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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第一部一章 メランコリーオーバードライブ
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第12話 明日からも楽しみ

 数時間後。心持ち店員に白い目で見られながらプラナスを出た僕たちは、まだ早い時間だったけど、綾音さんが『明日の実力テストに備えて勉強したい』ということでお開きとなった。葵さんと綾音さんは電車に乗って帰るということで、桐町を出たところで別れた。


「うっ……」


 アーケードを出ると日差しが肌に突き刺さった。僕の小さなうめき声に遥が敏感に反応した。


「まだキツイな……。楓、日傘は持ってきたか?」


「うん。鞄の中に――」


 言い終わる前に遥は僕の鞄をひったくると、中から日傘を取り出して広げた。


「まだまだ暑いんだから、注意しろよ?」


「う、うん。ありがと」


 遥から鞄を返してもらい、次に日傘を受け取ろうと手を伸ばす。けれど、遥は僕の手の届かない所に傘を持ち上げた。朝も同じことされたような……。


「ちょ、ちょっと遥?」


「まあまあ。楓は大人しく入ってればいいんだよ」


「……わかった」


 逆らっても無駄だと言うことは分かっているので、早々に諦めた。どうせこの身長差だ。なにをどう頑張っても取り返せっこない。


「ちゃんとアタシの傘使ってくれてるんだな」


「うん。遥からもらったものだから、大事に使わせて貰ってるよ」


「アタシから、か……」


 開いた傘を眺めていた遥は嬉しそうだった。


「そうだ。楓んちってどっちにあるんだ?」


「んーと……柳町五丁目に公園あるんだけど、その近くのマンション」


「柳町の五丁目……あー、楓んちってあのあたりだったのか」


「知ってるの?」


 少し驚いて遥に聞き返す。


「ああ。いつも登下校で使うバス停がその近くなんだよ。それならちょうど良かった。家まで送るのも楽だ。……そうか、柳町か。だったらこれから毎日一緒に学校…って無理だな。ただでさえ朝はギリギリなのに、あのバス停からだと、楓んちは少し戻ることになるからなあ……。物理的に不可能だ」


 腕を組んで唸る遥を見て「早く起きればいいんじゃ?」という言葉が頭に浮かんだけど、今日も椿に起こしてもらった僕が言える立場じゃない。なにより遥は僕以上に朝に弱い。僕を家まで迎えに来るなんて到底無理だろうし、時間を決めて、通学路のどこかで待ち合わせをしたとしても、きっと遥は時間ギリギリまで来ないだろう。遥のように朝から全速力で走るなんて僕にはできることじゃない。


 結論。朝は遥と登校するのはかなり危険。遅刻的な意味でも体力的な意味でも。


「いや、そこをなんとかして楓と通えるように――」


 僕は少しおかしくなって笑いそうになったけど、なんとかこらえた。別に朝一緒に登校するだけのことにここまで考えるなんて。なんか遥らしくない。


「朝は椿と通うことになっているからいいよ」


「そ、そうか? あー、そういえば椿がいたな。それなら安心だ」


 ホッと胸をなでおろす遥。まったく……。そんなに心配しなくても、僕はもう大丈夫なのに。


「どうだ。葵も綾音もいい奴だろ?」


「うん」


 僕が頷くのを見て、嬉しそうに遥は微笑む。紗枝さえのように活発な綾音さんと、大人しくて優しそうな葵さん。どちらもいい人だと思う。いや、遥の友達なんだから間違いなくいい人なんだろう。


「でも、綾音さんはともかく葵さんとはどうやって仲よくなったの?」


 葵さんの名前が出て来たので、丁度良いと思った僕は、昼間疑問に思ったことを遥に聞いてみることにした。


「ん? あー、葵か? 葵は綾音と幼馴染で、綾音からの紹介だよ」


 なるほど。綾音さん経由ということであれば納得がいく。


「なんでそんなこと聞くんだ?」


「だって葵さんと遥じゃ性格全然違うから」


「あーたしかに。でも、それだったらアタシと楓も似たようなモンだと思うけど?」


「……言われてみれば」


 今気ついた。たしかに遥の言う通りだ。


「まあアタシ達の場合は、寮でルームメイトだったってのが大きいな」


「あの時の遥はしつこいぐらいに僕に話しかけてきたよね。こっちは人見知り激しくてほとんど無視していたのに」


「そういうこともあったなあ」


 傘を少しだけ傾けて、遥が空を見上げた。


「なんか意地みたいなものが見えたよ。僕と話をするんだ! みたいな」


 自意識過剰でもなんでもなく、あの頃の遥は凄かった。当時の僕は人見知りやら友達の作り方が分からないやら女になって初めての学校やらで、常に余裕がなくて、遥には冷たく当たっていた。なのにそれを遥は気にもせず毎日僕に話しかけ続けた。


