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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第三部第一章 楓と柊
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第94話 後悔しないように ◆

挿絵(By みてみん)

 目を覚ますと、目の前に遥の顔があった。


「楓、大丈夫か!?」


 彼女は酷く狼狽していた。何故だろう。頭に霧がかかっているようで、考えがまとまらない。

 ベンチに寝かされていたようで、遥に背中を支えてもらいながら、体を起こす。少し頭痛がして、頭を押さえる。


「ありがとう、遥。もう大丈夫だから」


「……本当か?」


 心配性な彼女の言葉にふっと笑みが零れる。


「ほんと。『私』だから心配しないで」


 私がそう言うと、遥の表情がはっきりと変化した。心配するものから、驚きの表情へ。


「柊、か?」


 私は頷く。


「……か、楓は?」


「今は眠ってるよ。たぶん疲れたんじゃないかな」


「そうか。良かった……」


 遥が胸を撫で下ろす。


 ――嘘だ。私と楓は疲労したからといって変わるような関係じゃない。そもそも私と楓の入れ替わりには法則があり、規則正しく、とある時期にのみ入れ替わるようになっている。そしてその時期は今じゃない。今回のは例外であり、昔に一度だけあった、たった二度目の例外だ。


 どうしてこのタイミングで入れ替わったんだろう……。


 前回の例外は、楓が学校に通っていたなら、中学一年に相当する頃。学校には通わず、療養のために伯父さんの家のベッドで一日のほとんどを過ごしていたとき。あの時は楓が無理をして、代わりに私がよく出ていた。そのせいで次第に体調が悪化し、楓が表に戻ることで、良くなったんだけど……きっと今回はそれとは違う。だって楓はあの時みたいに無理をしていないのだから。むしろ、前を向こうとした。停滞していた自分を、少し前に進んだ自分を、さらに前へ進めようと。


 ――ああ、そうか。そういうことなんだ。


 唐突に理解した。それだったら、私がすることは決まっている。


「ねぇ遥。次はどこに行くんだっけ?」


「えっ? 次か? 金閣寺には間に合いそうにないから、清水寺に行こうと思ってるけど……本当に大丈夫か?」


「大丈夫だって。ふふっ」


 あまりにも心配するものだから笑ってしまった。


「じゃあ清水寺にいこうか。そこなら綾音さん達と合流できるんだよね? あーあ、金閣寺も見てみたかったなあ」


 建物を拝観するという意味では、金閣寺が一番見てみたかった。金色に輝く建物なんて、そうそう見られるものじゃないから。


「だったら金閣寺に行くか?」


 遥の申し出は嬉しいけど、首を横振る。


「いい。清水寺にいこ」


「……分かった」


 少しの沈黙のあと、遥が頷く。そして歯を見せて笑って、


「また今度京都に来たときに行けばいいさ。楓ならいつでも連れてってやる」


「ありがと」


 そうしていると、バスがやってきた。扉が開き、中に乗り込む。後ろの方が空いていたので、そこに二人で並んで座った。


『今度京都に来たときに』


 遥はそう言っていたけれど、きっと私に『今度』は来ないだろう。けれどそれは、決して悲しいことじゃない。とても嬉しいことなんだ。楓にとっても、もちろん私にとっても。


 だから私は今日を存分に楽しむ。後悔のないように、そして、後悔なんてさせないように――


 ◇◆◇◆


「あっ、楓さんだ! おーい、こっちこっち!」


 清水寺へと続く坂道の途中で、彩花さんがこちらを見て手を振っていた。たくさんの観光客がいるなかでそんなことをすれば当然目立ち、多くの人が私や彩花さんに視線を送った。


