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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第三部第二章 楓と楓
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第103話 それで本当に

 みんなと別れ、遥とも途中で別れ、椿と二人になって家路につく。


「遥さんの家かあ。楽しみだなあ」


「たぶん驚くよ」


「ほんと? どんな豪邸なんだろう」


 そんな話をしながら並んで歩く。


「あっ。お姉ちゃんちょっと待って。コンビニで買いたい物あるから」


 暖かい店内に入る。椿が一人で店の奥へと消えていく。ボクは入口付近にあった雑誌コーナーを見る振りをしながら、さっきまでを振り返る。


 ……みんなが集まって楽しかったはずなのに。どこか、いつもとは感じ方が違っていた。なんというか、全てが他人事のようで、みんなの話が頭の中まで入ってこなかった。……いや、入ってこなかったんじゃない。入っては来たけど、全てすり抜けていってしまうんだ。何かを感じる前に、スッと体の外へ逃げていくように。まるで、心にポッカリと大きな穴が空いてしまったみたいに……。ただ、さすがにアレにはびっくりしたけど……。でも、そのおかげでちゃんと心が動いてるんだなと実感できて、ちょっとホッとしていた。


 この感覚には覚えがあった。そう、これは……退院して、伯父さんの家で療養するようになった時と同じだ。あの時の僕は、椿に大変なことをしてしまったという自己嫌悪に陥り、気遣ってくれる伯父さんや叔母さんにこれ以上負担をかけるわけにはいかないと、表面上は大丈夫そうに取り繕っていた。そのときの僕が、今の僕と似ている。


 ……あのときだった。『柊』が僕の中にいたことに気付いたのは。……いや。彼女の話だと、あのときに『僕が』彼女を作ったんだ。伯父さんと叔母さんに気を遣うことに疲れて、殻に閉じこもりたい一心に、僕には不要であり、取り繕うには必要であろう感情を切り取って、そこに柊との思い出を詰め込んで……。柊との思い出も、あの時の僕にとって、とても大切であると同時に、それ以上にとても辛いものだったから。


 だから彼女は『柊』となった。自分のことを『柊』と勘違いするようになり、僕もそう思い込んだ。


 ……ふふ。おかしな話だ。柊が僕の心の中で生きているなんて、そんな奇跡があるばずがない。あの時柊はたしかに死んだんだ。僕の目の前で、静かに目を閉じたんだ。……なのに、それを信じたくないばかりに、まだ生きているなんて思ったりして……。


 でもそうして作った『柊』は、所詮急いで作ったまがい物だった。すぐに彼女本人は気付いていたようだ。その証拠にと、詰め込んで切り離したはずの柊との思い出は、まだ僕の中に残っていたのだから。……それだけ柊のことが大事だったのかもしれない。とにかく、おかげで僕は忘れられずに済んだ。


 ……彼女は不完全だ。不完全な彼女は、もうすぐで自分が消えると言っていた。消えれば、僕から貰っていたものを返せるとも……。


 それで、いいのかな。このまま消えて、いいのかな。


 彼女は僕が作った。彼女は僕だ。それは間違いない。彼女が消えてしまっても、それはただ、二人に別れていたのが一人に戻るだけ。悲しむ必要はなく、むしろ喜ぶべきだと、彼女は言っていた。


 これは僕が成長した証。もう一人でもやっていけると成長した証なんだ、と。でも、だけど本当にそれで……――


「お待たせ」


 我に返る。声のした方を向くと、椿が小さなビニール袋を持って立っていた。


「じゃあいこっか」


 コンビニを出る。外は寒くて、マフラーを口元まで上げる。体も、心も、寒い。ふとそんなことを思った。


「……ねえ、椿」


「なに?」


 歩きながら、前を向いたまま話す。


「椿は、僕があの頃より成長したと思う?」


 ハッとして椿が振り向く。僕は前を向いたままだ。


 答えづらい質問だったかな。申し訳なく思っていると、意外にも返事はすぐに来た。


「強いよ。お姉ちゃんは」


 椿を見る。椿は笑っていた。


「今も昔も、お姉ちゃんは強い」


「……えっと、それって成長してるのかな?」


「あ、そっか。うん。成長もしてるよ。ずっと強くなった」


「本当に?」


 姉に気を遣ってるんじゃなくて?


「うんっ」


 力強く頷く。その瞳はまっすぐ僕を見ていた。


「そっか」


「うんっ」


 また椿は頷く。


 それ以上僕は聞かなかった。椿のその言葉で、僕の心は少し軽くなったような気がした。

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