表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部一章 メランコリーオーバードライブ
13/132

第13話 夜更かし厳禁

 転校して2日目。今日は綾音さんが言っていた実力テストの日だ。


 本当だったらもっと気楽にテストを受けられるはずだったのに、昨日遥が葵さんや綾音さんに『桜花では一桁だった』なんて言ってしまったから、下手な点数を取れなくなった僕は、昨夜は早めに晩ご飯とお風呂を済ませ、ドラマを見る椿を横目に部屋に戻り机に向かった。遥に電話して聞いたところ、範囲は特に決められておらず、高校一年から前学期分までの広い範囲から出題されるとのことだった。つまりたった数時間で五教科の一年以上もの復習をしないといけないことになった。仕方なく僕は一学期の範囲と思われる箇所に目を通すだけにした。それでも結構な時間がかかり、全て目を通し終えた頃には日付が変わってしまっていた。


 おかげで今日は朝から頭がフラフラし痛みも伴った。あまり調子が良くない。薬を飲もうかと思ったけど、この程度で飲んでいては薬がいくらあっても足りないし、飲み過ぎると薬に体が慣れて効き目が薄くなったり、場合によっては利かなくなると医者から言われているので極力飲まないようにしている。


 そんなわけで今日は薬を飲まず、重い頭を抱えて登校することにした。昨日のように椿と並んで一緒に学校へと向かう。心配されないようにと平静を装いながら。


「お姉ちゃんも昨日のドラマ見れば良かったのに。面白かったよ?」


 椿は昨日のドラマの話題を僕に振ってくる。


「そう? でもあのドラマ一話すら見てないからなあ~」


「えー、あれ結構人気だよ? 友達もみんな見てるし」


「ふーん……」


 僕は無難に受け答えする。……椿の様子はいつも通り。ちゃんと騙せているようだ。もちろん今も頭はズキズキと痛みを発している。時々大きな波が来て顔を歪めそうになるけど、なんとか耐えている。昨日帰って来た時に僕に見せた椿の心配そうな表情から、椿が僕のことを凄く気にかけていることが分かる。椿の姉として、これ以上椿に心配をかけるわけにはいかない。


「途中からでも絶対見るべきだよ。あ、友達がたしか録画していたと思うから借りてこようか?」


「うーん。そこまで言うなら見てみようかな」


「うん。絶対面白いから!」


 ……頭痛い。


 ◇◆◇◆


 椿と階段で別れて教室に入ると、中はピリピリとした雰囲気に包まれていた。さすが進学校。成績とは関係ない実力テストと言えど、手を抜くということはしないらしい。中にはバンダナを巻いてる人までいるし、その意気込みが伺える。


「おはよう」


「よ、よお…」「おはよ」「おはよう。楓ちゃん」


 遥、綾音さん、葵さんと挨拶を交わして席に着く。周りを見ると、席に座り教科書を開く者、単語帳を片手にブツブツと呟く者、教室後ろのロッカー前に立ち、友達同士で問題を出し合っている者と、みんな最後の追い込みに余念がないようだ。


 それに引き換え……と、僕は視線を遥、綾音さん、葵さんに向ける。遥は昨日と同じく全速疾走で登校してきたようで、額には汗をかき、息はぜーぜーと荒いまま、鞄を枕のようにして抱えて休んでいる。そんな遥の前の席では、綾音さんが葵さんと向き合って昨日のドラマの話をしていた。


「楓は昨日のサマバケ見た?」


『サマバケ』とは、登校時に椿が話していたドラマであり、正式には『サマーナイトバケーション』という。たしか先月から始まったドラマで、内容はよくある恋愛物らしいけど、主役が今人気の俳優ということで毎週高視聴率を記録しているとか。


「ううん。見てない」


「え~。昨日良いところだったわよ」


 綾音さんは勉強するといって帰ったはずなのにしっかりドラマは見ていたらしい。元々そういう物に興味がない僕は、昨日に限らずいつもその時間帯は部屋で過ごしている。昨日のように翌日にテストを控えていなければ、音楽を聴きながら読書するのが日課になっている。


