と呼んでるみたいだから」


「や、まあ、そ、そうなんですけどねっ!?」


「ね、葵さん」


 そう言って葵さんに視線を送る。


「楓ちゃんもこう言ってるんだから。あとは香奈次第」


「うぅー……。こうなったら覚悟を決めるしかないようですね。分かりました。……か、楓先輩っ」


「うん」


 緊張した様子で香奈さんが僕の名前を呼び、僕はそれに満足して頷いた。

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