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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第三部第一章 楓と柊
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第100話 そうして僕は……

 ――気が付くと、白い部屋にいた。真っ白い壁紙に、真っ白い天井、そして、真っ白なベッド。引き戸が一つに、窓が一つ。ベッドは窓のそばにあった。


 引き戸は閉まっていて、外の様子は分からない。窓はカーテンが開いていて外が見えたけど、そこには何もなかった。


 ……いや、実際はあったんだ。あったはずだけど……僕がそれに興味を示さなかったら、覚えていないんだ。


 ――そう。僕はこの光景に覚えがある。忘れるはずがない。忘れもしない。


 ここは、僕が入院していた病院の病室だ。


『懐かしいでしょ』


 驚いて、声のした方を向く。


 そこに人はいなかったはず。けれど目の前のベッドには、僕と同じ姿をした女の子がいた。


『もっとちゃんと再現したかったんだけど、覚えているのがこれぐらいだったの。だって、あまり周りを見ていなかったから』


 そう言ってベッドの上にいる彼女は、少し寂しそうに笑った。


 再現……。その発言で、ここが現実ではないことがはっきりした。でも、だったらこれは……夢? 夢の中で、彼女がこの世界を作った? でも夢にしては現実味があり過ぎる。僕の頭の中ははっきりとしているし、さっきから頭痛が――


 ……頭痛? この頭痛。もしかして――


「柊?」


 名前を呼ぶ。彼女とこうして、面と向かって話をするときに特有の頭痛がするのだ。……でも、いつもと似た目が違うのはどうしてだろう。


 いつもなら、彼女は呼びかけるとすぐに微笑んで頷いてくれる。なのに今は、黙ったまま窓の外を見ていた。しばらくして向き直り、


『……今はそういうことにしておこうか』


 そう言って苦笑した。


「今は? 今はってどういうこと?」


 当然の疑問を投げかける。けれど彼女は笑みを浮かべたまま「まあまあ」と言うだけで、答えることはなかった。


『話をしようよ』


 僕の質問に答えることなく、名前さえ曖昧なまま、彼女は一人で話を進める。


『まずは……そうだね。君は『私』のことを誰だと思ってる?』


 彼女が自分自身を指差す。


「誰って、柊だよね?」


 僕と寸分違わぬ同じ姿。それは『柊』しかありえない。


『うん、そう。私は柊。だけど、どっちの『柊』かな?』


 ……どっち? いったい何のことだろう。柊にどっちなんてない。柊は柊。僕の双子の妹だ。


『うーん。言い方が悪いかな……。じゃあこれならどう? 私は小学生の頃の柊? それとも、君の中にいる柊?』


 またよく分からない質問を。目の前の柊は『今の』僕とそっくりだ。昔のままの、柊が柊として生きていた頃のままであるはずがない。だから前者は違う。消去法で、


「……僕の中にいる柊」


『正解っ』


 彼女がパチパチと拍手する。


『じゃあ次の質問。私は君の中にいる『柊』なんだけど、その私と、小学校の柊は、同じ人でしょうか?』


「柊、これになんの意味が――」


『いいから答えて』


 ずっと微笑んでいた柊が、その笑みを消し、真っ直ぐに僕を見て声を上げた。自分と同じ顔なのに、その迫力に息を飲む。


「……同じじゃないの?」


 当然だ。どっちも『柊』なんだから。


 ――なのに、彼女はゆっくりと首を横に振った。ゆっくりと、ゆっくりと。正確に僕へと伝わるように。


『違うよ』


 静かな声が、小さな病室に響く。


 ……違う? どうして? どっちも柊なのに。何が違うの?


 柊の言葉が理解できなかった。


 ……頭が痛い。柊と長く話しているからだ。いつもならちょっと言葉を交わすぐらいにして、すぐに終わっていたから。


 分からない。分からない。違うならなんだっていうんだ。…………、


「……小学生の柊はまだ柊だけで、今は僕と一緒だから、違うってこと?」


 ――首を横に振った。


 分からない。本当に分からない。頭が痛い。考えれば考えるほど、頭痛が酷くなっていく。


『……うん。まあ、そうだよね。そう思ってきたんだから、それぐらいしか思いつかないよね』


 ……なに? 彼女は何を言っている?


 彼女は俯いて、自分に言い聞かせるかのように、呟く。


『……きっとこれが、君に対する、私の役目なんだと思う』


 そうして顔を上げ、僕の目を真っ直ぐに見つめた。


『ねえ。私が生まれたときのことを覚えてる?』


「生まれたって、僕と一緒に生まれたときのこと? さすがに赤ちゃんの時の記憶は――」


『そうじゃなくて。私がこうして、君に話しかけるようになった切っ掛けはなんだったかな?』


 話しかけるようになった切っ掛け?


 ……それだったらたぶん、


「伯父さんの家に引き取られたとき?」


『そう。私はあの時生まれて、君の代わりをした。覚えてるよね? いや、少しは思い出した?』


 僕の代わり……?