「まさかあそこで告白するとは思わなかったよね」


「ええ。ジュンかっこよかったわ~。早く来週が来ないかしら……って、遥」


「ん~?」


 鞄を抱えたまま、視線だけを綾音に向けて遥が返事する。


「……振りだけでもいいから悪あがきしといたら?」


「しんどい……じゃない、めんどい。そういう綾音も成績アタシとそんなに変わらないんだから悪あがきすればいいんじゃないか?」


 やっと遥が上体を起こして鞄を机の脇に置く。


「あたしは真ん中より上だったらいいのよ。一応これでも昨日の夜に一通り復習はしているのよ?」


「中の上も中の下も大差ないだろ」


「五段階評価の三と二は大きいわよ」


 睨みあう二人。いつもの光景なのか葵さんはそれを止めようとせず、むしろ楽しそうに観戦している。周りじゃ最後の追い込みをしている最中だというのに、ここだけ浮いているような気がしてならない。まぁ、みんな最後の追い込みに必至なようで、こっちの様子なんて気にかけてないようだけど。


 そうこうしているうちにチャイムがなり、担任の先生が教室に入ってきた。簡単に試験の説明をして出ていき、かわりに問題用紙を持った先生が入ってくる。カンニング防止のためということで、机の中の物を教室後ろにある個人用ロッカーの中に入れ、その上に鞄を置いて席につく。まだ男の子数人が教科書や単語帳を見ていたけれど、すぐに先生に注意されるとロッカーの上に放り投げて席に着いた。


 教室がシーンと静まり返るなか、先生が問題用紙を配っていく。裏返しにされた問題用紙に視線を落とすと、透けて見える様子から1時間目は国語ということが分かる。


 チャイムが鳴り試験が始まる。問題用紙を返して、まずは一通り目を通す。……うん。全然分からないということはなさそうだ。よしっ、と気合を入れて問題を一つずつ解いていった。


 ◇◆◇◆


「30分経ちましたので退出する人は問題用紙を裏返して静かに退出してください」


 先生が言い終わるとほぼ同時に、最後の問の解を書き終える。シャーペンを置いて手のマッサージをしていると、前の席の葵さんが立ち上がり、こちらをちらっと見たあとに先生から見えない位置で軽く手を振って教室を出て行った。早いなぁ……。さすが葵さん。


 隣を見ると、綾音さんは頭を抱えては少し書き込みまた頭を抱えては書き込む、を繰り返していた。かなり苦戦しているようだ。遥に至っては机に顔を伏せてまったく動いていない。


 はぁ……。まったく。僕は消しゴムを少し千切って遥にそれを投げつける。ぺちっと頬に当たり、顔を上げた遥が寝ぼけた表情でキョロキョロとあたりを伺う。やがてこっちを見た遥に『お・き・ろ』と口ぱくすると、不満そうに眉間に皺を寄せ、渋々といった感じでシャーペンを手に取った。遥が問題を解き始めるのを確認してから、僕は解答を見直し始めた。


 ◇◆◇◆


 試験開始から五〇分後。


「はいそこまで。鉛筆を置いてください」


 1時間目終了のチャイムがなり、先生が解答用紙を回収し、教室を出て行った。


「あー。しんどい……」


 遥が机に突っ伏し、廊下から葵さんが戻ってきた。


「葵さん早かったね」


「私テスト中に聞こえるシャーペンの芯を出す時のカチカチって音と、書く時のカツカツって音があまり好きじゃなくて……。それで出来るだけ早く解いて退室するようにしてるの」


「あの音かあ……」


 たしかに、僕も葵さんほどではないにしろ、例えばボールペンの芯の出し入れする時のカチカチ音は好きじゃない。それで退室を早めるなんてことはしないけど。


「アタシはあれで寝れるけどな」


「寝てどうするのよ……」


 綾音さんが遥にツッコミを入れるけど昨日のようなキレがない。二人ともこんな状態であと四教科乗り切れるのだろうか。


 ◇◆◇◆


 昼休み。


 午前の四教科の試験を終えた僕はさすがに疲れていた。頭痛もまったく収まる様子がないし、それどころか悪化している気さえする。今勢いよく立ちあがりでもしたらすぐ眩暈を起こして倒れる自信がある。残すは午後からの英語一教科だけど、少し休憩しないと頭が回りそうにない。


