表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第三部第二章 楓と楓
124/132

第102話 予定の話

 昇降口のドアを抜けた先は冷たい風が拭いていたので、風に当たらないよう遥の背に隠れて、盾にした。


「そんなに寒いなら、アタシのコートの中に入るか?」


 遥が左半身のコートを広げる。


「うーん……いい」


 魅力的な提案だったけど、歩きにくそうだったので遠慮した。寒いときに転けて擦りむくと、とても痛い。


「……もしかして、アンタ達って中学でもずっとそんなことしてたの?」


「うん? 寒そうにしているのを暖めてやるのは当然だろ?」


「へー。なるほど。これはモテるわ……」


 綾音さんが僕と遥を交互に見て、静かに何かを呟いて項垂れた。


 グラウンドを通って学校を出ると、そのまま大通りを渡ってまっすぐ商店街へ。プラナスの前には、学園の制服を着た女の子が数人集まっていた。よく見るとその中に、椿の姿があった。


「椿。どうしたの?」


「あ、お姉ちゃん」


 僕の顔を見て、椿がパッと表情を明るくする。けど、すぐに困ったように笑って、


「またその格好してるの?」


「またって、いつもしてるよ?」


「もう。今日はそんなに寒くないのに」


 前に眼鏡はかっこいいと言ってくれたのに。


 椿の他には二人。彩花さん達と同じ図書部の坂口さんと、椿と同じ料理部の高内さんがいた。


「死んだ……」


「みーとぅー……」


 青い顔をして空を見上げる高内さんに、白い顔をして項垂れる坂口さん。聞かなくても結果は分かる。


「椿は試験どうだった?」


「んー。感触としては良かったかな? お姉ちゃんには敵わないけど」


「椿が頑張って、それが結果に繋がったのなら、それで充分凄いと思うよ」


 誰がどうとかは関係ない。そんなことを気にしていたら、僕だって葵さんに比べたらまだまだだ。


「……あんなこと言ってるよ。芽衣」


「余裕ある子は違いますね……」


「前日まで遊びほうけていた香奈と、ゲームばかりしていた芽衣に言われたくない」


『ぐっ』


 二人が胸を押さえた。坂口さんのあの目の下の隈。勉強のせいかと思ったらゲームなのか。


「っとに芽衣は。あれだけゲームはほとほどにって言ってたのに」


「……お姉さんがそれを言う?」


「♪~♪~ぷす~」


「下手なら止めなさいよ……」


 綾音さんが残念な人を見る目をして彩花さんに言う。


 ……うん。まあ立ち話はそろそろやめて中に入りたいんだけど。寒いし。


 目の前に人参(暖かい店内)をぶら下げられてジッとしていられる馬はいない。ここは実力行使と、左手で椿、右手で遥を掴まえる。


「二人が待ってるし、中に入ろう」


「え、もう誰か待ってるの?」


「寒いから中に入りたいだけだろ?」


 さすが遥。わかってるならとっとと付いてきて。


 二人の手を引いてプラナスのドアを開ける。店員さんがすぐに出迎えてくれた。知り合いが中にいることを伝えると察してくれたようで、奧にある、この店で一番大きい円形のテーブル席へと案内してくれた。


「やっときたか」


 テーブル席には西森君と蓮君がいた。西森君の手にはプラスチック製のコップに紫色の炭酸飲料が、蓮君の手には白色のカップにコーヒーらしきものが入っていた。先にドリンクバーを注文したのだろう。


