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私(ぼく)が君にできること  作者: 本知そら
第二部~三部 幕間
115/132

外伝9 笑顔の君でいてほしい

 ――それは突然のことだった。


「お、おい。蓮」


 夕食を終え、温泉にも入り、あとは部屋で談笑して寝るだけとなった修学旅行三日目の夜。飲物を買いに行っていた康介が慌てた様子で部屋に戻ってきた。


「ん、どうし――うわっ!?」


 言い終わる前に腕を掴まれ、無理矢理引っ張られた。


「とりあえず来いっ!」


「わ、分かった」


 有無を言わせぬ物言いに飲まれ、カクカクと頷いて康介に従う。唐突に部屋を出て行く俺達を見て、同じ部屋にいた友人達は怪訝な顔をして見送った。


 だが、少し冷静になれば、どこに連れて行こうとしているのかは明白だった。康介がこうまで焦って俺を連れて行こうとしている理由。それは――


「規則違反がなんぼのもの! 規則とは破るためにあるんじゃないの!?」


「姉さん落ち着いて。そんなことないから。破る人がいるから規則があるの」


「ぐぬぬ……。でも、せっかくの修学旅行なんだよ!? 明日はシティホテルだって話だし、騒ぐなら今日しかないんだよ!?」


「だから騒いじゃ他の人に迷惑がかかるから」


「今日はうちの学校で貸切って聞いた! 迷惑かかっても同じ学校の子だからセーフ!」


「アウトよ!」


 D組のいる階へと繋がる階段の前で、新階姉妹が取っ組み合いをしていた。彩花さんが階段を降りようと湊さんを押し退け、湊さんはそれを阻むために必死で踏ん張っている。


「……もしかして」


 康介が無言で頷く。やっぱり俺が思っていたとおり。そういうことらしい。。


「あっ、康介。早くこっち来て! 如月君も!」


「わかってる! ほら蓮行くぞ!」


 渋々康介に続いて姉妹に近づく。


「彩花、落ち着けって」


「なっ! 康介! あんたまで裏切るの!?」


「裏切るとかそういうことじゃねーよ!」


 相手は女の子。手荒な真似は出来ないし、易々と身体に触れるのも躊躇われる。なので康介が左腕、俺が右腕を掴み、湊さんから剥がした。


「蓮君まで! なんでみんなして邪魔するの!?」


「いやするだろ!? ダメだって言ってんのに行こうとするから!」


「ダメよダメよも好きのうちってなんかで見た!」


「そ、それはまた別の話だアホ!」


「あ、あほ!? あほは止めてくれる! せめてバカって言ってほしいんだけど!?」


「なんだよそのこだわり! どうでもいいだろ!」


「どうでも良くない! 関西じゃアホのほうがセーフらしいけどボク的にはアホの方が傷つくの!」


「ああもうじゃあ分かった! このバカが!」


「バカっていう方がバカなんだよ!」


「どっちにしろ怒るんじゃないか!」


 ……話が凄い勢いで逸れてる。声も大きいし、このままじゃ先生に見つかってしまう。早く大人しくさせるようにと、湊さんにアイコンタクトを送る。彼女はすぐに頷いた。


「お姉さん。とにかく落ち着いて。ねっ? まずは落ち着いて話そう?」


 柔らかい物腰。同じ姉妹でも正確は全然違う。……いや、根本的なところでは似ているか。


「康介も落ち着いて。俺達が何しに来たか思い出して」


「ふー、ふー……」


「はー、はー……」


 荒い息を吐きながら睨み合う二人。一触即発、という感じだけど。日頃の二人を知っているので、せいぜい猫同士の喧嘩ぐらいにしか見えない。二人が本気で喧嘩することはないということを知っている。