「学食行くか」


 さっきまで眠そうな顔をしていた遥が元気よく立ちあがり、綾音さんと葵さんがそれに続く。ゆっくりと立ちあがって葵さんを見るとその手には小さな袋が握られていた。


「葵さんお弁当なんだ」


「うん」


「毎朝起きて作ってるんだと。料理部がやることが違うな」


 朝か……僕じゃ無理だろうなあ。今日も椿に起こされたことを思い出してため息を吐いた。


 ◇◆◇◆


 学食へ来た僕たちは葵さんに席をとってもらっている間に各々注文し、受け取り、レジを通って葵さんがキープしているテーブルについた。


「ここ食券じゃないんだね」


 思ったことを口に出してみる。


「ああ、そういえば桜花じゃ食券だったな。これはこれでいいと思うけど、たまーにあのおばちゃん注文間違うんだよなあ」


「その時は作り直してもらったらいいじゃない。食券みたいに取り間違いないから、あたしはこっちの方がいいと思うわ」


 大盛りの丼物を食べながら遥と綾音さんが言う。……昨日といい今日といい、二人ともよく食べるな。僕はエビピラフを突っつきながら葵さんのお弁当を見る。


「葵さんのお弁当すごいね」


「そう?」


 葵さんのお弁当はいくつかの料理が彩りよく綺麗に詰められていた。さすが料理部。


「料理部、か……」


「おいでおいで。歓迎するよ」


 葵さんのお弁当を見ながら唸っていると、葵さんが手招きした。


「椿ちゃんもいるし」


「へ? 椿?」


「うん。椿ちゃんも料理部だから」


 そういえば、椿は料理部って言ってたっけ。……そうか。それで昨日葵さんは僕達の教室に来た椿を見て頷いてたんだ。妹の椿と葵さんの繋がりを知り、少しだけ運命みたいな物を感じた。


 ◇◆◇◆


「しっかし、まだ一教科あるのか。しかもそれが英語」


 空になった丼をトレイに乗せながら遥が言う。


「アタシは旅行も込みで海外に出るつもりなんてないのになぁ」


「いや、そういう問題じゃないでしょ。今じゃ日本でも標識に英語表記されてたりするんだから、海外に出るつもりなくても英語に触れる機会はあるでしょ?」


「断固として拒否する」


「あんたがイヤだと言っても、年々日本に住む外国人は増えてるらしいわよ?」


「そのための通訳だろ?」


「通訳って……。そういえばあんたってお金持ちの子だったのよね。そんなんだからさっぱり忘れてたわ」


 遥の両親は水無瀬グループという日本を代表する大企業の社長であり、遥はその両親の一人娘だ。遥の両親とは何度かあったことがあるけど……少し娘の遥のことを溺愛しすぎている気がする。おかげでこんなに伸び伸びと良い子に育ったとも言えるけど……少々やんちゃに育ってしまったとも言える。


「まあ通訳のことは冗談として」


「あんたが言うと冗談に聞こえないのよ」


 綾音さんが遥を半眼で見る。まあまあと綾音さんを制しながら、遥が僕に視線を向ける。僕が無言で半分以上残ったエビピラフを差し出すと、『もう少し食べろ』とでも言いたげに睨んできたが、首を横に振ってピラフを遥の前に置いた。遥はしばらくそのまま睨み続けあと、ため息をついてスプーンを手に持った。食欲ないのに、ご飯物にするんじゃなかった。