「あー。康介、先に飲物頼んでる」


 彩花さんが問い詰めるように言う。


「注文もせず席に座ってるなんてできるか。あっちも商売だぞ?」


「おー。たしかに。康介ってバイト経験あるの?」


「ちょっとな。けど経験なくてもわかるだろ?」


「そう? 意外とわからないと思うけど」


 話しながら席についていく。僕の隣は前回修学旅行前に集まったときと同じく、蓮君と遥だ。


 店内はほどよく暖房が効いている。コートその他防寒具一式を脱いで窓際の空いたスペースに置く。


「よし。ストレス発散のやけ食いしよう」


 彩花さんがメニュー表を開く。


「乗りましょう」


「このビッグウェーブに」


 坂口さんと高内さんの二人で一つのメニュー表を広げた。


「やけ食いなんてしてもいいことないわよ。……あたしはデラックスジャンボパフェの大盛りかしらね」


「パフェに大盛りなんてないだろ……いやそれ以前に、さっきパフェは太るとか言ってたのは誰だよ」


「それはそれ、これはこれ。今は今、過去は過去。メニュー見たら食べたくなったんだから仕方ないでしょ」


「綾音。先にお昼ご飯食べなきゃ」


 葵さんがまるでお母さん。


 しばらくして店員さんを呼び、各々が注文する。僕は悩んだ末にラザニアとプリンのセットを頼んだ。店内が暖かくても体の芯は冷たい。ここはオーブン料理で温まるところだろう。……舌が火傷しないように注意しないと。