 おかげで今ではこうして遥と友達になれたわけだけど、どうして遥はあの時、お世辞にも良いとは言えない対応をしていた僕なんかに一生懸命関わろうとしたんだろう。ルームメイトだから仕方なく、と言えばそれまでだけど、桜花の寮はそこそこの理由を添えて申請すれば簡単に部屋とルームメイトを変えることができる。だからあんなに無理して仲良くなる必要もなかったのに……。


「まーあれだ。なんとなくだ」


「なんとなく?」


 曖昧な答えだった。本人もそれを理解しているようで、僕から目を逸らして頭を掻いた。


「そう、なんとなくだよ。なんとなく、楓とは絶対に友達になりたかったんだよ」


 どこか遠くを見たまま遥がぶっきらぼうに言った。よくよく見ると、夕焼けの色に混ざって遥の頬は少し赤くなっていた。


「……そっか。なんとなくか」


「ああ」


 過去は振り返らない。遥はさっきそう言っていた。だったらそれに習おう。僕はそれ以上何も聞かなかった。


「ああそうだ。楓、日曜は暇か?」


「うん」


 しばらくの沈黙のあと、遥が先に口を開いた。


「じゃあ日曜は久しぶりにどこか遊びに行くか。奈菜や紗枝も呼んで」


 紗枝……浅野紗枝あさのさえは、奈菜や遥と同じく、幼等部から桜花に通っている子で、僕たちの友達だ。彼女は今も奈菜と同じく桜花に通っている。ただ、紗枝とは遥や奈菜ほど遊んだという記憶はない。それは僕だけじゃなく、遥や奈菜にも言えることだけど。


 紗枝の所属する柔道部は桜花では珍しく外部コーチを呼ぶほどの熱の入った部で、休日も返上して練習をしている。それに加えて浅野家という財閥の一人娘ということで、中学一年生の頃から勉強を兼ねて両親の仕事の手伝いをしているらしい。おかげで日曜日も連休も夏休みのような長期休暇の時も紗枝は何かと忙しく、僕達とはなかなか時間が合わなかった。


 とはいえ、それでも桜花にいた頃は少しでも時間があれば一緒に遊びに出かけていたし、平日でも寮生活のおかげで放課後から寝るまでの間一緒にいられたから、紗枝を遠くに感じたことはなかった。


 もう僕と遥はあの学校から離れてしまったけど、まだ奈菜もいるし、僕も遥も紗枝には定期的に電話している。きっと彼女も僕たちも、お互いが離れてしまって寂しいなんて思ったことはないだろう。


「紗枝は空いてるどうか分からないけど、奈菜は大丈夫だろ」


「そうだね」


「じゃ、膳は急げだ」


 そういうと、遥はポケットから携帯電話を取り出して二人にメールを送った。すぐに二人からメールが返ってきた。


「返事は?」


「お、二人ともOKだと」


「珍しいね。紗枝が空いてるなんて」


「そうだな。レギュラーから外されでもしたか?」


「それはないよ」


 遥が笑みを浮かべて返事を書く。きっと久しぶりに紗枝と会えるのが嬉しいんだ。


「よし、日曜はいつもの駅前で集合。いいよな?」


「うん」


 いつもの、ということは桜花の最寄り駅のこと。あの駅周辺も、桜町と変わらないくらいお店があるから遊ぶには十分だ。その後何度か二人とメールをやりとりしていると、気づいたときにはマンションにたどり着いていた。


「んじゃ。また明日な。明日も暑いだろうから日傘忘れるなよ?」


 遥は日傘を折りたたんで僕に返すと、軽く手を挙げて踵を返した。


「うん、わかった。また明日ー」


 角を曲がって見えなくなるまで、僕は遥に手を振って見送った。


 ◇◆◇◆


「あ、お姉ちゃん。おかえり」


「ただいま」


 リビングに入ると、椿が部屋着に着替えてソファーに座りテレビを見ていた。僕は鞄をソファーの脇に置くと、椿の隣に腰を下ろした。ふと目の前のローテーブルに視線を落とすと、ポテトチップスの袋が開けて置いてあった。僕はその袋に手を突っ込んで一枚手に取り一口食べた。薄塩味だった。


 何を見ているんだろうとテレビに視線を向ける。子供向けのアニメのようだ。


「どうだった? 学校は」


「ん?」


 ポテトチップスを食べながら視線をテレビから椿に移すと、椿が少し心配そうな顔をして僕の顔を覗き込んでいた。パリパリとポテトチップスを一枚食べ切ってもう一枚取る。視線をテレビに移してから僕は口を開いた。


「楽しそうな学校だね」


 僕がそう言うと、椿はパアッと表情を明るくして「うんっ!」と元気良く頷いた。

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