「ったくアイツは……」


 ブツブツ言いながら遥が坂を上がっていく。そして彩花さんのいるところまでたどり着くと、ペシッと頭をはたいた。


「いたっ。なにすんの!?」


「いつもいつも声がでかいんだよ」


「だって大きくないと気付かないでしょ?」


 頭をさすりながら彩花さんが抗議する。


「道幅狭いんだしすぐ分かるっての。周りの迷惑も考えろよ」


「遥がそんなこと言うなんて……」


 葵さんが目を見開いている。


「いや、遥の場合は楓が注目されて困ってるからやめろってことでしょ。遥の周りは楓って意味よ」


「あ、なるほど」


 葵さんが合点がいったように頷いた。


「か、楓さん。ごめんね」


 彩花さんが眉をハの字にして、顔の前で手を合わせた。


「ううん。大丈夫」


 注目されるのは恥ずかしいけど、注目されること自体は中学の頃で慣れている。主に遥のせいで。


「……うーん」


 謝っていたかと思えば、今度は私の顔を見て何やら難しい顔をし始めた。


「……今日の楓さん。なんかかわいいね」


「あ、ありがとう」


 ――鋭い。たぶん『私』だということに無意識に気付いている。私は楓よりも笑顔を作りやすいから。


「彩花……お前、女が女口説いてどうするんだ?」


 西森君が変なものを見たという風に眉間に皺を寄せていた。


「くっ、口説いてもいいんじゃん別に。ボクは楓さんが好きなんだし」


「顔を真っ赤にして言うと説得力ありすぎるから止めてね。お姉さん」

 トマトのような顔になった彩花さんの肩を、湊さんがポンと優しく叩く。


「せ、説得力も何も本当のことで、だってボクは元々おと――もぐぁ」


「お姉さん。さすがにここでそういうのはダメだから」


 まだ何かを言おうとした彩花さんの口を湊さんが塞ぐ。


「そ、そろそろ清水寺にいこうか。ここにいると目立っちゃうし」


「むぐ……えっ、ホントに清水なの? 清水じゃなくて?」


 口を塞いでいた手を退けて、彩花さんが言う。


「まだ言ってるのかお前は……」


 西森君が肩を竦める。


「だって普通、清水とくれば清水って読まない? 清水って、日本語を勉強した外国人が間違って訓読みしちゃったみたいな感じなんだけど」


「清水なんだから仕方ないだろ」


 と、唐突に彩花さんがこちらを向く。その目は「本当なの?」と訴えているように見えたので、頷いておいた。彩花さんはガクッと肩を落とした。


「清水なのかぁ……」


「おいちょっと待て。今四条さんに目で確認とったよな? あれだけ俺が何度も清水だって言ってんのに信じなかったくせに、なんで四条さんならすぐに信じるんだ?」


「えっ、だってそりゃ康介だから」


「ああそうか、なるほど、そりゃたしかに――ってなるわけないだろ!」


「だって本当のことだし」


 そう言った彩花さんの瞳はとても澄んでいた。


「……湊。お前は姉にどういう教育をしてきたんだ……」


「人格のほうはともかく、教育の方はちょっと……」


 湊さんが顔の前で手を振る。


「たしかにアホには変わりないが……」


「ちょっと! アホじゃなくてバカって言ってくれる!?」


「そこにキレるのかよ!」


 ……楽しそうなのはいいけど、そろそろ移動しないかな。段々こっちを見る目が多くなってきてるし。


「……ほっといて先に行くか」


「そうね」


 遥の提案に綾音さんが頷く。よく見たら葵さんも苦笑しつつ頷いている。


「蓮君も行こう?」


「うん」


 蓮君に伸ばした手に、彼の手が重なる。私よりも一回りも二回りも大きな手。


 手を繋ぐその瞬間まで、蓮君はいつものように微笑んでいた。しかし、手が触れあった途端に、彼はビクッと体を震わせ、私の目をまっすぐに見た。コクンと頷くと、彼は声を出さずに「久しぶり」と口を動かした。