「何はともあれ、これで試験も終わったし、あとは冬休みを待つだけだね」


 彩花さんが伸びをしながら言う。――かと思えば、


「――はっ!」


 唐突にカッと目を開き、両手を机に置き立ち上がった。


「再来週の土曜日って何日だっけ?」


「二十四日よ」


 綾音さんがスマホを見て答える。


「二十四日! クリスマスイブ! ここに彼氏がいる人は? ……あ、康介と蓮は彼女ね。もし彼氏がいるなら――」


「いねーよ」


 西森君がすぐに答え、蓮君は苦笑していた。


 ……。誰も手を上げない。そっと椿を見てみても、上げる気配すらなかった。


 …………ん? あれ、何故か凄くみんなから視線を感じるような……。


「楓ちゃん、いないの?」


 まるでみんなを代表するかのように、遠慮がちに葵さんが尋ねた。


「いないよ? どうして?」


 僕に聞くぐらいなら、むしろ湊さんや葵さんにいそうな気がするんだけど。


「……蓮、お前、楓と勝手に予定とか組んでないよな?」


「……ないよ。安心して。むしろ俺は、遥と楓ちゃんが予定いれてるものだと思ってたけど」


「二人より多い方が楓が楽しめるだろ?」


「……たしかに。さすが遥だ」


 頭の上でぼそぼそと声がする。身長が高いからって、そんなところで話さないでほしい。


「……どうやらみんないないみたいなので……って、高校生がこんなに集まって誰も彼氏彼女いないなんて、それはそれで悲しいね」


「彩花、そういうこと言わない」


 すぐさま綾音さんが反応する。


「まっ、みなさん人気ものですからね~」


 高内さんがグルリと視線を巡らせながら言う。


「普通人気者だったら引く手数多じゃないの?」


「実際、お姉さんは引く手数多じゃない。本人が変なこと言うからみんな一線引いているだけで」


「何か言ったかな、ボク……?」


 彩花さんが腕を組んで首を傾げる。その隣で湊さんが肩を竦めた。


「まあよくわからないけど、みんないないみたいだし、用事もないってことでいい? ……じゃあ話進めるけど、二十四日のクリスマスイブにさ、みんなでパーティーしない?」


「……いいんじゃない?」


「うん。いいと思う」


 綾音さんと葵さんの言葉に続き、みんなから肯定的な意見が出る。


「それ、あたし達も参加していいんですか?」


 高内さんが自分を指差す。


「もちろん」


「やった! ちょうど芽衣が家でゲームして過ごす、なんて言ってたからどうしたもんかと思ってたんですよ」


「香奈は結奈と一緒じゃないの?」


 綾音さんの言うとおり、高内さんは西条さんと仲が良かったはずだ。


「こういうとき、あの人はあの人で色々と忙しいんですよ」


 高内さんが大袈裟に『やれやれ』と肩を竦めてジェスチャーする。


「……あんまり考えない方がいいわね」


「どうせ誰かを追ってスクープでも狙ってんだろ……」


 湊さん、西森君がため息を吐く。


「でもパーティーをするとして、この人数が入るところってどこだろう」


 たしかに。蓮君いい質問。


「んー。カラオケ?」


「夜のカラオケは高いからダメ」


「え、そうなの?」


「他は知らないけど、学校近くのところは昼間だけフリータイムで十九時まで定額だけど、夜は一人一時間いくらって計算だから、簡単に万いくわよ?」


 綾音さん詳しい。


「前に親と行って驚いたわ……」


「綾音、親とカラオケ行くのか……」


 遥は値段よりもそっちの方が気になったみたい。


「いいじゃない。母が突然カラオケに行きたいって言い出したのよ」


「別に悪いとは言ってない。むしろ仲良さそうでいいじゃないか」


「……アンタが言うと煽ってるように聞こえるのよね」


 綾音さんの顔が赤い。この年頃だと、両親と仲良くしていることは、あまり言いたくないらしい。遥が前にそう言っていた。……ちょっと僕には分からないけど。


「んー……それだったら、ラブホ? あそこ広いらしいよ――っいだ!? 湊今叩いた!?」


「叩くわよ! お姉さん、突然何言い出すの!?」


 彩花さんの後頭部に綺麗な平手が決まった。


「なにって、ラブホが安くて広くてパーティーするにはいいって、前に結奈から聞いたから」


 彩花さんが涙目で後頭部を擦っている。いい音したし、それなりに痛かったみたいだ。


「結奈か……まあアイツしかいないよな」


「ほんっと、余計なことしか言わないわね」


「結奈だからな」


 西森君がうんうんと頷き、湊さんが拳を力強く握りしめている。


「なんでアイツ、そんなこと知ってんのかしら?」


「誰かが使ってるのを見て知った、とかじゃないのか?」


「うちの学校の生徒が?」


「いやそれはないだろ。見つかったら一発で停学、下手すりゃ退学だ。どうせ隣の蓮池か、菜園あたりだろ」


「蓮池はともかく、菜園なら有り得るわね……」


 遥と綾音さんが話している。中身は分からないけど、停学とか退学とか物騒な言葉が聞こえてきた。……ところで。


「ねぇ遥」


 綾音さんとの話が終わったところを見計らって、遥に声を掛けた。


「うん?」


 グラスを傾けながら、横目で僕を見る。


「ラブホってなに?」


「――っ!? ブバッ!!」


「つめたっ!?」


 遥が口に含んでいた水を勢い良く吹き出し、それが対面にいた湊さんにまで届いた。


「ゴホッ、ゴホッ。湊、悪い」


「いえ、なんかこっちこそごめんなさい」


「な、なんでボクまで……」


 水を浴びせたのは遥なのに、湊さんの方が謝っているように見えるのはどうしてだろう。彩花さんの頭を押しながら一緒に、深く頭を下げてるし。


「……そうだよな。桜花じゃそんな話してるヤツいないし、もししてたとしても、そういうヤツらと楓じゃ話すこともなかっただろうな……。さらに桜花は寮生活……」


 うん? 独り言を言ってるのは分かるけど、聞こえない。


「お姉さん。どうやら楓さん…………」


「えっ? そうなの? さすが桜花出身の楓さん、純真なんだね……って、どうしよ」


 綾音さんが耳打ちし、それを聞いた彩花さんが途端にアワアワし始めた。


 ……なんだろう、この空気。今まで感じたことのない、微妙な雰囲気。見れば、椿の様子もどことなくおかしい。これはもしや、


「椿は知ってる?」


「へっ!? えっと、あの、その……遥さん助けて!」


「アタシ!?」


 顔を赤くした椿が助けを求める。遥が素っ頓狂な声を上げた。遥の裏返った声を聞いたのは久しぶりだ。


 椿が投げ出すくらい、ラブホというのは説明するのが難しいのかな。


「……」


 無言で遥が僕を見つめる。


「説明が難しい?」


「いや説明自体は簡単なんだが、その、とても言いにくいというか」


「ふーん。じゃあ自分で調べてみる」


 簡単に教えてくれるかなと思って聞いてみただけだ。今のこの時代、どこにいても調べ物は簡単にできる。


 スマホを取り出し、ブラウザアプリを立ち上げ――


「わ、わかった。アタシが説明してやるから、調べなくていい。……変なの開いたら困るからな」


「ん? うん」


「えっとな……」


 遥が口に手を当て、僕の耳元で囁く。


 ………………――――っ!?