 とりあえずこの場では目立つと言うことで、一階にある自販機コーナーへ移動する。ジュースを飲んで落ち着いてもらってから、話を切り出した。


「まあ、どうしてあんなことになってたのかは聞かなくてもだいたい想像つくけど」


 瞬間、彩花さんはバッと顔を上げて驚いた表情を見せる。どこにも驚く要素はないんだけど。


「蓮君、凄いね……」


「いや誰だって分かるだろ……」


「そうね分かるわね……」


 康介と湊さんが同時にため息を吐いた。


 それは至極単純なこと。先ほど楓さん達と会って話をした際に、彩花さんの「今日こそみんなで集まって徹夜で騒ぎまくろう!」という意見に対して、全員がノーと、とくに朝霧さんと湊さんの強い言葉により却下された。その場はそれで収まったが、やばり彩花さんにしてみれば納得がいかなかったのだろう。自分だけでも楓さんのところに行って遊ぼうと、D組のいる階へ向かおうとしたところを湊さんに見つかり、止められたのだ。


「だって、楓さんと旅行なんだよ? 規則よりも、遊びたいじゃない?」


「でも、規則は大事だから……」


「楓さんと遊ぶことのほうが大事なの! 卓球台があるからそれで遊べると思ったのに、着いてみれば壊れてるから使えないって言われて遊べなかったし……」


「そ、それは私も、お姉さんとできなくて残念だったけど……」


「楓さんと一緒に旅行なんてこれが最初で最後かもしれないんだよ?」


「そ、そうだけど……」


 完全に湊さんが押されている。たぶん頭の中で自分と彩花さんに置き換えて考えてしまっているのだろう。湊さんは彩花さんのことを凄く大事に思っている。思っているからこそ、相手の立場になって考えてしまう。


「同じ行程なのに、思ったより一緒にいられないし……ねぇ湊。夜中までとは言わないから、せめて消灯まで楓さんのところにお邪魔するのはダメ?」


「う、ううん……」


 今から消灯までは一時間ちょっと。消灯までであれば規則上はまったく問題ない。湊さんが悩んでいるのは、行けばきっと騒いで怒られることが目に見えているからだろう。だから葵さんと話して、旅館では自重しようと言うことになったのだから。


「湊……」


「……うーぅぅん……」


 湊さんが見たことがないぐらいに悩んでいる。本当なら約束通りダメと言いたいんだろうけど、大事な姉からのお願いを断れず、今彼女の心の中では戦争が起こっているに違いない。


 はたしてどちらが勝つのか。……まあ、分かりきっていることなんだけど。


「わ、分かったから、ちょっと待って」


 そう言って湊さんがスマホを取り出し、どこかに電話をかけ出した。


「……あっ、葵さん。ごめんなさい。さっき話したことなんだけど……ええ、そっちへ行くって……そう。お姉さんがどうしてもって言うから、できたら消灯までの時間に……ええ、ありがとう」


 電話を切った湊さんは、根負けしたように少し笑いながら、


「葵さんからオーケーもらったわ」


「ほんと!?」


 勢い良く彩花さんが立ち上がり、湊さんの手を取る。


「え、ええ。で消灯までの時間だけよ?」


「分かってる! 湊、ありがとう!」


 両手で包み込むようにして握った湊さんの手をブンブンと縦に振る。湊さんはされるがままで、少し顔を赤くしていた。


「それじゃ時間もあまりないし、楓さんのところに行こうか!」


「ええ」


「ああ。……ん、もしかして俺も?」


「もちろんっ。人が多い方が面白いし」


「い、いや女子の部屋に男子が入るのはどうかと」


「それを言うならボクも元は男だけど?」


「はいはい」


「信じてないよねそれ?」


 出会った頃から彩花さんは自分が昔男だったと言うけれど、それを信用する人は一人もいない。せいぜい「昔はやんちゃで男勝りな女の子だったのだろう」と思うぐらいだ。……俺としては、楓さんという前例があるから、一概に嘘とも言い切れずにいる。楓さんも昔はそうだったらしいけど、出会った頃から今も、彼女はずっと綺麗で可愛らしいのだから。


「まあいいや。早く行こう!」


 さっきまでとは打って変わって元気な彩花さんが、俺達を先導するように片手を上げて、楓さん達のいる部屋のある方へ歩きはじめる。それに湊さんが慌てて着いていき、康介、俺と続いた。