 ………………あぁ。そうだった。あのときの僕は椿と別れたばかりで、精神的にとても危ない状態だった。だから彼女に代わってもらったんだ。だからその時に彼女を……彼女を…………――――


『あ、無理はしないでね。少しずつでいいから』


「う、うん……」


 なんだろう。今、何かを思い出しそうになった。思い出しそうになったのに……頭が痛い。割れそうな程に。


『続けるよ。そこで私は生まれたんだけど、君の代わりをしすぎたせいで、君の体調が悪くなっちゃった。結構危ないところまでいっちゃって、仕方なくそこで君にバトンタッチして、戻ってもらった。そうだよね?』


「…………うん」


 彼女に代わりをしてもらって、僕はその間ずっと休んでいた。……いいや、殻に閉じこもっていた。ただちょっとそれが長すぎて、本当にダメになりそうだったのを彼女から知らされて、戻ってきた。。


 ……いや、正確には、ダメになりそうだと『僕』が判断して、交代したんだ。


 ……あれ。僕は何を考えてる? 何を言っている? 自分のことなのに自分じゃないみたいだ。交代したって、こんな言い方、これじゃ彼女は――


『それから私は定期的に君と交代するようになった。それはいつかな?』


「生理の一番重たい時」


『どうしてその時に?』


「自分が女の子だと……柊だということを強く自覚させられるから」


 だから、以来彼女に担当してもらった。


 ……そう、彼女は○×△だから。


『そうそう。そういうことで今の私と君の関係があるんだよね』


 そうだ。そうだけど、その言い方だと、まるで彼女が僕の都合のためにいるように聞こえてしまう。でも――


『じゃあ次。私と君はこうして別にいるわけだけど、どうしてお互いがお互いの記憶を持っているんだっけ?』


「それはこの部屋みたいに、今住んでるリビングに似た部屋があって、そこのテレビと引き出しから――」


 いつも見るイメージ。分かりやすいようにと、今椿と住んでいるリビングを模している。その部屋で、中学の時からずっと――


『そうだっけ? 本当に『そんな部屋』はあった? そんなにあのリビングが君にとって大事だった? あの家に来てまだ数ヶ月だよね? もっと桜花の寮や、伯父さんのところの部屋のほうが強く記憶に残ってるよね? どうしてリビングなのかな?』


 彼女の言うとおりだ。今のリビングはさして重要じゃない。むしろ家自体は椿と一緒に暮らしているものだから大事だけど……部屋単体ということであれば、そうでもない。だけど、それがどうしたのいうのだろうか。


『本当にそんな部屋から記憶を見てたのかな? それはただの想像で、実際は君自身が見てたんじゃない? その耳と目で。ただし、『私』というフィルターを付けて』


 フィルター? 『私』? …………そうだ。僕は見ていた。自分で聞いていた。だけど、それじゃダメだから、わざと『フィルター』をかけて、知らないようにしていたんだ。


『……そろそろいいよね』


 彼女が笑った。


『ではここで、とても大事な質問。私はどうして『柊』という名前なのかな?』


「どうしてって……それは……それは……」


 君が柊だから。脳は死んでしまっていたけれど、僅かにこの体……柊の体に彼女が残っていた。死んでしまったと思っていた柊が、まだ生きて――


 …………。


 ………………違う。そうじゃない。彼女は○×だ。柊じゃない。


『……少し、思い出した?』


 彼女の言葉に無言で頷く。


 そうだ。彼女は柊じゃない。だから……気付いてしまった。そして同時に、全てを思い出した。無理矢理忘れていた記憶。忘れていたフリをしていた記憶。嘘を本当にするために、心の奥底に閉じ込めていた記憶を。


 ……けど。けれど、それを許してしまうと、僕は認めてしまうことになる。ずっと忘れていたこと……考えないようにしていたことが、現実になってしまう。それは……それだけは――

『そこまで分かっていて、今更目を背けることが出来る? 背けたって変わらない。ただ君が前に進めなくなるだけだ』


 力強い言葉。それはいつも笑顔でいる彼女とは違う。それはまるで――

『君は心の奥では変わりたいと思っているんだ。だから私がこうして消えかけていて、おかげで君と面と向かって話が出来た。気付いてるよね? さっきから君は、私のことを『柊』としてじゃなくて、○×として見ていることに』


 ……分かってる。分かっていたんだ。僕はそのことを信じたくなくて、目を背け続けている。今だってそうだ。わかっていても、絶対信じたくないんだ。


 柊はまだそこにいる。僕の心の中にいると……そう、思いたくて…………。だって――



『柊はもういないんだ』



 現実を突きつける。何一つ包み隠さないシンプルな言葉が、僕の胸に深く突き刺さる。まるでそこに、もう柊はいないのだと、死んでいるのだと、いうかのように。


 心が揺さぶられる。泣きそうで、今にも膝が崩れそうに震えている。


 いや、僕は泣いていた。両の目からは涙が止めどなく溢れて、視界をぼやけさせた。


 揺れる世界。


 病院だと思っていた部屋は、あの日、あの時、柊を失った道路になっていた。


 目の前で横転している車の後部座席を覗き込むと、体に重傷を負った僕と、そして…………頭から大量の血を流す、柊がいた。


 焦点の定まらない目で、柊を見る僕。そんな僕に、手を差し伸べる柊。


 柊が呟く。その声はとても小さく、今にも消えそうで。


 柊はニコリと笑って、目を閉じた。



 ……だから、僕は彼女に生きていてほしくて――



『柊は、死んだんだ』



 否応なく、現実が『僕』によって告げられる。



『あの時から柊はこの世界にいない。いたのは柊に似ているところで作った『僕』の一部。二重人格なんて大層な物じゃない。今の君から欠落した部分で構成された、中途半端な、柊みたいな楓なんだよ』

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