 たぶん、今僕の顔は真っ赤なんだと思う。凄く暑い。


「わかったか?」


「う、うん」


 つ、つまりラブホって言うのはラブホテルの略称であり、あの、その……主に男女が夜の営みを…………。


「か、楓!? 顔が真っ赤だぞ!? あまり深く考えるなよ?」


「う、うん、そうだね。そうする」


 なんかフラフラする。遥の言うように、これについてはあまり深く考えないようにしよう。そうだ。うん。考えないように、別のこと別のこと……。


「……結奈め。明日見つけたら覚えてろ」


 必至に別のことを考える僕の隣で、怖い顔をした遥が静かに呟いた。


「よしっ。ラブホはナシっ。ラブホはナシにしよう!」


「なんで連呼するのよ! 普通に考えて当たり前でしょ!?」


 彩花さんが顔の前で両手をブンブンと振り、綾音さんが声を荒げた。


「結奈が黙ってたらうちでもいけるっていうから……」


「お姉さん。黙ってる時点でアウト」


 湊さんが容赦ない。


「……ったく。場所ならアタシの家を使えばいいんだよ。無駄にでかいし余ってるからさ」


「さ、さすが遥っ。うん、それでいこう。もうそれにしよう。決定!」


 みんなもその意見に賛同する。僕もそれでいいと思うけど……。


「それでいいの?」


 先に提案したのは遥の方からとはいえ、遥の家は特殊だ。個人の家ではあるけど、たまに会社の関係者を大勢呼んで、パーティーを開いたりしていたはずだ。遥だけの一存で決めていいのかどうか。遥に迷惑がかからないか……。


「ああ。大丈夫。偶然親とそういう話をしててな。その日は空いてるんだ。もちろん、ちゃんと確認も取ってる」


 そう言ってスマホを見せてくれた。画面には母親とのメッセージのやり取りが映し出されていた。たしかに、ちゃんと了解を得ている。


「……そんなに遥の家ってでかいのか?」


「康介、知らないの? 学園じゃ有名な話だよ? 豪邸だよ、豪邸。ホワイトハウスの迎賓館」


 彩花さんが両手を大きく広げて大きさを体で表現する。ホワイトハウスっていうのは、たぶん家が白いからかな。迎賓館……言いたいことは分かる。


「迎賓館ではないけど、まあ、謙遜しない程度にはでかいぞ」


 遥が苦笑しながら彩花さんの言葉に補足する。たぶんこの中で遥のうちに入ったことあるのは僕と、おそらく葵さんと綾音さん。なかでも僕が一番出入りしているはずだ。だから内装もよく知っているんだけど、彩花さんの言いたいことも分かる。


「へぇ。見るのが楽しみだな。やっぱ壷とかあるのか?」


「そこらへんに転がってるぞ」


「……高いんだよな?」


「それなりに」


 それなりどころじゃない。どれも一般サラリーマンの月収以上、年収以上というものがたくさんあったはず。


「……遥が謙遜しないってことは、ヤバイ額よ」


 湊さん、正解。


「……触らないようにしないとな」


「お姉さん、気をつけてね」


「なんでボクだけ?」


 彩花さんが不満そうに頬を膨らませる。


「とにかく、二十四日は遥の家に集合ってことね?」


 綾音さんが話を進める。


「あ、うん。時間は準備とかもあるし十五時からでいい? 開始自体は十七時で、用事がある人もそれまでに集まるように。飲物とケーキは事前にみんなからお金を集めて買うとして――」


「ある程度の食べ物ならうちで用意するぞ。なんかうちの親が変に乗り気みたいだ」


 たしかに、スマホを見せてもらったときに、お母さんからのメッセージにそんな文章があった。遥の友達が来てくれることに親として喜んでいるのだろう。


「いいの? 材料代とか集めた方がいい?」


「いいって。好きでやるみたいだし」


「そう? じゃあお言葉に甘えて……。お菓子はみんなで持ち寄りってことで。みんな、それでいい?」


 反対意見はなかった。


「じゃっ、当日は予定入れないでねっ。あ、ちょうど料理きたみたい」


 店員さんが器用に料理を運んできた。それらが順番にテーブルに並べられていく。全員分が揃ったところでそれぞれの所作ののちに、食事にありついた。


 その後、冬休みをどう過ごすかという話で盛り上がり、一時間半を過ぎたところで退店し、その場で解散した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
[気になる点] 5/4 ゲーム派ほどほど→ゲームは? [一言] 純真な楓さん可愛いが椿ちゃんは知っていたのか。 遥宅でクリスマスパーティー決定。リミットはその日かな。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