「楓」


 声を掛けられ振り向く。と同時に、遥が私の空いている方の手を取った。


 右に蓮君、左に遥。三人が並び、その後ろを綾音さん、葵さんが続く。


「あっ、私も行く」


「ちょっ、湊、先に逃げるのか!?」


「楓さん、待ってよー」


 歩きはじめるとようやく気付いたようで、慌てて彩花さん達も後を付いてきた。


 清水寺に続く上り坂を歩きながら、左右に並ぶお店に目を向ける。


「あっ、金箔ソフトだって」


「美味しいのかしら……」


「金箔は他の料理でも彩りに使うけど、味としてはどうなのかな?」


「食べたら銀紙噛んだ時みたいに電気走るのか?」


「電気? なにそれ?」


「銀歯などの詰め物をしている人が、銀紙のように電気が通るものを噛むと、電流が走って変な感じがするそうよ」


「ふーん。ってことは康介は銀歯があるのね」


「そりゃあるだろ。……え、ないの?」


「ボクはない」


「私も」


「虫歯なったことないから」


「同じく」


「マジか……ここ歯を綺麗に維持してるヤツ多すぎだろ……」


 僕も虫歯にはなったことがないので、詰め物は一切していない。


「ってことは康介が金箔ソフト食べると電気が流れるの?」


「どうかしら。金は電気を通すけど、あれだけ薄いとすぐに切れちゃうんじゃないかしら」


「なんだ面白くない」


「俺で試そうとするな。……って金箔ソフト九八〇円!? たけぇよ!」


 店先に並ぶメニューを見て西森君が叫ぶ。ちなみに他のアイスはだいたい三五〇円。宇治抹茶アイスだけが四五〇円と百円高い。良いお茶を使っているからだと思う。


「金だからねぇ」


「金じゃしょうがない」


「うん。金は色々な物に使うレアメタルだから」


「ということで、康介」


「いやいや買わないからな?」


 彩花さんが「ちぇっ」と口を尖らせる。実物を見てみたかったらしい。


 アイスは帰りに買う(金箔ソフトを除く)と言うことにして、長い坂をさらに上っていく。


「八つ橋がある」


 彩花さんがお店の入口に積まれた箱を指差す。


「試食あるから食べてみようよ」


 透明のケースに入った八つ橋を取り出す。


「んー……シナモンの匂いが凄い」


 そう言って口の中に運ぶ。


「……シナモンの味がする」


「そりゃそうでしょ……」


 綾音さんが呆れたように言う。


「京都土産と言えば八つ橋って感じがするけど、他に何があるのかしら」


 湊さんが店内を見回す。


「昨日の宇治のお茶とか?」


「京野菜? ――って、それを持って帰るわけにはいかないから……さっき通った店にあった漬物とか?」


「あとは……あぶらとり紙?」


「うーん……どれも何というか、パッとしない気がする。とくにあぶらとり紙」


 言葉にはしないけど、みんな無言で頷いている。私も内心そう思っていたり。


 そうしてお土産に難癖つけたりしつつ、ようやく清水寺へとたどり着いた。


「おー。なんか思ってたのと違う」


 彩花さんの言葉に同意。お寺というから、もっと門と塀で四方を囲まれているというか、東大門のように、ここから清水寺の敷地、と分かるような何かがあると思っていたのに、高い塀がないせいか開放的だった。二十段程度の階段の先に朱色の門があるけどそれだけで、左右に塀はなかった。