「やってきたよ楓さん! 今日は――もごもご」


「おねえさん!」


 部屋に入るな否や、彩花さんは満面の笑みで叫んだ。もちろんすぐに湊さんによって口を塞がれた。


「ったく。来た途端これかよ……」


 水無瀬さんが大袈裟に肩を竦める。


「遥がそれを言う? さっきまではあんたがうるさかったのに……」


 白水さんが水無瀬さんに半眼を向ける。しかし水無瀬さんは気にした様子もなく薄く笑って、


「旅行は楽しむ物だろ?」


「そうなんだけど……あまり葵を困らせないでよね」


「大丈夫だよ綾音。遥も分かってることだから」


 朝霧さんはいつもの笑顔を浮かべて綾音をなだめた。


「そうかしら。……まあでも、あんたって意外と実は真面目よね。なんだかんだで無茶はしないし」


「まあな。アタシより無茶するヤツが近くにいるからな」


「どうしてそこで僕を見るのかな……。あ、彩花さん達、いらっしゃい」


 突然の来訪だというのに、楓さんは温かく迎え入れてくれた。


「――ぷはっ! ちょっと湊、苦しい!」


「お姉さんが突然叫んだりするからじゃない」


「あれくらい別に叫んだ内に入らないよ。それじゃ枕投げをしよう!」


 何の脈絡もなくそう言って、彩花さんは近くにあった枕を手に取った。


「彩花。あんたねー、枕投げは迷惑がかかるからダメだって前に言ったでしょ?」


「あーあー聞こえないー白水さんの声は聞こえないけど枕投げしよー」


「聞こえてるじゃない!」


 白水さんが立ち上がると、彩花さんはササッと湊さんの背後に隠れた。


「……いいじゃんちょっとくらい。ねっ、湊」


「……お、お姉さんがこう言ってるので、ちょっとだけ枕投げしない?」


「ほんと湊は彩花に弱いな……」


「遥だって楓に弱いでしょうが……」


「あれは仕方ない」


 水無瀬さんが腕を組んでウンウンと頷く。


「はあ……葵、どうする?」


「う、うーん……」


 朝霧さんの立場としてはもちろんノーだろう。しかし彩花さんの気持ちも分からないでもないようで、眉間に皺を寄せて唸りだしてしまった。


 と、そうしていて、朝霧さんがふいに楓さんに視線を送った。意図を理解して、楓さんの身体がビクッと震えた。


「ええと……」


 楓さんが視線を彷徨わせる。最後に彩花さんを見て、ふぅとため息を吐いた。


「……ちょっとならいいんじゃないかな?」


 そう言うと朝霧さんも困り顔に笑顔を乗せて、


「そうだね。ちょっとだけなら」


 渋々と言った様子で頷いた。


「やった! じゃあ開始!」


「ちょっ! やるならチーム分けとかルールとか――ぶっ!?」


 白水さんの顔面に彩花さんが投げた枕が直撃する。数瞬そこに留まった枕は、重力に従ってずるりと落ち、その下から現われた白水さんの顔は般若――は言い過ぎで、鬼のようだった。