「今日はあと一時間で終わりだけど、放課後は何か予定あるのか?」


 遥がスプーンでピラフを掬いながら尋ねる。


「あたしは部活よ」


「私も部活」


 綾音さんと葵さんが答える。二人とも部活か……。


「へ~。テスト後だってのによくやるな」


「週明けにはクラスマッチがあるからね。下手なところ見せられないわよ」


「部長から連絡あって、ケーキ作ろうって言われたから」


 綾音さんはフンッと胸を張り、葵さんは苦笑した。


「遥は放課後どうするの?」


「アタシか~……。やることないし、帰って寝るか」


 遥がそう言って笑う。それなら僕も頭痛が酷いし、帰って寝ようかな。


「楓ちゃん」


 思案していると葵さんに声をかけられた。


「よかったらだけど、部活見学してみない? あ、見てるだけじゃ暇だから体験入部でもいいよ」


「体験入部かあ……」


「あら? 楓は料理部に興味あるんじゃないの?」


 すぐに返事しない僕を不思議そうに見ながら綾音さんが言う。


「何か用事あるなら仕方ないだろうけど、暇なら行ってみたら?」


「うん。でも……実際本当に入部するとしたらどうかなって。いいのかな? 僕二年なのに」


 やっぱり部活というものは一年生から、もしくは遅くても二年生になってすぐの出来るだけ早い時期に入部するものじゃないだろうか。今はもう九月。部活を始めるにはちょっと遅い気がする。


「そう言われてみればそうよね……。あっ、でも料理部って別に体育会系の部活みたいにレギュラー争ったり、試合があるわけじゃないから気にすることないんじゃない?」


「うん。料理『部』って言っても、ただみんなで集まってクッキー焼いたりケーキ作ったりするだけだから……。どう楓ちゃん?」


「別に予定もないし。うん。ちょっと行ってみようかな」


 断る理由もないので了承する。嬉しそうに微笑みながら手を取る葵さんを見て、僕も笑顔を作る。頭の奥でキリキリと痛みがするのをなんとか誤魔化して。


 ◇◆◇◆


 学食を出て、教室へ戻ると言うみんなに『先生に呼ばれているから』と伝えて一階で分かれた。


「ふぅ…。……っ」


 みんなが見えなくなると安心して気が緩んだのか、ゆっくりと視界が地震でも起こったかのように斜めに揺れ始めた。同時に吐き気も感じ、足から力が抜け、慌てて壁に手をついて体を支えた。


 思った以上に調子が悪くなっていた。薬を飲むべきだろうけど、薬は教室の鞄の中。遥達がいるだろうから、取りに行くわけにはいかない。少し横になれば治るだろうと、保健室のベッドを借りようかと考えた。しかし後で保健室の先生経由で遥に体調が悪かったことがばれたら間違いなく怒られる。そう思い僕は保健室の案を棄却する。


 どこかに休める場所がないかと壁に手を付きながらしばらく歩くと、少しだけ扉が空いている部屋を見つけた。おそるおそる中を覗くと、教室の半分ほどの大きさの部屋の中央に、長机と椅子が数個置いてあるのが見えた。


 ……もうここでいいや。誰か来て注意されたら謝ればいい。吐き気が酷くなり、すぐにでも横になりたかった僕は、部屋の中に入りドアを閉めると、椅子に座り腕を枕にして机に突っ伏した。目を閉じてもしばらく眩暈は続いたけど、少しずつ軽くなっていき、収まる頃には眠りについた。


 ◇◆◇◆


「…あら」


 楓が眠る部屋に制服を着た少女が入ってきた。胸元の校章が銀色なので三年生のようだ。彼女は肩にかかった金色の長い髪を払いながら屈んで楓の顔を覗き込む。


「熱は……ないようね」


 楓の額に手をあてて呟き、ほっと安堵したように微笑むと、そっと部屋を出て扉を閉めた。


 ◇◆◇◆


「んん…」


 目が覚めて起き上がり時計を見ると、午後のテストが始まる十分前だった。少し頭が痛いけど、さっきまでの気分の悪さはない。かなりマシになったようだ。立ちあがって軽く伸びをして、座っていた椅子を元の位置に戻して部屋を出る。


 扉を閉めて、一体何の部屋なんだろうと思って見上げると、プレートには『四季会室』と書かれていた。四季会という言葉に何かひっかかったが、予鈴とともに考えるのをやめ、急いで教室へと戻った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