「で、有名な清水の舞台ってどこかな」


「もう少し先でしょ」


「清水って言ってたくせに清水の舞台のことは知ってるんだな」


「それとこれとは別!」


 朱色の建物を眺めながら緩い階段を上っていく。小さな橋を渡り、瓦屋根の門を抜け、右手に山々を望む廊下を歩いた先に、よくテレビで見る光景があった。


「ここが清水の舞台?」


「ああ。見たことあるだろ?」


 遥に手を引かれて、高欄まで歩いて行く。多くの観光客でごった返す中、一番前に出た。


「うん。見たことある」


「意外とたいしたことないだろ?」


 笑う遥に、「そうだね」と笑顔で返す。


 少し遅れて彩花さん達もやってきた。


「舞台も思ったより小さいよね」


「これなら飛び降りても死なないだろ」


「清水の舞台から飛び降りるというのは、そういう気持ちで決断するって意味なだけで、死ぬかどうかはまた別問題じゃない?」


「たしかに。これを飛び降りるのは勇気がいりそうだ」


 言いたい放題いったあとに、記念に写真を撮って、奧へと進んだ。ぐるりと回って出て来る頃には、一時間が経過していた。


「それにしても、京都は外国人多いね」


 約束通り、帰りにアイスクリームを買って、それを食べ歩きながら坂を下っていく。


「それだけ外国人には京都が人気なんだろうな」


「何が楽しいんだろうね……」


「お姉さん、真剣に考えるのやめない……?」


 人によって好みは様々。日本人にだって京都が好きという人は大勢いる。


「あー。そういや土産じゃないが、食べ物なら湯豆腐が定番らしいぞ。清水の近くにも有名な店がいくつかあるらしい」


「ゆどぉふぅ~?」


 信じられないとでもいいだけに、彩花さんが眉間に皺を寄せ、変な声を出した。


「湯豆腐ってあれでしょ。お鍋にお湯いれて豆腐いれて食べるアレでしょ?」


「そうなんだが、なんだその雑でまったく美味しくなさそうな説明は……」


「美味しくないでしょ?」


「私は好きだよ? ポン酢で食べるとさっぱりして」


 葵さんの言葉に、彩花さんは「ポン酢……」と呟いて首を傾げた。


「……ポン酢は酸っぱい」


「酢だからな」


 すかさず遥がツッコミを入れる。


「うーん……。よし、次はどこにいく?」


「考えるのやめたなコイツ……」


 彩花さんはポン酢が嫌いなのかな。たぶん葵さんの言葉が理解できなくて、放り投げたんだと思う。


「次は坂を下りたところにある八坂神社だね」


 蓮君がパンフレットを広げる。


「見せて見せて」


 彩花さんが背伸びして覗き込む。すぐに蓮君は見やすいようにパンフレットを下げた。


「ふーん……八坂神社から西にいくと京都の街にいけるんだ」


「そういえば、ここの近くに有名なスィーツのお店があるんだって」


 スイーツ? 葵さんいいこと言った!


「楓の目がキラキラ光ってるわね……」


「まあ楓だからな。ちょうど坂ばっかりで疲れてきたし、そこで休憩でいいんじゃないか? って、そこに休憩できるようなスペースはあるのか?」


「たしかあったはず。喫茶店が併設してるみたいだから」


「よし。楓、もう少しの辛抱だ」


「うん」


 ケーキが食べられると分かれば俄然やる気が出て来た。実はさっきから坂ばっかりでヘトヘトになっている。


「今アイス喰ってんのにケーキの話か……」


 西森君がアイスを舐めながら呆れたように言う。


「別腹だからな」


「うん」


 そう、別腹。しかも有名店となれば行かないわけにはいかない。行かずに後悔するなら、行って食べすぎて後悔する方を選ぶ。


「楓さんが行きたいっていうんだから行くよ。……行きたくないなら康介だけ別行動でもいいよ。適当にそこらへん見て時間潰しててよ」


「旅行に来てまでそれはもっと嫌だろ……」


 私のせいで西森君が困っていて、申し訳なくなってきた。


「……ごめんね?」


「い、いや、その別に行きたくないってわけじゃないんだ。ただアイス食べてるのに甘い物の話をするのが、凄いというか何というか……ただそれだけなんだ。四条さんが謝ることは何一つない」


「そっか。それなら良かった」


 安堵して微笑む。西森君は鼻を掻きながら、何故かスッと目を逸らした。


「そーだそーだ。謝るのはむしろ康介だ」


「そうよ康介。早く謝りなさいよ。楓さんとお姉さんと葵さんに」


「なんで俺が!? というか増えてる!?」


「そうよ。謝りなさいよ。とくに葵に」


「綾音まで!?」


 狼狽する康介を見て、彩花さんと湊さん、そして綾音さんが笑う。笑われた康介はふて腐れた後に、同じように笑った。


 そうして長い坂を下っていきながら、お店では何を食べようかと談義しつつ、次の目的地へと向かった。

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[良い点] 次はない、か……
[一言] 柊さんのリミットは近いか。
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