「さいかぁぁ!」


「おっ、こっち来る? だったら華麗に躱し――ぶっ!」


 避ける間もなく白水さんの投げた枕が彩花さんの顔に直撃する。


「お姉さん。大丈夫?」


「だ、大丈夫。これぐらいいつもの湊に比べたら――」


「それどういうこと?」


 スッと湊さんが枕を手に取って構えた。相手は彩花さんだ。


「綾音――」


 葵さんが綾音さんを見つめる。


「葵。あたしはだいじょう――」


「顔に投げたら危ないからやめてね?」


「あ、はい……」


 朝霧さんに真顔でたしなめられた綾音さんが一瞬小さく見えた。


「そうそう。特に綾音はバレー部なんだから手加減しろよ」


「康介に言われなくても分かってるわよ!」


「ぶっ!?」


 手加減なしの速球が康介の顔にヒットする。


「全然分かってねぇじゃねーか!」


「男ならセーフよ!」


「いやダメだろ!?」


 抗議する康介の顔は誰よりも赤くなっていた。よく見たら少し涙目になっているし、鼻に当たったか、それほどの強さだったということだろう。


「……や、やっぱり止めといた方が良かったな」


 楓さんが困り顔で葵さんに言うと、


「うーん……。まあ、いいんじゃないかな。一日ぐらい」


 意外にも葵さんは明るく微笑んでいた。


「まっ、やるからには楽しむとするか。ほらっ楓」


 水無瀬さんが楓さんに枕を投げ。周りの人のよう直球ではなく、それは緩い円弧を描いていた。


「っとと。あっ、ここの枕って柔らかいんだね。これなら少し強く投げても痛くはないかな?」


「綾音じゃなかったらそう痛くはないだろ」


「なんでそこであたしの名前が出て来るのよ!」


 白水さんが康介に枕を投げつけながら水無瀬さんを睨む。


「康介に聞けば分かるんじゃないか?」


 ニシシと笑いながら水無瀬さんが言う。


「綾音。彩花や四条さん、朝霧さんは狙うなよ……」


「ち、ちゃんとその時は手加減するわよ」


「じゃあ俺にも手加減しろよ!」


「あんたは別! ほら、彩花も湊もコイツ狙って!」


「うっへっへ。そういうわけだから康介、いくよ!」


「いつもお姉さんを苛める罰よ!」


「いや待てお前らまで――ぶふっ!?」


 見ていて康介が少し不憫に思えてくる。けれど、これって客観的に見ると、康介は女の子から枕を投げられていて、それも相手はバレー部部長として人気の白水さんに、B組みで人気者の新階姉妹。男子からすれば羨ましい以外の何物でもない状況かもしれない。……本人は泣きそうになっているけど。


 ――と、そのとき。ボスッと脇腹当たりに何かが当たった。視線を落としてみれば、すぐ横に枕が一つ落ちていた。


「蓮君」


 声に顔を上げる。楓さんが俺を見て、照れて笑っていた。


「やったなぁ」


 枕を拾い、出来るだけ力を抜いて投げ返す。楓さんは両手でそれを受け取った。


「なんか昔みたいだね」


「……そうだね」


 楓さんが微笑む。それにつられて俺も笑う。


 ――そんなはずがない。今と昔では大きく違う。昔の君はそんなに笑わなかった。昔の君は、そんな風にして無邪気な笑顔を簡単に見せることはなかった。もちろん、他の人からすれば、まだまだ満面の、とまではいかないかもしれないけど、昔を知る俺からすれば、今でも充分に、笑えるようになったと想う。


「なにをぼーっとしてるんだよ」


 顔に枕が投げられる。相手は水無瀬さんだった。


「ほら、楓。蓮に投げるならもっと力を入れて投げないと。こんな感じに!」


 夜の野球中継で見たことがあるようなフォームを用いて、水無瀬さんが枕を投げる。白水さんに負けず劣らずの剛速球だったけれど、投げた先が顔ではなく腹のあたりだったので、なんとか受け止められた。


「遥、それはちょっと強すぎだよ。蓮君大丈夫?」


「大丈夫だよ。心配しないで」


「ふんっ」


 水無瀬さんが機嫌の悪そうに鼻を鳴らした。……まあ、気持ちは分からなくもない。俺だって楓さんと他の男子が仲良くしていたら、きっとこんな風な顔をしていると思う。


 ……でも、それはとても喜ばしいことだ。だって、それだけ想ってくれる友人がいるということなのだから。


「楓さんっ。ボクにもボクにも!」


「う、うん。……えいっ」


「楓さんの枕、全身で受け止め――ぶっ!」


 ――友達がいて、その横で君が屈託なく笑っている。それは俺にとって、とてもとても嬉しいことだった。

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[一言] お久しぶりです
[一言] 復活ありがとうございます。 枕投げ大会、楓さんはしゃぎすぎてまた体調崩さなければ良いが。
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